12話
私はくまさんのぬいぐるみを見て、一歩後ずさったのだけれど、私とレガーノ様の間にメローナ様は割って入ると、声を震わせながら言った。
「え、エレノア様をいじめては……だめです」
片手を広げて間に入ったメローナ様はかすかに震えていて、勇気を出してくれたのだということが伝わってくる。
『お兄様……怖いけれど、エレノア様をいじめるのはだめ!』
くまさんの心の声は聞こえず、だからこそ不気味に感じた。
今自分は記憶の一部が欠落している。それが自分自身でも分かるほどに明確で、私はこぶしを握る。
明らかに、あのくまさんに何かしらの要因があるはずだ。
それを私は探らなければならない。
レガーノ様は大きくため息をつくと、静かに背を伸ばし、それから口を開く。
「いじめているわけではない。ここへは普通は入れないはずだ。それなのに入っていたから尋ねただけだ」
『メローナのぬいぐるみか……怪しい気配を感じた時点で取り除くべきだった……ただ、メローナが大切にしていたから……くそっ。無害に見えたんだがな』
その言葉に私は驚いてしまう。
ただのぬいぐるみではないと気づいていた?
くまさんのぬいぐるみが、何か異形のものに思えて怖くなってくるのに、それすらも自分の中で曖昧になっていく感覚に、私は自分を両手で抱くと、声を上げた。
「レガーノ様、お願いです。私のことを……知らせてください。記憶が……おかしくなっています。大切の人の名前が出てこないばかりか、今の記憶さえ、おぼろげになっています……お願いしまう。どうか、私の大切な人に」
次の瞬間、意識がぷつりと途切れ、私はきょろきょろと見回す。
今まで一体何をしていただろうか。
目の前に私をレガーノ様から守るように立つメローナ様が可愛らしく思えて、私は笑みを浮かべるとメローナ様に言った。
「メローナ様。お騒がせしてしまいすみません。そうだ、一緒にお茶などいかがですか?」
「え? エレノア様?」
『どうしたの? お兄様と喧嘩をしていたのではないの?』
私は小首を傾げると、レガーノ様が言った。
「なるほどな……記憶の改ざんか……メローナ。そのぬいぐるみをこちらへよこせ」
『メローナが大事にしていたし、害がないようだからと放置していたが、突然どうしてエレノア嬢のことを?』
私は、メローナ様を今度は逆に背にかばうと言った。
心の中で誰かがメローナ様を守れと私に言っているような気がした。
「レガーノ様。無理やりはいけませんわ。ずっと思っていましたが、メローナ様を大切に思うならば、もう少し笑う練習をしては? お顔が怖いですわ」
「なっ!?」
『なんだと!? くそ……はぁ一体どうなっているんだ? エレノア嬢は今、どうなっている?』
私は何をレガーノ様は思っているのだろうかと思いながら、メローナ様に言った。
「行きましょうメローナ様。どこかでお茶でもいただきましょう」
「えっと、はい。ではお兄様失礼いたします」
『エレノア様が一緒にいてくれるの? ふふふ。嬉しい。嬉しい。ずっと一緒にいたい』
私達は手をつなぐと一緒に歩き始めた。
魔法でぬいぐるみを奪おうとレガーノは杖を構える。だがしかし、メローナの楽しそうな笑い声に、手を止め、杖を下ろす。
エレノアとメローナの姿を見送ったレガーノは大きくため息をつくと、これからどうすべきかと大きくため息をついた。
「はぁぁぁぁぁ。何がどうなっている。……アシェルが……怒るな。はぁぁぁ。害がないと思っていたのが間違いだったか。だがメローナ……嬉しそうだったな」
妹が笑うのを久しぶりに見た。
どするべきか。
レガーノはとにかくアシェルへと知らせなければならないと、歩き始めたのであった。






