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錬金術師さんと戦争への準備

…………………


 ──錬金術師さんと戦争への準備



 敵がこの村を襲撃する──。


 その情報は瞬く間にヴァルトハウゼン村の村人の間に広まった。


 反応は大きい。


 あるものたちは大急ぎで収穫を行い、それを地下の保存庫に蓄えて、畑が焼き払われても大丈夫なように備える。あるものは戦争を恐れて、遠い親類の下に避難していった。そうやって残っている村人は4分の3程度だ。


 多くの村人はこの村を断固として守り抜くつもりだ。冒険者や騎士団と肩を並べて戦うために武器を準備している家もある。


 そして、ボクたちも戦いに備えていた。


「リーゼちゃん! よかったら、この素材使ってくれ! 体力回復ポーションの素材になるだろう?」


「ありがとうございます!」


 村の人々が山菜取りのついでに取ってきてくれた薬草を使ってポーションを製造している。村の人々は次々に素材を持ってきてくれて、ボクもエステル師匠もポーションに加工するのに大忙し。


 疲労回復ポーション、体力回復ポーション、魔力回復ポーションなどなど戦場で必要とされるポーションを作っていく。エステル師匠はそれに加えて爆裂ポーションなどを作成していた。錬金釜もフル稼働だ。


「馬鹿弟子。こいつをヒビキのところに届けてきな。向こうでもポーションの貯蓄が始まっているだろうからね。いざってとき戦場になければ何の意味もない」


「ラジャ!」


 ヒビキさんたち冒険者の人たちも村を守るために戦闘準備を進めている。


 防衛箇所は2ヵ所。


 ひとつ、“大図書館”。ここは間違いなく攻撃される。


 ひとつ、“エルンストの山の展望台”。こっちには村の人々が避難することになっていた。ここならば残っている村の人を全員収容できるし、かつ守りやすい、そうだ。


 ヒビキさんは陣地構築に勤しんでおり、エルンストの山の展望台にもバリケードが築かれつつあった。“大図書館”の方も内部と外部にいくつもの陣地が作られつつある。


 ヒビキさんは今日はエルンストの山の展望台で陣地を作っているそうなのでそちらに向かおう。エルンストの山の展望台がこんな形で役に立つとは思いもしなかったよ。


「リーゼちゃん。お使いかい?」


「はい! ポーションをエルンストの山のヒビキさんのところまで!」


「そうかい。頑張ってな!」


 村の人たちはなるべく平穏な生活を送ろうとしている。今日も農作業を行い、収穫した作物を地下の倉庫に収めている。一部はエルンストの山の展望台や“大図書館”に籠城する予定の冒険者の人たちに買い取られ、食料が備蓄されていく。


 それでも顔が見えなくなった村の人がいると寂しくなるものだ。この騒動が終わったら戻ってきてくれるといいのだけれど。


 そんなこんなで村の中を抜けてきたらエルンストの山の登山道の位置口まで来た。物産館は閉店中。こういうのを見ると本当に寂しくなってくる。


「さて、これをヒビキさんに──」


「……リーゼさん……!」


 ボクが登山道を登ろうとしたとき、聞き覚えのある声が。


「フィーネさん!? どうしたんですか、こんなときに!?」


 現れたのはフィーネさんだった。またお付きの騎士の人がいないところを見るに、ひとりで出かけてきたな。村は警戒態勢にあるっているのに不用心だよ!


「……ヒビキさんは……?」


「このエルンストの山の展望台ですよ。今からポーションを届けに行くところなんです。フィーネさんもヒビキさんに用事ですか?」


「……はい……」


 ボクが尋ね返すのに、フィーネさんがコクリと頷いた。


「じゃあ、一緒に登りましょう。でも、帰りは飛行船で帰らないとダメですよ。何が起きるか分かったものではないのですから」


「……はい……」


 ボクが告げるのにフィーネさんがコクコクと頷く。


「では、登りましょう。足元、用心してくださいね」


 ボクはフィーネさんと一緒にエルンストの山を登る。


 フィーネさんは相変わらず登山には向かないヒールのある靴で来ているから、歩きにくそうだ。ボクは安心安全の登山靴。


「もう少しで展望台ですよ。頑張りましょう!」


「……はい……」


 ボクが告げるのにフィーネさんが息を切らしながら頷く。


「おおっ。見えてきた!」


 エルンストの山の展望台には立派な陣地ができていた。


 土嚢が積み重ねられ、木の柵が取り付けられ、塹壕が掘られている。木の柵の間から弓矢で攻撃したり、槍を突き出したりするのだろう。ちょっと物騒だけど、どこか頼もしく見えてくるよ。


「おや。リーゼちゃん。ヒビキさんに用事?」


「あ。ハンスさん。そうなんです。フィーネさんも一緒に」


「フィーネ嬢も来てるの? 今、物騒なんだけどなあ……」


「ですよねー」


 陣地の間を潜り抜けてエルンストの山の展望台に入るとハンスさんが陣地作りを手伝っていた。ハンスさんは伐採した木々で柵を作る係のようだ。


 そして、フィーネさんが一緒だと言うと実に困った顔をする。それもそうだ。この村はいつ襲撃されるか分かったものではないのだから。


「ところで、ヒビキさんはどこに?」


「反対の斜面で陣地作りの指導をしてるよ。流石は軍人さんだね。手慣れてるよ。これならば多少の敵が襲い掛かってきたところで、簡単に防げるだろうってものさ」


「ふむふむ。反対の斜面ですね」


 敵が律儀に登山道の方向から攻めてきてくれるとは限らない。思わぬところから──例えば登山道の反対の斜面からとか──攻めてくる可能性はあるのだ。


 まあ、ボクは軍人ではないので、よくわかないけれど!


「ヒビキさーん。ポーション持ってきましたよー」


 ボクとフィーネさんはヒビキさんを探して、エルンストの山の展望台をうろつく。


「リーゼ君か。それにフィーネ嬢?」


 ヒビキさんは反対側の斜面で塹壕を作っているところだった。


「ヒビキさん。ポーションです。どこにおいておけばいいですか?」


「それなら展望台の中央にあるベンチのところに頼む。そこに今からテントを張って、指揮所にする予定なんだ」


「了解です」


 これでポーションのお使いは完了っと。


「それからフィーネさんなんですけど」


「フィーネ嬢。今はとても危険なのですよ。ファルケンハウゼン子爵はこのことはご存じなのですか?」


 ボクがフィーネさんに視線を向けるのに、ヒビキさんが真剣な表情でそう告げる。


「……噂を聞きました……。……これが終わったらあなたは元の世界に帰ってしまうのだと……」


「……そうですね。これが終われば元の世界に帰ろうかと考えています。そのための手段はアレクサンドリアが提供してくれたので。後はこのここでの戦いを終えれば、元の世界に戻るべきだと考えていますよ」


 フィーネさんが尋ねるのに、ヒビキさんがそう告げて返す。


「……帰らないでください……」


「いや、そうは言われても、ここは自分のいるべき場所ではありませんし、自分には祖国への忠誠と軍人としての義務がありますから」


「……それでも帰らないでください……」


 ヒビキさんが告げるのに、フィーネさんがヒビキさんを見上げてそう告げる。


「……まだ聞かせてもらっていない話がいっぱいあります……。……これから体験するだろう冒険の話も……。……だから、帰らないでください……」


 フィーネさんもヒビキさんに帰って欲しくないのか。


 気持ちは一緒だよ。ボクもヒビキさんに帰って欲しくはない。ヒビキさんはこれからもっともーっと活躍するだろうし、その冒険譚を聞かせてもらいたい。それに、ヒビキさんがいなくなったら寂しくなっちゃうよ……。


「わがままを言わないでください、フィーネ嬢。自分はこの世界の住民ではないのです。いずれは元の世界に戻らなければならないのです」


 それでもヒビキさんは元の世界に戻るのだ。それがヒビキさんの選択だから。


「……どうしても帰ってしまうのですか……?」


「……そうするべきかどうかは悩みましたが、そうするべきだと判断しました」


 ヒビキさんはやや言葉を詰まらせてそう返す。


「……そうですか……」


 フィーネさんはがっくりと肩を落とすと、ヒビキさんを見上げる。


「……しゃがんでください……」


「はい?」


 フィーネさんが何やら謎の指示を出すのに、ヒビキさんが疑問に思いながらしゃがみ込む。そして、フィーネさんは──。


「あーっ!?」


 ヒビキさんにキスした!


「……遅くなりましたが、白熱病治癒ポーション作りにおけるお礼です……。……乙女の接吻には戦場での幸運を祈るという意味合いがあります……。……どうかご無事で、ヒビキさん……」


 フィーネさんはそう告げると登山道を下りていった。


「ヒビキさん、フィーネさんとキスを!?」


「ふむ。この世界ではこういうのは普通ではないのか?」


「違いますよ! そんな風習ありません!」


「そうか。奇妙だとは思ったのだが」


 ヒビキさんってば暢気すぎるよ!


「いいですか、ヒビキさん。貴族の女の人とキスするのは婚約しますって意味もあるんですよ。ヒビキさんがもし万が一この世界に残ることになったら、ファルケンハウゼン子爵閣下から責任を取るように言われてしまいますよ」


「それは困った。それこそ元の世界に帰らなければならないな」


 ボクが告げるのにヒビキさんがちょっとだけ笑う。


「もう。身の振る舞いには十分に注意してくださいね」


「そうする。だが、身の振る舞いか……」


 ヒビキさんが声を落として悩むように呻く。


「リーゼ君。俺は元の世界に戻るべきだろうか?」


「え? それはもうヒビキさんが決めたって……」


 ヒビキさんがボクの方を見てそう尋ねてくる。


「そうだ。決めるには決めた。だが、これが正しいのかどうか迷っている。この村にはもう1年近く世話になった。それをこうも簡単に捨てていいのだろうかと」


 ヒビキさん……。まだ決めてなかったんだ……。


「ボクとしては村に残ってもらいたいですよ。けど、ヒビキさんには帰る場所があるわけですし、無理して止めることはできません。ヒビキさんが決めることになります。それでも、それでも、ボクはヒビキさんに村に残ってほしいです……!」


 ボクはそう告げて、ヒビキさんを見上げた。


「そうか。リーゼ君はそう言ってくれるか」


 ヒビキさんはどこか満足そうにそう告げて、エルンストの山の展望台から見渡せる景色を見渡す。青々とした山々に森、そして麓に広がるヴァルトハウゼン村。全部、ヒビキさんが関わってきた場所だ。


「ありがとう、リーゼ君。その意見は参考にさせてもらうよ」


「え? 参考にって……」


 ヒビキさんはそう告げるとボクが呼び止める間もなく、また塹壕を掘る作業を始めた。周囲でヒビキさんに指示を仰ぐ冒険者の人たちの声がし、ボクの発した声はかき消されてしまった。


 ヒビキさんは残ってくれるのだろうか?


 分からない。残ってくれたらいいなって思うけれど……。


 なんにせよ、今は村の襲撃に備えなければ!


…………………

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