13話
アシェルはエレノアの姿が消えたとの報告をノアから受け、ロマーノ王国側へとエレノアの行方が分からなくなっていることを伝え、捜索隊を今まさに動かそうとしていた時のことであった。
「すまん。エレノア嬢だが、メローナと一緒にいる」
レガーノがそう言って現れ、アシェルはほっとしたように息をつき、それから静かに捜索隊を解散させた。
ただし、空気感はまだぴりぴりとしており、レガーノも温厚なアシェルから放たれるその雰囲気に内心どうしたものかと、何から話すべきかと思い悩む。
アシェルは部屋にはノアとハリーだけを残し、レガーノの方へと歩み寄ると、いつもの優しい雰囲気は消え失せ、冷ややかな声に変わる。
「……エレノアはどこにいる」
友の聞いたことのない声に、レガーノも一瞬たじろぎながらも、いつもの調子で言葉を返した。
「不安なのは分かるが、落ち着け」
次の瞬間、レガーノの胸ぐらをアシェルは掴むと、そのまま壁にレガーノを押し付ける。
「落ち着け? ……婚約者が突然部屋から消えた。それを、落ち着けと?」
レガーノは落ち着かせるために助けを求めようと視線をずらすと、アシェルと同じくらいの殺気を放っているノアと視線が合う。
ノアは今にもこちらに切ってかかりそうなほど殺気に満ちていた。
これはだめだとさらに視線を移すと、アシェルの側近のハリーは、眼鏡をカチャカチャと動かし、それからレガーノと視線を合わせる。
あぁだめだとレガーノはため息をついた。
ハリーですら、現在レガーノに助け船を出す気はないらしい。
レガーノは両手を上げて降参といったポーズを取ると言った。
「すまない。頼むからその殺気を終って、話を聞いてほしい。俺も、戸惑っているんだ。言っておくが俺はエレノア嬢を誘拐したわけじゃないぞ。……おそらく犯人は、メローナの持つ、くまのぬいぐるみだ」
「は?」
「くまのぬいぐるみ?」
「……ぬいぐるみ」
三人の呟きにレガーノはうなずくと先ほどあったことを、出来るだけ詳細に三人に話をしていく。
三人は話を聞いていき、そしてエレノアの記憶がおかしくなっているということを知ると、衝撃を受けた表情で固まった。
「おそらく、エレノア嬢はアシェルに伝えてほしかったのだと思う。だが……名前が、出てこない様子だった」
「一体エレノアに何が起こっているんだ。レガーノ……とにかくエレノアに会わせてくれ」
アシェルの言葉に、レガーノは腕を組むと静かな口調で言葉を返す。
「もちろん会わせるつもりだ。ただ……あのくまのぬいぐるみの正体が分からないのだ。いつからかは分からないのだが、メローナがあのぬいぐるみを持ち始めた。とても可愛がっていてな……魔力を有してはいるが害をなすようなことがなかったので、今までそっとしていたのだ。それが突然こんなことになって……すまないアシェル」
レガーノの言葉にアシェルはじっと視線を向けて言った。
「謝るべきは私ではないだろう。……きっと、エレノアはすごく怖い思いをしている……とにかく案内をしてくれ。レガーノはエレノアの記憶を取り戻す方法とぬいぐるみについて調べてくれ」
アシェルの言葉にレガーノはうなずく。
「わかった。全力を尽くそう」
「エレノア達は人目につくところにいるのか?」
「いや、メローナがいるのは基本的に、メローナだけの温室だ。だから外部からはエレノアとメローナが一緒にいるなどとはわからないだろう」
アシェルはノアとハリーの方へと視線を向けるといった。
「エレノアについては、大著不良にて部屋で休んでいることにしておく。ノアはカモフラージュの為にエレノアの部屋の前にて、待機。ハリーは周囲へ情報を流し、決してエレノアに不利益なことにならないように情報をコントロールしてくれ」
「「はい」」
アシェルは立ちあがると言った。
「では、エレノアのいるところに案内をしてくれ」
「わかった」
アシェルは背筋を伸ばす。
これから何があろうとも、エレノアにどのようなことを言われようとも、自分はエレノアの味方であることに変わりはない。
アシェルは心の中にある自分の不安に一度蓋をする。
今、一番不安に思っているのはきっとエレノアだ。
ならば自分の感情など二の次にして、エレノアのことを考えたい。
アシェルはそう思い、レガーノに続いて歩き出したのであった。






