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デスゲームを開催することになったが、冷静に考えて準備が面倒くさ過ぎる件

タイトル通りです




「デスゲームを開催することになったよ」


「え?」


「というわけで、任せたよ」


「は?」



 それは、とある秘密組織の1部署でのやりとりであった。


 初老の男性からの荒唐無稽な言葉に、働き盛りの男性が唖然とするのも当然であろう。


 そもそも内容がぶっ飛び過ぎている。




「デスゲーム? 普通にターゲットが居るなら消せばいいじゃないですか」


「まぁ、そうなんだけどね」



 前言撤回。無理難題を言われている男もまともではなかった


 そもそも秘密組織に属している時点でどこかまともではない部分があって当然か。




「今回はなんかいつものと違うんだよねぇ。なんかそこら辺から『居なくなっても誰も気にしない人間』を選んでデスゲームさせるんだって」


「それ意味あります?」


「クライアント達の娯楽だとさ。ほんと、いつものことだけど狂ってるよね。まぁ、今に始まったことじゃないけど」


「……まじでやるんですか?」


「うん。大マジ。アホみたいな話だけど、うちがやれってさ」



 何やらこの男たち、デスゲームなるものを開催しなければいけなくなったらしい。


 やる気が感じられないのは、偏に本人達も『アホじゃね』と思っているからだ。




「というわけで、飯田君! 君をこのプロジェクトリーダーに任命する! 拒否権はない! 納期は半年後! 上は初回をクリスマスイブに実施したいらしい!」


「短過ぎな上に趣味悪過ぎだろ!」


「私もそう思う。でも仕方ないね。逆らったら終わっちゃう」


「やっぱこの世界ってクソですね」


「それも同意する。あいつら全員死んで欲しいよね」



 果たしてこのどうしようもない連中はデスゲームを無事開催できるのか?――『失敗した方がいいんじゃね?』という冷静なツッコミを誰も入れることなく、デスゲームのプロジェクトが始まった。











 飯田純也(いいだじゅんや)は秘密組織の構成員である。


 組織の名前は彼自身知らない。規模も分からない。トカゲの尻尾切りのために、構成員にも全貌は知らされていないのだ。

飯野の立場はそこそこ上であるが、彼にも組織の全貌を知る権利はない。分かっていることは、全員脛に傷があるということである。

例えば飯田の場合、過去暴漢に殺害されそうになった際に反撃で相手を殺害してしまった。正当防衛だった筈だが、過剰防衛と見なされ、有罪判決となったのだ。

それまで彼は順風満帆な生活を送っていたが、そこから急転直下で色々なものを失った。人間関係、職、その他諸々だ。

特に1番彼の心を痛めつけたのは、メディアが面白おかしく取り上げたせいで、職を失うどころか新しい就職口すら見つけられなくなったことだ。


 そんな窮地に立った彼を拾ったのが、現在の組織である。




「デスゲームねぇ……」



 飯田は組織そのものへの忠誠心などない。


 強いて言えば彼の直属の上司への恩義があるくらいだ。

しかし、今回の一件は彼らの雇い主であるらしい金持ち達からの要求であり、それに逆らえば彼らはおそらく消される。

組織の全貌が分からないということは、彼らにとっての仲間が誰かも分からないということだ。お互い間接的に関わってはいるが、全貌が分からないのでどのような者が消しに来るかも分からない。

秘密組織だけあり、殺し屋も充実している。飯田自身、その頭数に入っている。純然たる戦闘力は低い彼ですらそうなのだから、あらゆる構成員が刺客になると思っていいだろう。


 飯田がプロジェクトを成功させなければ、次はないわけだ。




(うちの連中は優秀だけど、流石にこれはなぁ……参加者選べっつっても……)



 飯田はモニターに表示されたリストを眺めながら、うんうん唸った。


 創作ではデスゲームも1ジャンルとして成立しているが、実際に開催しろとなると色々と準備が大変だ。

会場の準備などはまだ何とかなる。今は誰にも使われていない廃墟などを利用すればいいのだ。そういう場所は意外とある。

最大の問題は、参加者の選定である。突然消えても誰も気にしない人間を探すだけなら、そう難しくはない。例えばホームレスなどは比較的簡単であろう。

しかし、全員ホームレスのデスゲームが楽しいかと言われると否である。初開催だから上も多めに見てくれるだろうなどと思ってはいけない。寧ろ最初がつまらないとそこで終わりである。


 何事も最初の1回目が重要である。そこで方向性が決まる。




(できれば1回だけにして欲しいもんだな。とはいえ、あまりにつまらないと俺達が消されかねん。重要なのは、『そこそこ面白かったが、思ってたのと違った』程度に留めることか……)



 現在飯田が見ているのは、組織のデータベースに登録された情報である。


 彼の権限でアクセスできる領域は限られているが、今回の一件に限ればそれで事足りる。

最初のデスゲームの参加者上限は10名。あまり増やすと管理しきれなくなるので、そこが上限ということになっている。飽くまで上限なので、実際はもっと少なくてもいいらしい。

初回ということもあり、まずは5名以下にすべきであろう。戦ってもらうのだから、それぞれが自然と敵対するようにしておくのが定石であるが、そうなるとゲーム内容はしっかり考えないといけない。

最初から個々が別々で戦うのが有利過ぎるとワンパターンになるのだ。最初は全員で一緒にやるのが有利そうに思わせ、少しずつ分断していくのがよいだろう。


 ただし、参加者の能力値に差があり過ぎるとすぐに決着がつく可能性が高い。


 それでは上が楽しくないだろう。




「賭け要素があると更によし、か……悪趣味だな」



 別のモニターに表示してある要件定義を見ながら、飯田は呆れる。


 彼らの雇い主は簡単に言えば暇を持て余した金持ちだ。

それも、特定の誰かではなく、沢山居るらしい。飯田はその誰とも会ったことはないが、上司曰く『とんでもない連中ばかり』らしい。

デスゲームを開催したいと言いだす時点でまともではないことは明白であるし、そもそも不都合な存在を消させるような連中だ。とんでもないのが当たり前であろう。

飯田も本当なら関わりたくない連中であるが、彼の居場所は現状ここにしかない。表の世界では彼の顔や名前などもう忘れられているかもしれないが、何かの拍子にバレるとすぐ居場所を失うだろう。


 何より、この組織を抜ければ十中八九彼は消される。


 選択肢などない。




(なるべくバックグラウンドが被らない5名選ぶにしても、罪悪感ハンパないな……これまでと違って、明確に消さなきゃいけない相手じゃないし……)



 飯田もドップリこの世界に浸かってしまった身だが、罪悪感がないわけではない。


 寧ろ、彼は殺伐とした世界を生きているにしてはウェットな方だ。

人情だの任侠だの言うわけではないが、やはりどこかで良い人でありたいという思いがあるのだろう。その癖こうして誰かが死ぬ舞台を用意しているのだから、滑稽極まりないが。

結局のところ、飯田は野生の動物と変わらない。自分に危機が迫れば戦うが、それ以外の時は戦わないのだ。逆に言えば、己が危機に陥ると過剰防衛になってしまう程に豹変するのだが。

いずれにせよ、今回はこれまで彼が相手をしてきた者達とは訳が違う。所謂無関係な善人も巻き込む話になってしまうわけだ。


 できればそういう人間は避けるようにしたいが、あまりにつまらないと彼自身が消される。


 絶妙な塩梅を見極めるのが重要だ。




(そこそこ盛り上がる場面があって、そこそこ見所があって、でも物足りない。そういう絶妙なライン。『悪くはなかったけど、もうこういうのはいいや』となるように……)



 飯田の方針は既に決まっている。


 『程々の娯楽ではあったが、そこまでだったな』程度で終わらせることだ。

第1回の参加者は犠牲になってしまうが、少なくとも2回目以降がなければただの暇つぶしのために命を失う者は減る。

いっそ悪趣味な連中が一掃されたら楽だったのだが、そのような力は飯田にはない。そもそも、彼を生かしている環境はそういう悪趣味な連中あってこそ存続しているのだ。

彼らの雇い主を一掃することは、身を切るどころか自殺するに等しい。よくて共倒れ。最悪彼らだけが全滅して雇い主達が生き残る。


 そう簡単に尻尾を掴ませるような連中ではないのだ。




(あ。でも、ゲームの一環なら引きずり出せるかも。……いや、やめとこう。相手もバカじゃない)



 飯田は己達をあごで使っている者達を巻き込んでやろうかと思ったが、すぐにその思考を止めた。


 相手もほいほいと彼の術中に嵌まるような間抜けではないのだ。

何割かはそういう連中も居るだろうが、このような組織を運用できる時点で実力者は間違いなく存在する。その層を誤魔化すことはできないだろう。

飯田は己の限界を知っている。彼ではそういう超一流の者達には絶対に敵わない。戦いを挑めば確実に彼の方が殺されて終わる。

素直に言われた通りデスゲームを開催するのが、1番彼の生存確率が高い道だ。


 飯田からすれば忌々しいことこの上ないが、これが現実である。




「さっさと終わらせてしまおう……」



 まずは正攻法で行くしかないと思い、飯田は計画を見直した。











 飯田はリフレッシュルームでぐったりしていた。


 デスゲーム開催という、とんでもプロジェクトを押し付けられて早一ヵ月。


 飯田は概ね計画をまとめ、後はそれをブラッシュアップさせ、実行するだけであった。




「くっそぉ……1番ぶちこみたい奴らがいねぇ」



 飯田は昼食のコンビニ弁当を食べながら、毒づく。


 彼の所属する組織は存外金払いがいいので、別にコンビニ弁当でなければダメということはない。

ただ、彼は昔からコンビニ弁当くらいで十分だと思うタイプの人間であった。高級料理よりもそこら辺の食堂の味の方が好きなタイプは居るが、彼の場合は単純に食への拘りが薄いのである。

コンビニ弁当を食べながら、飯田は1番デスゲームにぶちこみたい連中……即ち自分達をこき使うイカれた金持ち達のことを思う。

顔は愚か声すら知らない相手達だが、彼にとっては憎たらしい連中だ。金持ちであることはどうでもいいとして、毎度面倒な案件を押し付けてくるからだ。


 幸い、飯田は胸糞な案件を担当したことはなかった。そういうものは、もっと適任が居るのだ。




「暗い顔をしているじゃねぇか、ジュンヤ」


「んあ?」



 不意に下の名前を呼ばれ、飯田は振り返る。


 そこには、プラチナブロンドを横着な形でオールバックにした男性が居た。

190cmを超える長身は無駄なく鍛えられており、黒づくめの服と目の下のクマも相まって非常に危ない雰囲気を漂わせている。

実際、その男性は危ない人間だ。冷たいアイスブルーの瞳からは感情が読み取れそうにないし、実際そういうものはあまり期待すべき相手ではない。

飯田はその男性の隣に同じくプラチナブロンドの女性が居ることを視認すると、1つ溜息をついた。


 折角の休憩中に面倒くさい連中が来たからだ。




「キースにマリアか。エリートスイーパーがこんな場所に何の用だ?」


「お前があっさり死んでやしないか見に来てやったんだよ」


「そゆことー♪」


「性格悪いな、おい」



 男性の名はキースで、女性の名前はマリア。


 どちらも組織の中でトップクラスの暗殺者である。

飯田が所属する組織は国を跨いで活動しているので、時折他の国の支部とのやりとりがある。飯田がこの二人と出会ったのは、まさに支部間のやりとりである。

別々の案件で日本に逃げ込んだターゲット2名。それを殺害するために偶然同時に来日したキース、マリア両名。この二人は実の兄妹らしく、その時のノリで一緒に行動を始めた。暗殺者の癖にわりと考えなしな行動だが、そういうところが逆に相手の隙をつくのだ。

飯田はそんな二人のサポートをしたが、当時のことは思い出したくもない。


 二人の滅茶苦茶なやり方に付き合わされ、彼は『もう二度とこいつらとは組まない』と思ったものだ。


 もっとも、その願いは叶わなかったが。




「半年ぶりに顔出したんだ。もう少し歓迎しろ」


「え。嫌だよ」


「え~! もう五回も一緒に仕事した仲じゃん!」


「五回も無茶ぶりさせられた仲だろ! お前ら腕はいいけど、要求が無茶苦茶なんだよ!」



 飯田は露骨に表情を歪め、キースらを歓迎するつもりはないことを身振りで示す。


 そんな彼を無視するように、彼の両隣にキースとマリアが座った。


 毎度彼が両名と会う時はこんな感じである。




「悪いが、また仕事で来たなら他の奴に協力してもらってくれ。俺は別件で忙しいんだ」


「それだよ、それ。その件で来たんだ」


「はぁ?」


「私達もそれに興味あるんだよね~♪」


「お前ら……暇人か?」



 どうやらキース達はどこからかデスゲームの件を知ったらしい。


 何も不思議なことではない。

彼らはこれまで1度も暗殺に失敗したことはない最高レベルのスイーパーであり、組織の中でも非常に上の立ち位置らしい。

二人のアクセス権ならば、飯田が関わっている件を知ることは十分に可能だ。何なら飯田が関わる前に企画内容だけ知っていた可能性すらある。

キースらはトンデモ性能ではあるが、同時に状況を引っ掻き回すのが好きな変人でもある。折角飯田が最小限で終わらせようとしたデスゲームを無茶苦茶にされては堪ったものではない。


 万が一上が気に入ってしまったら、2度目がある。


 それは飯田としては望ましくない。




「もっと引っ掻き回す役割を追加したらどうだ。運営側の人間を紛れ込ませるとかな」


「それも考えた。でも、2度目はしたくないんでな」


「別にジュンヤが2度目もやるとは限らないでしょー? ワタシらがやったげてもいいしぃ?」


「お前らにやらせたら、プロ大量投入して戦争みたいなこと始めるだろ」


「え~? それダメなの? シロウトが必死に見当違いのことするの見て何か楽しいわけ?」


「上はそういうのが見たいんだとよ」


「悪趣味~」



 キース、マリア兄妹はかなりカラッとしている。


 ヤバい人種ではあるが、一応プロだ。楽しくなければ無駄なことはしない。

逆に言えば楽しければ無駄なことをどんどんするので、一緒に仕事すると無茶ぶりをどんどんされる。場合によっては後始末も増える。

去年の夏に日本に来た際は、突然花火を大量購入させて遊ぶなど、訳が分からないことがあったものである。飯田はもう慣れたものだが、どうもここまでこの兄妹と関わった人物は少数らしい。

そういう背景もあってか、彼はやたらと絡まれる。気に入られたのかもしれないが、それはそれで怖い相手である。


 起こらせてしまったら彼などあっさり消されるのだ。本当なら一切関わらないのが正解だ。




「運営側が入っても楽しくないなら、観客を参加させる形式はどうだ?」


「……それ、最悪俺が消されるやつ」


「お前は知らんだろうが、クライアント達も一枚岩じゃない。実際、最近とある一味が大失敗をして、立場が危ういらしいぞ。そういう連中をギミックとして投入するのはアリだと思うね」


「ふぅん」


「例えば通常参加者と戦わせて、参加者側が勝てばボーナスになるとかどうだ。逆にギミック側は指定ミッションをクリアすればその時点で回収されて、立場も取り戻す……アリだろ?」


「エグいな、おい」



 キースの言葉に対して、飯田は表情を歪めた。


 クライアントの内、立場が危うくなっている者達をゲームに参加させるという発想は飯田にはなかった。

そもそも彼にはそういった情報を入手する手段がないのだ。情報がなければ発想も湧いてこない。キース達にはそういった情報を手に入れる手段があるので、発想も湧く

クライアント達は基本悪人なので因果応報と言えばそこまでだが、キースの発想は中々にエグい。特に嗜虐の意図があるわけでもないので、余計に性質が悪い。

キース達は生まれながらにそういう性なのである。要はサイコパスだ。後天的な社会病質者……所謂ソシオパスとは訳が違う。


 そんな連中達に目を浸けられた飯田はいつ命を落とすか冷や汗ものである。




「いっそのことワタシがギミックとして参加したげよーかー?」


「お前が参加したら十中八九全員死ぬわ。アホか」


「マリアちゃんをアホ呼ばわりとは生意気だぞー、ジュンヤ」


「ちゃん付けする年齢か?」


「はい、殺意チェック~!」


「うおっ!?」



 飯田の言葉が気に食わなかったらしく、マリアが突然ナイフを机に突き刺した。


 飯田は咄嗟に弁当を抱え、死守する。慌てて弁当を落としてしまったら勿体ないからだ。

彼も突然の刃物に驚きはしたが、相手の手の内は多少知っている。キースとマリアは武器を忍ばせるのが非常に上手い。1番得意なのは刃物の扱いである。

その気になればペンだけで人を殺せるし、そもそも無手でも非常に強い。しかし、刃物の扱いは完全に別次元だ。曲芸師並みの手捌きで殺しに来る。

今の一撃も、実際のところマリアに殺意がなかっただけで、本当にやるつもりだったなら、飯田は既に死んでいる。


 要は警告である。




「机に穴開いたらどうすんだ……」


「え~? ワタシ知らな~い♪」


「今のはジュンヤが悪い」


「まぁ、そうだな……すまん、マリア」


「許す!」


「許された」



 マリアはナイフをしまうと、椅子に座り直した。


 飯田はそれを見届けると、弁当を机に置き直し、食事を再開する。




「先の話だが、やるなら手伝うぞ」


「んあ?」



 キースからの言葉に、飯田は間抜けな声を上げた。


 暗殺者を前にして弁当を咀嚼し、飲み込むマイペースぶりは彼の異常性の表れか。




「クライアントも一枚岩じゃない。今回弱っている連中をこのまま排除したい者も居る。俺達経由で上とやりとりすれば、ギミックとして取り入れるのは案外簡単だと思うが」


「それは……面白いな。でも、お前らに迷惑かかるぞ」


「面白ければいい」


「同感~♪」


(やっぱサイコだわ)



 キース、マリア兄妹の価値観は飯田には理解できない。


 異能生存体とでも言うべき生命力を持つ両名にとっては、楽しければそれでいいのだろう。

神に愛されているのではないかと思う程の生命力と幸運を持つ暗殺者、キースとマリア。この二人ならば、仮にクライアント達を敵に回しても最終的には生き残るかもしれない。

しかし、飯田はそんな頭のおかしい存在ではないので、万が一上から目をつけられたら一巻の終わりだ。

前提条件が違う已上、こういう価値観の違いは当然出てくる。飯田はそれを悪いことだとは思わない。それが個性というものだ。


 それよりも、彼は二人のぶっ飛んだ意見を取り入れることを面白いと思い始めていた




「もうこうなったら全部無茶苦茶にするのもアリだなぁ。二人にはサポートキャラとして出て貰うのもいいな。参加者だけが獲得可能なお助けユニット的な登場で、どうだ」


「面白そうじゃないか」


「面白いの好き~!」


「この後時間あるなら、一緒に考えてみるか?」


「望むところだ」


「いいよ~」



 実際に上に提案するかはさておき、別プランを用意するのも悪くない――そう思いながら、飯田は笑った。


 彼もまた、普通ではなかったのだ。









「は? やっぱやめた?」


「うん。なんか上が『やっぱいいや』って言いだしたよ」



 出勤した飯田は上司からの情報共有を聞き、呆れた。


 彼に散々準備させたデスゲームであったが、何と白紙になったらしい。


 飯田からすれば有難いことだが、タイミングがタイミングなので、その理由を訝しんでしまう。




「やっぱ一部クライアントも参加させるっていうのがまずかったですかね?」


「多分そうだねぇ。一度でもそれを許すと、抗争に利用されるからねー。あの異能生存体二人を仲間につけてたのもあって、『あ、ヤバい』って気づいたんじゃないかな」


「成程」


「まぁ、私は内心『よっしゃぁ!』ってガッツポーズしてたよ。面倒くさい上に胸糞悪い案件だったからね」


「ですね……本当によかったですよ」



 飯田の確認に対して、上司は同意した。


 やはりクライアントが一部参加するというのがまずかったらしい。

無理もない。一度でもゲームが実行されたら、クライアント達がお互い消したい存在をゲームに参加させて消そうとするのは明白だったからだ。

もっとも、実は飯田はそういう駆け引きも考慮して、キースらの意見が入った案を提出した。『安全な場所から全員が見ていられるとは限らない』という前提条件を示したのである。

これは彼自身が消されかねない駆け引きであったが、幸いキースらが今回だけは明確に味方になってくれたので、多少の牽制にはなった。

キースら並みのスイーパーが彼に差し向けられる可能性はあるが、彼如き1名を消すのにそこまで必死になる必要性は薄い。

そもそも彼には大した力はないし、仮に彼を殺してもキースらを敵に回すだけだ。キースらに並ぶ腕の暗殺者は存在するが、ゴキブリ以上の生命力の持ち主二人を相手にするのは得策ではない。最悪の場合、優秀な暗殺者が複数名失われる。マイナスの方が大きい。


 そんなことせずとも、デスゲームの件を白紙にすればそれで終わる。そのくらい上も分かっているわけだ。




「そもそもデスゲーム開催なんて、滅茶苦茶手間かかりますからね。面倒くさいだけですよ」


「うんうん。まったくその通りだ。ちなみに、デスゲームの代わりにサバイバルゲームの案件が回ってきたよ」


「一気に子どものお遊びみたいなレベルになりましたね」


「そうだねぇ。ペイント弾を利用した本格的なゲームがお好みだとさ。うちに頼むなって話だけど、まぁやってあげようじゃないか」


「まぁ、それくらいならいいですよ」



 デスゲームから一気にサバイバルゲームと別次元のお遊戯になったことに飯田は呆れた。


 しかし、その方が彼にとっても都合がいい。


 なるべくなら命の駆け引きはないに限るのだ。




「誰が参加したいかは分かってるんですか?」


「今からリストとか送るよ。そこそこ楽しませてやればいいさ。目一杯楽しませてやる義理はない」


「そうですね」



 何はともあれ、罪のない者達を巻き込むデスゲームは白紙となった。


 代わりにつまらない仕事が入ってきたが、つまらないだけならどうとでもなる。


 飯田は事前に見繕っていた参加者候補に対して脳内で『よかったな。参加しなくて済んだぞ』と言った。




「なんか最近『消す仕事』が減ってきたけど、喜ぶべきことなんだろうねぇ」


「そうですね。それでいいと思います」



 物騒な仕事が減っていることは、飯田にとってはありがたい。


 やはり、まっとうな内容の方が精神的にもずっと楽なのだ。




「ちなみに、サバイバルゲームだけど……参加者の予定が合う日が少ないから、一月後にしたいって」


「締め切り近いな、オイ!?」


「他の仕事は基本振らないから、集中してね」


「それはありがたいですね」



 相変わらずの無茶ぶりだが、無関係の人間の生き死にが関わらないのでまだマシである。


 飯田はひとまず新しい仕事にとりかかることにした。




「ジュンヤー!」


「うおっ!? マリアにキース!?」



 突然部屋の扉が開いたかと思うと、マリアとキースが入室してきた。


 飯田は嫌な予感を覚え、顔をしかめる。




「新しいターゲットが日本に居るから、手伝ってー♪」


「すぐにチームアップだ。今回のターゲットは強敵だぞ」


「嫌だね! 俺には別の仕事があるんだよ!」



 飯田の予感はずばり的中した。


 やはり二人は暗殺の仕事で来たらしい。




「つまんない細事は置いておいて、楽しいお仕事しよー! いいよね、ジュンヤの上司さんー?」


「いいよ」


「やったー♪」


「ちょっとぉ!?」



 上司があっさりマリアの要求を受け入れ、飯田は慌てた。


 今度はどんなとんでも任務か分かったものではないのだ。




「この二人と組んでここまで生きてるの飯田君だけだもん。他の人にやらせたら、1回目で仏になって帰ってくるし……」


「俺だって今回でそうなるかもしれないですよ!?」


「飯田君なら大丈夫。君はやればできる人間だ! サバイバルゲームの件は細事だし、別の人に任せるから安心したまえ!」


「無責任だな!?」



 デスゲーム案件が白紙になって一息つけそうなタイミングでの無茶ぶりである。


 今度こそ飯田は死んでしまうかもしれない。




「行くぞ、ジュンヤ」


「行こっか、ジュンヤ♪」


「離せー! 俺はまだ死にたくない!」



 組織トップクラスの暗殺者二人に引きずられ、飯田は連行される。


 また無茶苦茶な仕事が始まるのだ。




「途中でデスゲームごっこしよっか!」


「嫌だ~!」


「悪くないな。何人か捕まえて遊ぶか」


「遊ぶな! 最大効率で終わらせろ!」


「終わった後にやるから問題ない」


「どこがじゃボケェ!」



 昔UFO関連で流行った『人間に捕縛されたグレイタイプのエイリアンのような恰好』で引きずられながら、飯田はこれから先に待ち受ける非常事態にどんよりした。




「デスゲームできなかったから、デスゲームごっこだよ~♪ 善良なる市民は巻き込まない優しいゲームだよ~♪」


「マリアは優しいな」


「本物もごっこも沢山だ! 離せぇえええ!!」


「三人ともお仕事頑張ってね~」


「うがぁあああ!!」



 飯田はデスゲームを開催する必要はなくなったが、厄介事が向こうから突っ込んでくるのは結局変わらなかった。




「クソが!」



 飯田の罵詈雑言が廊下に虚しく響き渡ったが、彼を助けてくれる者は居なかった。




終われ



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