二時間の部屋
浪人生になって、予備校の夏期講習の予定だった。
現実にはテキスト抱えてさぼりパチンコ。
最後の1発が台に吸い込まれ負け確定。
「これじゃ来年も無理だな。」
他人事のように呟いてみる。
パチンコ屋から出ると世界は静かだ。
道路を走るトラックの騒音さえ遠くに聞こえ、まるでリアリティがない。
真夏の太陽も、冷房で冷え切った肌には春の木漏れ日のように優しい。
スマホを見ると午後2時30分。
そういえば昼食も食べてない。
スマホをなんとなく眺めていると見慣れないアイコンが目に留まった。
時々知らないうちにアイコンが増えてることがあるのはどうにかしてほしいものだ。
それにしてもデザイン性のかけらもないただ白い四角だけのアイコン。
説明には「2時間」とだけ。
こういうのは速攻削除だ。
そのアイコンに触れた瞬間、世界が停電した。
そう表現するしかない瞬間的な闇。そして静寂。
バランス感覚がわからなくなり、しゃがみこんで地面に手をついた。
そこにあるはずの熱く焼けたコンクリートのザラザラ感はなく
ひんやりとしたツルツルとした感触が伝わってきた。
時間にして1分。
一転して白い世界が目に飛び込んできた。
「なんだこれ?」
状況が理解できない。
殺風景な白い部屋。床も天井も壁も白。ライトがあるわけでもないのに明るい。
辺りを見ると、受験生っぽいメガネの男が同じように床に座り込んでる。
「なぁー、あんた、これなんかわかる?」
「・・・」
その男は首を振った。
実際ありえない話だ。
どうやってこの部屋に入ったのか見当もつかない。
一歩も動いていないのに別の場所に移動するなんて。
何より、窓も出入口らしいものもなく、どうやって入ったのか、どうやって出られるのかもわからない。
『ようこそ、2時間の部屋へ』
天井からか床からかわからない無機質な声が室内に響いた。
『次の案内は2時間後となります。しばらくお待ちください。』
そんなアナウンスと共に空中に時計が浮かび上がり時間をカウントダウンし始めた。
「すげー、文字が浮かんでる。どういう仕組みだ?」
無機質な部屋に瞬間的に移動したことだけでもファンタジー要素として十分。
時計表示はホログラムっぽいけど、あれってケースの中にそれがあるように見えるぐらいだったような。
テレビのドッキリか?
とは言え、それから10分。
何も起こらない。
座り込んでるあいつも予備校生なんだろう。テキストを開いてお勉強モードに入った様子。
「まぁいいか。」
俺はこの風景を写メでもしようかと思ったがスマホの電源が入らない。
さっきまで使えていたのに充電切れってのも変だけど、しょうがない。
2時間待てって、テレビなら2時間の間になんかあるんだろうな。
受験生なんだから勉強するのが正解なんだろうけど、やる気が出ない。
何もない部屋、暇つぶしの小道具もない。
ぼーっとしている間に、俺はいつしか眠りについていた。
目が覚めたのは息苦しさからだった。
メガネの男が寝ている俺の首を絞めていた。
「何しやがる!」
俺は男を突き飛ばし跳ね起きた。
目が覚めなければそのままあの世行きだったかもしれない。
時計はまだ残り1時間20分。
「冗談でもやっていいことと悪いことがあることぐらい分かれよ」
俺は怒鳴った。頭がクラクラする。
男は膝を抱えて泣いているように見える。
「どうしたんだよ。俺はお前に恨まれるような覚えはないぞ」
「・・・もう死にたくない」
「はぁ?」
「・・・僕は・・・殺せなかった!」
「何言ってんだよ」
首を絞められたせいか、頭が痛い。考えがまとまらない。
なんで俺が殺されなきゃならないんだ。
テレビの演出にしてもエグすぎる。
そんなことを考えている内にどんどん頭が痛くなってくる。
呼吸も苦しい。
その男を追及したところでどうなるわけでもないが、寝ている間に首を絞められたんじゃ困る。
俺は男から離れて目を離さないようにした。
「どうなんってんだよ」
時計の残り時間は40分。
声もあまり出ない。
その男も苦しいのか床に転がったまま動かない。
息苦しい。頭が痛い。意識が遠くなっていく。意味が分からない。
俺、死ぬのか?
そんな恐ろしい考えが頭を支配する。
苦しい。息をしているのに空気が肺に入ってこない。頭が割れそうに痛い。
こんなのテレビなら放送事故だろ。