二十七話
海風を感じながら、私は大きく深呼吸をした。
横にはアシェル殿下が立ち、一緒に船に乗ると神々の島を見つめる。
「あっという間でしたね」
「そうだね。色々なことがあったから、本当に一瞬だったね。でも、エレノアと一緒にどうにか乗り越えられて良かったよ」
『疲れたねぇ~』
私達は島をじっと見つめながらどちらともなく手をつないだ。
本当にあっという間の国交会であった。あの一件からであっても国交会はその後続けられた。私とアシェル殿下はしっかりとその後交流をしていった。
他の国々の方とも仲良くなり、今回の国交会は本当に有用なものとなった。
獣人の国のカザン様やリク様と分かれる時、また獣人の国にも遊びに来てと誘われた。
今回は中々話をする機会もなかったので、是非アシェル殿下と一緒に行きたいと放したのであった。
「獣人の国にも行ってみたいですね」
私がそう言うと、アシェル殿下は肩をすくめた。
「行ったら最後、エレノア取られそうで怖いよ」
『リク殿も、本気になりつつありそうだし、恋敵が多いなぁ』
船が動き始め、ゆっくりと島が遠ざかり始めた。
私はアシェル殿下の方へと視線を向けると、アシェル殿下も私の方を見ていた。
しばらくの間私達は見つめ合っていたのだけれど、アシェル殿下はふと思い出したかのように口を開いた。
「エレノア。僕さ、竜の羽を縛って転げ落ちた時さ、情けないけど死んだらどうしようって、すごく不安になったんだ」
『うん。あの時は、本当に死ぬと思った』
笑っているけれど、声は真剣であった。私はその声にうなずくと、アシェル殿下は空へと視線を向けた。
「そう思ったら、怖かったよ。あと、なんか色々想像して死ねないって思った」
「色々、ですか?」
アシェル殿下はそっと私の手を引くと私のことをぎゅっと抱きしめながら言葉を続けた。
「うん。エレノアの取り合いが始まるだろうなとか、そしたらエレノアは誰かと結婚するのかなとか……幸せにはなってほしいけれど、エレノアを幸せにするのは僕がいいって思ってさ。そしたら死ねないなって思ったよね」
自分で話しながらアシェル殿下は笑う。
海風が強く吹き抜けていく。
「エレノア。これからたぶん、エレノアを欲しいっていう人や国が増えてくると思うけれど、僕を選んでくれる?」
『僕はもう君以外は考えられない』
今回の一件で私が精霊にも妖精にも愛されていることが他国にも気づかれてしまった。
心の声が聞こえるという事は気づかれていないけれど、私のアシェル殿下を探す様子から他にも何かあるのではと勘繰っている国があるとのことだ。
けれど、たとえどのような条件を出されようとも、私はアシェル殿下の横にいたい。
「もちろんです。私は……アシェル殿下の傍にいたいです。これからずっと一緒にいられたら私はきっと幸せです」
「ありがとう。幸せにするから」
『もっと頑張るよ。よーし! 僕頑張るよー!』
「私も、アシェル殿下を幸せにしますわ」
私達はくすくすと笑い合い、そして船は神々の島を出発して広い海へと出た。
寄り添い合いながら、船の甲板にあるベンチに腰掛けながら私達は海風を感じる。
美しく広い海を見つめていると自分という物が小さく思える。
「不思議なものですね……私、ほんの一年前は、これから自分はどうなるんだろうって自分の能力のことや乙女ゲームのこととかで頭を悩ませていたのに……」
自分はこの略奪ハーレム乙女ゲームの世界でどうやって生きて行ったらいいのだろうかと考え、何故自分には心の声が聞こえる能力があり、悪役令嬢という配役なのだろうかと悩んでいた。
心を病みそうになった時もあった。
本物の悪役令嬢エレノアと同じように、心が苦しかった。けれど、アシェル殿下と出会って私は自分でも変わったと思う。
アシェル殿下は嬉しそうに微笑むと、私の手をぎゅっと握る。
私は握り返しながら、心臓が煩くなっていく。
きっと悪役令嬢のエレノアはこんな感情知らなかったのだろうなと思う。
触れるところから自分の想いが伝わってしまうのではないかと思う。
「これからもよろしくね。エレノア」
『こうやってこれからも君と一緒に過ごせて行けたら、幸せだろうね』
「はい」
私の方こそ幸せだと思う。
アシェル殿下は知らないのだろうけれど、今でも私の心は、アシェル殿下の言葉や仕草一つ一つに翻弄される。
手を握っている今だって。
「エレノア?」
つい視線がアシェル殿下が握ってくれている手へと向いているとそう声を掛けられて私はハッとした。
つい、手が大きいななんてことを思ってドキドキとしていた。
「はいっ」
視線を彷徨わせると、アシェル殿下は可愛らしく笑い、それから私の額にキスを落とした。
「エレノア。その顔は反則だよ」
『はぁぁぁ。本当に可愛い。あー。オリーティシア様もココレット嬢もエレノアにメロメロになっちゃうしさ。はぁぁ。もう。僕は大変だよ~』
「メロメロ?」
小首を傾げると、アシェル殿下は両手で自身の顔を覆った後に、私のことをぎゅっと抱きしめた。
「あー。もう、しんどい!」
『むぅぅ』
よくわからなかったけれど、アシェル殿下に抱きしめられると幸せに包まれているようでとても心地がいい。
私はぎゅっと抱きしめ返しながら、このまま幸せがずっと続きますようにと思ったのであった。
「コホン」
『狼殿下、ぼん、きゅ、ぼーん』
そう心の声が聞こえて、私はハッとすると慌ててアシェル殿下と距離を取る。
いつの間にかに後ろにはハリー様が控えており、私達は苦笑を浮かべた。
ちなみに、今回の騒動の間ハリー様は火山付近にある各国と連携を取り被害を最小限に控えられるようにとかなり奔走していたらしく、私達とは別で大変だったらしい。
仕方がないこととはいえ、一人別行動だったので少しすねているらしいハリー様はいつもよりも少しだけ唇が尖っている。
私は平和が一番だなぁと、笑いながら思ったのであった。
「エレノア様。帰ったらまた特訓再会しますよ」
『ぼん、きゅ、ぼーーーん!!!』
「望むところです。ちゃんと友好的か、好戦的か、批判的なのか各国の心の声は振り分けてノートに記録してありますわ」
初志貫徹。私はにっこりとハリー様に向かって微笑むと、ハリー様が一瞬眉を寄せた。
『っく……小悪魔め』
「エレノア! もう! だめ!」
『ハリーまでエレノアの魅力に! っく。小悪魔めー!』
私はなんのことかと、首をかしげるしかなかった。
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