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コメディ風味短編

おじいちゃんその子はA子です

天使ちゃんの設定は適当なので流し読みで大丈夫です。

 

 私は超絶美少女な天使ちゃん。比喩ではなく文字通り天からのお使いが私の主な仕事である。

 本日も、神様から頼まれた人間の転生のお手伝いをするため、ある人間の魂を自作の空間に呼び込もうとしている。

 まだまだ伸び代ある将来有望な天使ちゃんな私では色のない空間しか作れないけれど、この仕事を終えれば昇進間違いなしなので全く問題ない。


 それよりもお仕事だ。

 人間は自動で死んだら転生する構造になっているが、未練が強いと引っ張られてしまったりと例外も多い。普段はそんな魂たちを死神様に協力して回収したり、人間の中でも相性が良いものには力を分け与えたりしている。


 しかし、今回のお仕事は少し違う。神様が新しい世界を作ったとき、実験的に人間を人間であったときの記憶を残したままその世界に転生させ、様子を見ることがある。死んだ人間の中からランダムに引っ張ってきて記憶を持ったまま転生する上での注意事項を話し、必要であれば転生した後もしばしばサポートをする。今から私がしようとしているのはまさにそのお仕事。

 まぁ愛らしい私の姿を見れば人間なんてなんでも言うことを聞くはず。このまま出世街道を駆け上がって、ゆくゆくは神様の妻に……!ふふふ、ちょろい、ちょろすぎるわ天使生活!


 一つ問題があるとすれば、今回の世界は神様が気まぐれで作ったもので、割とおふざけが入っているところだ。神様が人間界で読んだ無名の少女漫画をもとにしているらしく、世界観がとてもゆるい。とある一柱ひとはしらがそのあまりのゆるさを嘆いたことで、他の神々からも苦情が入り、今回の転生話が上がったのだ。

 最近の人間は転生の記憶に寛容らしいし、大きな問題にはならないと思うけれど。人間が世界を滅ぼすなどと企てない限り、基本的にその世界に馴染んだ時点で実験は終わり、私の仕事も完了する。幸い、私はそれなりに少女漫画というものを読んだことがある。この漫画は知らないが、いざというときは神様からの手助けもあるという。

 不安は多少あれど、余程変な人間でなければ大丈夫だろう。と、そこまで考えたところで無事に魂を呼び出すことに成功した。

 私は表情を改め、その魂の記憶を頼りに形を整えていく。過去を覚えている人間でなければ実験に意味はないのだ。

 形を整え終え、私は絶句した。


「こ……これは、考えていなかったわ……!」


「……?」


 瞬きをして首を傾げる人間。その顔に刻まれたもの。色の抜けた髪。曲がった腰。

 呼び出してしまったのは、年を重ねすぎた人間だった。


 どう考えても少女漫画向きじゃない……!

 私は自分の能力の限界に絶望した。ランダムとはいえ、多少力があれば年齢や性別を指定できる。一応頭に思い浮かべたのはミーハーな中学生くらいの女子。ミーハーならば少女漫画のイケメンにきゃあきゃあ言うだろうし私の愛らしさにうっとりしてくれるだろうと思ってのことだ。

 しかし目の前のご老体が中学生女子だろうか。そんなわきゃない。こんな中学生女子を作った神様がいたら不敬を承知で殴り込みに行く。


 と、考えても仕方ない。呼び出してしまった以上、今の私に変更する力はないのだから、彼と話をするしかない。幸せな未来を想像して浮かれていた自分の鼻がぽっきりと折れるのがわかり、私はがっくりしながら人間に向き合った。


「初めまして。私は天からの使いです。いきなりのことで驚くでしょうが、貴方は既に命を落としました。そこで、神は貴方にもう一度人生をやり直すチャンスをお与えになると決めました。これは誠に滅多にないほど喜ばしいことで……」

「……おおお」

「……あの」

「仏様じゃ……!なんまいだなんまいだ」


 どうしよう。祈りだしちゃった。

 日本の宗教観に基づいた呼び方なのはともかくとして、どうしてこの愛らしい私が仏様なんだろう。せめて天女様だろう!私あんなに耳たぶ長くない!

 日本人は宗教に寛容だし少女漫画発祥の地だし転生という概念を持つから呼び出したけれど、なんともいえない適当さがすごい。


「あの……人間、とりあえず名前を……」

「なむなむなむなむ」

「あの、名前……」

「天照大神様じゃあ……!はぁー、すごいのぉ、ありがたやーありがたやー」

「宗教観めちゃくちゃ!っじゃ、なくて、話を……」

「うらめしやーうらめしやー」

「ねぇおじいちゃん!?話聞いて!?」


 無理。やっていける気がしない。




 暫くして、やっと落ち着いた彼と会話が成立した。


「はっはっは、すまんの、つい興奮してのぉ。若いぴちぴちの女の子と話すのは数年ぶりじゃからの」


 軽いセクハラ発言にげんなりする。ありがたがっていたのは神々しかったわけではなく若い女の子だからか。なんとなく薄手の服を露出の少ないものに変えると、残念そうな顔をされた。


「名前は鈴木源蔵。大工をしとったが流石に年で無理が祟ったんだろなぁ。現場で落ちてそのままじゃ。周りの者には迷惑をかけたろうな」


 寂しそうに目を細めるおじいちゃん。人間の儚さに少し切なくなる。


「じゃがこんな美人な嬢ちゃんが迎えに来てくれるなら落ちて正解じゃったな!」


 切なさが消し飛んだ。同情を返せ。


「と、とにかく。貴方からその名を頂きます。代わりに新たな人生を与えるので、適当に慣れてください」

「投げやりだの」

「投げやりにさせたのは貴方です!……ところで、少女漫画を読んだことはありますか?」

「ない」

「ですよねー」


 本当どうしようこのおじいちゃん。


 とりあえず世界に投げ込むだけ投げ込んでみた。私が直々にフォローしてあげるのだからなんとかなるだろう。なんとかなるはず。

 あくまで実験的なものなので別に初めから人生を歩ませなくても良い。天使がサポートしなくても良いと判断すれば初めから一通り人生を歩んでもらうが、今回は明らかにその限りでは無い。むしろさっさと切り上げないとトラブルが多発しそうなので慣れたっぽいと分かればすぐ終了出来るように、ショートカットする。世界観自体緩いので物語の始まる高校までは正直どうでも良いというのもある。


 本当は主人公に転生させる予定だったが、おじいちゃんは男なので性別の変化に対応できないだろうとメインヒーローの方に変更した。あくまで目標は馴染ませることだ。後で神様に怒られそうだが細かいことは言ってられない。文句言うなら私をさっさと昇進させろ!それか妻にしろ!


 ぶつぶつと呟きつつ、上空から展開を見守る。

 丁度彼が目を覚ました。


「……なんじゃ、夢……」


 寝ぼけ眼をこすりつつ、ふらふらと鏡に視線をずらし、その瞳がカッと見開く。


「……!?これは……オレか!?」


 がっ、と勢いよく鏡につかみかかる彼の後ろに、そっと降り立つ。


 驚愕の表情を浮かべたまま振り返ったその顔は、なるほど、流石少女漫画のヒーローなだけある。確か俺様属性があったためか、きりっとした眉や意志の強そうな瞳が特徴のイケメンだった。

 ちなみに、あくまでもここは少女漫画を模した世界なので、漫画的デフォルメまんまの奇形な人間が闊歩しているわけではない。ちゃんと三次元仕様だ。神様はCGを参考に再現しようと考えていたが、他の上級天使に止められていた。


「気に入りましたか?今日からそれが、あなたです」

「天女様……」

「先程言った通り、あなたにはこの世界で馴染んでもらう必要があります。この世界にはあなたのように前世の記憶を持つものはいませんが、仮の魂を置いているとはいえ、きちんと生きた人間です。恋愛をしろとまでは言わないので、最低限コミュニケーションをとって、なるべく円滑な人間関係を心がけてください」

「……」


 私を呆然と見た彼は、再びその鏡に視線を落とした。

 さもありなん。いきなり自分の姿を変えられて冷静でいられる人間の方が少ないだろう。まして齢七十いくつのご老体である。価値観の変化についていけないかもしれない。


「はぁ―……ずいぶんな優男になったもんだのぉ。……ん、ごほん。俺のこの体じゃあ、鉄骨一つ運べねーだろ。だが……あっという間に美女ハーレムでも作れそうだなぁ?」


 なんか言い出したぞこのエロじじい。

 顔のせいで無駄に様になっているのが腹立つ。

 わざわざ言葉まで切り替えて……いや、まあ、それが出来るのならまだ良い方なのかもしれない。


「あの、ここは少女漫画の世界なので。恋愛するにしても一人に絞ってください」

「なんじゃつまらん……まあいい。滅多なことじゃないんだ、楽しむとするかの」


 思いのほかあっさりと受け入れた彼に、拍子抜けする。

 その時、下から声がかかった。


朝陽そらー、ご飯よぉ」


 私と彼は顔を見合わせる。


「……まさかとは思うが……ソラってぇのは……」

「……あなたです」


 あからさまに顔をしかめられた。


「なんじゃぁそのむずがゆい名前は!」


 残念ながらここは無名の少女漫画の世界。むずがゆい名前がまかり通る世界なのです。そして朝陽はどう頑張ってもソラとは読めません本当にありがとうございました。


 とりあえずおじいちゃん……もといソラくんを宥めて階段を降りる。


朝陽そら、やあっと降りてきたのね!」

「ほお……なかなかの器量よし……」

「?なあにぶつぶつ言ってるの、早く食べなさい」

「分かったよ母さん」


 彼はさらりと声色を切り替え、爽やかに笑った。何故か母であるはずの彼女が顔を赤らめている。なにゆえ実母に色目を使いやがるじじい。


 先行きが不安になるまま見守る私の前を通り、彼は食卓に着いた。正面には父らしき人間が新聞を顔の前に広げて座っている。ちなみに、せっかくのプリティな私の姿は残念ながら彼以外の人間には見えない。人類にとっては大きな損失だが仕方ない。人間に化けるだけの力はまだ足りないのだ。


「おはよう父さん」

「お、朝陽、起きたのか」


 そう言って新聞を下ろした先には……。


「お、おおオレぇえ!?」


 彼の顔に辛うじてしわが付けたされただけの顔があった。まあ、父親なんだから当たり前だが、それにしても双子のようなそっくりさである。どうやらこの少女漫画の作者は描き分けが少し苦手らしい。そんなとこまで忠実にしなくても良いんですよ神様。

 まあ、この顔を自分のものと認識出来ているあたり、彼も適応して来ているということだろう。良しとしよう。私は前向きに考えることにした。


「どうした急に」

「い、いや……何でもないよ父さん。少し日差しの眩しさに驚いただけさ」


 彼は何とか気持ちを立て直したようだ。それにしても彼の爽やか息子キャラ、どことなく古臭い気がするのだが気のせいだろうか。さっきの俺様もどき口調は中々良かったのに。


 それ以降はつつがなく食事を終え、いよいよ彼の初登校である。


「なんじゃ、心臓が縮む思いだの。老いぼれにゃ荷が重いわい」

「大丈夫ですよ。さっきは普通に出来てたじゃないですか。以前の体と違って鼓動が早くなってもころりと逝くこともないですし、安心してください」

「そこはかとなく引っかかる物言いじゃの……」


 コンクリートの地面に時折電信柱が立つシンプルな通学路(お察しの通り作者は背景を描くのが苦手)を歩きつつ、学校へ向かう。

 すると、何の脈絡もなく曲がり角が現れた(今までは潔いくらいの一本道だった)。


「きゃあああ!遅刻だあ~!」


 一周回って新しく思えるくらいのベタ展開だ。この漫画のどこをそんなに気に入ってるの神様。

 どこからともなく、きらきらしたエフェクトがその場に舞う。

 私は神様からの無言の圧力を感じ、仕方なく彼の背を力いっぱい押した。


「うわあ!?」

「きゃあ!?」


 どっしーん☆


「……す、すまんな」

「ごめんなさい!私急いでて……」


 見つめ合う二人の背景に薔薇が舞う。神様、それでいいんですか?片方中身エロじじいですよ?


 目の前の彼女の顔を見て、彼は驚愕した。


「か、母さん!?」


 ……作者出てこぉォ――――――い!


 もっと描き分け練習しろやぁ!百歩譲って実父は許されるけど、ヒロインとヒーローの実母の顔が同じって話が色々ややっこしくなるだろ!!!

 ……と、いけないけない、私ったら。あまりにひどい展開にうっかり言葉が乱れちゃった。

 もうこれはおじいちゃんがどうとかいう問題じゃない。元の漫画自体に問題がある。


 私は深呼吸した。落ち着け、大丈夫。よく見たらヒロインは少し睫毛の量が多くてたれ目気味だ。ちゃんと描き分けしようという努力が見られる。

 そっと彼の傍に寄り、助言をする。


「落ち着いてください。よく見て、あなたのお母さんとは髪型や髪色が違います。目元も違うので見分けてください」

「……う、うー……ん……」


 おじいちゃんが首を傾げている。頑張れおじいちゃん!負けるな!

 あ、作者の画力不足の影響を受けない部分で区別すればいいんだ。


「おじいちゃん、声!声です!声が違うでしょう?」

「あ、あの……?どうかしましたか……?」


 首を傾げる主人公ちゃん。ナイスタイミングだ。おじいちゃん改めソラくんは、「光明を見た!」と言う顔になった。


 そうしている間に薔薇の主張が激しくなっている。花弁が吹き荒れている。神様……。

 神様の妻という選択肢に心の中でそっと二本線を引きつつ、私は彼に台詞を囁く。


「いや、何でもない。……よ?よそ見してんじゃねぇよ、バーカ。パンツ見えて……パンツ見えてんぞ!?」


 やけに実感こもった声で言うな二度見すんな。そこはさらっと流せよヒーロー。ヒロインドン引きだぞ。


 しかし顔が良いせいか、主人公ちゃんは特に引くわけでもなく顔を赤らめ、ばっとスカートをおさえて彼を睨みつけた。


「さ……サイッテー!」


「よし、まあいいやとりあえずここは速やかに立ち上がり颯爽と去りますよ」

「え……い、いやしかし」

「いくぞエロ爺」


 まだスカートに未練がましそうな視線を向けるじじいを無理矢理進ませ、私達はその場を後にした。

 今頃主人公ちゃんは(な……なにあいつ!最低!でもちょっとカッコ良かったかも……)とでも思っていることだろう。合掌。



 やっとこさ学校に着いて、私は絶望した。

 隣に立つ彼の顔が、混乱している。


「……モブが、全員同じ顔…………ッッ!!」


 一部の色物キャラを覗いて、クラスメイトのほぼ全員が同じ顔だった。辛うじて主人公ちゃんや彼とは違うシンプルな顔つきなのは不幸中の幸い……いや幸いと言っていいのか?すでに私の幸せが遥か彼方に遠ざかって見えるのに?


 おじいちゃんの表情を見て、私のこれから先に見える仕事量に絶望する。


 こうして、出だしから前途多難過ぎる学校生活が、始まってしまったのだった。







朝陽そらくんおはよう!」

「……ああ!B子おはよ」

「……おじいちゃんその子はA子です」




ちなみに作者は少女漫画大好きです。

とある有名少女漫画雑誌をぱら読みした祖母が「これぜんぶ同じ人が描いてるの?」と言ったのを思い出しながら書きました。絵柄全然違うぜおばあちゃん……。

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