十七話
普通の丘ではない。私達は息を呑んで、どうするべきかを考えていた。
ココレット様も未来は見えているようだけれど、確証がないのか、それとも見えていた未来とはまた違うのか混乱している様子であった。
「見つけたわ!」
『指輪! あれを私がはめさえすればきっと予言が見えるはず!』
そんな中、オリーティシア様が別の穴から姿を現すと、レプラコーンに向かて走っていくのが見えた。
後ろから来たオリーティシア様にレプラコーンは気が付いていなかったようで、指輪を投げた瞬間にそれをオリーティシア様が掴む。
「手に入れたわ!」
『私が予言の乙女よ。指輪さえはめれば恐らく予言の能力に目覚めるはず!』
「ダメです! 早く逃げて!」
『私がここに来なきゃオリーティシア様は死ぬがよ! 夢じゃないなら助けたいが!』
指輪をオリーティシア様が指にはめた瞬間のことであった。指輪は先ほどまで美しく輝いていたというのに、その光は消え、次の瞬間地響きがしたかと思うと大きく揺れ始めたのである。
あまりに大きな揺れに、私達は地面にしゃがみ揺れがどうにか収まるのを待つしかない。
けれど、揺れはさらに大きくなっていき、天井の岩がが落ち始める。
「きゃっ!」
『何この揺れは! 一体何が起ころうとしているの!?』
オリーティシア様が地面に伏して、丘に生えている草を掴んだ。
「ダメです! 早く降りて!」
『まだ目覚めてない! 今ならまだ間に合う!』
ココレット様が走り出したのを見て、私も頑張って立ち上がり揺れの中オリーティシア様の元へと向かう。
オリーティシア様はココレット様が来たのを見て眉を顰めるけれど、ココレット様が差し出した手を掴んだ。
「今なら助かります!」
『私がここで一緒に降りればオリーティシア様は死なない!』
その言葉にオリーティシア様は動揺しながらもどうにか立ち上がり、お互いに支え合いながら丘を降りようとする。
私も二人の所に到着した時であった。
ぐらりと揺れるのが分かった。
「急ぎましょう!」
「はい!」
『大丈夫だ。大丈夫! まだ、まだ間に合う! 私がここにいることで未来が変わった!』
ココレット様の声に私は言った。
「早く行きましょう!」
けれど私の声と同時に丘がひび割れ始め、私達はその揺れに、丘を転げ落ちて行ってしまう。
ただ、エル様が姿を現して私達のことを守ってくれる。
「エレノア! この気配は!?」
『なるほど! ここは、あれの住処か。あぁ。神々が何故人間を動かそうとしているのかがわかった』
エル様の生み出す風によって私たちの体は運ばれる。けれど、そこで大きく背伸びをする者を見た瞬間に、血の気が引いていく。
赤い瞳が開いては閉じ、開いては閉じを繰り返し、欠伸をするように、その口からは炎が漏れ出す。
ただ、また瞼を閉じるのが見えた。
体からは黒煙が上がり、ぷすぷすという音を立てる。
「竜!? 竜の王国が亡びたと同時に絶滅したのではないの!?」
『なんて巨大なの!? あんなのに襲われたら……』
オリーティシア様が震え、ココレット様も青ざめている。
『怖いがよ。怖い……だ、大丈夫なはずだ。ここまでくれば、オリーティシア様は死なないし、どうにか……なるの? 未来が、見えない』
二人とも身を固くしており、震えているのが分かる。
私はゆっくりと深呼吸すると、笑顔を携えて二人の手を取ると言った。
「大丈夫です。まずは落ち着きましょう」
私の言葉に、オリーティシア様とココレット様は声をあげた。
「大丈夫じゃないわ! どこが、どこが大丈夫なの……私、ここで死ぬのね。ふふふ。あぁ。欲を出したのがいけなかったのだわ。女性としての地位に固執なんてしなければ良かったのに!」
『怖い……怖いのよ。立てないわ。無理よ』
「……わかりません。わから、わからないんです」
『未来がちゃんと見えないが……私は、なんて役立たずなんだ』
瞳に涙をため、震え、動くことの出来ない二人。
指先が冷え切っている二人の手を、温めるようにぎゅっと握り、私は言葉を続けた。
「現状、まだ竜は目覚めていないように見えます。そして指輪はすでに手に入りました。私達がすべきことは、ここから脱出をし、竜への対応と予言の乙女についてを解決することです。大丈夫。落ち着きましょう」
私も、普通の令嬢として生きていたならばオリーティシア様やココレット様のように今震えていたかもしれない。
けれど私は、チェルシー様やナナシ、それにカシュを通して争いごとに対峙したことがある。
恐ろしい経験だったけれど、それは確かに今の私に繋がっている。
だからこそ、私は顔をあげて怖い気持ちを押し殺し、足に力を入れることが出来る。
今ここでへたり込んでしまっても何も解決はしない。
立ち上がり、今自分がすべき最善を目指すべきだ。
その為には、オリーティシア様とココレット様の協力がなくてはいけない。だからこそ、一緒に立ち上がりたい。
私は真っすぐに二人を見つめ、そして微笑みを向けて言った。
「大丈夫です。二人のことは私が守ります!」
「守る? エレノア……様が?」
「私達を?」
二人の言葉に私はにっこりと笑みを浮かべて、大きく頷いた。
「はい。それにエル様も一緒です。ね? 一緒に、行きましょう?」
オリーティシア様と、ココレット様は私のことを見つめて顔をくしゃくしゃにすると瞳に涙を浮かべる。
『……あぁ。私が間違っていたわ。彼女は、顔だけの女性じゃないのね……』
『エレノア様……』
怖いという気持ちは誰だって抱くものだ。けれど、今ここでは勇気を奮い立たせなければいけない。
男であろうと女であろうと、踏ん張らなければならない時は人生の中で絶対に訪れるものだ。
私の手をぎゅっと二人は握り返してくれると、一緒にどうにか立ち上がった。
「エル様! どうか脱出するために力を貸してください」
私の言葉に、エル様は指を示した。
「この島では、私の力よりも彼らの力を借りた方が確実だ」
『地盤がどうなっているか不確かすぎる。彼らの方が優秀だ』
私は指さされた方を見ると、竜の背で飛び跳ねていたレプラコーン達がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「精霊めずらしい」
「めずらしいな!」
「鬼ごっこは捕まったから逃げるのはおしまいだ」
いつの間にかレプラコーンの数は増えており、わちゃわちゃと現れると、私達を取り囲んだ。
心のままにしゃべっているのか、心の声が聞こえない。
私はレプラコーンに向かって、尋ねた。
「貴方達は、あの竜が何か知っているの?」
「あれは神々の竜」
「普通の竜じゃない」
「ずっと眠ってた古竜」
「目覚めたらドカーン。だから神々、人間ここに案内させる」
最後の言葉に、私の手を握っていたオリーティシア様とココレット様が青ざて、握る手に力が入った。
つまりあの竜は神々の生み出した存在であり、あれが目覚めるかもしれないということを伝えるために、レプラコーンを使って神々はここに私達を招いたということなのだろうか。
「ここから地上へ帰れる方法はありますか? あと、アシェル殿下達がどこにいるのかも知りたいのですが」
レプラコーン達はくるくると回りながら楽しそうに踊っていて、こちらの話など聞いていない雰囲気である。
今までのレプラコーンの様子からして、何か欲しい物を渡せば聞いてもらえるのではないかという考えが過る。
「あの、もし地上まで連れて行ってくれたらお菓子をお渡しします。どうでしょうか?」
「え~? お菓子は今はたくさんあるしな」
「金貨もたくさんあるしな」
「指輪は取られたけれど……」
ちらりとオリーティシア様の方を見るレプラコーンだけれど、指輪を渡すわけにはいかない。
どうしたらいいだろうかと私が悩んだ時であった。レプラコーンが私に向かって鼻をふんふんと鳴らした。
「ねぇ、良い匂いがするんだけれど」
「隠しているでしょ?」
「それなぁに?」
隠していると言われ、何のことであろうかと思ったのだけれど胸元を指さされハッとする。
私は以前ユグドラシル様からもらった木の実をお守り代わりに首から眺めのひもにして見えないように持っていたことを思い出した。
ドレスの下にあるそれを胸元から取り出すと、レプラコーン達が一斉に鼻を鳴らし始めた。
「妖精の種だ!」
「わぁぁ! 珍味!」
「欲しい欲しい欲しい!」
一斉に騒ぎ始めたレプラコーン達に、私は笑みを向けるとユグドラシル様に内心で感謝しながら言った。
「お礼にこれをあげるわ。お願い。安全な地上まで連れて行ってくれないかしら?」
そう伝えると、レプラコーン達は飛び上がって喜び始め次の瞬間、わちゃわちゃと走り始めた。
「こっち!」
「ついてきて!」
「はははは!」
レプラコーン達は走り始め、私達は必死にそれについて行こうとしたのだけれどあまりにも足が速い。
このままだとおいて行かれてしまうと思った。
「浮かせるぞ」
『道さえ分かればあとはたやすい』
エル様はそう言うと、私達を風で包み込むとふわり浮かせてレプラコーンを追いかけ始めた。
輝く鉱石のトンネルを抜けながら一瞬、眩い美しい黄金の洞窟が目に入る。
「レプラコーンの住処だろう。厄介な相手だ。近づかない方がいい」
『大抵の場合金は手にははいらない』
私達としては黄金になど興味はない。今一番求めているのは青空と緑の大地である。
光が見えた。そう思った時であった。
「え?」
「エレノア! 地中から炎が!」
『っく。防ぎきれるか!?』
洞窟の下から炎がせりあがってきており、私達を包んでいた風が消えると、エル様は地中からの炎を防ぐ。
「出口を目指せ!」
『後少しだ!』
エル様の言葉に、私はオリーティシア様とココレット様の腕を掴むと、共に見えてきた光を目指して走り始めた。
そしてあと少しで出口と言う時であった。
「あ……嘘……」
浮遊感に襲われ、私達は自分たちの下にあったはずの地面が、地震によって崩れ、亡くなったことを悟る。
落ちる。
視線の向こうには眩しい光が見えたというのに。
手を空を求めるように伸ばす。
落ちる。
「エレノア!」
グイッと私の腕をアシェル殿下が掴むと、オリーティシア様とココレット様の腕もヴィクター様やノア様が掴みそして引き上げた。
突然外に出たことで、眩しさから目を瞬かせていた時、私の体を抱きしめる温もりを感じ、私は抱きしめ返した。
まだ明るさに目が慣れなかったけれど、その温もりと声が誰のものかというのは分かる。
「アシェル殿下」
「無事で……よかった」
落ちたと思った。
もしあそこで、エル様が私達を助ける為に炎を防いでくれなかったら、もしもアシェル殿下が私達を引き上げてくれなかったら。
私達は今ここで息をしていない。
エル様は疲れた表情で私の元に戻ってくると、横に座り込み、私の背中に寄りかかった。
「疲れた……神々の島ではうまく力が仕えない……すまないが……休む」
『すまない。少し、寝る』
ゆっくりとエル様の姿は見えなくなり、私はエル様にも無理をさせてしまったことを申し訳なく思った。
今回助かったのはエル様のおかげでもある。この件が終わったら絶対に何かお礼をしようと私は思ったのであった。
「姉上! 大丈夫ですか!?」
『顔が真っ青じゃなか! あぁもう! だから無理はするなって言うのに、この人はいつも無茶ばかりして!』
ジークフリート様はそう声をあげると、オリーティシア様は私の腕をぎゅっと握りながら言った。
「大丈夫です。エレノア様が守ってくれました」
『ジークフリートの役立たず。エレノア様がいなかったら私は死んでいたのですよ!』
横にいたココレット様のことをヴィクター様は抱き上げてぎゅうぎゅうと抱きしめながら声をあげている。
「ココレット! ココレット! 無事でよかった。俺が、俺の筋肉がお前のことを察知するのが遅くなったばかりに! すまない!」
『鍛えなおさなければならん! あぁぁぁ! 無事でよかった! 我が妹よ!』
「兄様! 兄様! 死にます! 筋肉に潰されます!」
『苦しいがよー! バカ力がよ!』
兄妹とは仲がいいのだなと少しココレット様大丈夫だろうかと心配しながらも私は微笑ましく思ったのであった。
そして、そんな中、ドレスの袖を引っ張られる。
「案内おしまい」
「ちょーだい」
両手を差し出してくるレプラコーンに、私は小袋を渡すと、皆でわちゃわちゃとしながらレプラコーンは大喜びをしている。
私はレプラコーン達が地中に帰ってしまう前にと思い尋ねた。
「古竜がこの揺れの原因なの?」
レプラコーン達はけらけらと笑い声をあげた。
「正解で不正解!」
「はははは!」
そういうとレプラコーン達は地中へと走って行ってしまった。
「エレノア。古竜って?」
『どういうこと? 何があったの?』
アシェル殿下の言葉に、私は今まで何があったのかを説明したのであった。
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