二者択一
気が付いた時にはまた元の白い部屋にいた。
あの苦痛が嘘のように体は元気だ。
そして、またあいつといっしょだ。
『ようこそ、2時間の部屋へ』
無機質な声が繰り返される。
「僕を殺すしかないんです」
「そんなことが出来るわけないだろう」
最初はテレビかとも思ったが、死の苦痛は本物だと感じたし、苦痛がそこで終わったとしてもこんなに完全に回復するのはテレビのレベルでは矛盾がありすぎる。
だいたい、こんな変な部屋を作って人間を閉じ込めるなんて不可能だろう。
「僕はあなたを殺そうとしました」
そうだ。確かにあいつは俺を殺そうとした。
俺があいつを殺しても正当防衛じゃないのか?
それにあいつは自分を殺せと言ってる。
あいつが死んだところで、自殺みたいなものじゃないか。
また生き返るんだから、あいつにもまだチャンスはある。
次々と頭に浮かぶ言い訳。
あいつを殺すことの正当化。
死の苦痛から逃れたい。
本当は自分の都合だけなのに。
でも、もう2回も死の苦痛を味わった。
あいつは10回だ。
だったら俺が殺されればいいのか?
何もしなければまた二人とも死ぬだけだ。
どうせ死ぬなら、あいつを助けるために死ぬか。
いや、そんなカッコを付けられるような話じゃない。
苦痛。恐怖。それを自分から選ぶなんて無理だ。
殺されても次があるという保証もどこにもない。
あいつが俺を騙してる可能性もある。
そう言えば、最初はここのルールを知っていたのに知らないフリをして俺を殺そうとした。
まだ嘘が隠されていてもおかしくない。
しかし、なぜ、あいつは自分を殺せと言うのだ?
苦痛。恐怖。あれに慣れるようなことがあるのだろうか?
それを今体験したのに、もう一度それを選択することなんて可能なのだろうか?
時計は残り1時間30分を示していた。
決断しなければ同じことの繰り返しだ。
そして俺は決断した。
部屋の隅にあるナイフを目指して歩いた。
あのナイフで殺すしかない。
これは正当防衛だ。
生きるためには殺さなければならない。
選択肢なんてない。
あいつも俺みたいな相手よりも殺しやすい相手に代わった方がチャンスがあるだろう。
しかし、その箱にあったのはナイフではなく銃だった。
これで殺せという事か。いったい何をさせたいんだ。
BANG!
静かな部屋に爆音が響いた。
反対側にある同じ箱の事を忘れていた。
メガネの男が銃を手にすることを考えていなかった。
非力でも銃があれば関係ない。まずい。
撃たれる恐怖から、とっさに床を転がるように移動し振り返り銃を構えた。
強烈な血の匂いと静寂の中で時計が残り時間が無くなったことを示し、世界が暗転する。
同時に急激に戻る空気と消えていく痛みと緊張、生きている実感に涙があふれる。
「大丈夫ですか?」
サラリーマン風の男が心配そうにのぞき込む。
気が付くと焼け付くコンクリートの上に座り込んでいた。
スマホを見ると午後4時30分を指していた。
あと味が悪いですが、これで終わりです。
自分と誰か、どちらかが死ななければならないなら、人を殺せるのだろうか。
ラストは人によって見える風景が違うと思います。