第112話 意思
「あの、ここは……?」
薄暗い隠し通路の中、途中階段を上へ下へとオズに導かれるままその後ろを歩いていたローズであったが、行き先の知れぬ不安に心穏やかになれないでいた。
主人公の失踪に始まったここ最近の騒動は自分の周囲の環境を目まぐるしく変え、心の整理が追い付かない。
それでも何とか状況を整理しようとオズに尋ねる。
「ここか? そうだな……うむ、言うなればここは秘密基地と言ったところか」
「秘密基地?」
「あぁ、懐かしいであろう? 幼き頃このように二人して王宮で見つけた隠し部屋を秘密基地と呼び遊んでいたではないか。我はその時の事を今も昨日の如く覚えているぞ」
昔似た様な事が有ったと思っていたが、オズの言葉でその記憶と結びついた。
確かに幼い頃オズの手に引かれて薄暗い通路を歩いた記憶が有る。
何をしていたのかまでは思い出せないでいたが、あの時のドキドキは二人だけの秘密が嬉しかったからだったのか。
ローズは思い出した記憶に少し緊張が解け頬が緩んだ。
それと共にもう一つ秘密基地に纏わる記憶が脳裏に浮かんで来た。
そうだ、あれは秘密基地で起こった事だ。
そこで信じられないものを見たのだ。
次にオズと会った時に聞こうと思っていた有り得ない記憶。
幼き自分がオズと言う存在を曖昧にし記憶の底に封じ込める原因となった出来事。
ローズはあの日の出来事が本当だったのか尋ねる事にした。
「ねぇ、オズ。秘密基地の事なんだけど……、多分あなたと会った最後の日の事よ。あの時二人のオズを見たの。いや、自分でもおかしい事を言っているのだと思うけど……。何か知らない?」
自分の中では真剣な話だったのだが、こうして口に出してみるとあまりにもバカバカしい事だと少し笑いが込み上げて来た。
同じ人間が二人居る? しかもその二人は自分をかけて口ゲンカをしているなんてどれだけ自意識過剰だと言うのか。
そんな馬鹿な話、尋ねられた方も困ってしまうに違いない。
自分の知るオズの性格ならジョークだと笑い飛ばすか、怪談だと怖がるか……。
恐らく大きくなった今なら怪談と怖がるよりも笑い飛ばす方だろうなと思う。
『あれ?』
オズの反応を待ちながら、その予想をしていたローズはふと違和感を覚えた。
自分の中にはオズの人物像が二つ存在しているのだ。
泣き虫なのは共通していたが、それに反発する強気なオズとそれにいじける弱気なオズ。
幼き日の自分はたまにしか会えない所為で、その違いに臆病が再発した程度にしか思っていなかったが、前回遊んだ時の話をしても話題が合わない事が有った。
今思い返すとまるで別人だったのではないか?
子供ってそう言うものなのだろうか? 毎日会っている訳じゃなく月に数度会う程度なのだから記憶の不一致が有っても不思議じゃないのかもしれない。
何か深い悩みでも有れば、大人でも弱気になったりするものだ。
まだ幼い子供ならその心理状態など容易に変わるものだろう。
取り巻く状況の整理がつかないまま新しい悩み事を増やすのはバカらしい事だ。
ローズは心に湧いた違和感にそう理由付けようとした。
「ローズよ。実はな、現在我はとある事情によってこうして親友の屋敷に身を隠しているのだ」
「え? は、はぁ……?」
オズの口から出た言葉は、予想から大きく外れるものだった。
その為、ローズは気の抜けた返事しか出来ない。
質問と回答にどんな関連性が有るのだろう? ローズは頭をフル回転して考えるがやはり結びつかない。
「あ、あの……。一体それはどう言う意味……?」
「あぁそれは……。おっ? 丁度目的地に着いたな。後は中で話そう」
オズはそう言って立ち止まった。
どうやら目的地に着いたらし。
一見ただの行き止まりだが、隠し通路に入る時と同じく壁に手を当てるとガコンと言う音と共に壁が開き眩しい光が溢れ出した。
「わぁっ! 眩しい!」
薄暗い廊下から急に明るい光を見た所為で、ローズは目が眩み思わず両腕を上げ顔を覆い隠した。
腕の隙間からちらりと光の先を伺う。
どうやらそこには部屋が有り、この光はその部屋の照明が放っている様だった。
「ここが……秘密基地?」
なんとか光に目が慣れてきたローズは、薄目で辺りをキョロキョロと見渡した。
天井近くに空気口は有るものの、外と直接繋がっている訳ではなく日の光は届いていない。
目が慣れるとそれほど強い照明ではない事が分かる。
部屋を照らしているのは天井にある質素なシャンデリアと壁にかけられた燭台に灯る火によるものだった。
ここがオズの秘密基地らしい。
そんな子供じみた言葉が似あうくらい部屋の面積はそれほど広くなく、調度品も華美な物は見当たらない。
ベッドが一つに他には書棚と机とクローゼットが一つずつ有るのみで、ローズの屋敷にある住み込みの使用人に宛がわれる個室の方が豪華と言えるかもしれない。
だが前世で庶民だったローズにとってこれくらいの広さと質素さの方が落ち着くと言うのが第一印象だった。
正直な話、一人暮らししていたワンルームマンションの敷地面積よりは広いので快適と言えるかもしれない。
残念な所はやはり窓が無いところか。
「どうだ、ローズ。ここはいい所であろう。それに先程の隠し通路から風呂にトイレ、もし外の空気が吸いたくなったら外から見えぬ所に造られておる屋上テラスへも通じておるのだ。思ったよりも快適であるぞ」
「は……はぁ、凄い……ですけど、なんでオーディック様の屋敷の中をこんな風に無理矢理改蔵しちゃったんですか?」
「ふむ、その解釈は逆である。この屋敷は最初から我が身を潜める場所として建てられたのだ。そして我が親友は我を匿う為に子爵となりこの館の主となったのだからな」
「オズの為にオーディック様が……? オズ……あなたはいったい……?」
オズの口から出たあまりにも荒唐無稽な話はローズの理解を超える物であった。
ゲームでは公爵家長男であるオーディックが、なぜ将来公爵を継ぐと言う約束された立場を弟に譲り自らは新興子爵となったのかは劇中に説明は一切無く、前世の野江 水流にしてもそれはただ単になんだか凄いキャラ感を煽る為だけの設定なのだろう程度に思っていたくらいだ。
それが本編未登場キャラの為に子爵になったなど妄想の余地も無い話である。
公爵家長男を分家させて更に身を匿う場所さえ造らせるオズとは何者なのだろう?
ローズは恐る恐るその正体を尋ねる。
「我が何者か……か。ふっ、今の我は何者でもないただの死人よ。あえて言葉にするのなら、『泣き虫オジュ』と言うおぬしの幼馴染……でしかあるまいよ」
オズは穏やかな表情を浮かべながらも、真剣な眼差しでローズを見詰めながらそう言った。
『え? 死んでるってゾンビなの?』と一瞬口にしかけたが、そんな軽口など叩けない空気が部屋を満たしている。
恐らく世間一般的に死んだ事になっているという事だろう。
それを証明するかのように、手が届くほど近くに在るのに、見えない壁によって手が届かない。
不甲斐無い自分自身への怒りと悔しさ……様々な想いがその眼には込められていたからだった。
「オズ……」
「最初に謝らせてくれ。すまぬローズ! 今この国を脅かしている様々な陰謀の元凶は我なのだ」
なぜオズがそれ程までに哀しい目をするのか理由を聞こうとしたのだが、オズはそれを遮るように頭を下げて来た。
ローズはその様に驚き固まる。
何しろオズの口から出た全ての言葉がローズに取って寝耳に水の話であり、何を謝っているのかすら理解出来ない。
この国を脅かしている陰謀? そんな物はゲーム上でも、フレデリカの授業でも聞いた事が無い。
そんな知らない話の元凶が自分だと告白されてもどう反応したら良いのだろう?
ローズは唖然とした顔のまま首を捻る。
自らの謝罪に対してあまりにもローズからの反応が無い事を不思議に思ったオズは顔を上げて様子を確認したが、その呆けた様な表情に静かに目を瞑り何度か頷いた。
「……そうか。現状さえ知らぬのだな。バルモア殿出立の日の進言に始まる悪女の心変わり。それにサーシャ殿との謀。我の存在を覚えていなくとも全てを知っての事だと思っていた」
更に意味不明な事を口走るオズに、今度は反対側に首を捻るローズ。
まるで馬鹿な子を優しく擁護する様な口調に少しだけムッとした。
「フフッ、そう怒るな。その顔じゃ誰かに何かを吹き込まれての行動と言うのでも無いのであろう」
何を吹き込まれると言うのか。
ゲームの世界に転生して前世の記憶を思い出した自分は同じ悩みを共有する人間などいる訳が無い。
……そう主人公以外には。
その主人公でさえ、同じ悩みを持つ者同士語り合う事も無く舞台から退場してしまった。
記憶を取り戻してから今日まで、没落し消えるしかなかったローズの運命に抗い生きて来た。
誰かに言われたんじゃない。
誰にも何も言われなかった。
なぜ自分がここに居るのか。
今の自分がここまで来たのは前世の野江 水流の意思である。
ローズはその想いを込めてオズを見詰めて声に出す。
「誰にも何も言われてないわ。今私がここに居るのは私の意志です」
「フッ、先程までその意志とやらを放棄して走り回っていたではないか」
「うっ! そ、それはそうですが……」
いきなり痛い所を突かれたローズは言葉に詰まる。
それはそれ、これはこれ。
先程の自分は自分ではなかった。
オーディックから向けられた憎悪によって悲しみに囚われ己を失っていたのだから。
「それに……洗脳は受けてなかったと言っていたが、あえて試す事などせずとも目を見れば分かるだろうに。親友の奴め、いつも側でローズの事を見ておきながらそれくらい分からぬとは、何を見ていたのやら……」
オズの言葉に、数日前洗脳されたと言う疑惑をオーディックとシュナイザーに持たれ、あのくっさい匂いを無理矢理嗅がされた時の事を思い出し、もっと言ってやってと言いそうになったのだが、先程ベッドの上から向けられたオーディックの目がその想いを吹き飛ばした。
「オズ。オーディック様の悪口は止めてください。あれは分からなかったのでは無く、私の無実を他の皆に晴らすため……に……」
途中まで言いかけてまたあの目が頭を過ぎり言葉に詰まってしまった。
自分の為……そう信じたかったのだが、記憶を失ったはずのオーディックがなぜ自分に対してあれだけの憎しみを抱くのだろうか。
野江 水流的には、平民上がりの主人公に対しても分け隔てなく接してくれて好感度もすぐにMAXになるくせに、四徹を覚悟する程に攻略出来ない最難関キャラと言うゲーム内のローズに匹敵するくらいのストレスキャラであった。
実際その所為で死んでしまったのだから物理的にもローズ以上の敵だと言えなくもない。
ある意味この世界に転生させた元凶と言えるだろう。
今までその事は考えないようにしていたが、あの憎しみの目がその想いを呼び起こしたのだ。
本当にオーディックは自分の味方だったのだろうか?
悪女時代の記憶を遡っても、道を踏み外したあの日……初めて出会ったあの時と同じ、いつも優しい目で自分の事を見てくれていたオーディック。
しかしそれは偽りで、英雄と聖女の娘だからと言う理由で優しくしていただけなのではないだろうか?
心の奥底では悪女の自分の事を疎ましく思っていたのではないか?
そう思えてならない。
ローズは顔を伏せ唇を振るわせた。
「顔を上げるのだローズ。すまない、おぬしの言う通りである。我の失言が過ぎた。よく考えなくともあやつがおぬしの事を見間違うはずも無かったのだ」
胸を締め付ける痛みに涙が零れそうになった瞬間、オズが頭を下げて先程口にした言葉を肯定してきた。
それはただの慰めだろうか?
「けど、オーディック様は……記憶を無くされたのに私の事を……」
「ふむ……その様子は天井裏から見てはいたが、それこそ先程の言葉ではないか?」
「先程の言葉……?」
普段のローズなら天井裏から見ていたと言うパワーワードに突っ込みを入れただろうが、さすがに今はそんな気力も湧いてこない。
いやそれ以上にオズの言葉が気になったと言うのが正しいだろう。
先程の言葉とは『死人』のこと?
いやいや、そんな訳が無い。
恐らく『洗脳』の事だろう。
その事に思い至ったローズは顔を上げる。
そこには腕を組み得意そうな顔をして笑っているオズの顔が有った。
「実は事故の報告には怪しい所があってな。怪我の治療中に気付け薬と称して解毒剤を嗅がせていたのだよ」
「そ、それで、その結果は?」
「ふむ結果は……シロだった」
「へ? 洗脳されていなかったと言う事ですか?」
今までの振りはなんだったのか?
ローズはオズの言葉に思わず開いた口が塞がらない。
もしかして 『先程の言葉』と言うのが『洗脳』と思っていたのは自分の勘違い勘違いだったのか?
それを分かってからかったのだとしたらオズも人が悪い。
文句でも言おうかと思ったその時、アーモンドアイの蒼顔がキュッと細められ、その妖艶な唇の端がニヤッと上がる。
「解毒の結果などどうでもいい事だ。お前の顔を見た親友の顔……あれは正気ではなかった」
「で、では……」
「うむ! 我の目は誤魔化せぬ。あやつは何者かにローズへの憎しみを植え付けられたのだろう。記憶喪失自体それの副産物であろうな」
「憎しみを……? それは解けるのでしょうか?」
誰が何の為に?
今のローズにとってその答えは二の次である。
オーディックがまた自分に笑い掛けてくれる日が来るのであろうか。
その答えが知りたい。
ローズは縋りつくようにオズに答えを求めた。
「安心しろローズよ。この手の技術にはいささか覚えがある。我が何とかしてみせよう」
「本当に?! ありがとうオズ」
ローズはオズの言葉に満面の笑みを浮かべる。
闇に囚われていた心に光が差し込み辺りを照らす。
オーディックが元の優しいオーディックに戻る……それがとても嬉しかった。
「我とて親友が心にも無い憎しみをおぬしに向ける様を見たくは無いからな。……それにおぬしが親友の事で悲しむ顔もな」
ローズが喜ぶ姿を見て、オズは少し寂しそうに言葉を締めた。
更新遅れてすみません。
ブクマと評価、そしてそれ以上に皆さんがこの作品を読んで下さっている事が私の生きる糧となっています。
これからも応援して下さい。




