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錬金術師さんと新しい観光客さんたち

…………………


 ──錬金術師さんと新しい観光客さんたち



 ヒビキさんは未だに帰還のための準備で遺跡に潜っている。


 ヒビキさんが言うには元の世界に戻るための機械は8割ほど完成したらしい。


 後、2割が完成したらヒビキさんは帰ってしまうんだよね……。


 そんな今日この頃、村に変化があった。


 まず、ゾーニャさんが言っていた灰狼騎士団の分遣隊が到着したということ。分遣隊の人たちは全部で12名。どの人たちも屈強な騎士の人たちだ。彼らは“大図書館”の警備を中心に、村の見回りを自警団と一緒にやってくれている。


 それからファルケンハウゼン子爵のところからも兵隊さんがやってきた。数が6名。村の入り口で検問を張って、不審な人物が通過しないか確認している。


 これだけの備えがあるならば、犯罪組織の人たちも迂闊には手を出せまい!


 それからボクたちのところでも変化があった。


 冒険者の人たちが“大図書館”の制圧が一段落したのか、上級ポーションを買い求めることが少なくなった。中級ポーションがメインの販売物になり、ボクたちの作業にも余裕が出てきた。


 なので、ボクは物産館での低級ポーションの販売を再開した。一時期は物産館の人に任せていたけれど、ボクが効能を説明して、直接売るのも悪くないと思うのだ。


「低級ポーション、いかがですかー。低級魔獣除けポーション、虫よけポーション、疲労回復ポーション。各種取り揃えておりまーす」


 ボクはエルンストの山の麓でそのように売り文句を告げてポーションを販売する。


 ボクたちの店ではヨハン君が店番をしていてくれるので、そっちは任せていい。ボクはこっちでポーションを売るのである。


「リーゼ君」


「ヒビキさん?」


 ボクがポーションを販売していたらヒビキさんがやってきた。


「ヒビキさん。“大図書館”に潜っていたのでは?」


「ああ。そちらの仕事もある。だが、今は休憩だ。レーズィ君たちをいつまでも俺の事情に付き合わせているのも悪い。今日は休暇ということになった」


「そうなんですか」


 ヒビキさんってば優しいな。だけど、この優しいヒビキさんももうじき元の世界に帰っちゃうんだよね。


「リーゼ君。俺は帰ることになるだろう。その前にこの村の景色を記憶しておきたい。一緒にエルンストの山に登らないか? 君がよければだが……」


「もちろんいいですよ! 登りましょう!」


 ヒビキさんと過ごす時間も残り少しなんだから、思い出を作っておかなくちゃ。


「では、ボクは展望台で出張販売ということに──」


「ヒビキ様!」


 ボクがそう告げて物産館を出ようとしたとき、女の子の声が。


「クリスティーネ君?」


「はい! クリスティーネです、ヒビキ様!」


 現れたのは以前にもこのエルンストの山に観光に訪れていたクリスティーネさんだった。彼女が嬉しそうにヒビキさんの下に駆け寄ってくる。


「今日も観光かな、クリスティーネ君?」


「ええ。この間、この山に登ってから調子がよかったのでまた」


 ほうほう。クリスティーネさんは山登りで体調がよくなったのか。それはなにより!


「我々も今から山に登るところなんだが、クリスティーネ君も一緒にどうかな?」


「ご一緒させていただきますわ!」


 ヒビキさんの言葉にクリスティーネさんが嬉しそうな顔をする。


「では、リーゼ君。山に登るとしよう。思い出作りに」


「はい、ヒビキさん」


 そして、ボクたちは山を登る。


 エルンストの山の登山道は今日も人でいっぱいだ。エルンストの山の山頂にある展望台を目指す人たち。それから山頂で景色を満喫し終えて、麓に下りる人たち。お弁当を持っていたり、スケッチを持っていたりする人たちもいる。


 エルンストの山の観光地化は大成功みたい!


 これもヒビキさんのおかげだね。ヒビキさんがハティさんにこの山を守ってもらうようにしてくれたら、ボクたちは安心して、このエルンストの山に登ることができるようになったのだ。


 なのに、ヒビキさんは元の世界に帰っちゃう……。


「ヒビキ様。この付近でダンジョンが見つかったと聞きましたが」


「ええ。“大図書館”というダンジョンです」


「何か貴重な品などは見つかったのでしょうか?」


 クリスティーネさんの問いにヒビキさんが答えに詰まる。


「ヒビキ様?」


「……発見はありましたよ。自分が元の世界に戻る方法というものが」


 そして、ヒビキさんはゆっくりとそう告げる。


「元の世界に……? つまり、ヒビキ様はこの世界から……」


「その通りです。この世界からはいなくなります」


 クリスティーネさんが唖然とするのに、ヒビキさんはそう言い切った。


「そんな! ヒビキ様のような方がいなくなるのは世界に対する損失ですわ! ヒビキ様はラインハルトの山のレッドドラゴンを屠られ、更にはこのエルンストの山のお化け魔狼も……げほっげほっ」


 クリスティーネさんが興奮して叫ぶのに、彼女がせき込み始めた!


「クリスティーネ君! 大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫です」


 クリスティーネさんは息を整えるとハンドバックから何やら奇妙なものを取り出し、自分の喉にそれを向けて何度かそれを動かした。


「はあ。これは以前、ヒビキ様に言われて作ってみた噴霧型の咳止めですの。効果は抜群で既に市場にも出回り始めているんですのよ」


「そうだったのですか。それはよかった」


 そうだった。ヒビキさんが前回クリスティーネさんが発作を起こした時、どうしたらいいかと訊かれて、そんなアドバイスをしていたんだった。


「このような発明も残されたのですが、それでも行ってしまうと仰るのですか……?」


「自分はこの世界の住民ではないのです。別の世界の住民。そして、その世界の軍人である。軍人として祖国への忠誠と軍人としての義務を果たさなければならないのです」


 ヒビキさんは異世界の軍人さん。軍人さんは国に忠実であるべしという考えから、ヒビキさんは元の世界に帰っちゃう。


「ここで新しいスタートを切るという選択肢はないのですか?」


「一度祖国に忠誠を誓った身としては……」


 ヒビキさんはちょっと戸惑い気味だ。


 ひょっとすると、ヒビキさん自身もまだこの世界を去るのか、この世界に残るのかを決めていないのかも。


 でも、ボクたちにヒビキさんを引き留める権利はあるのだろうか?


 ここはヒビキさんにとっては全くの未知の土地だ。ヒビキさんの祖国などではない。ヒビキさんが言っていた便利な生活も送れない。そんな場所にヒビキさんを引き留めるというのはちょっとばかり無責任じゃないだろうか。


 それでも、ボクはヒビキさんに行って欲しくはない。けど、無理に引き留めるのがヒビキさんのためになるのかどうかは分からないよ。


「そうですか……。ヒビキ様がここにおられるならここに別荘を建てようとお父様と話してもいたのですが……。ヒビキ様がいらっしゃらないのでは……」


「自分がいなくてもヴァルトハウゼン村は十二分に魅力的な土地です。そう言われずに、病気の療養もかねてこの村に別荘を建てられてはどうですか?」


「それでもヒビキ様がいらっしゃらないのでは……」


 ヴァルトハウゼン村に富豪の別荘ができるなんて大ニュースだけど、クリスティーネさんはヒビキさんがいないとヴァルトハウゼン村に価値を見出せないみたい。


「さあ、そろそろ山頂ですよ。山頂からの眺めを見れば考えも変わるでしょう」


 ヒビキさんはそう告げて、山頂にボクたちを案内する。


 山頂からの眺めは依然として雄大だ。夏が近づいているためか、山と森の木々は青々と茂り、ヴァルトハウゼン村一帯を取り囲んでいる。


「あそこがダンジョン“大図書館”の存在する場所ですよ。冒険者たちがまだ内部の掃討を行っています。既に考古学者たちも到着して、ダンジョンの調査を行っているようです。自分の友人にも考古学者がいるのですが世紀の発見だとか」


「賑やかそうですわね。ヒビキ様が最深部に一番乗りだと聞きましたが」


「ええ。辛うじて我々が一番乗りでした。これもパーティーの結束のおかげです」


 クリスティーネさんが尋ねるのに、ヒビキさんがそう答える。


「あれがラインハルトの山。ヒビキさんがレッドドラゴンや新生竜と戦った場所ですね。今思うととても懐かしい気分がしてきますよ!」


「そうだな。もう1年近く前か」


 ラインハルトの山もヴァルトハウゼン村を囲んで聳えている。ラインハルトの山周辺を飛び回る新生竜はブラウ君だ。


「あのシュトレッケンバッハの山ではダンジョンの他にも、極寒の中、ミノタウロスの素材を採取してフィーネ嬢を救われたのでしょう。ロマンティックですわ」


「あの時はとても苦戦しましたよ」


 シュトレッケンバッハの山は冒険者の人たちのテントが見える。未だに宿の整備ができてなくて、冒険者の人たちはテント暮らしだ。その分、シュトレッケンバッハの山の魔獣が麓に下りてくることが少なくなって助かるけど。


 そして、そこで轟音が響いた。


「石切り場の発破ですね。街道ができたから、彼らも安心して石材をトールベルクなどの大都市に輸送できるようになったようです。この村が発展した証拠でしょう」


 石切り場はこれまで春のぬかるんだ道路では石材を出荷できなかったけれど、街道ができたことで冬以外のいつでも石材を出荷できるようになった。これには石切り場の職人さんたちも大満足で、レーズィさんに感謝している。


「ヒビキさん。レーズィさんたちは、“チーム・アルファ”はどうなるんです?」


「“チーム・アルファ”は……。レーズィ君たちに委ねる。彼女たちなら俺より有力な前衛を見つけ出せるだろう。何せ優れた青魔術師、弓使い、赤魔術師が揃っているんだ。冒険者ならば放ってはおくまいよ」


 ヒビキさんがそう告げるけど、やっぱり迷っているように感じられた。


「ヒビキさん。どうしても、どうしても、残れませんか?」


「……正直に言うと分からない。帰らなければならないという義務感はあるが、実際に帰るべきなのかどうかは判断がつかないところだ」


 ボクが尋ねるのに、ヒビキさんが苦々しい表情でそう告げて返した。


「そうですか……。決めるのはヒビキさんです。これはヒビキさんのことですから。ボクたちが口出しする問題じゃありません。けど──」


 ボクはヒビキさんを見上げる。


「ボクはヒビキさんに残って欲しいです。優しくて頼りになるヒビキさんに」


 ボクはそう告げると、視線をそらして、展望台からの眺めを眺めた。


 初めてヒビキさんあったラインハルトの山。今でもヒビキさんにレッドドラゴンから助けてもらったときのことはよく覚えている。


「……そうか」


 ヒビキさんはそうとだけ告げて、山頂から麓に広がるヴァルトハウゼン村を見下ろした。ここからちょっと離れた場所にはボクたちの店舗兼家が見える。


「ヒビキ様。私からも頼みます。どうかこの世界に残ってください。私たちにはあなたのような英雄が必要なのです」


「自分は英雄などではありませんよ」


 クリスティーネさんが告げるのに、ヒビキさんは微かに笑った。


「失礼」


 そんな時だった。歳を取った男性の声がしたのは。


「あそこに見えるのが“大図書館”というものだろうか?」


 現れたのは真っ白な髭を伸ばしたおじいさん。娘なのか、孫なのか、若い女性を連れている。その女性の笑みがボクには人形や死体のように見えて、気味が悪かった。


「ええ。そうですよ。あそこが“大図書館”というダンジョンです。あなたは考古学者の方で?」


「まあ、そんなところだね。生きている遺跡だと聞いてきたのだが本当だろうか?」


「そういわれるもののようですね。まだ最深部に潜ることはできませんが、もうじき内部の掃討が終わって潜れるようになりますよ。そうしたら、潜って確認されてみられるといいでしょう」


「ふむ。そうだな。そうさせてもらおう」


 ヒビキさんが告げるのに、歳を取った男性が頷く。


「では行こうか、“ペルガモン”。我々の目的地は近いようだ」


「ペルガモン……!」


 男性が女性を呼ぶのにボクはピンときた。


「ヒビキさん! ペルガモンって!」


「ああ。あの遺跡を狙っているものの名前だったな。元“大図書館”の管理AI。ちょっと待ってもらいましょうか」


 老人とペルガモンと呼ばれた女性が背中を見せるのにヒビキさんがナイフを抜く。


「生憎だが、待つつもりはないよ。我々はひたすらに進み続けるのだ。理想郷エデンに向けて」


 老人がそう告げて笑い、ペルガモンと呼ばれる女性が微笑んだ。


「リーゼ君、クリスティーネ君。安全な場所に避難してくれ」


「は、はい!」


 この場が一発即発の状態になるのに、ボクたちは避難する。


「ペルガモン。そして、エリス。理想郷への道のりを邪魔するものに死を」


「ええ。そうしましょう」


 すると、青い転移魔法陣が開き、そこからあのエリスちゃんが!


「目標確認、排除開始」


「やらせん」


 エリスちゃんが素早くナイフを抜いて突き付けるのに、ヒビキさんは身を捻ってそれを回避し、エリスちゃんの腹部に向けて拳を叩き込む。


 エリスちゃんは数回バウンドして地面を転がると、それから素早く起き上がって態勢を立て直す。


「子供を戦わせて高みの見物とは趣味が悪いな」


「生憎、我々に戦う力はないものでね。餅は餅屋にだよ」


 ヒビキさんがそう告げて老人を睨むのに、老人は小さく笑ってそう返した。


「損傷確認。戦闘継続」


 エリスちゃんが再びナイフを構えて、ヒビキさんに突進する。ヒビキさんは回し蹴りを叩き込もうとするがエリスちゃんは寸ででそれを回避すると、ヒビキさんの腹部めがけてナイフを振り下ろそうとする!


「甘い」


 ヒビキさんはエリスちゃんの攻撃を跳ねのけると、ナイフでエリスちゃんの首を貫いた。そして、抉るようにそれを回転させて引き抜く。


 ここまでされたらエリスちゃんは……。


「げぼっ」


 エリスちゃんは血を吐き出すと首の傷を押さえて飛びのく。


「損傷確認。戦闘継続」


 そして、再びヒビキさんに挑んで来た!


「しつこい子供だ。こうなれば──」


 ヒビキさんはエリスちゃんのナイフを自分のナイフで金属音を立てながら跳ねのけると、そのままの勢いで一気にエリスちゃんを押し込む。


 そして、エリスちゃんが迂闊にも手を伸ばしたところで、ヒビキさんはその手を掴み、後ろ手に捻りあげて制圧した。


「まあ、戦闘用に調整したシーディング素体にできるのはここまでか」


 老人はそう告げると、ふうと息を吐く。


「エリス。後は好きにしたまえ。君の代わりはいくらでもいる」


 老人はそう告げると、ペルガモンという女性と共に転移魔法陣の中に消えた。


「ヒビキさん! 大丈夫ですか!?」


「ああ。俺は大丈夫だ。だが、この子をどうしたものか……」


 ボクが駆け寄って尋ねるのにヒビキさんは困った顔でそう返した。


 ヒビキさんの腕には取り押さえられたエリスちゃんがいる。エリスちゃんは今はもう抵抗するつもりがないのか、そのままに身を任せ、ナイフを手から落としている。まるで死んじゃったみたいだ。


「と、とりあえず、ゾーニャさんのところに連れていきましょう! この子も例の犯罪組織に関わっている子かもしれませんし」


 この子はガルゼッリ・ファミリーとボクたちが敵対していたときから、刃を交えている。この子も例のガルゼッリ・ファミリーが消滅した後に誕生した犯罪組織の関係者かもしれない。そうなればゾーニャさんに引き渡さなければ。


「そうしよう。クリスティーネ君、今日はここまでですまない。また機会があったらお会いしましょう。その時を待っています」


「ええ。ヒビキ様が元の世界に戻ってしまわれる前にいつか……」


 そう告げるクリスティーネさんの顔は、もう二度とそんな機会はないと告げているようであった。


…………………

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