第4話 メイドのマリーと俺
メイドさんは良いものです。
「どういうことですか!」
ボロ家に帰ってサリバンとのやり取りを2人に伝えるとマリーから抗議の声が上がる。
「私は一刻も早く、あの人達がいるこの家から出たかったからいいけどね」
「よくないですよぉ⋯⋯明日から私はどうすればいいのですか⋯⋯今さら本館の屋敷には戻れませんし、無職ですよ無職⋯⋯」
マリーは父さんと母さんに言われて俺達の世話をしてくれていたからな。口には出して来なかったが、サリバンは良くは思っていないだろう。
ドサッ!
俺は机の上に金が入った袋を置く。
「済まなかったな勝手に決めて⋯⋯これは退職金だ。今までありがとう」
マリーは恐る恐る袋を開けると、その金額に驚きの表情を見せる。
「き、金貨10枚! 私のお給料の10年分じゃないですか!」
この2年間俺達兄妹が生活できたのもマリーのお陰だ。
感謝の意を込めて、けして少なくないお金を渡すことを決意した。
俺とトアは立ち上がり、マリーに向かって頭を下げる。
「リクト様⋯⋯トア様⋯⋯」
マリーは感動して涙を流す⋯⋯ことはなくこちらの方に向かって来て、そして俺達の頭をコツンと軽く叩く。
「バカですね⋯⋯私がここにいるのはお金じゃないですよ」
「マリー⋯⋯」
「マリーさん⋯⋯」
そして俺達2人を抱きしめ、ポツリと言葉を紡ぐ。
「奥様に頼まれたということもありますけど、私がリクト様とトア様のことが好きだからここにいるのです⋯⋯だから私は、御2人がどこに行こうと着いていきますよ」
俺はマリーの言葉に涙が出そうになった。
トアも無表情だが、泣きそうになっているのが兄の俺にはわかる。
「それにこの御屋敷で働き始めた頃、リクト様が私に楽をさせてくれると仰って下さったので金貨10枚では納得できません」
覚えてたのかよ。
3年前まだここで働き始めたばかりのマリーは純情な少女だったため、周りのメイドによく虐められていた。
その時に俺が見兼ねて助け、慰める意味を込めて伝えたことがある。
「兄さん⋯⋯どういうことですか?」
「いや⋯⋯そんな深い意味じゃないぞ」
トアから冷気が漏れ始めて、周囲の床が氷始めている。
「幼き日に交わした素敵な約束ってやつですか⋯⋯いいですね」
「そうです! リクト様は私の手を握り、見つめ合って囁いてくれました」
「くっ!」
やばいやばい! 部屋まで凍りついてきたぞ。そろそろやめてくれないとこのボロ家が崩れ落ちてしまう。
「俺の⋯⋯メイドにしてやると」
「えっ?」
マリーの言葉を聞いて冷気が瞬時に引いていき、何とかボロ家の崩壊を防ぐことができた。
「そして今こうしてリクト様とトア様のメイドができて、私は幸せです。ですからどこまでも着いていきますよぉ」
そう言葉を残してマリーは部屋を出ていった。
「それにしても⋯⋯トアはどんなことを想像していたのかな?」
俺はニヤニヤしながらトアの顔を覗き込む。
「べ、別に⋯⋯兄さんが雇い主であることをいいことに、マリーさんをセフレにしようとしてたのではないかとショックを受けただけです」
俺はトアがセフレなんて言葉を知っていたことにショックだよ。
「さあ兄さん、そんなことより、明日は魔法士の学園に入る試験なのですから早く寝てください。兄さんが落ちたら私達が路頭に迷ってしまうので必ず合格して頂かなければ困ります」
「そうだな、だがその前にトアとマリーにやってもらいたいことがある」
「やってほしいこと?」
「それは⋯⋯」
翌日
「いい天気だ。絶好の試験日よりと言えるだろう」
空を見ると雲1つなく、雨が降る確率はこれっぽっちもなさそうだ。
「兄さん、死なない程度に頑張って合格して来て下さい」
それって死ぬほど頑張れってことか⁉️ 俺の妹は厳しいことを簡単に言うな。
「しっかり稼いで私をセフレにして、楽させて下さい」
「やっぱり兄さんはマリーとそういう約束をしていたのですね! 死んでください」
やれやれまたマリーのからかいが始まったか。
トアは俺と違って心が純粋なのかすぐに信じてしまうからな。
とりあえず試験に間に合わなくなるから俺は2人を無視して、魔法士の学舎⋯⋯フェザー学園へと向かった。
学園に着くと俺と同じ年くらいの人達が大勢いて、賑わいを見せていた。
フェザー学園⋯⋯ここは魔法士を育成するための学園。訓練ができるよう敷地内は0.5キロ平方メートルほどあり、建物も綺麗で最新の設備使われているらしい。
学園の名前の由来は、防壁を越えていつか鳥のように翼を使って外へ飛び出せるようにと願いを込めているからだ。
「魔法士の試験を受ける方はこちらになりま~す」
おっといつまで学園を眺めている場合じゃないな。
俺は入学試験を受けるため、受付へと向かう。
「ではこちらにお名前は書いてください」
ペンを取り俺は名前を記帳する。
リクト・シェフィールドと⋯⋯クアトロ家の名前はもう使うことはできないので、俺は母方の性であるシェフィールドを書いた。
「はい、ではあちらへお願いします」
俺は案内している方の声に従って歩いて行くと、試験会場と思わしき闘技場のような所へと到着した。
「ではしばらくこちらでお待ち下さい」
ザワザワと至る所から声が聞こえる。それもそのはず周囲は見渡す限り人、人、人だらけ。
「試験を受ける人は多いと思ったがまさかこんなにいるとはな」
おそらく1,000人は越えているぞこれは。
この中からいったい何人が合格できるんだ⁉️ 狭き門であることは確かだな。
そして数分間経った頃、1人の覇気を纏った男性が壇上へと上り始める。
「諸君! 人類は今危機に瀕している! 何処からともなく現れた魔物達の侵攻は留まることをしらない。このままではこの都市ベルファイアもいずれ滅びるだろう」
滅びるという言葉を聞いて受験生達がざわめき始める。
「だがそうならないためにナンバーズが、魔法士が、そして君達がいる⋯⋯そこの君⋯⋯君はどうしてフェザー学園に入ろうと思ったのだ」
1番前に位置していたダンドが問いかけられ、驚きの表情を浮かべている。
「そ、それはこの都市を⋯⋯皆を護るためです」
ダンドは本当にそう思っているかどうかわからないが、模範的な解答を答える。
「それではダメだな」
「なぜだ! 俺は間違ったことを言ってないぞ!」
「人類はこの百年護ってばかりいたため、200を越える都市が蹂躙され、現在残っているのはここを入れて3つだけだ」
確かにあの人が言っていることは正しい。都市の中に、ある程度資源はあるけど、もし田畑が干上がってしまったら食糧がなくなる⋯⋯そしてもう1つ⋯⋯。
「今度はこちらから撃って出る必要がある! 学園に入学したら魔物を排除する力を学んでほしい。どんな手段を使っても相手を殺す術を学び、いつか諸君が人類の大地を取り戻してくれると信じている。それでは試験をがんばってくれ」
そう言って名前を名乗らず去ってしまったが、今のはこのフェザー学園の学園長、ダーカス・シエテ⋯⋯シエテの当主であり、シャル姉の父親⋯⋯そして現ランキングの1位を持つ、この都市最高の強者だ。
俺も数回しか会ったことがないが、豪快な所は相変わらずだった。
「おい、今のって⁉️」
「シエテ家の当主の⁉️」
「そしてシャルロッテ様のお父上だ」
さすがにここにいる者達は皆知っていたようだ。ランキング1位は伊達じゃないな。
「それでは名前を呼ばれた者はこの闘技場で闘ってもらう。勝ち負けで合格が決まるわけではないので、皆ベストの力を尽くすように」
フェザー学園に入学するためには筆記試験などない。先程学園長が言ったように強いか弱いかで合否が決まってしまう。
ダーカスside
「さて、この中に私を唸らせるような強者はいるかな」
闘うことが好きなダーカスにとって今日という日を楽しみにしていた。昨年のシャルロッテのような逸材がいるか⋯⋯今から高揚感が止まらない。
「今年はお父様の予想を遥かに越える存在がいますよ」
ダーカスの背後から娘であるシャルロッテが現れる。
「ほう⋯⋯それは誰だ」
「ふふ⋯⋯それは見てからのお楽しみです」
シャルロッテはダーカスに向かって笑みを浮かべる。もしこれが父親でなければ多くの男性が恋に落ちることは間違いないだろう。
「シャルロッテは日に日に母親のサーシャに似て綺麗になっていく⋯⋯お前を嫁に出す奴は私より強い奴でないと許可しないからな」
どうやら父親も娘にぞっこんのようだ。
しかしランキング1位のダーカスより強い者とは、中々無茶を言う父親であった。
「それでしたら今日見れるかもしれませんね。私の運命の人が⋯⋯」
「な、なんだと!」
シャルロッテは照れて、ダーカスは怒りで2人は顔を赤くしていた。
「その人はお父様か御自分でお探し下さい」
「なるほど⋯⋯面白い⋯⋯」
ダーカスは不敵に笑い、今か今かと試験が開始されるのを待ちわびるのであった。
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