今の名はロウと申します
寝心地のいいベットはダブルよも大きく
安眠を約束されるだろう掛け布団は黒地に
天井と同じ紋章の刺繍が全体に金糸で施されている
ぬくぬくとしていたい気も確かにあったが、明らかに自分の部屋ではないベットに
いつまでも寝ている訳にはいかなかった
するりと抜け出し、冷たい床に足をつけると
自分が着ていた服とは違う事に気付いた
足首まである白くサラサラの肌触りのシルクのワンピースから覗くノースリーブの両腕は
何か違和感を感じるツヤがある
(何かが変)
肌がいつもよりツヤツヤスベスベな気がする
自分の肌の違和感も気になるが、とにかく今の状況を把握するのが先だと部屋の中を見渡す
「広っ」
第一声の感想はそれだった
ベットもさることながら、部屋自体が20メートル四方はありそうな広さで、白い天井に白い壁
床は大理石の黒い石が全体を埋め尽くしている
天井と掛け布団にあった紋章は、つる草の中に黒い狼が満月を見上げる姿をしていた
目立たないように壁や梁、扉にも当然のように掘られ、この部屋が誰のものかを示していた
天井の真ん中大きなシャンデリアその周りにもいくつかのシャンデリアが付いている
ベットの足側に両開きの扉
両サイドの壁には、普通よりは大きいが
部屋に馴染む扉がそれぞれ付いている
頭側に大きな窓があり、その横にバルコニーの扉が金の取っ手を携えて、大きなガラスから月明かりが入り足元を照らしている
満月があるのが、なぜか落ち着く
ぼんやりとバルコニーの扉のガラスに近づき、ひやりとしたガラスに映る自分の姿が見えると、さっきの違和感の正体がわかった
「若返ってる」
髪の長さは今までと変わらず肩下まであるが
肌に出始めた抗えない年齢の証しの数々が消えている
自分の頬を両手で触って確かめいると、大きな扉が開く音がして、間抜けな顔のまま振り返った
「目が覚めたようですね、我が主」
姿を現したのは、聞き覚えのある声ではあったが
それとは一致しない背格好の男だった
「ええと、どちら様ですか」
白いシャツの上の黒いロングジャケットは
胸に部屋と同じ紋章が刺繍され肩に乗せられている
カツンカツンと靴音を鳴らしながら近づき
目の前まで来た彼が、片膝をついて手を出したので
あたふたしながらもおそらくこれで合っているだろうと自分の右手を彼の右手のひらに乗せると、優しく手の甲に唇を当てられた
手を握られたまま立ち上がる彼の姿が、自分の頭2つ分は高くなると、見上げる形になっていた
そしてそのルビー色の瞳がに自分の姿を映しているのを感じると、思い出したのは黒い獣の姿だった
「あなた、もしかしてあの黒い…」
(獣)という単語を飲み込む
「何を言おうとしたのはだいたい解ります、でも私にも名はありますよ我が主」
「え、名前あるんですか?」
今更ながらのその発言だが彼は呆れる事なく優しく目尻を下げて答えてくれた
「今の名前はロウと申します、ロウとお呼びください、それから私に敬語は不要ですよ我が主」
敬語は不要と言われ早速敬語をやめる順応性で彼の名を呼んだ
「ロウ、なんかあってる。それより色々と聞きたいことがあるんだけど」
「はい、もちろん何でもお答えしますが
その前に夕食でもどうですか?」
右手から離された手が、自分の腰に回されるのを
嫌な感じがしないで受け入れているのもそうだが
確かに空腹感は消えていなかった
家に帰って夕食を食べて、1日の自分へのご褒美
にビールを飲もうと思っていたのに
何一つできてない事が空腹感を更に増した
扉に近づくと両開きの扉が自動で動いた
廊下に出て始めて気づく、それぞれの扉を開ける別の人物が頭を下げて、私たちが通り過ぎるのを待っている
腰に回した手が、優しくエスコートする廊下は
ロウソクの炎がこんなにも明るいく照らせるのかと思わずには居られない輝きを放って居た
長く続く廊下を歩く内に大理石の床に裸足は冷たく、シルクのノースリーブのワンピースも暖をとるには不向きだった
私の歩くスピードが遅くなった事を敏感に感じた
ロウがチラリとこちらを向くと
ふわりと持ち上げ、お姫様抱っこのに形になる
「気づくのが遅くなってすみません、人間には寒すぎますね」
初めてのお姫様抱っこ
緊張も恥ずかしさも最大で、両手でも顔を隠すと
ロウが笑うかすかな声が聞こえた