-豚イルカ·景吾の秘密-
子供のころ、もし魔法が使えたらこんな魔法使ってみたいとか考えたりしました?
自分は、空を飛びたい!でした。
中学生の頃は、透明人間になりたい!
今は、小説をヒットさせたい!でした。
全然魔法ちゃうやん!との意見は受け付けませんよ?
「そもそも、なんでお前魚なんだ?」
ただっぴろい草原をのんびりとした歩調で歩く一樹。
あれからかなり歩いているというのに、不思議と足は痛くならないのが、不思議だ。
「さぁ? 僕にもわかりません。でも僕、イルカ好きですよ?」
一樹の前を尾ひれを動かしながら、泳ぐ?豚イルカの景吾は、そう言ってくるくる回転した。
わかんねー。異世界転生は小説で読んではいたが、魚に転生するなんて初めて聞いたわ!
雲ひとつない真っ青な空に、泳ぐ豚イルカ。古典的な絵面に、顔を引きつらせることしか出来ない一樹。
渡された麻袋の中身を確認すれば、こちらでの貨幣や紙幣が数枚あった。服もあったし、食べ物もあった。その内のひとつは、豚イルカに食われたけど。
「一樹さん! なにやら、向こうに街のようなものが見えますよ!」
空を飛んでいるからか、豚イルカが尾ひれをパタパタさせながら立った。
「お前、いろんな動きが出来るんだな。豚のくせに···」と皮肉を込めて言っても、景吾には嬉しく聞えるのか、クルクル回っては早く来いと催促する。
暫く豚イルカの鼻歌?ひとりカラオケ?に付き合いながらも、一樹と景吾は大きな街の入り口に着いた。
「ふぅん、リーズロットって言うのか」
不思議な事に、アーケードに書かれた文字など、日本語や片言の外国語しかわからない一樹だが、なぜかこの言葉が読めたし、人が何を話してるのか位の言葉は理解出来た。
「割りと早口なんだな。僕にはよくわからない」
ぷかぷか浮いてる豚イルカを見ても、誰も何も驚かない。
「すいません。ここで休める場所ありますか? ホテルとか民宿みたいな」
一樹は、入り口近くでパンを売っているふくよかな女性に声を掛けた。
「あぁ、宿屋かい? 宿屋だったら、ギルドの近くに沢山あるよ」
「ギルド? どこにあるんですか? あと日持ちしそうなパンを2つ下さい。幾らですか?」
「ギルドはね、あそこに大きな噴水があるだろ? そこの左側にあるよ。ホテルはその裏だ。25ポルね」
ポル?
ポケットの中から数枚のコインを取り出すも、数字が読み取れずモタモタする一樹に、
「なんだ、あんた新参さんかね。いいよ、いいよ、代金は。はい、これ。おまけしといたからね!」
パンを2つ頼んだはずが、紙袋ぎゅうぎゅうに入ったパンを渡された。
「不思議な街ですね。なんか、僕たち見られてません?」
豚イルカこと景吾が、一樹の耳元に近づいてそう言った。
「かもな。けど、さっきのおばさんも言ってた。新参者さんって。ま、珍しいんだろ? 服とかも違うし」
周りの人々を見回すと、男性はシャツにズボンなのだが、どことなく木こりの服装に近く、女性は腰周りがふわっとしたワンピースみたいな服装にエプロンを付けていた。
「とりあえず、服も入ってたし。おい、景吾、行くぞ」
一樹は、振り向いて景吾を呼ぼうとしたが···
豚イルカは、地面で子供らに遊ばれてビチビチしていた。
「······。」
「あ、待って! お願い! 見捨てないでぇ!!」
なんとか子供達から逃れた豚イルカは、再び空に浮かぶと、一樹の頭上を周り始めた。
「一樹さん。先にホテル行きません? 僕、汚れちゃって」
仕方なくギルドがどんな所なのか覗きつつ、一樹と豚イルカこと景吾は、すぐ裏手にあった宿屋“ぽしょり”の扉を開いた。
「なんか、新参者って偉く歓迎されてんだな」
「みたいだねぇ。あー、気持ちいいっ!」
人が足を伸ばせて浸かってもまだ余裕のあるバスタブにいま豚イルカこと景吾が、のんびりと水風呂に入っている。
「ほんとにお金払わなくていいのかなぁ?」
一樹は、ポケットに入れたお金を宿屋の女将に貰った財布に入れて呟いた。
『ここはね、新参者には優しくしろって、女神様からの言いつけがあるからね。ほら、あんたも見ただろ? ソルティア様···』と女将が言うと、テーブルを拭いていた男性が、腰に手を当てて、
『時々、わがまま言ったりするけど、根は優しい女の子だよ』
確かに、初めてあのソルティアを見た時は、女神らしくない格好をしてはいたけど、言葉ひとつひとつを辿ると、そんな気もしなくはない。
「一樹さーん、タオル取ってーっ!」とバスルームから豚イルカの声がし、一樹はタオルを渡そうとドアを開けた。
が、すぐに閉め、また開けた。
「お前、人間なんじゃねーか!」
「みたいだね? 僕も戻れるとは思わなかった」
ほんの数十分前まで、豚イルカは空を飛んでいたが、水風呂に浸かったのが良かったのか、元の人間の姿になり···
「本当にすみませんでしたっ!」と再び?一樹の前で土下座をしていたのである。
「あんたさ、なんで俺より年上なのに、そんなメンタルよえーの?」
一樹は、キッチンに置かれていたコーヒーのような飲み物を冷ましながら飲んで、少し固くなったパンをかじった。
「くう? 意外と美味いよ、これ」
表面は固いが、中はふわふわした丸いパンを少しちぎって景吾に渡した。
「ありがとうございます。僕、駄目なんですよ。人からなんか言われると、どうしようもなくへこんでしまって···」
もともと仕事の事で悩んでた所に、更にしてもいない事で上からどやされた景吾は、ひとり残業し夕日を眺めてる内に無性に悲しくなり···
「─で、気付いたら僕柵の外側にいて···」
「で、俺の上に落ちてきたって訳か」
「みたいです」
「じゃ、ねーだろっ! ばーか!
お前が、俺の上に落ちてきたおかげでな、俺は死ななくてもいい年齢で死んだんだぞ! わかるか! 好きな女もいず、恋愛も出来ないまま!」
一樹は、肩で息を荒げ、引きつった顔で自身を見上げてる景吾を見下ろした。
「ご、ごめん」
何度も何度も頭を床に叩きつける景吾。
「ま、死んじまったもんはしょうがないけど」
諦めも開き直りも早い一樹。
「でも、なにすりゃいんだ? 至って平和な街だし」
ベッドに身体を投げるように横になって、天井を見つめ、すぐさま起き上がった。
「あとで、ギルド行ってみるか! なんか、わかるかも知れんし」
「うん。わかった。じゃ、僕イルカになってるね?」
目の前で軽くポンッと音がし、白煙が上がると、景吾が豚イルカに変わったのを一樹は不思議な目で見、笑った。
「ここにいたら、俺も魔法とか使えたりして···」
この時の一樹も景吾も、まさか自分たちの身体に信じられない能力がある事に知る由もなく、一樹は笑いながら部屋でぷかぷか周る景吾を見ていた。
『くっくっくっ。みーつけたっ!』
とあるところのとある部屋で、黒装束に身を包んだ小さな子供が、水晶玉を見て笑っていた。