5話
レガーノは笑い声をあげたのちに、辺りを見回してからパチンと指を鳴らした。
「ほら、魔法駆けてやったから昔みたいに喋れよ」
『他人の目があるかもしれない場所だと、ずっと丁寧にしゃべるんだよなぁこいつ』
「レガーノ。あのさ、本当にエレノアと何をしゃべってたわけ? 僕のエレノアだからね!」
私のことをぎゅっと抱きしめてアシェル殿下はそう言うと、レガーノ様は笑い声をあげた。
「ははははっ! 溺愛しているっていう噂は本当だったようだなぁ。まぁでも? っふ。婚約だもんなぁ。女心は変わりやすい。それに女は強い男に惹かれるものだからなぁ」
『奪わないと約束はしないぞ』
にやっと笑いレガーノ様がそう言うと、アシェル殿下は私のことをぎゅっと抱きしめたまま言った。
「エレノアは違います~。エレノアは僕のことが大好きだからなね! 僕だってエレノアが大好きだし、そんなすぐに変わるようなものじゃないよ!」
少し怒ったような口調でアシェル殿下がそう言い、確かに、確かにその通りなのだけれど、私は恥ずかしくて顔が熱くなる。
そんな私を見て、レガーノ様が言った。
「まぁだが、幸せそうで何よりだ。アシェル。俺は王になるぞ」
『先へ俺は行くぞ』
その言葉に、アシェル殿下は私を抱きしめる手を緩め、それから真っすぐに真剣な口調で言葉を返した。
「あぁ。おめでとう。いよいよだね」
『レガーノの父上は今から五年前に亡くなっていてね、それから彼はずっと早く国王になりたいって言っていたんだ』
心の声で情報を補足してくれるアシェル殿下に心の中で感謝しながら、私は五年前というと今年レガーノ様は十八歳だったはずなので、十三歳の時にはその決意をしていたのだろうかと考える。
「これからは俺の王国だ」
『今までメローナを守り切れなかったが、これからは違う。母上からも、この王国の人間からもメローナを俺が守る』
ロマーノ王国内部でも色々あるのだろうと思いながらも、二人のやり取りには信頼関係が見えて、私はアシェル殿下にとってレガーノ様の存在は大きいだろうなと思った。
国王という重責。
それは中々に同じ境遇の者はいない。
だからこそ、きっとレガーノ様とアシェル殿下には共通して話せる想いや話題もあるのだろうなと思った。
二人の視線を交し合う姿が、なんだか素敵だなと思っていると、レガーノ様がまた指を鳴らした。
すると、その場にお茶会の席が用意されており、机の上には湯気の立った紅茶が置かれている。
「ここには今誰も入って来れないようにしてある。少し時間が空いているんだ。一緒にお茶でもどうだ?」
『こうやって会えてよかった』
レガーノ様の提案に、アシェル殿下がちらりとこちらを見る。
私はうなずいて見せると、アシェル殿下はレガーノ様に言った。
「ありがとう。本当に久しぶりだから、色々教えてよ。この国についてもさ」
『エレノア突き合わせてごめんね。ありがとう』
アシェル殿下の体調が少し気になるけれど、すごく楽しそうな様子に、大丈夫そうだなとほっとする。
ノア様は私達の後ろに控えており、私が椅子に座る時に、椅子を引いてくださった。
その様子を見たレガーノ様はほうと息をつくと言った。
「竜の気配は、彼か。ふむ」
『エレノア嬢は……なるほど、アシェルの心だけでなく、様々な男の心を虜にしていそうだな』
「エレノアの専属の護衛騎士のノアだよ」
『さすがレガーノ。すぐに気がついたね』
ノア様は私の後ろに控えており、口を開くことはない。
その様子にレガーノ様は口を開こうとするけれど、そんな私の肩の上に、カルちゃんがどこから現れたのか飛び乗って来た。
「ふわぁぁ。エレノアちゃん。こんなところにいたのね。魔法で入れなくなっていたけど、勝手に穴をあけてはいっちゃった」
『魔法って面倒くさいね』
カルちゃんが姿を見せると、レガーノ様は一気に興味をそちらに持っていかれたのだろう。驚いた様子で言った。
「カーバンクルか。始めて見た。しかも……普通のカーバンクルとは少し違うな」
『俺の魔法に穴をあけたのはこいつか。すごいなぁ。というか、こいつはどこでも入りたい放題になってしまうな。ふむ。少し厄介だな』
レガーノ様はカルちゃんに興味津々の様子であり、カルちゃんはちらりとレガーノ様を見たのちに言った。
「ふふん。あなたの魔法くらい、どうってことはない」
『あ、この人には偉そうな態度のほうがよかったかな』
カルちゃんの様子に私は可愛いなぁと和んでしまう。
レガーノ様も可愛らしいものが好きなのだろう。手がわきわきと動き、カルちゃんを今すぐにでも撫でたいという雰囲気が伝わって来た。
「レガーノは可愛いものに目がないね。それで、メローナ嬢とは、仲良くしているの?」
『さぁ、どうかな』
レガーノ様はカルちゃんに撫でていいか尋ねて、了解をもらうと、カルちゃんの頭をゆっくりと撫でている。
怖い顔をしているけれど、心の中は楽しそうだ。
「仲良く……これからだな。王位を継ぎさえすれば、母上には文句は言わせない」
『カーバンクル。可愛いなぁ。可愛いなぁ。ふむ……メローナも人形ではなく、こうした生き物が傍にいればいいのだがなぁ……』
それはあの人形ではなくという意味だろうか。
「……相変わらずなのかい?」
『レガーノとメローナ嬢の母君であるソレア様は、魔力をもたない者をかなり迫害する人柄のようなんだ。だから……レガーノとメローナ嬢が関わるのも嫌がっていたんだ』
母に嫌われるという生活は、どれほど辛かっただろうか。
私はメローナ様の気持ちを想像して胸が苦しくなった。
自分の母に愛されないというのはすごく寂しいことだ。
私にはもうアシェル殿下がいるから、大丈夫だけれど、メローナ様は今どんな気持ちなのだろうか。
頼れる人はいるのだろうか。
私はそう思ったのであった。
◇◇◇
「……あれは、サラン王国の……」
二階の窓から庭の様子を見ていたソレアは、楽しそうに談笑する姿に大きくため息をついた。
「国王になろうともあろうものが……魔力なしなんかと喋って……はぁぁ。まぁ、サラン王国とは関わっていて損はないけれど、ですが、出来れば魔力なしとは関わらないでほしいものだわ」
腹立たし気にそう呟いたソレアは、机の上に広げていた水晶に手を翳す。
水晶は青白く光り輝き、それから、影を映し出す。
「……はぁぁぁ」
深く疲れたため息。
ソレアは指先で水晶を撫でながら呟く。
「……そろそろ……メローナにはこの国を去ってもらった方がいいでしょうね」
王族の血を引いていようとも、魔力なしである。
ソレアはだからこそレガーノのことは次期王として厳しく育てて、メローナとは距離を取らせてきた。
次期国王が魔力なしを大事にしているなどという噂など流れてはならない。
「そろそろ決着を付けなければならないわね」
ソレアは小さく呟き、それから、水晶から手を離したのであった。
◇◇◇






