第118話 二人のオズ
「何を馬鹿な事を言うのだ。我はこの通り生きておる。なにより先程我に触れてたであろう」
そう言うと少し呆れた顔をしてオズは溜息を吐く。
勿論ローズとしても多少判断が鈍っていたとしても本当にオズが幽霊だと心から思っている訳ではない。
とは言え、ポルターガイストの様に物質に影響を与える事例も聞くし、前世で見たTVの心霊番組とかでも『背中に冷たい物が当たった』とか『見えない手で首を絞められた』とかレポーターが騒いでいるのを見た事もある。
だから触れられないのが幽霊じゃない証拠とは言えないし、それにここはゲームの世界なのだから前世の常識が通じるとも思えない。
ワンチャン死に別れた幼馴染が恋しさから常世より這い出でて想い人の前に姿を現すって線も捨て切れず思わず口にしてしまったのである。
実際そんな悲恋な恋愛作品を幾つか読んだ事もあるし、その中にはマイベスト恋愛物TOP10に入る作品だって存在していた。
事故で死んだ自分をいつまでも引き摺って悲しんでいる主人公の為に、最後の別れを言う為に地獄トーナメントを勝ち抜いて暫し現世への帰郷権を勝ち取った男が、主人公の前に現れた時に言ったセリフ『お前への愛が熱過ぎて地獄から出禁喰らっちまった』は使い所がいまいちよく分からない言葉であるのだが『いつか彼氏に言われてみたいセリフ☆ベスト50』堂々の第9位を勝ち取っている程だ。
慣れとは贅沢で怖いものである。
既にゲーム世界への転生と言う有り得ない極地を体験しているにも拘らず、好きな作品と同じシチュエーションじゃなかったと言う当たり前な現実にローズはちょっとばかりガッカリしてしまっていた。
「そ、そうよね。でも、さっきオズの事を死んだ筈ってフレデリカが言ったもんだから」
「それは……少し事情があってな。表向きはそうなっていただけだ」
「!! こ、これは……」
ローズは気を取り直す為に取りあえず先程のやり取りの真相を探るべくそう質問をしたのだが、思ったより深刻な顔をして答えたオズを見て少しばかりピンと来た。
これはこれでもしかしたらラブロマンス的な展開あるあるなのではないだろうか?
にやける顔をなんとか抑えてオズの浮かべる深刻な顔に合わせるように演技をしながら聞き返した。
「事情……? もしかしてその所為で会えなかったの?」
オズはその問いに答えなかったが、更に過去を悔いる悲痛な顔となったのでそれが回答として間違いないだろうとローズは推測する。
会えなくなる事情とはなんなのだろうか?
ラブロマンス的な展開ならアレしかないだろう。
さっきフレデリカはオズの本名の後に『でん』と続けた。
オズはそれを途中で遮ったのだ。
恭しく礼を尽くす態度を取りながら名前の後に『でん』が付く言葉など一つしか思い付かない。
アレ……そう恐らくフレデリカは『オージニアス殿下』と言おうとしたのではないか?
ローズはオズと再会した時に抱いた疑念が正しかったのだと思い至った。
そう言えば初めて出会った後、フレデリカにそれとなくこの国の王子の存在を聞いた際に、無事に済んでよかったとか胸を撫で下ろしたとか不穏な言葉が飛び交ってなんだか煙に巻かれた気分になったものだ。
そして先程フレデリカは『生きているとは思わなかった』と言った。
ここから導かれる答えは唯一つ。
やはりオズは王子だったのだ!
それにこの好感度……もしかしたらローズは妃候補の一人だったのではないだろうか?
出頭命令イベント時の国王の態度もどこか申し訳無いような感情をローズに抱いていたのも、この事が原因だったのでは?
なるほど、これなら過去王宮でオズと会っていた事にも納得である。
オズは何らかの事情で死んだ事にされていたのだろう。
そして、その死はこの国の根底を覆しかねない王家スキャンダルではないのか?
と、大筋が大幅に間違ってはいるものの所々微妙に歯車が噛み合った妄想を膨らませるローズ。
一度膨らみ始めた妄想は止まらない、更に自分好みのエッセンスを加え始めた。
『これは所謂、王宮物にありがちな跡取り事案って奴じゃないかしら? 正室と側室が自分の息子を後継者にすべく日夜血で血を洗う抗争を繰り広げる。そして恐らくオズのお母様はその戦いに負けたのね』
当たり前だが『生きているとは思わなかった』とは、表向きには死んだ事になっていると言う事だ。
正室である第一王妃が権力闘争で失脚し、その果てに皇太子が死亡したなど国を揺るがす大事件である。
いかに王室と言えども隠せるものではない。
いくら悪女となり国内の政など一切耳に入れる事の無かった過去のローズとてさすがにそれ程の大きな事件なら記憶の隅に残っていてもおかしくはないのだが、欠片も思い当たる事が無かった。
と言う事はオズは第二王妃以下の息子の可能性が高い。
正室でなく側室の息子をこの国の法の番人であるシュタインベルク家が匿っている。
以前オズが言った言葉によるとどうやら王位復権を諦めてはいないようだ。
以上の事から導き出せる結論は……。
『ちょっと! 開発者ってバカなの? 地位を奪われ死んだ第二王子が実は生きていて、追い落とした第一王子に復讐する……。かぁーーバカ! 本当開発者はバカよね。こんな少女漫画的に美味しい展開をなんでメインシナリオで使わないのよ!』
隠しキャラに間違いないのだが、それにしてはローズへの初期好感度が高さ過ぎる。
だとすると、キャラを思い付いたは良いが上手くシナリオに落とし込みが出来ず没となったキャラなのでは?
同じく好感度の高いオーディックも、記憶喪失で無理矢理主人公と結ばれると言うある意味力技と言えなくも無い。
『もう! 開発者ったら情けないわね。私に任せてくれたら良い展開案なんて片手で収まらないくらい書いて上げるのに』
と、心の中でユーザーありがちの勝手な上から目線な開発者ダメ出しをしながらも、思いがけずかなり美味しい展開を味わえていると思ってご機嫌なローズ。
しかし、ご機嫌なのは心の中だけである。
表面上はまったく別の印象を周囲に与えていた。
ローズいや前世の野江水流の時からそうなのだが、彼女の場合は恋愛妄想が行き過ぎると普段表情筋に回しているカロリーでさえ脳の活動の活性化へ供給される為、無表情のまま少し俯き加減で一点を凝視する。
それは傍から見ると何かを真剣に悩んでいるようにしか見えない。
彼女の全盛期である前世の高校生徒会長時代。
いつも快活で眩しい彼女が時折物憂げに表情を沈める時があった。
周囲の皆はそんな彼女を見て、普段明るくどんな屈強にも立ち向かい自分達生徒を導いてくれる彼女が何故か表情を曇らせている。
それは自分達が至らぬ所為で彼女に苦悩を与えているのだろう。
彼女の顔に暗い表情は似合わない。
いつも明るく輝いていて欲しい。
だから彼女の為に自分達一人一人が立ち上がり、少しでも彼女の負担を減らしこの学校を良くする為に頑張ろう。
と、彼女を慕う気持ちをより一層強めながら学生一同が奮起したのだった。
それが幸いし彼女の通う学校の長い歴史の中でも歴代生徒会長五指に挙げられる名会長として名が刻まれている。
だが、その物憂い気な表情の正体はコレである。
勿論彼女の才能自体非凡であり類稀なる努力の結果掴み取った功績が大半を占めており、その全てが皆の勘違いの結果ではないものの、一端を担ったのは間違いないと言える。
今回の場合はゲームシナリオについての萌え展開を妄想しているのだが、この世界の住人であるオズとフレデリカには分かる筈もない。
ただ自己評価は低いくせに他者への洞察力には聡い事を知っているフレデリカや、幼いローズを歪ませてしまった自身の血の宿命に罪悪感を覚えているオズは先程の会話から今まで隠されていた答えに至ろうとしているのではないかと推測した。
「オズ様。お嬢様があの状態に陥りますと暫くは近くで何を喋ろうともお耳に入りません。その間に少々お話をよろしいでしょうか?」
最初はローズが真実に至ろうとするのを止めようとの思いもあったが、一度動き出した疑念は今この場で止めようとも近い内に真実へと至るはずだ。
ならば今はそんな無駄な事をしている暇は無い。
目の前に居るのは、この国に自身の知らぬ秘密など存在しないと自負していたにも拘らず、影さえ掴めなかった死んだ筈の人間だ。
しかも王国に匿われている形で。
如何に昨今自らを貶める為に無能を演じていたからと言えど、生まれ持った性分と言うべきか王国中の噂や事件のリサーチは怠ってはいなかった。
これは彼女がゲームに登場するお助けキャラとしてのキャラクター性から来るものなのだが、彼女自身はそんな物を知る訳が無い。
だからこそ自らの矜持として自分が知らない隠し事を憎悪する。
しかもベルクヴァイン家で行われたあの舞踏会の際にベルナルドから情報共有として手持ちの情報をいくつか開示した。
それらの情報は彼等の知らぬものであり、中には切り札としていた物もある。
それは偏にローズを救うと言う名分があったからだ。
しかし相手からも齎された情報の中にはオズを匿っていると言う情報は無かった。
その場にオーディックと言うオズ生存の当事者が居たにもかかわらずだ。
オズと言う存在はこの国にとって帝国との火種にしか成り得ない。
これだけの重大事にこの国の法の番人でありオーディックの父であるベルクヴァイン家当主のミヒャエルが知らぬ筈が無いだろう。
要するにあの場に居る人間は全員当事者でありながら、ローズの安全を脅かしかねない爆弾を黙っていた事になる。
この事実に酷くプライドを傷付けられたフレデリカであったが、沸き立つ怒りは飲み込む事にした。
なぜなら今感情のままに騒ぎ立てようものならオズの存在が明るみになる可能性が高いからだ。
それにここまで厳重に存在を隠された人物においそれと会えるものではない。
ならば幸運にも訪れたこの機会を十分に享受する為、感情を押し殺し情報収集に努める事にしたのだった。
「うむ、良いだろう。おぬしに存在を知られた以上は黙っているよりも全てを話し味方となってもらう方が良いのだろうな。ローズを護る味方として」
「……お嬢様を護る。その言葉偽り無いでしょうね?」
ローズの名前を出したオズに対して、目付き鋭くそう返すフレデリカ。
オズはそれに怯む事無く受け止め頷いた。
「おぬしが聞きたいと思う事を述べよ。ただ時間は貴重だ。おぬしらがいつまでもここに留まる事は危険であるからな」
「ええ、分かっております。まずは……」
二人は妄想に囚われているローズを後ろに話し合いを始めた。
そして当のローズだが、フレデリカとオズの心配は余所に大きく真実から遠ざかってはいたのだが、突然ある事を思い出した。
それは二人のオズの記憶。
もう一人のオズが第一王子だったのだろうか?
『いや、違う』
ローズはその考えを否定した。
この妄想は根本的なことから間違っているのでは?
漠然とした違和感が沸き起こる。
『そうだ、オズがこの国の王子だとすると国王は父親。確かに髪の色は同じプラチナブロンドと似通っている。けれど親子と言うには肌の色や顔の特徴に共通点が無いわ。一人なら王妃に似たと言えるけども、二人共同じ顔なんて有り得ない。……そうよ、忘れていた』
あの頃は過去の記憶など無かったから思い出すも何も無かったし、なにより夢にまで見た貴族の舞踏会の招待状が届いた所為ですっかり舞い上がりその事を忘れていた。
『あたしってばこの国の王子に会った事があるんだったわ』
最近忙しくて投稿が遅れていて申し訳有りません。