十六話
私は周囲を見回すと自分の落ちてきた穴と、そして泉、他には何もないことを黙視すると、ココレット様の元へと駆け寄り声をかけた。
「ココレット様? 大丈夫ですか? しっかりしてください」
肩を叩くけれど反応がなく、私は泉の方へと移動するとエル様を呼んだ。
「エル様。この泉の水は、有害ではないですか?」
私の質問にエル様は姿を現すと大きくうなずいた。
「あぁ。大丈夫だ」
『ここは……なんだ? 変な気配がするぞ……』
変な気配とは何だろうかと思いながら、私は持っていたハンカチを泉の水でぬらすとしぼり、それをココレット様の元へと持っていった。
汚れていた顔をぬぐっていると、ココレット様はゆっくりと瞼を開けた。
「うっ……エレノア、様?」
『まただ。また未来が違うがよ』
瞼をしょばしょばと何度も瞬かせたココレット様は起き上がると私のことをじっと見つめてきた。
その瞳をじっと見つめながら、私は深呼吸をするといつまでもこのままではいけないなと考え、決意した。
私は笑みを向けると、ココレット様に言った。
「ココレット様……私、他人には言えない秘密があるんです」
本当は、他人にしかも出会ったばかりの人に自分のことについて話すなんて無謀だと思う。
信じてもらえないかもしれないし、私のことを狂っているかおかしいと思われる可能性だってある。
そしてそれが噂となって広がるリスクもある。
けれど、神々からの信託はおそらくココレット様が自分に自信をもって取り組まなければならないことであり、ココレット様にしか止められないことなのだろう。
ココレット様は私のことをじっと見つめると、唇を噛み、それから小さく呟いた。
「私も……秘密、あります」
『なんで突然、でも、エレノア様、真剣な目だぁ。何か知っているのけぇ』
私は声を潜めて言った。
「私はこの世界に転生した転生者というものであり、そして心の声が聞こえるという能力を持っています……なので、ココレット様の心の声も聞こえます」
「は?」
『なんち? は? 転生者? え? 心の声が聞こえる、能力?』
私は苦笑を浮かべた。
「なんち? って、どういう意味なのです? その……勝手に聞いてしまってごめんなさい」
そう告げた瞬間ココレット様は顔を真っ赤に染め上げると、立ち上がり、その場であわあわとした様子で声をあげた。
「あの、その、つまり、つつつつつまり、私の訛がばれていますか!?」
『はげぃぃぃぃぃぃ! わっぜかぁぁ! あぁぁぁぁ!』
はげ?
わっぜ?
私は一体どういう意味なのだろうかと思いながら待っていると、落ち着いたであろうコ
コレット様が両手で顔を覆ってしばらく無言でいたのちに、ゆっくりと息を吐いて、そして
真っ赤な顔で言った。
「あの、訛が、酷くて……すみません」
『はずかしかぁぁぁ。というか、心の声が聞こえる能力! そんな能力がこの世界にはあるのけ……世界は広い……』
思っていたよりもすぐに納得をしているココレット様を見つめながら、私は、いつの間にか自分が緊張から拳を強く握っていたことに気が付いた。
手に汗を握っており、ゆっくりと手を開くと、手が痛かった。
「訛は、可愛らしいと思います。あの……心の声が聞こえるってこと、悪くは思わないのですか?」
そう尋ねると、ココレット様は、ゆっくりと深呼吸をしてから口を開いた。
「実は……私、たまに、変なものが見えるんです」
『誰にも……言ったことないけど……』
「どのようなものですか?」
「……未来起こる……ことです。でも、間違っていることもあって、どれが本当でどれがただの夢なのか……分からないのです」
『私がただおかしな妄想をしているだけなのけぇ』
その言葉に、私は静かに言った。
「ココレット様、以前、サラン王国が亡びていなかったことに驚いていましたよね? 多分、私が転生者であったことと、心の声が聞こえる能力があったことで未来が変わったのだと思います」
そもそも、この乙女ゲームの世界では未来が複数にあったので、ココレット様が見た未来はその中の一つだったのだろう。
私の言葉に、ココレット様は驚いたように目を丸くした。
「き、聞こえていたんですか?」
『んだもした……わっぜかぁ』
「はい。勝手に聞いてすみません」
「いえ、その、聞こえるものは仕方ないので」
『んだもしたなぁ』
私はその言葉に、ふっと息を吐いた。
体にいつの間にか力が入っていたのが、抜けたのを感じた。
「よかった……ふふ。ごめんなさい。この能力について話したこと、あまりないので……緊張しました」
ココレット様はその言葉に、ハッとしたような表情を浮かべると私の手を取った。
「……私の為に、話してくれたんですね?」
『……自分の秘密を、知り合って間もない人間に話したいわけがないがよ』
私は手を握り返してから、ココレット様に言った。
「予言の乙女、ココレット様のことですよね?」
ココレット様は私の言葉に迷うように視線を泳がせ、そして、静かに口を開いた。
「わから……ないのです。だって、私が見る未来は外れることも、あるし……」
『オリーティシア様やエレノア様の方って言うなら皆も納得するがよ。私なんて、なんでいるのって感じで皆見てた』
周囲の視線によって否定する言葉に、私は手をぎゅっと握りながら言った。
「私には予言能力はありません。そしてオリーティシア様にもないと思われます」
ココレット様は、私の言葉にしばらくの間無言で考えているけれど、心の中はぐるぐると回っていた。
自分かもしれない。けれど違うかもしれない。
そんなココレット様は頑なで、私の言葉だけでは到底自信を持てるような雰囲気ではなかった。
どうすればいいのだろうと思った時であった。
「追いかけっこ!」
『鬼さんこちらー!』
こちらに向かって大きく手を振りながら、ジャンプして楽し気に声をあげるレプラコーンの姿が見え、私は立ちあがった。
「追いかけましょう!」
「は、はい!」
『あぁぁぁ! やっぱり、夢と同じだがよ。じゃ、じゃあ、この先には……』
一体この先に何があるのだろうかと思いながらレプラコーンを追いかける。
私もココレット様も足が速いわけではないけれど、レプラコーンは踊りながら走っているのであと少しで追いつけそうである。
その時、洞窟が突然開けると、そこには巨大な空洞が現れ、そしてその中心部に美しい花々が咲き誇る小さな丘のようなものが見えた。
そう、丘に見えた。そしてその上でレプラコーン達が踊っている。
「え?」
「あぁぁぁ」
『やっぱり』
そして踊っているレプラコーンの手には指輪を持っているのが見えた。おもちゃか何かだと思っているのか、指輪を投げて遊んでいる。
私達はその丘の正体に、足をすくめた時であった。
小説を書くことが好きで、読んでもらえたら嬉しくて、書籍化もしてもらって。多分今人生の中で一番幸せだと思います(*´▽`*)
読んでくれる皆様ありがとうございます!






