いくらでも触って欲しい
人肌がこんなにも暖かく肌触りが良いとは思わなかった
目を開けて目の前にある胸板に指先で触れ、自分を包む腕の逞しさを感じる
触れていた左手を不意に掴まれ掌まで胸に押し付けられた
「おはよう、我妻よ」
昨日までの敬語も呼び名が花嫁から変化したことも、自分がしていた恥ずかしい触れ合いに比べれば別に大したことでは無かった
「お、お、お、おはよう、起きてるとは思わなくて、ごめん」
掴まれた左手を引き離そうとするも、力で叶うはずもない
「いくらでも触って欲しい」
寝起きの顔で綺麗なルビーの瞳で言われると
なんだか流されそうになるが、朝日に誘われるように慌てて起き上がった
昨夜この世界に来てまだ10時間程だが、何十時間も過ごしたようにどっと疲れが出ている
背伸びをして朝日が入り込むバルコニーの窓の姿を見て、気になっていたことを聞いてみた
「私、なんか若返っている気がするんだけど」
振り返ってこちらを見ている我が旦那様は
うんうんと当然とばかりに頷いている
「それは、時間の過ぎ方が違うからだ
あちらの世界よりもこちらの方が皆長生きで寿命も長い、それに合わせてお前も見合った姿になっている」
おっと、突然『お前』呼び出すかぁ
まぁ、甘々の呼び名よりは楽かぁ
「そうなんだ、じゃあ今コクは何歳なの?」
「180歳でまだまだ若造だ」
その年齢を若造だと言うなら私はまだまだ赤ちゃんか?
トントンと扉を叩く音が乾いた部屋に響く
「朝のお支度に参りました」
「入れ」
短く返された返答が聞こえたのか、中にサラフィーとキューラが着替えを持って現れた
サラフィーはコクを、キューラは私を(恥ずかしいから浴室で着替えると言う私の発言を無視して)それぞれ背を向ける形で着替えを済ませ
朝食の部屋へと案内された
一階分階段を降り廊下の一番奥の部屋に入ると
バルコニーへの扉が開かれていて、白いテーブルにレースのクラスが引かれ上にはパンやフルーツが乗せられている
二人が席につくのを待って、温かなスクランブルエッグとソーセージ、スープなどが並べられる
「食べようか」
目の前に座るコクがフォークを差し出し、それを少し照れながら受け取り
「いただきます」
と挨拶だけはちゃんとして朝食の時間がスタートした
昨夜はちきれそうになるほど食べたのに、朝食はどんどん私のお腹に収められていく
「随分空腹だったんだな」
自分は入れられたコーヒーを飲みながら、次々食べ物を口に運ぶ妻の姿を、口元だけ笑って物珍しそうに見ている
「昨夜のものはもう消化したのか」
「夜は夜、朝は朝!」
(自分でも不思議に思うくらい入るものね)
朝食を終えて、一息ついていると
「本日、先王様との謁見がございます」
(………え?)声のしたのは、バルコニーから見える大木からだった
「わかっているドゥリー、妻が驚いているから姿を現せ」
目を向けもせず相手に命令すると
「かしこまりました」と木の葉がガサガサ揺れたかと思うと、勢いよくドゥリーと言われていた者が姿を現した
黒い翼に少し大きな耳、つぶらな瞳の180センチほどの男性がバルコニーの天井からぶら下がってさえいなければ、美味しく飲んでいた紅茶のカップを落とすこともなかったのに