まだ少しくらいは待てる
広いベットの中、眉間のシワを親指で押しながら目を瞑り、片膝をついて座った状態で3度目のため息をつくのはこの国の王で昨夜私の旦那様になったコク
新婚旅行の話題から始まり
「ハネムーンベイビーなんていうのも良いわね、もちろんそれより早くても私はいつでもお婆ちゃんになる覚悟があるわ」
なんて聞いてもいない『早く孫を見たいわ』発言で更にその場を凍りつかせた、少女のように無邪気に笑うお義母様達から解放された夕食でも、一言も発しないままため息と眉間のシワをお供に、湯浴みもそれぞれに済ませて現在に至る
ベットでは4度目だが一日通すと数えきれないため息を聞いて
「何がそんなに気に入らないの、新婚旅行に行きたくないの?」
孫を期待された発言は無視して、額に当てられている親指を引き離そうと両手で包む
やっとこっちを見たルビー色の瞳が私を写す
「………それは自分から聞くつもりだった」
恐らく彼には彼のタイミングがあったのだろう、私の希望とする行ってみたい場所を聞きながら
最も、こちらに来たばかりで行ってみたい場所名を聞かれても知らないので、その場合は見たい風景とかかな?
「それから………」
私を写した瞳の上にまた深いシワを寄せるが言葉が続かない
代わりに頬に手を当てられ、静かに近づく顔は何かに引き止められるように唇に触れる前で止められ、新婚旅行とは別の発言を思い出したのかまたため息をつき離れていく
(キスされるかと思ってドキドキしてしまったじゃない)
一瞬近づいたせいで残った香が鼻腔をくすぐり、夢見心地に聞こえた昨夜の言葉が耳をかすめた
『なるべく我慢はしますが、長く待てませんよ
我が花嫁……桜』
ドクンと全身に鼓動が走る。両手で自分の頬を触ると熱をもっているのがわかり、赤い顔で見あげると
「なんだ⁈」
コクの頬、いや耳まで赤いことから嫌で離れた訳ではなく、どうやら『孫』発言を思い出しての事のようだ。無表情と周りから噂される本人とは思えないほど、素直に顔に出ているのを見ると胸の奥をキュッと掴まれたように疼く
私が生まれた時からの全てを知っていると言った彼が呼ぶ自分の名前が耳をくすぐる感覚を更に赤くなる頬で見つめていると、ルビー色の瞳が細くなり唇の端に八重歯を見せたコクがこちらに向き直る
「そんなに頬を赤らめて何を考えている」
当てていた手を上から重ねてきた細く長い指が私の指の一本一本の間に入り込むと、絡め取るようにいとも容易く膝へと降ろされいく
「昨夜、私の名前を呼んでなかった?眠くてはっきりとは覚えてないけど、コクが呼んでいた気がして……気のせいかな」
「気のせいではない、それからもうひとつ大事な事を言ったのだがそれは聞こえていたか」
『長く待てませんよ』という部分が抜粋されて思い出される
待たないとはそういう事だろうというのは、いくら私でもわかる。彼氏こそ居なかったが、好きな人くらいは居て、学生の頃女友達と集まって少しエッチな会話で盛り上がった事だってあるのだから
「………き、こえてた」
ドモりながら視線をズラすのが気に食わなかったのか、顎を上に向けられ嫌でも視線を合わせると
八重歯が更に姿を現した不敵な笑顔のコクが少し顔を近づける
「それで、いつまで待たされれば良いのだ」
出会った当日に結婚し、私にとってはまだ一日と少し、しかし彼にとってはどうだろう
この国の王子として生まれた後、私が成長するのを見守り迎えに行けるようになるまでの時間、ただ一人とされる魂で結ばれた相手をやっと妻とした昨夜から今この時のまでの時間、もう既にかなりの時間を待たされているのではないだろうか
私の考えはどうやら筒抜けのようで、不敵な笑顔は鳴りを潜め和らいで行く
「気にするな、長くなければまだ少しくらいは待てる、やっとお前を妻にできたのだ、それくらいの余裕は持っているつもりだ」
顎を上げている左手から、唇をなぞる親指の動きにピクリと体が反応する
それを感じ取るとまた少しコクの顔が近づく
しかしそれが触れる事はなく、済んでのところで何かを待つようにルビー色の瞳が私を見返す
自分の体内で熱くなった血液が全体を駆け巡る気配がする
(待てない)
そう思ったのは私自身だった
焦らされた唇に触れる別の感触を待ち焦がれている
潤んだ瞳の自らの姿が彼の中に写っている、こんな自分が居たのかと気づいた瞬間
「……して」
はっきりではないが、それでもコクにはキチンと届いていたらしい
頭の後ろを彼の左手が支え、唇に触れていた親指とは違う感触が自分の唇を塞いだのだと、身体中を支配する幸福感が教えてくれていた
※年齢制限を変更しましたので、続きはムーライトノベルさんからとなります。申し訳ございません。