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第1話 Vライバー、宙路そあ



「ただいまー。」


わたしの声が、誰もいない家の中にこだまする。


「……」


返ってくる声はない。

帰ってきても誰もいないという日も、わたしにとってはそう珍しいものではなかった。


「ま、慣れっこだけどね。」


寂しくないわけじゃない。

それでも、そんな心の空白を忘れさせてくれるものが、わたしにはあった。


「さっ、準備準備っと。」


手を洗って、高校の制服から手早く着替えると、自分の部屋でスマートフォンのとあるアプリを開く。



―――IMAIR(アイメル)―――



起動画面に表示される、アプリのタイトル。

ここがわたし(チヒロ)の―――いや、V(バーチャル)ライバーたる星の子、「宙路そらみちそあ」の舞台だった。






「みんな、ただいま!」


机のスタンドに固定したスマートフォンの画面に女の子の姿が映し出される。

それは、いかにも漫画やアニメから飛び出してきたような、まさに()()()()()()()()美少女の姿。

わたし(チヒロ)は決して自分の容姿に自信があるわけではないが、この姿の自分には多少なりとも自信があった。


「しあわせ届ける星の子Vライバー宙路そらみちそあ、配信開始だよっ!きらり~ん☆」


わたしの動きをなぞるように、画面の中で少女の姿が動いてウィンクを決める。

この挨拶、冷静に考えるとかなりあざとい決めゼリフだが、それで慣れてしまったんだから仕方がない。

それに、むしろこの姿にはお似合いのセリフなんじゃないだろうか?


【おかえり~】

【こんそあ、待ってたよ!】

【そあちゃんおかえり!!!!】



挨拶と同時に、画面に文字がずらっと流れてくる。

このライブ配信を聴いてくれている、リスナーさんたちからのコメントだ。


「えへへ、ただいま。今日も()()()に会いに来てくれてありがとう!」


自然と笑顔になりながら、もう一度「ただいま」を言って彼ら彼女らの名前を呼んでいく。

家には誰もいなくても、ここへ来れば多くの人があたしを迎えてくれる。


「さぁてと。とりあえず、お母さんが帰ってくるくらいまでは配信しようかな!」


他愛のない雑談。

今日は学校で何があった、とか。

今日はリスナーの誰々がどうした、とか。

まさしく家族のような、取り留めのない会話が続く。

そう、まるでこの配信の、小部屋のような仮想バーチャルの空間にこそ、あたしにとっての本当の家族がいるかのように。





【そろそろ1ヶ月になるんだね】



ふと、そんなコメントが目に留まった。

「宙路そあ」のデビューから、あと少しで1ヶ月になる。

毎日のように学校から帰っては配信をして。

初配信のときの、右も左も分からず何をするにもあたふたした「宙路そあ」は、今や見る影もない。


「そろそろ1ヶ月……そうか、もう1ヶ月かぁ。って、あああーギフトっ!!」


画面上に、[おめでとう]の文字とともにポイントとエフェクトがポップアップした。

ギフト―――すなわちリスナーが配信者に贈れる有料のプレゼント、いわゆる“投げ銭”というやつだ。

もらった記念に画面をスクリーンショットで撮ろうとして、不意打ちにあわててしまったこともあり、誤操作で配信の接続が切れてしまった。


「やられた……もおっ。」


配信を繋ぎ直してアイメルに戻ると、「おかえり」のコメントが並ぶ。


「いきなり来るから落ちちゃったじゃん!【初心者ですか?】じゃないよっ!そうだよまだ1ヶ月の新人だよ!ギフトありがとう、もうっ。」


ちょっとは成長したかも、なんていう自分の考えを、次の瞬間には即否定してしまった。

やはりまだまだ新人の枠は出られないみたいだ。


「やっぱり、まだ先輩たちのようにはいかないなぁ……」


こういうときの対応も、配信自体の面白さも。

色々なところでの実力の差というのは、日に日に痛感しているところだ。

ため息混じりに呟いたその言葉に対して、コメントがひとつ飛んできた。



【星隼ひかり:そうかな?】





その名前を見た途端、テンションが二段くらい舞い上がった。


「ひかり先輩っ!来てくれてたの!?」


星隼ほしはやひかり。

かなり早い段階から配信をしている先輩Vライバーさん。

尊敬する先輩で、そもそもあたしがVライバーを始めるきっかけになった憧れのライバーさんだ。



【星隼ひかり:実は密かにいたのさ、妹よ(*´︶`*)】



新しいコメントが、にょきっと画面下から上がってきた。

横の名前の通り、当のひかり先輩から送られたコメントだ。


「なんで隠れてるの!?もう、“お姉ちゃん”!」


そんな風に怒った素振りをしつつも、ひかり先輩が来てくれて、聴いてくれているのが嬉しかった。

先輩はあたし(そあ)のことを“妹”と呼んでくれる。

仲の良いVライバー同士で、本当の友達や兄弟姉妹のように振る舞い呼び合うというのは珍しいことではないけれど、何より尊敬する先輩ライバーさんを「お姉ちゃん」と呼べるのはやはり感慨深いものがある。


「もう、隠れて聴かないでよ。恥ずかしいじゃない!」

【どうして?】

「だってあたしトークもスクショも、まだまだ色々下手っぴだし。あたしもお姉ちゃんと肩を並べられるようなライバーになりたいんだよ。」


ついそうこぼすと、先輩を含めたリスナーのみんながそれぞれに声をかけてくれる。

【そあちゃんは話上手いと思うけどな】

【まだまだ、これからこれから!】

【かわいいからいいんだよ】

等々。

聴きに来てくれるリスナーさん達は、みんな優しい。

その暖かいやり取りは、正しく心の通った家族のようで。

わたしは、配信でみんなと話せるこの時間が大好きだった。



【そあちゃんは立派にVライバーをやってると思うよ?】



先輩がそうコメントしてくれる。

もちろんあたし自身、努力しているつもりではいるけれど、聴いていて本当に楽しい配信ができているのか、そういう不安は常に持っている。


「ほんと?お姉ちゃん。みんなもありがと、そうだといいんだけどな……。やっぱりさ、先輩たちと比べたら楽しい配信できてるか不安になっちゃうんだ。お姉ちゃんの“妹”として、もっと自信を持ちたいなぁ。」


先輩ライバーさんたちを見ていると、コメントの読み方や返事のしかた、盛り上がる話題の出し方など、配信を盛り上げる実力はさすがの一言だ。

あの人たちと比べられても遜色のない一人前のVライバーになることができているのだろうか。


【そあちゃんは私の自慢の妹だよ( ˊᵕˋ* )】

「もう、嬉しいなぁ。」


やっぱり“お姉ちゃん”にそう言ってもらえるのが、何よりも嬉しい。

わたし(チヒロ)には離れた兄が一人いるのだけれど、十も歳が離れているからか、どこか兄妹感が薄いような気がする。

いつも一緒で、同じ学校に行ったり今日あったことをお話ししたりするようなお姉ちゃん。

あたし(そあ)にとって、ひかり先輩はまさにそんな存在。





【だったらコラボとか、しちゃう?】



突然、先輩がそう切り出してきた。


「ええっ、コラボ!?したい……。したいけど、先輩の前でちゃんと喋れるかな、自信ない……」


コラボとは先輩と通話を繋いで一緒に配信をすることで、通常は一人で行うライブ配信を二人で行うというもの。

要するにソロでの配信が基本のライブ配信を、どちらか、あるいはお互いが客演するということだ。

先輩と直接お話しできる機会というのはもちろん、お互いのファンにコラボ相手のことを知ってもらえる機会でもある。

特に、ひかり先輩のようなファンも多く実力も高い相手とコラボすることは、あたし(そあ)のようなまだまだ新人で知名度も低い配信者ライバーにとって、自分のことを知ってもらう願ってもないチャンスになる。

もちろん、先輩の配信で「目の肥えた」ファンのリスナーさん達を惹きつける魅力があれば、の話ではあるけれど……


「ううー、やっぱりあたしじゃあお姉ちゃんのコラボの相手としては“足りない”んじゃないかなあ!」


経験も、実力も。

なにより、それら以上に「何か」が足りない。

そんな思いがあたし(わたし)にはあった。

ここ最近、いや配信を始めてから、ずっと。



そんな調子のあたしをよそに、【コラボ見てみたい!】といった期待の篭ったコメントが流れていく。


「みんながそう言うなら、やってみよっかな……」

【また日取りとかも決めなきゃね】

「そうだね。……よし!」


その言葉に、リスナーさん達は沸き立った。

楽しみにしてくれるのなら、なんとか頑張って上手く成功させるしかない。

あたしはひとつ大きく息を吸って、それから答えた。


「よろしくお願いします、お姉ちゃん!」


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