第7話 学園長と俺
父親は娘が可愛いものです。
俺は観覧席に戻ると、背後からタッタッタッタと何かが走ってくる音が聞こえた。
「おとうとく~~ん」
この声はシャル姉だ。俺は後ろを振り向くと勢いをつけたままシャル姉が俺の胸に飛び込んでくる。
「シャル姉⋯⋯って!」
あまりの突進力のためよろけそうになるが、何とか男の子の意地で堪えることができた。
「一瞬で勝っちゃうなんてさっすが弟くん」
「まあシャル姉に特訓を付き合ってもらったからね」
この世界の人達には、空気の成分と言われても理解できないことなので、【空気失魔法】はまず防ぐことはできないだろう。
それじゃあ何で俺がそんなことを知っているかって? それは勿論異世界転生者だからだ。
5年前10歳の時、空気の加護に目覚めた際に、前世の記憶が頭の中に入ってきた。
日本という、魔法は使えないがこの世界より科学が進んだ世界にいたため、空気の成分のことについては理解できていた。
始めは、産まれてから10歳までのリクトの記憶も脳に入ってきて混乱したり、滅びそうな世界に転生させられて絶望したこともあるが、今はトアやシャル姉、マリーなど護りたい人達ができた為、前向きにこの世界で生きようと思っている。
記憶が戻ってからの3年間はこの世界の情報収集をしていたが、まさか両親が行方不明になり、サリバンがクワトロ家の当主になるとは思っていなかった。以前からサリバンは権力に固執していたから、前当主の子供である俺とトアを排除してくることは見えていたので、この2年間は目立たないように過ごしてきた。
ナンバーズの力は凄まじい⋯⋯戦闘力もそうだが、どこぞの海外の国のように、権力を使って子供2人を消すことなど造作もないことだ。
だが今、その権力から護られる力を得た為、今日行動を起こすことにした。
まずはトアやマリーを護る、そして行方不明の父さんと母さんを探す。最後に魔物を排除し、この世界に平和を取り戻すことが俺の目標だ。
「ねえシャルロッテお姉様とリクトくんって仲がいいよね」
「以前は不釣り合いな2人だと思っていたけど⋯⋯」
「くそっ! 俺達のシャルロッテ様がリクトの奴に⋯⋯ちくしょう!」
おっと⋯⋯シャル姉のような有名人が抱きついてきたことによって、かなり注目を集めてしまっている。もう空気に過ごす必要はないが、少し恥ずかしい。
それに周囲のシャル姉のファン達が、目から血の涙を流しているから離れた方が良さそうだ。
いくら空気の振りを止めたからといって、誰これ構わず敵を作る気は毛頭ないからな。
俺は優しくシャル姉を引き剥がした。
「もう合格間違いなしだね!」
「勝ったからといって合格という訳じゃないから」
「大丈夫だよ。お父様はリクトちゃんの戦いを見てビックリしていたから⋯⋯もし落とすようなことをしたら⋯⋯ふふ⋯⋯」
シャル姉が何をするか気になるが、恐ろしい答えが返ってきそう予感がしたので、俺は聞かなかった振りをすることにした。
「それじゃあ私はまた上の席に戻るね」
シャル姉の向かった方を見ると、ダーカス学長が怖い顔で俺を睨んでいたので俺は背中に寒気を感じた。
学長はシャル姉に甘いらしいから、シャル姉が男の胸に飛び込んだのが気に食わなかったのかもしれない。
その後ダーカス学長は他の受験生の試合中、ずっと俺を威圧してきたので、俺は試合をじっくりと観戦する余裕が全くなかった。
「それでは合格者を発表する」
試験官の方が言葉を発すると1枚の大きな紙が壁に貼られた。
どうやら名前がある者が合格らしい。
リクト⋯⋯リクト⋯⋯リクト⋯⋯あった!
やったあ! 合格したぞ!
周りには落胆する声も上がっていたので、俺は声に出さず心の中でガッツポーズをしたが、それはシャル姉の手で無意味に終わる。
「やったあ! リクトちゃんの名前があったよ! おめでとう!」
シャル姉がこちらに向かって手を振ってくるものだから、周囲の視線が痛い。
俺の合格を喜んでくれて嬉しいけど、頼むから大きな声を出すのは止めてほしい。無視するとそれはそれで、後でシャル姉に何を言われるかわからないため、俺は軽く手を振って何とかこの場を切り抜けた。
合格者は大体60人ほど、俺はダンドの名前を探して見たがやはりなかった。
正直俺が何も言わないのをいいことに、今まで散々調子に乗ってくれていたから、落ちた光景を見てざまぁみろとしか思わない。
「それでは最後にダーカス学園長より首席の発表を行う」
試験官の教師が声を上げ、全員の注目を集める。
首席? そんな物もあるんだな。
「これは君達が闘技場で戦っている際に、魔道具で魔力の強さや加護の力を測定し、総合的に判断した結果である」
そんなことをやっていたのか。確かに一瞬で終わってしまった試合は、ただ相手が弱かっただけかもしれないので判断できないよな。そのための魔道具ってやつか。
そしてダーカス学園長が壇上に上がり、この場にいるのものに向けて声を発する。
「まずは皆ご苦労だった! 本日合格出来なかったから魔法士の才能がないというわけではない。また来年修練をして試験に望んでほしい⋯⋯そして今回の首席合格者だが⋯⋯リクト・シェフィールド⋯⋯前に出てこい」
えっ? 俺?
ダンドとの試合はすぐに終わってしまったので、首席はないと思っていたが、どうやら先ほど教師が言っていた魔道具での数値で良い結果を出せたのだろうか。
俺は学園長の指示に従い壇上に上がる。
「おめでとうリクト⋯⋯今年度の首席はお前だ。これからも修練を忘れず、立派な魔法士となって世界を護ってくれ」
先程、試合の観戦中にプレッシャーをかけて来たので、俺は少し身構えていたが、特に変なことを発言せず、コメントは大人の対応だった。
そして学園長は左手を俺に差し出してくる。
おいおい左手の握手は敵意の証。やっぱりシャル姉のことでまだ怒っているのか。
ただ出された手に何もしないわけにはいかないので、俺は仕方なく左手を使って学園長の手を握る。
すると学園長はおもいっきり俺の左手を掴んできた。
こ、この人⋯⋯全然大人の対応じゃないな!
学園長の力で俺の左手はミシミシと音を立てていく。
くそっ! そっちがその気ならこっちだって!
俺は全力で左手に力を込めて学園長の握手に対抗する。
「ほ、ほう⋯⋯中々やるじゃないか」
「が、学園長こそ」
「これからはフェザー学園の生徒として、あまり女性を夜に連れ出さない方がいいと思うぞ」
「子離れ出来ていないと娘に嫌われると聞いたことがありますから、学園長も気をつけて下さいね」
傍目には2人が笑顔を浮かべて握手しているように見えるが、実際は力を入れて、相手の手を砕こうとしている異様な光景であった。
「それと例の件だが、妻と娘の頼みだったから動いてやったぞ」
「ありがとうございます」
こうしてリクトは魔法士を育成するフェザー学園に合格することができ、今日から寮に入ることが可能となった。
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