第120話 ニセモノ
「ローズ。ニセモノに気を付けろ」
隠し扉の仕掛け外したオズは、扉を開きながら後ろに居るローズに声を掛けた。
仕掛けが外されていく様をワクワクした表情で見ていたローズは、オズのその言葉に首を傾げる。
「ニセモノ? なにそれ?」
突然飛び出してきた『ニセモノ』と言う言葉。
三桁回数このゲームをプレイして来たローズの中の人である野江水流にとって、ゲームイベント内で初めて聞く言葉であったので一瞬何のことか分からなかった。
ただ既に自分の知っているゲーム内容とはかけ離れている世界である事を思い出したローズはその言葉の差す意味を考える。
『ニセモノイベントって初めて聞くわ。ニセモノって偽物の事? それとも誰かの偽者って事かしら?』
「色々ですよ。お嬢様」
ローズの問い掛けに答えたのはフレデリカだった。
ローズはフレデリカへ顔を向ける途中でチラとオズの顔を見たが、何故だかばつの悪そうな顔をしてた事に少し不思議に思う。
しかし、先程からオズの言葉に被せ気味で発言してくるフレデリカに対して、目の前で他のキャラが助言するのをお助けキャラとしての矜持が許さないのかも? と思い始めていたので、オズのその顔もただ単に言葉を遮られた悔しさによるものと解釈した。
「それより急ぎますよ。お嬢様」
そう言って急に手を掴んだフレデリカは力いっぱいにローズを引っ張り隠し通路に引き摺り込んだ。
「え? あっちょっと、フレデリカ。急にどうしたの」
「お嬢様が見付からない時間が長引くほど大事になりますよ。そろそろ本当にタイムリミットです。騎士団なんかを呼ばれますと非常に厄介ですからね」
確かにと、その言葉には納得したローズであるが何か釈然としないものを感じた。
かと言って訳を聞くためにここで立ち止るとフレデリカの言う通り最悪オズのことまでバレてしまう。
それにフレデリカは色々と言っている事だし何かを知っているに違いない。
そう思い至ったローズはこの場で真相を聞くのを諦めた。
「オズ! 折角の再会なのにバタバタしてごめんなさい。さっきも言った通り私はオズの味方だからね! また来るからーーー!」
フレデリカに引かれるまま隠し部屋から出たローズは、複雑な表情で自分を見つめるオズに向かってそう言いながら手を振った。
「いや、我から会いに行くさ。それまで待っていてくれ」
ローズの別れの言葉に微笑みながらオズはそう言うと、ゆっくり隠し扉を閉め始める。
そして顔が見える程度まで来ると口を開いた。
「ローズ。ドライに気を付けろ」
「え? ドライってなに? あっ、キャッ」
オズはローズの問いに答えず、そのまま扉はバタンと閉まった。
部屋からの明かりが消え、壁に点々と灯されている蝋燭の明かりのみになった通路は思ったより暗く、部屋の照明に慣れていた目には月のない闇夜の如く暗転して思わず躓きそうになる。
それをフレデリカがぎゅっと支えて助けた。
「あ、ありがとうフレデリカ。急に真っ暗になったからびっくりしたわ」
「私は夜目に慣れていますから。さぁ私に掴まって下さい。出口まで先導します」
『夜目に慣れている』と言うフレデリカの言葉に『カッコいい!!』と中二病的な感動を覚えるローズは、フレデリカの手を握り彼女の後をついていく。
しばらく歩くと次第に暗闇に目が慣れて来て心に余裕が出て来たローズは、オズの最後の言葉は何だったのだろうと考えていた。
『最後のドライに気を付けろってどう言う意味かしら? ドライ……ドライ……う~ん、なんだかビールが飲みたくなってきちゃったわ』
ローズはドライと言う言葉の意味を考えている内に前世にてキンキンに冷えたビールを思い出しごくりと喉を鳴らした。
一度思考が嗜好に移ると深みにはまる。
週末レンタルビデオ屋で借りて来た恋愛映画を部屋で一人寂しく鑑賞しながらビールをゴクリ、旧友である同僚の女体育教師と居酒屋で上司の愚痴をこぼしながらビールをゴクリ、夏冬の長期休暇には毎日理由が無く部屋でごろ寝しながらゴクリゴクリ。
『あれ? なんだかビールにいい思い出が無い気がする……』
前世での懐かしいビールを飲んだ時を思い出すと独り身の辛さが身に染みた。
するとなんだかビールへの懐かしい想いもサァーーと冷めていく。
『って違う違う。今のうちにフレデリカに聞いておかないと』
「ねぇフレデリカ。さっきオズが言ったニセモノって言葉に何か心当たりあるの?」
隠し通路の出口まであとどれくらいあるのか不明だが、出口から出てしまうとしばらくは探していた侍従達にアレコレ言い訳をして大事になるのを阻止する必要があるだろう。
そうするとこの話の意味を聞けるようになるのはいつになるか分からない。
鉄は熱い内に叩けと言葉があるように、疑問も薄れる前に聞いておいた方が良いと思ったローズは単刀直入に聞いてみた。
「実は先ほどオズ様に聞いたのですが、数日前から以前の様な酷い振る舞いを平民に対して行っているお嬢様を街で見掛けたと言う噂が流れていたようです」
「えぇ私そんな事しないわよ。何なのその噂?」
全く身に覚えがない噂にローズは驚きの声を上げる。
そもそも身に覚えどころかここ数日街に出る事も無かったし、なんならシャルロッテにエレナの行方を聞くため修道院に出かけていたのだからそんな暇がある筈もない。
「あっ、だからニセモノって事?」
なるほどと自分の言葉に納得したローズだが、誰が好き好んで悪役令嬢の偽者になろうと言うのか? と言う疑問に首を傾げる。
ただすぐにある答えに辿り着き背筋が寒くなった。
そう言えば王都に帰って来た時の街の人達の目が、最近の様に羨望の色が薄くどことなく淀んでいたように見える。
『もしかしてシナリオの強制力?』
自分が悪役令嬢役をしないから、ゲームシステムが無理矢理元のローズの悪行を実行しようとしているのか?
エレナが舞台から降りた事によってゲームは終了したのかと思い始めていたローズにとって戦慄する話だった。
「えぇ、そしてオーディック様は大怪我して発見される前日までその噂の出処の調査しておられたようです」
「何ですって! その偽物がオーッディックに怪我させたの?」
「恐らく」
なんて事だ。
それならば意識を取り戻したオーディックが自分を憎む理由も分かる。
ローズは先程自分に向けられたオーディックの目に浮かぶ憎悪の強さを思い出し、その場で立ち止まった。
「あっ、お嬢様急に立ち止まらないで下さい。危ないじゃないですか」
ローズの手を引いていたフレデリカは急に立ち止ったローズのせいでつんのめって転びそうになった。
そして振り返りローズの顔を見たが……。
「お嬢様! どうされたのですかっ!?」
フレデリカの目に、大粒の涙を流しているローズの姿が映った。
ここまで悲壮な顔のローズは見たことが無い。
「私のせいだ……私がいけないんだ」
ローズは涙を流しながらそう呟いた。