10話
ハッと目が覚めると、エレノアは美しい温室の中にいた。そこにレガーノが立っていた。
夢で見た場所。でもレガーノの視線の先に、妹であるメローナはいない。
美しく煌びやかな戴冠式は終わり、私は部屋へと下がると夜の支度を済ませてベッドに横になった。
アシェル殿下とのことを思い出し、私は両手で顔を覆うと、幸せだなぁと枕をぎゅっと抱きしめる。
まるで夢のような時間であった。
アシェル殿下と庭を散策した後、ホールの方へと戻ると、魔法によって行われる余興も見ることが出来た。
氷や炎を使った魔法や、美味しそうなお菓子が空中に浮かび上がる魔法。
始めて見る光景に、私は胸が高鳴ったのであった。
今日のことを思い返しながら、私は街で買っておいた本を読んでいると、部屋の中で物音が聞こえた。
一瞬カルちゃんだろうかとも思ったのだけれど、カルちゃんは王城内の散策に出かけたきりまだ帰ってきていない。
何の音だったのだろうかと思いながら、私は立ちあがると物音のした方へと足を向ける。
ソファの裏の方から物音はした。
ゆっくりとのぞきこむと、そこには可愛らしい黒いくまのぬいぐるみのようなものが置いてあり、私のことをじっと見つめていた。
「え? メローナ様が持っていた、くまさん?」
その瞬間、ふらりと体がよろめきく。
一体何が起こているのかは分からないけれど、世界がぐるりと回転するよう、上と下が逆になるような感覚を味わう。
「これは……」
一体何が起こっているのだろうかと思いながら、ハッと私が顔をあげると、そこは先ほどまでいた、部屋ではない。
しかも世界の色がぼやけて見える。
「これは……なに? どこ?」
私はいつの間にか先ほどのくまさんを抱いており、驚いて話そうとするのだけれど離れない。
「ほら、見て」
『可哀そう。何度見ても、何度思い出しても、だから、ぼくが守らなきゃ』
そうくまさんから声が聞こえ、私はビクリとする。
くまさんの小さな手が指さす方向を見ると、泉の前で泣いている女の子がいた。
「ふぇ……ふえぇぇ」
『どうして。わからない……なんでみんなわたしにいじわるなの……さびしい……ひとりはさびしいよ』
心の中で、悲しみに暮れるように泣くその姿に、私はどうしたのだろうかと思うけれど、近づくことは出来ない。
そしてふと気づく。
女の子をじっと見つめるようにしてたたずむ男の子に。
『守れない……今の俺じゃ、あいつを……守れない』
心の中で響く声に、私は男の子の悲しみや悔しさが伝わってくる。
一人の女性が歩いてくると、男の子の横で足を止める。
「あの子に構うことはなりません。自分の立場を考えなさい。貴方は次期国王となる身。あの子は、非魔力保持者です。貴方が構えば構うほどに、あの子は危険にさらされるでしょう」
『……私は……守らなければ』
その言葉に男の子は、女性を睨みつけて声を上げた。
「メローナに何もしないで下さい。母上。メローナも母上の子ではありませんか」
『なんで……なんでメローナにかまってあげないんだ。なんで、なんで俺にばかり。あんなにメローナは寂しそうにしているのに、俺にもなんで構わせてくれないんだ!』
「……あの子を泉に突き落とすくらい、簡単なことなのですよ」
『……分からせる必要が、あるかしら』
あの女の子がメローナ様ということは、男の子はレガーノ様。そして女性は王太后様なのであろうか。
だけれど、どうして小さいのか分からずにいると、くまさんが言った。
「これ、小さい時のこと。昔のこと」
『メローナはずっと一人。誰か傍にいてあげてほしい』
「母上。お願いです。やめてください」
『なんでだよ。なんで……俺に、俺に力さえあれば』
「ならば関わらず、距離を取りなさい。もし言いつけを守らない場合、メローナがどうなるか……分かっていますね」
真っすぐに冷たく言い放つ一言に、レガーノ様は拳を強く握りしめてうなずく。
それからレガーノ様はメローナ様に背を向けて歩き始め去って行く。
『今の俺には、メローナの傍にいる力がない。力がないんだ……いつか、いつか絶対に強くなってメローナの傍にいるんだ』
決意するような心の声が聞こえる。
それと同時に聞こえてくるのは、メローナの寂しいという心の声であった。
ここは一体何なのだろうか。
くまさんは私のことを見上げると、小さな声で呟いた。
「ぼくだけじゃだめなんだ。メローナは、ぼくだけじゃだめなんだ」
『誰かが傍にいてほしい。そしたら、メローナはもう泣かなくて済む。このエレノアっていう人が傍にいた時、メローナ笑っていた。だから、だから』
ハッと目が覚めると、私は目を覚ますと、その場で大きく深呼吸をした。
何が起こっているのかが分からずに辺りを見回すと、そこには静かにこちらを見下ろしているレガーノ様の姿があった。
意味が分からなかった。
先ほどまで確かに自分の部屋にいたはずだ。
そしてそれからくまさんと共にいた。
けれど今はくまさんはおらず、私のことを睨みつけているレガーノ様がいる。
「どうしてここにいる」
レガーノ様の、怒っているかのような声に、私はビクリと肩を震わせた。






