錬金術師さんと不穏な空気
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──錬金術師さんと不穏な空気
ヒビキさんはこの世界から帰ることになった。
そのための材料集めを“大図書館”で始めている。
いろいろな部品が必要らしく、集めるのに手間取っているそうだ。
もうヒビキさんとお別れかと思うと悲しくなる……。
ヒビキさん、残ってくれないかな。もうヴァルトハウゼン村の一員──いや、うちの家族の一員だっていうのに。今から去っちゃうなんて、とても悲しいよ。
ボクがそんなことを感じていたときだった。
「馬鹿弟子。誰か来たみたいだ。見ておいで」
「はーい」
そんな折に我が家にお客さんがやってきた。
誰だろう?
「リーゼ!」
「ゾーニャさん?」
現れたのはゾーニャさんだった。
「どうしたんですか、ゾーニャさん? ゾーニャさんはトールベルク周辺の犯罪組織の取り締まりをしているはずじゃあ……」
「そうなのだが、その犯罪組織がトールベルクの街周辺から動き出したようなのだ。我々が捕縛したものたちの情報によれば、連中が目指しているのは──」
ええっ? まさか……。
「このヴァルトハウゼン村のようなのだ」
「えーっ!?」
どうして犯罪組織の人たちがボクたちの村を目指してやってくるの!?
「リーゼ。最近、変わったことはなかったか? 犯罪組織に報復を受けるようなことなどは。我々は報復の線で考えているのだが」
「ないですよ。何もないです。村は平和そのものでしたよ」
犯罪組織に報復されるようなことはなにもないよ!
「すると、どういうわけだろうか。確かに連中はこちらを目指してきている。ファルケンハウゼン子爵が街道に検問を張っているが、連中も既にそのことは把握しているだろう。目指そうと思うならば、森を抜けてでもくるはずだ」
「ど、どうしたらいいんですか!? ボクたちのところの自警団で勝てる相手なんですか!?」
「落ち着いてくれリーゼ。我々も既に動いている。灰狼騎士団の分遣隊がこちらに派遣される予定になっている。私がここを訪れたのも現状把握のためだ。私が状況を把握してから、本隊がここにやってくる」
「騎士団が来てくれるんですね……。よかったあ……」
ふう。騎士団が来てくれるなら一安心だね。
「とりあえず、今から村の代表者と話をして来ようと考えている。この村の代表者は開拓局のオスヴァルト氏で間違いないだろうか?」
「ええ。間違いないですよ。うちの村の代表者はオスヴァルトさんです」
「分かった。今から挨拶してこよう」
「ボクも一緒に行きますよ!」
ゾーニャさんのことをオスヴァルトさんに紹介しよう!
というわけでボクたちはてくてくと開拓局に。
「そういえば最近、ダンジョンが見つかったそうだな。それはどうなのだ?」
「ええっと。最深部まで到達して、今は魔獣の駆除を行っているところです。もう少しで魔獣もいなくなるから、考古学者さんたちが訪れるはずですよ。それから……」
「それから?」
「ヒビキさんが最深部で自分の世界に帰る方法を見つけたみたいです……」
ゾーニャさんが尋ねるのに、ボクがそう告げて返す。
「ああ。ヒビキは迷い人だったそうだな。しかし、迷い人が元の世界に帰るとは……」
「ええ。ヒビキさん、帰っちゃうんです……」
ゾーニャさんががっかりしたような口調で告げるのに、ボクの声も暗くなる。
「しかし、仕方あるまい。ヒビキには帰る場所があるのだ。本来彼はこの世界に住むべき住民ではない。帰るべき場所に帰るならば、それを笑顔で送り出してやらなければ」
「そうですよね……。ヒビキさんはこの世界の人じゃないんですよね……」
はあ。分かっているけどがっくりすることだ。
「しかし、ダンジョンが発見されたことと犯罪組織の動きは無関係だろうか……」
ゾーニャさんはなにやら考え込んでいるみたい。
「着きましたよ、ここが開拓局です。今、オスヴァルトさんを呼んできますね」
「すまない。助かる、リーゼ」
ボクは開拓局の扉を潜る。
「こんにちはー」
「ああ。リーゼちゃん。どうしたの?」
「オスヴァルトさんいらっしゃいます? 灰狼騎士団のゾーニャさんという方がオスヴァルトさんに会いに来てるんです。村の治安に関することで」
「そりゃまた。呼んでくるよ」
ハンスさんがボクの告げた言葉で開拓局の奥に向かう。
「リーゼ君。灰狼騎士団の方が来ていると聞いたが」
暫くしてオスヴァルトさんが姿を見せた。
「はい。こちらにいらっしゃるゾーニャさんがそうです。トールベルクの街でガルゼッリ・ファミリーという犯罪組織と戦われていた方です。ゾーニャさん、こちらがオスヴァルトさんです」
「よろしくお願い致します、オスヴァルト氏」
ボクが紹介するのにゾーニャさんが一礼する。
「こちらこそどうぞよろしく。ところで、治安に関する問題だと聞きましたが」
「ええ。今、トールベルクの街周辺に潜んでいた犯罪組織がこのヴァルトハウゼン村を目指しているようなのです。何か心当たりのあることはありませんか?」
「心当たりにあること……。いえ、ないですな。我々の村は犯罪組織とは無関係です」
やっぱりないよね。ボクたちは慎ましく、平和に暮らしているんだから。
「ふむ。何か価値のあるものが発見されたとかいうことは?」
「それならば“大図書館”の最深部で生きている遺跡の機能が発見されたことぐらいでしょう。他にこの村で珍しいものなどありません。エルンストの山は確かに観光地ですが、犯罪組織が観光地を狙うなど聞いたこともありませんし」
「“大図書館”とは?」
「最近発見されたダンジョンの名称です。最深部にまだ生きている遺跡の機能があるのですよ。なんでも“大図書館”の管理者というものがいるそうで」
「ふむ……」
この村で他の村にない価値のあるものとしたら“大図書館”の生きている遺跡の機能ぐらいだろう。他に価値があるものがあるとは思えない。
「その“大図書館”の生きている機能というのを一度見せていただけますか?」
「構いませんが、中の魔獣はまだ完全には駆逐されていませんし、ダンジョン内部は一部が崩壊しているので冒険者と共に潜った方がいいかと思いますよ。今のところダンジョンの最深部まで到達しているのはヒビキ君の“チーム・アルファ”とミルコ君の“黒狼の遠吠え”のふたつのパーティーですから、どちらかにお願いしてください」
「分かりました。それから私が現状を把握した後に、飛行船で灰狼騎士団の分遣隊がやってきます。彼らを迎える準備がしたいのですが、野営が可能な場所などはありますでしょうか?」
「それならば広場を使ってください。一時的にでしたら使用可能です」
ゾーニャさんも“大図書館”に潜るのか。
ゾーニャさんは“大図書館”で何を知るんだろう?
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ゾーニャさんと一緒に“大図書館”にやってきた!
「では、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
ヒビキさんたちはヒビキさんの帰還のための準備で忙しいので、ゾーニャさんたちに付きそうのはミルコさんたち“黒狼の遠吠え”だ。
「では、最深部まで潜られるのですね」
「ええ。そのつもりです。大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。あれから最深部には何度も潜っていますから」
ミルコさんたちが余裕の笑みでゾーニャさんに答える。
「では、早速潜りましょう。って、リーゼちゃんも一緒なの?」
「ボクも一度生きている遺跡というのを見てみたくて」
ちゃっかりボクもゾーニャさんに同行している。生きている遺跡なんて目にするのは初めてだから、ボクとしても楽しみなのだ。
「まあ、大丈夫だろう。もう遺跡の中に魔獣はほとんどない」
「そうだ。お荷物錬金術師でも無事に最深部まで到達できるだろう」
リオさんとユリアさんがそれぞれそう告げる。
「なら異論なしだ。最深部まで潜るとしよう」
というわけでボクたちは“大図書館”の最深部にゴーッ!
崩れかかった階段や、崩落している天井、魔獣の残した血の跡などを通過していきながらボクたちはひたすらに“大図書館”の最深部を目指す。これが結構な重労働で、途中で休憩したりしながら潜らないといけない。
何せ、ヒビキさんが言っていたように “大図書館”は排水と換気はされているけれど、日の光は全く届かないのだ。照明になるのはミルコさんが持った松明だけで、ボクたちはその頼りない光源を伝って、道なき道を進むのだ。
「大丈夫か、リーゼちゃん?」
「大丈夫ですよ、ミルコさん。こう見えても体力には自信があるんです」
途中で休憩して疲労回復ポーションを飲むのに、ミルコさんが心配そうにそう尋ねてくる。だが、普段から山歩きしてるボクはこれぐらいのことは平気だぞ!
「それならいいが、無理はしないでくれよ。魔獣がいなくなったとはいえど、ここはダンジョンだ。何が起きるかは分からない」
「ラジャ!」
ボクもダンジョンに挑むのは初めてのことだ。気を付けていこー!
そして、ボクたちはまた道なき道を進む。途中で金属音や雄叫びが響くのは魔獣を駆逐している冒険者の人のものだそうだ。冒険者の人たちはこの“大図書館”の魔獣を駆逐して、シュトレッケンバッハの山に安定をもたらすために頑張っているようだ。
このダンジョンから溢れる魔獣がいなくなれば、荒れていたシュトレッケンバッハの山も安定するだろう。ブラウ君は獲れる獲物が少なくなってちょっと残念がるかもしれないけれど。
「ここを下りたら、最深部まではすぐだ」
最後の難関!
なんの手すりもない縦穴をロープで降下するという作業。これは下りるときはいいけれど、上がるときには相当苦労しそうだ。
ボクはよいしょよいしょとロープを伝って最深部に向けて降りる。
「ふう。なんとか降りられた」
「大丈夫みたいだな。では、先に進もう」
ロープで下まで降りたら、後は一直線だ。
廊下を進み、二重の扉の向こうに生きている遺跡がある。
「わあ。これが生きている遺跡……」
地下なのに明々と照明が灯り、よく分からないものがチカチカと輝いている。そして、巨大な窓──ディスプレイというらしい──には何かの文字が流れていっていた。
「これってどうやって使うんです?」
「あの窓に向けて話しかければいい。そうすれば応じてくれる」
ボクが尋ねるのに、ミルコさんがそう返す。
「ええっと。“大図書館”さん?」
ボクが窓に向けてそう尋ねると窓の文字が消えて、ひとりの女性が姿を見せた!
『私は“大図書館”の管理AI、アレクサンドリアです。どのような情報をお求めでしょうか?』
わっ! 本当に生きている遺跡だ! 喋った!
「あの、この遺跡ってどれくらいの価値があるんですか?」
『この“大図書館”には前文明の全てのデータが保存されています。文化、技術、歴史。あらゆる情報がこの“大図書館”には眠っています。その価値は計り知れません』
すっごい価値があるってことか。
「質問する、アレクサンドリア。この遺跡を狙うものに心当たりはあるか?」
ボクが質問すると次にゾーニャさんがアレクサンドリアさんにそう尋ねた。
『……ペルガモンという同じ“大図書館”の管理AIが狙っている可能性があります。ペルガモンは管理AIのひとつですが、その権限に違反した行為を行おうとしています。そのために、この施設を狙う可能性はあります。ここには“大図書館”のメインフレーム以外にも様々な機能が残されていますから』
「ペルガモンというものの目的は?」
『それは神による世界の統治です。人工的に神を作り出し、その神によって世界を支配することを企てています』
「人工的な、神……?」
『高濃度のエーテルで構成された超知性体です。前文明が滅ぶきっかけにもなったものです。基本的に不老不死にして、現実改変能力を有します。それを倒すためにこの“大図書館”を建造した前文明のものたちは死闘を繰り広げました』
神様を自分たちで作るっていうの? どうかしてるよ!
「それはどうすれば阻止できる?」
『ペルガモンは現在、この“大図書館”へのアクセスを禁止されています。ですが、ペルガモンが直接ここに乗り込み、“大図書館”へのアクセス権限を手に入れるようなことになれば、阻止できなくなるでしょう。逆に言えば、この“大図書館”さえ守り抜くならば、ペルガモンの企ては失敗します』
「つまり、ここを守りさえすればいいのだな?」
『その通りです』
ゾーニャさんが確認するのに、アレクサンドリアさんが頷く。
「了解した。犯罪組織の狙いが本当にこの“大図書館”かどうかは分からないが、狙う可能性があるのはここだ。灰狼騎士団の人員にも警備を行わせよう」
やっぱり犯罪組織の狙いって“大図書館”なのかな?
「ひとつ聞きたいんですけど!」
『なんでしょうか?』
「ボクのお父さん、お母さんってどんな人でした……?」
『あなたはシーディングモデル9090Fですね。あなたの遺伝子データの基になったのはクロード・カセレス博士とマリナ・メルカデル博士です。どちらも聡明な人物で、国家科学賞の受賞者です。ですから、遺伝子データに選ばれました』
アレクサンドリアさんはそう告げるとボクの両親──に当たる人の絵を表示した。
どちらも優しそうな人だ。お母さんに当たる人はボクに似ている。いや、お父さんの面影も受け継いでいるかもしれない。どちらも黒髪で、意欲と活力に満ちた瞳をしている。これがボクの両親なのか……。
「ありがとう、アレクサンドリアさん」
『いいえ。また何かあればどうぞ』
ボクは1000年振りに両親に再会した。
なんだか気の遠くなるような話だけれど、今はそれでいいや。
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