4話
心の中でずっと怖いと呟きながらうつむくメローナ様に、私は兄妹仲は良好ではなさそうだなと思っていると、レガーノ様の心の声が響いて聞こえてきた。
『メローナ……今日も可愛いな。うん。我が国にメローナ以上に可愛い娘はいないな。はぁぁぁ。俺に懐いてくれればいいのだが、難しそうだしな……それに母上件もある故、俺がメローナに近づかないのが一番……それは分かっているのだが、可愛い』
想像の五倍ほど、レガーノ様のメローナ様への愛情が重たいのを私は感じながら、小さく深呼吸をしてから言った。
「この度は戴冠式へのご招待ありがとうございます。メローナ様もお兄様であるレガーノ様の戴冠式が楽しみなのではないですか?」
少しでも橋渡しに慣れればいいなぁと思いそう言うと、メローナ様が絶望的な表情で私を見上げた。
『は、話しをふられたけど……えっと……お、お兄様は私なんかが戴冠式を見ることすら、嫌がるんじゃ……ど、どう答えれば』
『メローナが楽しみに? ふっ。それならば一段と華やかに着飾らなければな。ふふふ。この女、良いことを言うではないか』
どうにもかみ合っていない二人に、どうしようかと思いながら私は語り掛ける。
「私も参加いたしますの。メローナ様もきっと美しく着飾られるのでしょうね?」
するとさらにメローナの表情が青ざめる。
「えっと……そ、そうですね」
『どうしようどうしようどうしよう。私……ドレスなんて……持ってない』
その言葉にぎょっとしてしまう。
戴冠式は明日である。では、一体メローナ様はどのような衣装を着るのだろうかと思っていると、メローナ様はレガーノ様の顔を見てしまい、さらに青ざめると、頭を慌てて下げて言った。
「す、すみません。し、失礼します」
『だめだ。もう耐えられない。エレノア様とはもっとおしゃべりしたかったけどさようなら』
声をかける間もなく逃げるように走り去っていくメローナ様に、私は小さく息をつく。
もっとお話しできたらよかったのにと思っていると、レガーノ様の心の声が聞こえた。
『メローナが喋ってくれた……可愛かったな……はぁぁぁ。もっとこう、妹と仲良くなりたいのにどうにもうまくいかない。エレノア嬢は一体どうやってメローナと喋っていたんだ』
私はレガーノ様へと視線を向けると、その表情は眉間にしわが寄り、鋭い瞳で私を睨みつけてくる。
そんなレガーノ様に、私は微笑みかける。
「レガーノ様はメローナ様を大切に思っていらっしゃるのですね。ふふふ」
すると、レガーノ様は小さくうなずき、メローナ様の残像を追いかけるように視線を向ける。
「あれは、まだ幼い。本当は傍にいてやりたいが……そうもいかん。エレノア嬢……よければこの国にいる間、メローナと仲良くしてもらえると助かる」
『メローナが……自分から近寄る人間はなかなかいないからな』
その言葉に、私はレガーノ様はメローナ様が冷遇されていることは知っているのだろうかと疑問に思う。
ただ、知らないわけはないだろうという考えも浮かぶ。
だけれど一応と、私は先程の侍女のことを、レガーノ様にそれとなく伝えることにした。
「先ほど……メローナ様が転んでも手当てをしない侍女がおりました。お可哀そうに泣いていたのです」
次の瞬間、怒りの感情の心の声が怒鳴り声のようにして聞こえ、私は身を強張らせた。
『またか! 何度も何度も、メローナの為にと侍女を変えてきたと言うのに! 母上の仕業だな……くそっ。まだ母上に力が及ばん! これでは、メローナを守れん』
事情があるのだなと思っていると、レガーノ様が口を開く。
「教えていただき感謝する。こちらでしっかりと対応しよう」
「よろしくお願いいたします。……あと」
「まだ何か?」
『くそっ。まだ何かあったのか。守れんのが不甲斐ない』
私はそれとなく気がついたという風を装って告げた。
「先ほど、メローナ様……明日の戴冠式のドレス、何やら心配している様子でしたわ。大丈夫でしょうか」
すると、レガーノ様はその言葉に少し考えこむようにして黙る。
『……衣装は俺が手配していたはずだが……また母上の手が入ったか。ふっ。だが俺だってそれは対策済みだ! メローナの衣装ならばすでに十着以上俺の部屋に置いてある!』
その言葉に、私は、何とも言えない気持ちになる。
対策としてはたしかに有用なのかもしれない。先ほどから母上という言葉が聞こえてくるのでレガーノ様の母上であるロマーノ王国王太后様が関係してきているのだろう。
ただ、妹のためにと部屋に妹のドレスが十着もあるというのは……重度のシスコンの可能性が見えてきた。
「大丈夫だ。心配はない」
その言葉に、私はただうなずく。
家族には色々な形があるように兄妹にも色々な形があるだろう。
私がノア様を兄のように慕うように、メローナ様も慕っているのだろうか。今の所そのような雰囲気はない。
「エレノア嬢は、メローナをどう思った」
不意に問いかけられ、私は首を傾げる。
「どう? とても、とても可愛らしい方だと思いましたわ。ぱっちりとした目に、可愛らしいくるりんとした髪。ふふふ。レガーノ様はあのように可愛い妹君がいて幸せですわね」
「あぁ」
『よくわかっているではないか! そうだ。メローナは、メローナは可愛い。……魔力がないからと、なんだ。エレノア嬢だって魔力は持っていない……はぁぁ。メローナにとってこの国は生きづらいだろうな』
心の中で吐露される思い。
思っていてもそれをうまく伝えられないのだろうなと思い顔をあげると、レガーノ様と視線が重なる。
「……美しいな。ふむ。……メローナも、そなたが気に入っていたな」
『妻に魔力なしを迎えれば、メローナの味方になってくれるだろうか』
予想の斜め上の考えに、私はこのままではいけない気がして立ち去ろうとした時、レガーノ様に手を取られそうになる。
だがしかし、そこで、もう一つの手が、レガーノ様の手を抑えた。
「レガーノ殿。久しぶりです」
ノア様がアシェル殿下が来てくれたことでほっとしたように息をつくのが分かった。
『良かった。エレノア様は男性の心を意図も容易く無自覚に手に入れるからな……さすがに王族相手では間に入るわけにもいかなかったので魔術具でアシェル殿下を呼んだが、すぐに来てくれて良かった』
魔術具で呼んでくれたのかと、ほっとし、私はアシェル殿下へと視線を向けると言った。
「アシェル殿下、体調は大丈夫ですか?」
「えぇ。大丈夫です」
『まさかすでにレガーノと会うとはね。はぁぁ。エレノアは美人なんだから、気を付けなくちゃだめだよ?』
会った人合った人が私のことを好きになるわけではないのになと思っていると、レガーノ様はニッと笑みを浮かべて言った。
「なんだ。婚約者を奪われるとでも思ったのか?」
『ちょっと思っていたがな』
アシェル殿下はレガーノ様から手を離すと言った。
「……レガーノ殿が女性と浮名を流していると言う話は、サラン王国にも聞こえてきていますよ?」
『この男は女たらしで有名だから、エレノア、気を付けてね!』
「根も葉もない噂だ」
『向こうが誘ってくるのだから仕方がないだろう』
その言葉に、私は一歩レガーノ様から距離を取ったのであった。






