1 6年後の復活!!
ザックリード帝国滅亡、ムストリア帝国建国から6年後。
ムストリア帝国最南端の街 クルルト市。
ここは帝国内と南方諸島国家との貿易の拠点として重要な位置にあるが、この日はいつにもまして厳重な警備が敷かれていた。
大勢の兵士が街の大通りを進軍している姿を見つめながら、街の人々は街中に広まった噂話をしていた。
「おい、聞いたか? なんでもこの兵士の数は1ヶ月前に起こったあの事件が関係しているらしいぞ?」
「あの事件っていうと確か、西の国境の街 マリビック市で起きたあの事件か?」
「ああ、そうだ。マリピック市に保管されていた「皇帝武具」の1つ、皇帝の首飾りが盗まれた事件だ。なんでもそれをやってのけた盗賊団がこの街にある「皇帝武具」、魔盾 ヘルミルを奪うって噂が立ってな。それを真に受けた領主様が兵をかき集めてるって話だ。」
「ほぇぇ……、噂話でこんな大騒ぎなのか!! 全く、今の皇帝が即位してから税は上がるし兵役も増えた。ザックリード家が皇帝だった時は平和だったのになぁ……。」
「お、おい! 不用意にその言葉を口にするな!! どこで警備兵が聞いているとも限らないぞ!?」
不用意な言葉を口にした男はとっさに口を押え辺りを見渡した。
だが周りに兵士がいないことに安堵の表情を浮かべると、街の人々は更に小さな声で話を続ける。
「わ、悪い。でもさ今でもあの皇帝が発表した、前皇帝グストフ・ザックリードが俺達帝国民の暮らしを顧みず私腹を肥やしていたっていうのに疑問を持っている奴らは結構いるぞ?」
「まぁ、確かにそうだけどさ。そんなことを親衛隊にでも聞かれたら本当に首が飛ぶぞ? だから思っていても口には出さない方が利口なのさ」
「そうだな、悪かった。でもそれなら今回の強奪事件も、もしかしたら今の皇帝のやり方に疑問を持つ奴らの仕業かもしれないな。確かその盗賊団は3人組の……」
だがそこまで口にした男は自分達の後ろから来る、他の兵士達とは違う黒いマントに身を包んだ数人の兵士を見つけ慌てて口を閉ざし、笑みを浮かべ彼らに頭を下げた。
あ、あぶねぇ……。まさか噂の親衛隊まで来てるとはな。
本当に自重しないと首が飛ぶなこれは。
ドンッ!! しかし親衛隊が過ぎ去り再び安堵の表情を浮かべていた街の人達は、親衛隊に何かがぶつかる音でそちらへと視線を戻す。
そこには薄汚れた布切れに身を包む一人の少女が地面に倒れていた。
「このガキ! どこに目を付けてるんだ?! 俺達が皇帝陛下直属の親衛隊と知ってのことか??」
「ご、ごめんなさい! お母さんの薬を買うために急いでいて……」
「あーぁ、このマントまで汚れてる。これは親衛隊のみに与えられる名誉な物なんだぞ?? これは弁償して貰わないとなぁ。銀貨1枚で許してやろう。」
「そ、そんな! 私銀貨1枚も取られるとお母さんの薬が買えなく……、きゃぁぁ!!」
親衛隊の兵士達は薄汚い笑みを浮かべながら地面に倒れる少女の右手に握られていた銀貨を力ずくで奪い取った。
街の人々もその光景に怒りがこみ上げるが、彼らは親衛隊。もし歯向かえば自分たちの命まで危険に晒される恐怖から誰も助けに入ることが出来ない。
その間に親衛隊は銀貨を取り返そうとした少女を突き飛ばし、大きく笑いながらその場をあとにしていく。
「ま、待って! それだけは持って行かないで!!」
あれは1ヶ月、食費を削ってお母さんの為に貯めたものなのに……!
「ハハハハハッ、全く人が悪いですぜ兵長。最初からあのガキの持ってた銀貨が目当てでぶつかったくせに……。」
「お? 気づいてたのか! まぁ、あんな奴に使われるより俺の酒代になった方がこの銀貨も嬉しいだろうさ……、痛ってぇな! どこ見て歩いてんだ!?」
だがその時、親衛隊の先頭を歩く男に、前から歩いて来たフードを深く被った男がぶつかる。
「おっと、すみませんね。少しよそ見をしてしまいまして。」
「何だと? そんなことで許されるとでも思って、いる、の、か……」
「どうしました兵隊さん? 私の連れに何か御用でも??」
親衛隊はぶつかられたことに声を荒げたが、すぐにその人物の後ろから続いて来た男に声を詰まらせた。
何故ならその男もフードを深く被っていたが、その体躯はその場にいた者全員より頭一つ分は大きなものだったからだ。
な、なんだこの大男は……!
それに目の前のこの男も俺達が親衛隊だと分かっているはずなのに、笑ってやがる……。
「へ、兵長……、どうしますか??」
「くっ……! わ、分かった! 今回だけは大目に見てやる! だが次は無いからな!! お前達、行くぞ。」
『りょ、了解いたしました!!』
親衛隊達はフードを被った男2人を睨みつけながらもその場を後にしていった。
彼らがいなくなった後、成り行きを見守っていた街の人々からは声が上がるが、男2人は突き飛ばされた少女の元まで進むと、1枚の銀貨を彼女へと手渡す。
「こ、これは私の……!!」
この少し錆びた銀貨はさっき私が取られた銀貨!
「これで取られた分は足りるかい? それとこれは僕からの贈り物だ。」
ドサッ! 先頭の男はそう言うと、懐から1つの袋を取り出し彼女に手渡す。
まったく……。あれは先ほどの男から盗み取った金。
どこでそのような手癖を覚えられたのだか……。
大きな体を持つ男は、目の前の男が少女に手渡した袋を見つめながら小さくため息を付いた。
少女は恐る恐る袋の中身を確認すると、その中には10枚ほどの金貨が入っており、あまりの大金に少女は声が出ない様子だった。
その様子に男は笑みを浮かべ少女の頭に手を置いた。
「さてと、それじゃあ僕達はもう行くよ。お母さん、元気になるといいね!」
「え、あ、ありがとうございます! あの、出来ればお名前だけでも教えて頂けませんか??」
「ハハハハッ、まぁそうだな。それじゃあ、アルとでも言っておくよ。」
「アル様……。このご恩は必ずいつか……!!」
男2人は少女のその言葉に無言で笑みを浮かべ立ち上がると、ゆっくりとその場を後にしていった。
その姿が見えなくなるまで少女は彼らを見つめ続けていたという。
クルルト市内 牛の宿と呼ばれる宿屋。
その宿屋の2階の一室の扉が開き、先ほどのフードを被った2人が部屋の中に入ってくると彼らを1人の女性が出迎える。
「お帰りなさい、アル様、お父様。」
「ただいまネルル。僕達の方が遅くなってしまったね。」
「全く、皇子はあのような危険な真似をして。もし正体がバレたらいかがするのですか!」
「ハハハハッ、それはもう何度も謝ったじゃないかグルート。本当にしつこいなぁ。」
2人は言い争いながら頭からフードを外した。
大きな体を持つ男の頭は女性と同じく燃えるような赤色が、そして皇子と呼ばれた人物の頭には深く美しい青い髪が現れる。
そう、彼らこそ6年前今は亡きグストフ・ザックリードの命を受け王宮を離れたアルジーク、グルートそしてネルルなのであった。
「でもこの街、いやこの間のマリピック市もそうだがあの裏切者が皇帝になってからこの国はおかしくなってしまった……。」
マントを脱いだアルジークは、窓を覆うカーテンの隙間から外の景色を伺う。
6年前、王宮を無事脱出したあと僕達は3人はザックリード家の隠し里と言われる森深くの村に身を寄せた。
そこはあの宰相ハルリードさえも知らない村であり、そこに住む人達は人間ではない。
まぁ、今はそのことは詳しく言う必要はないが、そこで俺はハルリードに対抗できるだけの力を蓄えた。
そして2ヶ月前、6年ぶりに隠里から出て来たのだが……。
「ですが皇子、いやアル様。今のままでは奴に、あのハルリードには到底敵いません。奴はどういう訳かあの「皇帝紋」を持っています。それに「皇帝武具」も奴が……」
「分かっている、グルート。だが6年前、反乱に加わらなかった帝国の領主や貴族の中にはその力に従っている者も多い。裏を返せばハルリードの力の1つ、「皇帝武具」を奪えば僕達に味方する者も出てくるだろう。」
まぁ、今の帝国では6年前の反乱に加わった者達が支配層を占めている。
やはりハルリードに勝つには帝国民を味方に付けるしかない。
そのためにも「皇帝紋」と同じくらいの影響力のある8つの「皇帝武具」を手に入れることが先決だ。
「そのことでご報告があります、アル様。」
2人の会話を聞いていたネルルは、懐から一枚の紙を取り出しそれを机の上に広げた。
そこにはどこかの建物の図形が描かれていた。
それを見たアルの口元はニヤリと笑う。
「これは……、やっぱり僕達の推測通りだったね」
「はい。この街の中央、領主館に8つの「皇帝武具」の1つ、魔盾ヘルミルがあるようです」
「ハルリードの考えそうなことだ。僕らを処刑したと嘘の発表をするくらいだからな、「皇帝武具」も1ヶ所に置いておくわけがない。」
でもこれは中々面倒な場所に保管されているな……。
護衛の兵士はざっと500名。さてどう攻めるか……。
アルジークはしばらく図形を見つめた後、頭を上げる。
彼のその顔を見たグルート、そしてネルルは同時に笑みを浮かべた。
何故ならアルジークの表情は、既に何かを思いついているように小さく笑みを浮かべていたからだった。
「ふぅ……。それじゃあ、僕達の物を取り返しに行こうか!!」
『はっ!!!』
こうしてアルジーク達の魔盾 ヘルミル強奪の作戦が幕を開けるのだった。