私と名の契りを
ロウの腕の中で運ばれた先は
もちろんと言ってしまいたくなるが、扉を開ける人が近づくロウの歩幅合に合わせて少しずつ開けていく
扉の中でから眩しい光が漏れ、さっきの部屋の3倍はありそな広さだった
何より驚いたのは、ロウに抱かれた私を見つめる瞳の多さだった
綺麗に着飾った紳士淑女が初めは静かに見ていたが、やがてヒソヒソとあちこちで話し始める
シャンデリアが15個はありそうな広い部屋へ足を踏み込む
何が起きたかわかっていない私とは違い、ロウは自分が進むべき道を行く
その先の目的地まで人々は道を開け、たどり着いた先にある階段の上に、明らかな存在感を放つ椅子が見える
私を腕に抱いたロウがその椅子に座ると
階段の下にいる紳士淑女がうやうやしくこうべを垂れる
その姿を訳がわからず見ている私の頭上からロウが声を張る
「皆待たせた、今宵我が主がこの世界へと渡った。しかと目に焼き付けよ、これから始まる名の契りを!」
ロウの言葉を待っていたかのように、全員が下げていた頭を上げ歓喜の声が部屋中にこだまする
取り残されたのは私だけ
まずこの状況、そして(名の契り)という新単語
ロウの膝の上に当然とばかりに座らされていたが、立ち上がるロウと向かい合うように自分も立ち上がる
さっきの部屋での挨拶のように、ロウが片膝をつき、右手同士がそっと触れる
「我が主、どうか私に新しい名を」
ロウがこちらを見上げる
「え、名前はロウだってさっき聞いたばかりでしょ」
「その通りです、しかしそれはは今の名でしかありません。どうか新しい名を授けてください」
何の説明もなく新しい名をと言われても困るのは事実
「ロウというのは、私の親がつけた名にすぎません、主から新しい名をもらう事により新しい道が開けるのです」
「新しい道、それって私が名前を付けなきゃ開かない道なの、それにさっき名の契りって言ってなかった、契りってどういう事」
「名の契りについては後で詳しく説明させていただきますが、新しい名は主であるあなたにしか付けられません、そしてそれは花嫁として最初の仕事です」
はい来た、もう開き直る
主ということも納得はしていないのに、花嫁の仕事
「それをしたら帰れるの、その名付けとやら」
投げやりな発言ではあったが、何でも良いから明日の会議までには帰りたいと、妙に現実的な考えが出てしまった
「……帰るとは、どこにですか」
「どこにって、元の世界に決まってるでしょ
名前をつけるだけなら、それが終わればもう用無しでしょ」
私の言っている事を理解できないロウが首を傾げる
「主はもう帰れませんよ、ここで私の花嫁として共に暮らしていただきます」
……帰れない。薄々は感じていたが、まさか本当に帰れないなんて、触れられている手に力が入った
「実力行使でこちらに連れてきてしまい申し訳ございません、しかし私の花嫁はあなたしか存在しません」
いままで主と言っていたのに、あなたという単語にどきりとした
「じゃあ名の契りって…」
「それは、私があなたのものとなる契約のようなもので、身も心も捧げる儀式となります」
ロウがは私が理解できるようにゆっくりと穏やかに説明してくれた
やがて、歓喜の声の後に静かにこちらを見ていた人々がどうしたのかと声を漏らし始めた
「急な事でまだ不安は多いかと思いますが、私があなたを守ります、どうか私の花嫁とした最初の仕事(名の契り)をしてはいただけませんか」
伺うように見上げてくるルビー色の瞳は
その言葉が偽りではなく私を守ってくれるだろう強さを携えていた
「わかった、ロウがそこまで言うならもう覚悟を決めて花嫁としてここで暮らす」
見上げるロウが破顔した、会ってから一番の笑顔でこちらを見ている
彼氏いない歴=年齢 の私が交際0日で花嫁となるとは思わなかった
とは言っても名前、名前……
ロウといえば黒…黒く艶のある綺麗な毛皮だったなぁ
黒、黒、くろ、ブラック…いまいちだなぁ
ふとロウと一番最初に出会った時のことが脳裏に浮かんだ
黒く艶のある毛をなびかせたその姿とそしてそれよりも強く残る色
今私を見上げるルビー色の瞳
紅いその瞳を始めは怖く感じたが、今となってはそれよりも強さや優しさの印象が強くなっていた
ロウを表す色を名として残したくなった
「…コク」
つぶやくように名が出てきた
黒と紅、どちらも同じ読みかたをする言葉
名が届いたのを感じると、ロウが立ち上がり
階下の人々へ轟く声で知らせた
「我が名は『コク』、この国の新国王にして獣王の名を継ぐものなり!」