二十二話
私はその後アシェル殿下と共に急いでココレット様の元へと戻った。
会場内は緊迫した雰囲気となっており、周辺諸国の王族達はそれぞれ自国へと魔術具を使い指示を出し、カザン様は古竜を眠らせるための作戦の採取的なまとめを取り仕切っている。
アシェル殿下はすぐにその輪の中へと加わり、私は氷嚢をもってココレット様の元へと戻った。
「ココレット様。大丈夫ですか?」
額を抑えているココレット様に声をかけるとココレット様はうなずき、顔をあげると笑みを浮かべた。
「大丈夫です。少し、緊張しているだけです」
『きばらんと。はぁ。大丈夫。きっと上手くいく』
緊張が伝わってくる。
私は氷嚢を手渡すと、ココレット様はそれを受け取り笑顔を浮かべた。そして自身の頭にそれを当てて息をついた。
「ありがとうございます。未来がごちゃごちゃとしていて、頭が痛かったんです。少し和らぎました」
それから少しして、ココレット様が皆に向かって声をあげる。それは、古竜を眠らせるための戦いが始まる合図で会った。
噴火する火山や、その被害を最小限にする避難場所など、鮮明にココレット様には見えるようであった。
指輪をつけてから一気に見えるものが鮮明になったと言っていた。
そしてココレット様は一番不確かな古竜を眠らせる為の作戦に自らも一緒に同行することを願った。
どうやら、古竜については未来が見え隠れしているのだという。
古竜を眠らせる手段として、体力の消耗作戦と魔術によっての催眠が検討されており両方を同時進行的に行う予定となっている。
古竜という未知の存在に対して、各国は優秀な騎士と魔術師を転移魔術によって呼び出し、最善を尽くすべく精鋭が揃えられた。
普段神々の国には武器はご法度だけれど、緊急事態ということであり武器の装備が認められた。反論する国もあったけれど、獣人の国、サラン王国、アゼビア王国が筆頭に出てきたことで反論した国も黙った。
その三国を敵に回してまで反論できるほどの大国はない。
「「エレノア様!」」
サラン王国からは魔術師であるダミアン様とオーフェン様が転移装置によって姿を現した。緊急事態につき転移装置を使ったけれど、この装置も頻繁に使えるようなものではないらしい。だからこそ、呼び出された人数も限られている。
「ダミアン様、オーフェン様。よく来てくれました」
アシェル殿下はすでにカザン様と合流して体力を消耗させる作戦の方の部隊編成などの話し合いに参加している。
「僕達も作戦について話しを聞いてきます。はぁ……この国は本当にいろんなことが起こりますね」
『まぁ、そもそもが魔術も妖精も獣人だっていうファンタジーの世界だもんなぁ。乙女ゲームからは離脱しているけれど、そりゃー色々あるよなぁ』
「本当にねぇ。エレノア様。私達は後方部隊にて魔術を展開させる予定ですが、出来ればエレノア様の傍にいられるように配置を希望を出しておきますね」
『本当は安全な場所にいてほしいけれど、アシェル殿下の近くにいようとされるでしょうね』
私はうなずき、そして二人と分かれるとココレット様の元へと戻った。
ココレット様の横にはオリーティシア様の姿もあった。
私達が現在いるのは、城の外の広々とした庭なのだけれど、先ほどから小さな揺れが断続的に続いている。
ココレット様曰く、間もなく地中から古竜が目覚めるのだという。そして暴れまわる。
それに従って魔術師達は魔術をその場に仕掛けていく。何重にも出来るだけ丁寧に、そして迅速に古竜に本当に効くのかという疑問を、誰もが抱いていた。
けれど、やらなければ、ここで古竜にもう一度眠ってもらわなければ甚大な被害が出るのは目に見えていた。
人間の営みに基本的に不可侵な神々が、神託を落としてまで防ごうとした事態。
被害がどれほどのものになるのかなど、想像に難くない。
ここで古竜をもう一度眠らせて地脈を落ち着かせなければ、どのような事態になるのか分かっているからこそ、戦うことが当たり前のように皆が動き、協力し準備をしている。
次第に私は、手が震え始めていた。
『……死ぬかもしれない』
『けれど、ここで死んだとしても、国にいる家族が助かるならば』
『国が亡びるかもしれないほどなのだろうな……はぁ。本当に、予言の乙女を信じていいのか。死にたくないからこそ、迷う』
様々な声が聞こえてくる。
現在ここに滞在るのは王族が多い。そして戦えない王族が多いのも事実。そうした王族は火山によって危ない個所へ支援物資を送る手配や、もしもの時に備えての避難民の受け入れの対応策などに追われている。
現代の魔術では転移装置で呼び出すことの出来る数は限られており、各国が精鋭の騎士や魔術師を呼び出したが、その数は少ない。
そして平和が続いていたからこそ、戦うことに怖気づくものも多い。
体力消耗部隊、魔術師部隊とがいよいよ戦いが始まるということで最終的な全体的な確認の為にココレット様の前に集まる。
ココレット様の手は私と同じように震えているのだろう。拳をぎゅっと握る姿が見られた。
簡易的に用意された小さな舞台。それにココレット様は上がる。
『……大勢の前に、立つなんて……はは……わっぜか……怖い』
小柄なココレット様。そんな彼女に皆の視線が集まっていく。
『本当に信じていいのか』
『予言の乙女か』
『あぁ、この小さな少女に自分たちの運命が握られているのか……くそ……』
戦いを前にして、予言の乙女を信じられず、心の中が揺らぐものが多くなってきている。
戦いたくなんてないのだ。死にたくないから。生きていたいから。
けれど、そんな揺らぐ心の声とは全く真逆の声も聞こえてくる。
『エレノア。大丈夫。絶対に守るよ』
『ぼん、きゅ、ぼん!』
『我が筋肉は、必ず皆を守る! ココレットを俺は信じている』
心の声は、私にいろんなことを教えてくれる。人の醜さ、あざとさ、愚かさ。けれどそればかりではない。
愛しみ、優しく、温かな、人の心。その中にはいつだって、希望がある。
人々の視線がココレット様に集まるのだけれど、緊張から言葉が出ないのか、シンとその場は静まり返ったままの時間が流れる。
『しゃ……しゃべ……らないと……怖い』
次第に、皆の心に疑問が生まれ始める。
『なんだ? おいおい本当に大丈夫か?』
『はぁ。こんな戦場に女は来るべきじゃないんだ。神々の予言だか何だか知らんがな』
私は背筋を伸ばすと舞台下でココレット様の横に立つ。
大丈夫。人の心という物は、空気一つで、言葉一つでいつだって変えることが出きる。
「私はサラン王国第一王子アシェル殿下の婚約者、エレノア・ローンチェストと申します。ココレット様、少しだけ、発言の許可をいただけますでしょうか?」
私がそう言うと、ココレット様が驚いた表情で小さくうなずいたのが見えた。
それにこくりと私はうなずき返すと、皆の方を真っすぐに見つめて、笑顔を向ける。
私には何の力もない。ただ人の心の声が聞こえるだけ。本来の私は、ただの女であり、出来ることと言えばたかがしれている。
けれど、それでも私はうつむきたくはない。
これまで私は、幾度となく自分に自信が持てず、自分の運命を恨み、呪いのようなこの能力に苛まれてきた。
けれど今は違う。
私を思い、私のこと愛し、信じてくれる人がいる。
だからこそ、私はもう、うつむかない。
「皆様、私には何の力もございません。古竜に立ち向かうことも、剣を持つことも。ですが、ここでは生死は共になるでしょう。皆様が勝てば生き、負ければ死ぬ」
何人もの人が息を呑む音が聞こえる。
『エレノア様……そうだぁ。勝てば生きて、負ければ……死ぬんだ』
ココレット様に私は視線を向けた。笑顔は消して、真っすぐに見つめる。
「けれど、神々は私達にココレット様という希望をくださいました。本来ならば火山のことなど分からずただ死ぬ運命だった。それを覆す機会を得たのです」
人々のそれぞれの思い、考え、いろんな感情の心の声が聞こえる中、私は言った。
「ココレット様、貴方が今、私達の希望です」
ココレット様は、唇を噛むと、ぐっと力を入れて声をあげた。
「勝ちましょう。神々は古竜を止められる未来を私に見せてくださいました。皆様は必ず古竜を眠らせることが出来ます! この戦いの先にあるのは明るい、未来です!」
皆の歓声が上がるのが聞こえた。先ほどまではばらばらだった心の声が、今は悪い方向へと向くのではなく、未来へと向いている。
そして、その後皆が配置へと着き、ココレット様の予言した時間が近づくのを、待つこととなる。
地面が震え、そして今、その時が来た。
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