11話
私は現状がよく分からず、辺りをきょろきょろと見回すと、レガーノ様が低い少し怒気を含んだ声でもう一度言った。
「どうしてここにいる。どうやって入ることが出来た」
『ここは王族以外は入れないように魔法がかけられているはずだぞ』
その声に私はどう返事を返すべきなのだろうかと迷いながら、口を開こうとしたのだけれど、レガーノ様は魔法の杖を取り出すと、私の肩を乱暴につかみ、首元に杖を突き向けた。
ぐっと喉に押し付けられる杖。
私はレガーノ様の怒気をはらんだ瞳を見て、息が詰まった。
怖い。
男性に肩を乱暴に捕まれたその衝撃は、私の記憶を呼び覚まさせる。
男性に無理やり押さえつけられた過去の衝撃が再現されているかのような感覚に私は陥り、目の前がちかちかとし始める。
怖くて視線が定まらなくなった。
するとレガーノ様の後ろからカルちゃんが飛び出してくると、威嚇するように全身の毛を逆立てて声を上げた。
「エレノアちゃんから離れろ!」
『いいやつだと思ったのに! この庭にも入れてくれて、いいやつだと思ったのに!』
「正直に答えろ!」
『何の目的でここに侵入した!』
涙が溢れる。
怖い怖い怖い。
私は口をあぐあぐと開け閉めさせ、そして、次の瞬間心の中にぽっかりと穴が開いた感覚に気がつく。
呼びたい名前があるはずだ。
私は今、助けを求めたい人がいる。
その人さえ傍にいてくれたら、私はいつでも安心できた。
それなのに。
「なんで? なんで……名前が……出て……こない。なんで、なんで」
助けてと声をあげればいつも私を優しく抱きしめてくれた人がいたはずだ。なのに、その人の名前が出てこないのだ。
レガーノ様に押さえつけられて怖い。
だけれどもっと怖いのは、愛しい人の名前が、ぽっかりと抜け落ちてしまった自分に気がついてしまったから。
「離せ! エレノアちゃんから離れろ!」
『エレノアちゃん! 泣かないで!』
カルちゃんが私の為にレガーノ様に飛び掛かり、レガーノ様は一歩後ろへと下がると、私のことを見て眉間にしわを寄せた。
「おい。黙っていないで……ちょっと待て。どうしたんだ」
『なんだ? 様子が……おかしい?』
私は両手で顔を覆い、それから顔をあげるとレガーノ様に言った。
「……思い出せないんです」
「え?」
『どういう意味だ?』
ぽたぽたと涙が溢れてくる。
「私の、私の中から、大切な人の名前が、記憶が……抜け落ちています。どうして? どうして……助けて。助けて……怖いのに、呼ぶ名前が、出てこない」
両手で顔を覆い、私は泣き声を上げる。
そんな私を見て、レガーノ様はため息をつきながら言った。
「おい。待て。とにかく説明をしろ。何故ここにいる? どうやって入った?」
『意味が分からない』
私は嗚咽をどうにか堪えながら言葉を返した。
「……わかりません。部屋にいたはずなのに、気がついたら、ここにいました。……そう、ぬいぐるみが。メローナ様のくまさんのぬいぐるみが、メローナ様とレガーノ様の過去を私に見せたんです。それで、メローナ様の傍にいてほしいって……そして気づいたらここにいました」
その言葉に、レガーノ様の眉間にしわが寄った。
「過去を見せた? ちょっと待て、もっと詳しく教えろ」
『話がまとまらねーなぁ。くそっ。めそめそと泣きやがって』
レガーノ様が私に歩み寄ると、私の腕を掴んで立たせようとしてくるけれど、腕を掴まれるのさえも怖くて、私は震えてしまう。
「は、離してください」
「あぁ? 立たせようとしただけだろうが! 自意識過剰か」
『は? なんで……ちょっと待てよ。なんでそんな真っ青な顔で震えてんだよ』
「すみません……」
レガーノ様は私を立たせるとパッと手を離し、それから訝し気にこちらを見つめる。
『なんだよ。その顔。は? は? こいつもしかして……男が怖いのか?』
私は深呼吸を何度か繰り返すと、カルちゃんが私の肩へとぴょんと飛び乗り、顔を摺り寄せてきた。
「大丈夫? エレノアちゃん」
『守れなくて、ごめんね』
私はカルちゃんの体を撫でたその時のことであった。
「……お兄様」
視線を私とレガーノ様は声の下方向へと向けると、そこには、くまさんのぬいぐるみを抱きしめて立っているメローナ様の姿があった。






