十二話
ヴィクター様は私の横に来ると、こちらを悦にいったような瞳で見つめながら言葉を続けた。
「何もないと暇だろう。どうだ、俺がアシェル殿との思い出を語ろう」
『ふっふっふ。この筋肉に隠れた思い出。今こそ語る時が来た!』
「え……」
『兄様……あの話をまさかこんなお嬢さん方にするつもりけ? うわぁぁ』
ココレット様の反応に一体どんなことが語られるのだろうかと思っているとオリーティシア様もその話は気になるのか、視線をヴィクター様に向けると、体を少しだけこちらへと移動させた。
『ふふ。まぁ、未来の旦那様のお話ならば聞くのもやぶさかではないわね』
心の中で、私は絶対にアシェル殿下を渡しませんと思いながら尋ねた。
「その、思い出とはどのようなものなのです?」
「ふふふ。焦るな焦るな。では、語ろう」
『アシェル殿。あぁぁ。アシェル殿。完璧なる王子との麗しき思い出を今語らん!』
そう言って、ヴィクター様は語り始めた。
「あれはまだ、冬の寒さが残っていた時期のことであった」
『あぁぁ。冷たい風の中で凛々しく立つアシェル殿。頬を少し赤らめる姿……』
最初こそ真剣に聞いていたのだけれど、どうにも言葉が多く、ヴィクター様の口調もどんどんと加速し始めていく。
私は行ったり来たりするその語りに思考回路が追い付かなくなり始めた。
けれど、オリーティシア様の心の声もどんどんと加速していくのを感じた。
『まぁまぁまぁ! 熱いですわ! 熱い、熱い! なんという。汗を流しながらお互いに切磋琢磨し合う輝かしき青春の日。私には、体験したことのない日常ですわ! 私も女でさえなかったら今でも剣を持っていたでしょう……まぁ、今でもたまに鍛えますが』
意外とオリーティシア様はこの手の話が好きなのだなと思っていると、ココレット様の深いため息が響いた。
『はぁぁぁぁぁぁぁ。んだまぁぁぁ。事実と全然違う。あぁぁぁ。大丈夫けぇ。こげん話をして後から事実無根ちゅうて怒られないけぇ?』
事実と違うという点に、私はぎょっとしてしまう。
風の雰囲気すら感じ取れそうなほどに事細かに語っていくこのヴィクター様の言葉が事実とは全然違うとは、どういうことなのだろうか。
ただ、ヴィクター様の恍惚とした表情からは嘘を語っているようには見えない。
『兄様は昔から、人生楽しそうだ。アシェル殿下のこと好きすぎだから、世界が輝いて見えるのけぇ。愛の力ってすごいがよ』
私の頭は静かに色々なことにこんがらがっていく。
とりあえず、ヴィクター様はアシェル殿下のことを愛していて、だからこそ妄想が広がってしまうほどに語ってしまうということなのだろうか。
その愛とは……私は、オリーティシア様だけでなくヴィクター様というライバルが出現したということに気を引き締める。
アシェル殿下を取られたくないし、守らなければという気持ちが高まる。
「ずいぶん盛り上がっているようですが、何の話ですか?」
『周辺には異常はなかったよ。それにしても、ヴィクター殿は一体何を熱く語っているんだ?』
アシェル殿下が来たことで、ヴィクター様は慌てた様子で口を閉じた。
『う……アシェル殿とも話したいが、続きからではな。ちゃんと最初から語らねばなるまい』
オリーティシア様はきらきらとした瞳でアシェル殿下のことを見つめている。
『アシェル様って案外熱い男性だったのね。そんな一面があっただなんて。なんでしょうこの気持ちは。はぁ。落ち着いて。まずはレプラコーンよ。指輪の乙女に気持ちを集中させましょう』
私はヴィクター様は最初から話がしたいのかと思い、オリーティシア様の瞳には危機感を覚えた。
先ほどの話に出てくるアシェル殿下は、私の知っているアシェル殿下とは全く異なる。
かっこいいところは一緒だけれど、なんだか話の中のアシェル殿下は完璧な王子様であり筋肉の申し子であった。
違う。絶対に違う。
完璧な王子様は確かにその通りである。けれど、筋肉の申し子は絶対に違う。
アシェル殿下はおそらくではあるけれど、ヴィクター様と共に汗を流し筋肉を見せ合うようなことはしていないと、思う。思いたい。
私は、そう思いながらも、帰ってきたアシェル殿下にこっそりと尋ねた。
「あの……ヴィクター様と筋肉を見せ合って高め合ったり、その、してないですよね?」
「え? は? え? 何それ」
『え? 何それ。え? 筋肉を見せ合って高め合うって何!? えぇぇ???』
アシェル殿下は焦った様子で、小さな声で私に言った。
「そんなことはしてませんよ!? いいですか? あの、してませんからね!?」
『いやいやいや。何それ。よくわからないけれど、そんなことをした覚えはないよ!?』
私はほっと胸をなでおろした時であった。
アシェル殿下は顔をあげると、私達の前に立ち、先ほどまで語っていたヴィクター様もアシェル殿下と並んで立つと身構えた。
『なんだ? 妙な気配がする』
『俺の筋肉が警戒している。なんだこの気配は』
その言葉に一体なんだろうかと思っていると、地面がボコッと小さく浮き上がるのが見えた。
「え?」
私はそれを見つめていると、一瞬でその穴は大量に空き始め、そして煩いくらいに声が響き始めた。
『かくれんぼ!』
『飽きた!』
『次だ次だ! さぁぁぁあ! 始めよう!』
「アシェル殿下! 地中に何かいます!」
私がそう叫ぶと、ココレット様が私のことを見て驚いた表情で固まった。
『なんで知っているのけ!? この後、私達が地中に呑みこまれるのも知っているのけ!? やっぱり夢じゃなかったのけ!?』
私は驚いたのと同時に地中が揺れ始めたのを感じた。次の瞬間、浮遊感を味わうことになる。
「何!?」
「エレノア!」
『くそっ! 間に合え! だめだ。だめだ。だめだ!』
アシェル殿下が私の方へと手を伸ばすけれど、指がかすめられる。
私は突然ぽっかりと開いた穴へと落ちていくのを感じた。
「あ、あしぇ」
名前を呼びそうになるけれど、呼んでしまった時、アシェル殿下はどう思うのか。
もし、このまま落ちて、最悪の場合と考えた時、私は恐怖を堪えて唇を噛むと、名前を呼ばないように、瞼をぎゅっと閉じた。
私は小説を書くことだけは、実は小学校から続けています(/ω\)
今こうして読者の皆さんと共に小説を共有できること、昔の自分に自慢げに語ってやりたいです(●´ω`●)
子犬殿下の2巻を手に取っていただけた皆様、ありがとうございます!小説を2巻も出させていただけるなんて感謝感謝です(*´▽`*)






