8話
ロマーノ王国の戴冠式は、王城内にある最も大きな会場で開かれることになっており、今回は周辺諸国からたくさんの来賓が訪れるようであった。
魔法の王国ロマーノ。
その王国でしか見られない魔法だからこそ、他国の王族貴族達も楽しみに参加し散るようであった。
私とアシェル殿下も今日はお揃いのドレスコートで参加となっている。
「アシェル殿下。今日も素敵です」
そう伝えると、アシェル殿下は私の手の甲にキスを落としながら視線だけを私に向けた。
「エレノアも、とても美しいです」
『はぁぁぁ。可愛い! うん、とっても可愛いよ! でもさエレノア、また痩せた? だめだよ! これ以上痩せたら折れちゃうから……今日は一杯食べようね!』
その言葉に、私は最初はキスを落とされて恥ずかしさを感じたのに、そこから一気に笑いを堪える方へと感情が移ってしまう。
「ふふふ。行きましょうか」
戴冠式でお腹いっぱいは食べられないなぁと心の中で思いながらそう伝えると、アシェル殿下がエスコートしてくれる。
きっと今、この人が、私の手首の細さを心配しているなんて、ここにいる皆わからないだろう。
「アシェル殿下」
「ん? どうしました? エレノア」
『さて、気合を入れようかな! エレノアに悪い虫がつかないように気を付けないとね!』
名前を呼べば、名前を呼び返してくれる。
それがとても嬉しい。
私達は一緒に伴い、会場へと入る。
今回はあくまでもロマーノ王国国王陛下となるレガーノ様の戴冠式。故に他の周辺諸国の王族や貴族達はロマーノのしきたりに習って、会場内で待つこととなっている。
小さな話し声などは聞こえるけれど、会場内は普通の舞踏会とは違い、かなり静かな印象だ。
その時、少しくらい雰囲気の厳かな曲が演奏され始め、それと同時に会場内の灯が一度薄暗くなる。
それから、曲に合わせて炎が壁際に設置してあった松明に灯り始め、壁際に、大きな帽子をかぶり、黒いローブを身に纏った魔法使い達が、大きな杖を持って現れる。
それから、床を同じリズムで魔法使い達は叩き、次の瞬間、会場に設置されている王座が青白く輝き、そして今日国王となるレガーノ様が現れる。
その横には、母君であるソレア様、妹君のメローナ様の姿があった。
ロマーノ王国では王族の証の色というものがある。
それが紫である。
レガーノ様は堂々と、その紫を着こなしており、人々はその堂々とした様子に感嘆の声を漏らす。
『さすがはレガーノ様。我らが王』
『堂々としていて凛々しく、ロマーノ王国の国王になんと相応しい方か!』
『前国王陛下が亡くなってから五年。よくソレア様は王国を支えてくださった。そしてそれが次代の王レガーノ様へと引き継がれた』
『なんと感慨深いことか……妹君のメローナ様は魔力なしとなんとも情けないが、レガーノ様とソレア様がいれば我が国は安泰だ!』
様々な心の声を私は聞きながら、その中でもメローナ様に対する悪感情は多い。
『魔力なしが王族とは』
『さっさと追い出すべきだ』
『あれは王族ではない』
メローナ様の顔色は悪く、ぎゅっと今日も人魚を抱きしめている。
『なんだあの人形は……はぁぁ。いつまで子どもでおられる気なのか』
心無いそんな声に、メローナ様は何度打ちのめされてきたのだろうか。
直接的に言われることはなかったとしても、絶対に大人の悪感情というものは伝わっているものだ。
一人庭で泣いていたメローナ様のことを思い出し、私はぐっと胸が苦しくなった。
その時、曲が一度止まり、レガーノ様の挨拶が始まり、そしていよいよ戴冠式へと移る。
本来ならば前王が王冠を渡すはずだが、前王に変わり、王太后であるソレア様がレガーノ様に宝石が美しくあしらわれた王冠をかぶせる。
その瞬間、会場内には拍手喝采がおこり、そして会場の空には美しい虹がかかる。
美しい光景に、皆が歓声を上げ、そしてレガーノ様は堂々と前を向くと言った。
「ロマーノ王国に反映あれ!」
皆が祝福の拍手を送り、私とアシェル殿下も拍手を送る。
一瞬、レガーノ様と視線が重なると、レガーノ様がにっと笑った。
アシェル殿下は私のことを抱き寄せると、レガーノ様に笑みを向ける。
『エレノア。レガーノとは絶対に二人きりになっちゃだめだよ? 危ないからね!』
友人関係は良好な様子だったのに、その点においてはすごく警戒しているアシェル殿下に私は微笑みながらうなずいた。
私がアシェル殿下以外の男性の元へといくわけはないのに。
『エレノア様……笑っている……いいなぁ。私もエレノア様の傍に行きたい』
メローナ様の声が聞こえて、私は視線を向けると、メローナ様がハッとしたようにこちらを見て、それから、小さく、手だけで私に手を振った。
それが嬉しくて小さく振り返すと、メローナ様が可愛らしく微笑まれた。
可愛いなと思っていると、鋭い視線を感じた。
ちらりとメローナ様の横へと視線を移すと、そこにはソレア様の姿があり、私のことを冷ややかな瞳で睨みつけてきていた。
まるで蛇に睨まれているかのような感覚であった。
「エレノア?」
『大丈夫?』
アシェル殿下に呼ばれ、私はハッとすると、気持ちを切り替えて顔に笑顔を張り付けた。
冷たい瞳に、私は一筋縄ではいかなそうな人だなと感じた。
『王には魔力のある令嬢が相応しいわ。……レガーノ。サラン王国のエレノア嬢へと笑みを向けていたけれど……まさかね』
ソレア様の心の声が聞こえてきて、私は内心で同意する。
私とレガーノ様がどうこうなることは絶対にないので、心配しなくてもいいのになと思っていると、ソレア様がメローナ様へと視線を向ける。
『なんで魔力なしなんて……ぬいぐるみ……まだ持っているのね』
ソレア様は心の中で深く深くため息をつく。
国王陛下が亡くなり、王太后としてソレア様はかなり苦労されてきたのであろう。
だからこそ、警戒心が強いのかもしれない。
私はそう思ったのであった。






