二十五話
地上では歓声が上がる中、古竜が再び目を覚まさないようにと、魔術師達は次々に穴の中へと降りていく。そして、古竜が深い眠りに落ちるように、更に何重にも魔術を発動させていく。
空中からそれを見ていた私は、大きく息をつき、それから顔をあげるとエル様に言った。
「エル様本当にありがとうございます。地上に下ろしてくださいますか?」
「わかった……少し、眠る」
『やっと眠ったか。はぁ……ぎりぎりだったな』
「ありがとうございます。エル様」
地上へと降りた後エル様は姿を消した。
私は、辺りを慌てて見回す。
空を見上げると、上空を飛ぶノア様の姿があった。無事でよかったと思う反面、焦った様子で空を飛ぶ姿に、不安が過る。
歓声を上げる騎士や獣人達。皆が満身創痍であり、土にまみれているがそれでも力を合わせて戦い抜いたことで、古竜を地下へと押し戻しが成功したことに皆が歓喜している。
『やったぞ! 勝った! 生き抜いた!』
『これも予言の乙女のおかげだ! だが、空に人が浮いていたような』
『妖精が突然加勢してくれるなど思ってもみなかった!』
様々な声が聞こえてくるけれど、私が聴きたい声が聞こえない。
私は震える手を抑えながら周囲を見回し、駆けだした。
人と人との間をきょろきょろと見回しながら駆けていく。
「どこ……どこに」
聞こえない。
次第に胸の中が不安で押しつぶされそうになり始める。
目頭がどんどんと熱くなり、涙が零れそうだ。
「どこに……お願い……聞こえて」
私はハリー様との特訓を思い出しながら、瞼を閉じて、集中していく。
色々な人の心の声が渦巻く中で、たくさんの声、音がまじりあう。それを糸を探るように集中して、声を、手繰り寄せる。
それなのに……。
聞こえない。
私は瞼を開けた。
聞こえないのだ。
瞳から、涙が、零れ落ちていく。
大切な人の心の声が、聞こえない。
胸の中が締め付けられて、最悪の事態が脳裏をよぎっていってしまい、私の瞳からは音もなく涙が、落ちていく。
嫌だ嫌だ嫌だ。
怖い。怖い。怖い。アシェル殿下の心の声が聞こえない。
エレノアと呼ぶ声が聞こえない。
可愛らしくて、愛しい人の声が、聞こえない。
「ぃ……や。お願い……聞こえて……アシェル殿下……」
世界から音が消えた。誰の心の声も聞こえない。まるで真っ暗闇の中に自分一人がいるようで、その瞬間、私は言いようのない孤独感の中へと落とされる。
「いや、いや、いやあぁっ。お願い、お願いです。神様、アシェル殿下の声を……聴かせて」
私はアシェル殿下に出会って、世界が変わったのだ。
色が付いた美しい世界。なのに……嫌だ。
一つ一つ色が消えていくような感覚。体から、力が抜けていく。
その時であった。
『エレ……ノ』
私は振り返った。確かに今、聞こえた。私の世界はその瞬間に色を全て取り戻し、私の体は動き出す。
私は走り出し、周囲を見回す。
「どうなさいましたか?」
『何故ここに?』
「あの、ご令嬢。大丈夫ですか?」
『美しい人だなぁ』
声を掛けられるけれど、私は返事をする余裕もなく、周囲を見回し、そしてまた駆け出した。
先ほどの声はどこから聞こえたのか、私は必死で走り続けた。その時、また、声が聞こえ、私は足を止めると、耳を澄ませる。
全神経を耳に集中させて、目を閉じる。
今度こそ絶対に聞き逃しはしないという思いを抱く。
「見つけた」
私は目を開けると、駆け出し、そして大きな岩の下にある隙間を必死で手で掘り始めた。
「誰か、誰か手伝ってください! ここに、人がいるんです! お願いします!」
声をあげながら、私は必死に土を掘り進めていく。近くにいた騎士の方々がこちらをぎょっとした表情で見ていることに私は気づきながらも、掘り続けた。
爪が割れ、血が出るけれど、そんなことは関係ない。
『突然なんだ?』
『さっき、走りながら突然目をつむったかと思えば、穴を掘り始めたぞ?』
そんな心の声が聞こえるけれど、私は声を上げ続けた。
「お願いします。ここにいるんです! 手伝ってください!」
手は震え、怖くて声も震える。
けれど、どうにかして助けなければと私は必死になって手で掘り続けるしかない。
「ここを掘ればいいのだな?」
「エレノア様? ここ!?」
ハッと横を見ると、そこにはカザン様とリク様の姿があり、二人は私と共に穴を掘り始めてくれた。
私は、泣くのをぐっと堪えて頷いた。
「はい。ここに、ここにいるんです」
「誰か! スコップになりそうなものはないか!」
「岩をどけた方が早いのでは、力を合わせるぞ!」
「魔術具のあまりを集めてこい!」
次々に声が聞こえ始め、私が顔をあげると、皆が、協力してくれていた。
疑心的な声もあるけれど、それでも、私の言葉に耳を傾けて、手伝ってくれた。
「あり……がとうございます」
私も必死に掘り進め、そして魔術具を使って巨大な岩を取り除いた瞬間、その下の隙間に、アシェル殿下がぐったりとした様子で倒れているのが見えた。
私は血の気が引き、声を震わせながら叫んだ。
「アシェル殿下! 今、今助けます!」
私が身を乗り出そうとすると、後ろからいつ来たのかヴィクター様に止められた。
「俺が行こう。下がるのだ」
『アシェル殿!』
ヴィクター様は隙間にいたアシェル殿下を担ぎ上げると、地上へと昇り、地面へと二人を寝かせた。
「アシェル殿下!」
私は震えながらそう名前を呼ぶけれど、反応はない。
「アシェル……殿下」
私がアシェル殿下の手をぎゅっと握った瞬間、エル様が姿を現し、笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。集中して。体を癒すイメージだ。さぁ、大丈夫」
『エレノアならば癒しの風も使えるだろう』
いつもよりも姿がエル様は薄れており、恐らく限界が近いのだろうと思う。それなのに、私の元へと助ける為に現れてくれた。
力を貸してくれる。
私はエル様と共に集中していくと、手が温かくなり、次第に風が私達の周りに吹くのを感じた。
そしてそれはアシェル殿下を包み込んでいく。
「エレノア。私はここまでだ」
『もう、大丈夫だろう』
私が返事をする前にエル様は消えてしまい、その時、アシェル殿下の瞼がピクリと動き、口元が動く。
「エレ……ノア?」
「アシェル殿下!」
私は手をぎゅっと握り、アシェル殿下をじっと見つめていると、アシェル殿下はゆっくりと瞼を開け、そして体を起き上がらせた。
私はその瞬間に、全身から力が抜け、緊張から強張っていた顔と涙腺が崩壊するのを自身でも感じた。
「あ……しぇ……る……でんかぁぁぁ」
声が震えて涙がとめどなく溢れ、私は両手を伸ばすと、アシェル殿下に抱き着いた。
「え? え? エレノア!? ごめん。どうしたの!? えええ?」
私を抱きとめて呉れたアシェル殿下は、戸惑っている様子だったけれど、私は構わずにぎゅーぎゅーと抱き着いてしまう。
怖かった。アシェル殿下が死んでしまうかと思って、本当に怖かったのだ。
「ふぇ……ご、ごめんなさい……怖くて、怖くて……すみません。アシェル殿下……ご無事でよかったです」
涙が止まらず、私はアシェル殿下の腕に抱かれて泣き続けた。
そこへ空を飛んでいたノア様が慌てた様子でやってくると、声をあげた。
「良かった。ご無事で! 申し訳ありません!」
『あの時、アシェル殿下の手を掴むことが出来れば』
ノア様の言葉に、アシェル殿下は首を横のふり、にこりと優しく微笑んだ。
「あのような突然の場面では難しいですよ。大丈夫。でも、心配してくれてありがとうございます」
『心配かけちゃったなぁ』
私はアシェル殿下の腕の中から顔をあげて見上げると言った。
「心配しました」
「う……ごめんね。けど、エレノアも無事でよかった」
『本当に、無事でよかった。けがはしてない?』
アシェル殿下は私の頭を優しく撫でて、もう一度ぎゅっと抱きしめてくれた。私は、皆が見ていることは分かっていたけれど、アシェル殿下と離れるのが嫌で、もう一度ぎゅっと抱き着くと、しばらくの間その胸元に顔を埋めた。
「エレノア?」
『えーっと……皆、見てるよ?』
アシェル殿下の言葉に、私は小さく返した。
「ごめんなさい……離れたくありません……あと少しだけ」
その場がきゅに静かになったかと思うと、突然心の声の嵐が巻き起こった。
『っぐ……可愛すぎるでしょう! エレノア! だめ! こんなところでそんな無防備に可愛いをまき散らしたら!』
『……可愛い』
『え? 何それ、可愛い』
『エレノア様……可愛い。あー! アシェル殿下が羨ましい!』
私は急激に恥ずかしくなり、そっと、アシェル殿下から離れると、うつむいた。
「ごめんなさい。わがままを言いました」
次の瞬間アシェル殿下が私のことをもう一度抱きしめると、その後立ち上がり、私のことを横抱きに抱えた。
「きゃっ」
そして耳元でささやかれた。
「はぁ……エレノアが可愛すぎて、誰かに連れ去られないか心配だよ」
『やっぱり可愛いっていうのは、罪なんだねぇ。はぁ。僕の前だけにそういう可愛い姿は見せてほしい』
なんとなく、アシェル殿下に可愛いと思ってもらえることは嬉しくて、私はつい笑ってしまうと、アシェル殿下はため息をついた。
「本当に、もう少し危険性を意識して。狼の群れの中に自分が混ざっている羊だって考えてごらんよ」
『大量の狼に囲まれていることをもう少し意識すべきだと思うよ!』
私はどう返すべきだろうかと思っていると、私達の前にユグドラシル様が姿を現した。
「エレノア。古竜は最後の仕上げに、金の粉で埋めてあげたから、安心してね」
『妖精の粉の大量にプレゼントしてあげたわ』
私はその言葉に、古竜はどうなったのだろうかと尋ねたのであった。
春ですねー(◡ω◡)
眠くなりますねー(*´ω`*)
お昼寝したいけれど、うちのちびちゃんが上に乗ってくるので横になることすらできません。くっ。座ってきてもよじ登ってきます。






