3話
ロマーノ王国はサラン王国とはまた雰囲気が違っていた。
空気感からも違って、サラン王国よりも湿気が少なく、なんだか空気が軽いようなそんな感じがした。
庭へいくと違いは更に顕著になった。
サラン王国では見かけない花々が美しく咲き誇っており、特に可愛らしい小さな蕾の花々が多い。
風土によって育つ植物もこんなに違うのだなぁと思っていると、庭の奥の方から泣き声が聞こえてきた。
それは心の声であり、まだ幼さの残る少女の泣き声であった。
大丈夫だろうかと心配になり、私は泣き声のする方へと足を向けると、怒鳴り声のような声が聞こえてきた。
「……はぁ……さっさとお立ち下さい! 姫様、私は忙しいのです!」
『なんで何もないところで転ぶのよ。あー嫌。本当に、魔力持っていない人間なんて相手にしたくないのに』
「ふぇ……ご、ごめんなさい」
『痛いよぉ……庭に行きたいなんて言うんじゃなかった……ふえぇ』
「はあぁぁ。面倒くさい……魔力がないって本当に不便ですね。庭までは案内ししました。では失礼します」
『あーあ。戴冠式に合わせて王城にも大量の魔力なしの人間が多いし……はぁ嫌だ嫌だ。でも他国の要人は適当には扱えないし、面倒くさいわぁ~』
「あっ……」
『行っちゃった……』
すたすたと歩き去って行く足音が聞こえ、こちらに来るなと身構えていると、それは一人の侍女であった。
侍女はこちらに向かって微笑みを浮かべて一礼をすると立ち去っていく。
表面上では問題のない侍女だけれど、なるほどと思った。
魔力のない人間は差別対象なのだなということがよく伝わって来た。
私は未だに泣き声のしてくる方へと視線を向け歩いていくと、庭先にしゃがむ、一人の少女を見つけた。
少女はぐすぐすと泣き声を漏らしながら心の中で呟く。
『寂しい……メローナのこと、皆嫌いで、誰も、メローナと一緒にいてくれない。お兄様もお母様もお城の皆も……魔力を持っていないメローナは、嫌われ者』
たしか、ロマーノ王国の姫君は10歳の少女だったはずだ。
姫という立場であろうとも、魔力がないというだけでこのような扱いを受けるのかと私は思いながらメローナ様に声をかけた。
「こんにちは。大丈夫ですか?」
そう声をかけると、少女の体はびくりと揺れ、慌てた様子で立ち上がり、こちらを振り返ると、スカートをちょんとつまんで一礼をする。
「だ、大丈夫でございます」
大きな菫色の瞳は涙で潤んでおり、だけれど頑張ってこちらに一礼をしてくれる。
瞳と同じ菫色の髪の毛はくるりんとカールがかかっており、それが一段と愛らしく見えた。
なんと可愛らしい少女だろうかと、私は胸がときめく。
他国の王族の一礼に、私は美しく一礼をして返す。
「お初にお目にかかります。私は、サラン王国より参りました、アシェル・リフェルタ・サラン王子殿下の婚約者エレノア・ローンチェストと申します」
「あ、えっと、わ、私は、ロマーノ王国の……その……えっと、メローナです」
『すっすごい! お姫様だ! お姫様みたい! こんな風に……挨拶はしたらいいんだ……恥ずかしい……』
慌ててそう言うメローナ様に、私はなんと可愛らしいのだろうかと思うと同時に、しっかりとした王族教育を受けさせてもらえていないのだなと心苦しくなった。
「メローナ様とお呼びしてもよろしいですか?」
私がそう尋ねると、メローナ様は驚いたような顔を浮かべたのちに大きくうなずいた。
「は、はいっ!」
『私のことを、呼んでくれの!? わあぁぁぁ! 嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!』
可愛らしい人だなと思いながら、私は微笑みながらうなずき、後ろに控えていたノア様に言った。
「膝をすりむいてしまったみたい。救急箱を取ってきてもらえますか?」
ノア様は近くに侍女がいるのが見えたからか、うなずくと言った。
「すぐそこに侍女がいるようですので伝えてきます」
『できればあまり離れたくはないのだがな』
見える範囲だからだろう。ノア様はうなずくと侍女に声をかけてからすぐに戻って来た。
本当に一瞬で帰ってくるものだから私は笑ってしまいそうになるのを堪えた。
侍女は救急箱を持ってくると、私はメローナ様の治療をお願いをした。すると、心の中で魔力もちに触れたくないと言う声が聞こえて、先ほどの侍女だけの問題ではやはりないのだなと実感をした。
メローナ様の治療が終わった後、私達はベンチへと腰掛けた。
「足、大丈夫ですか?」
「あ、はい……大丈夫です」
『治療してもらえるなんて思わなかった。サラン王国のお姫様は……優しいなぁ』
「私のことはエレノアとお呼びくださいませ」
そう伝えると、大きな瞳がさらに大きく見開かれた。
「え、エレノア様?」
『お名前を呼んでも、いいの? 怒られないの? なんでこんなに優しいの?』
メローナ様は、これまでどのように暮らしてきたのだろうか。
私は心配になりながらも、メローナ様と他愛ないおしゃべりをしていたのだけれど、その時、ぞっとするような悪寒を感じた。
どこからだろうかと思っていると、メローナ様の持っている人形と視線があった。
黒い隈のぬいぐるみであった。
メローナ様はそのぬいぐるみを大事そうにぎゅっと抱っこしており、私は尋ねようとした時であった。
「……おい。何をしている」
怒っているようなその声が聞こえ、振り返ると、そこにはメローナ様と同じ髪と瞳の色を併せ持つ、身長の高い男性がいた。
厳かな衣装に身を包み、こちらを鋭い瞳で睨みつけてくるその男性を見て、私はアシェル殿下の言葉を思い出す。
「顔が……怖い」
小さく呟いてから、私は慌てて口をつぐみ、笑いそうになるのをぐっと堪える。
それから立ち上がると、メローナ様の時と同様に挨拶を述べ、美しくしく一礼をしたまま声が駆けられるのを待っていると、男性は私のことをじろりと睨みつけながら言った。
「あー……アシェルの嫁か」
『何故メローナと一緒にいる?』
その言葉に私は顔を思わずあげると、顔をが熱くなっていくのを感じた。
嫁。
アシェルの、嫁。
その言葉に、じわじわと顔が熱くなっていく。
いずれはそうなりたいし、そうなるのだけれどそう言われると、なんだか恥ずかしいような嬉しいような気持ちが溢れ出てきてしまう。
そんな私のことを見て、ロマーノ王国国王となるレガーノ様はにやりと笑みを浮かべた。
『さすがは傾国と謳われるだけあるな。美しいが……アシェルの嫁だけあるな。嫁と言われるだけで恥ずかしがるなんて……子どもっぽいアシェルにはピッタリだ』
その言葉に、私はアシェル殿下のことを子どもっぽいと思っていることに驚いた。
私の横にいたメローナ様は、私の後ろにさっと隠れた。
それを見てどうしたのだろうかと思っていると、メローナ様の心の声が聞こえてくる。
『怖い……怖い。怖い』
やはり顔が怖いからだろうか。
私はレガーノ様を見て思った。
顔が怖いと不便だろうなぁと。






