錬金術師さんと出生の秘密
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──錬金術師さんと出生の秘密
ヒビキさんたちが戻って来た!
なんでも噂によればヒビキさんたちはついに“大図書館”の最深部に到達して、そこで貴重な情報を掴んだそうだとか。気になる、気になる。
一体、大図書館の地下深くにはどんなものがあったんだろう?
莫大なお宝? それとも古代文明の残したメッセージ? なんだろ、なんだろ?
「ただいまだ、リーゼ君……」
「あっ! お帰りなさい、ヒビキさん、レーズィさん!」
ヒビキさんたちが家に帰って来た! だけど、なんだか顔が暗い。
どうしたんだろ?
「つ、疲れましたよう。今日はすぐにゆっくりしたいところです」
「そうだな。だが、その前にエステルに話がある。エステルは?」
レーズィさんはボクから視線を逸らしてそう告げ、ヒビキさんは真っすぐボクの方を見つめてきてそう尋ねる。
「エステル師匠なら裏の縁側で煙管吸ってますよ。お酒と一緒に」
「うむ。そうか。ありがとう、リーゼ君」
ヒビキさんはボクに礼を告げると裏の縁側に向かう。
なんだか近寄りがたい雰囲気だけどヒビキさんがエステル師匠と何を話すのか気になるよ。なのでちょこちょこと隠れながらボクはヒビキさんの後を付いて行く。
「エステル」
「何だい、ヒビキ。そういえば“大図書館”をついに攻略したそうだね。まあ、その祝いだ。ほら、飲め飲め」
エステル師匠はグラスに葡萄酒を注ぐとヒビキさんに差し出す。
「エステル。教えてはくれないか。リーゼ君のことについて。俺たちは“大図書館”を管理しているというAI──人工知能に遭遇した。そのAIが提示した情報には、前文明が崩壊し、この惑星上から生命が一掃された後に人類を再定住させたそうだ。その時に使われたのが……」
「……全て知っている、というわけか」
ヒビキさんが告げるのに、エステル師匠がため息を吐く。
「そうさね。あれは戦災孤児なんかじゃないよ。遺跡で見つけたんだ。あたしが昔、冒険者たちとつるんでいたときにね」
え……?
「そのパーティーはなんとかこうにかダンジョンの最奥に達した。そこで目にしたのがフラスコの中の小人──ホムンクルスさ」
「ホムンクルスか。実際は前文明の人間の遺伝子情報を編纂して作られた試験管ベイビーだ。何故、戦災孤児などという嘘を?」
「受け止める準備ができてないと思ってね。世間も、本人も。それに馬鹿弟子をフラスコから取り出すのには仲間と大揉めした。これは悪魔の卵だとか迷信深い仲間が言い、全て破壊してしまうべきだと主張してね。だけど、あたしはパーティーを抜けて、あの子をフラスコの中から取り出した」
ヒビキさんが尋ねるのにエステル師匠がそう返す。
「世間様は未だに迷信深い。フラスコの中の小人を受け止めるだけの懐の深さはない。教会やらはあれを悪魔の術だと主張するだろう。それに本人にしたところで、自分がフラスコの中の小人だということを受け入れられるとは思えない」
「だが、事実だ。それにあれはフラスコの中の小人などではない。歴とした人間だ。ただ、生まれてくる過程が人工的だっただけで。彼女は正真正銘の人間だ」
「そう言ったところで世間様は認めまいよ。ヒビキ、あんたはあたしたちより進んだ世界から来ているから受け止められただろうが、他の連中はそうじゃない。親の腹から生まれなければ、それはフラスコの中の小人だ」
フラスコの中の小人……。
錬金術師たちは究極目標として金を生成することと共に、フラスコで人工的な生命体を生み出すことを目指しているとエステル師匠は語っていた。
だけど、ボクがそのフラスコの中の小人なの? ボクは人間じゃないの?
ヒビキさんは人間だと言ってくれている。けど、ボクには本当の両親という者はおらず、フラスコの中で誕生したというのは間違いないらしい。
「リーゼ君も事実を知る権利がある」
「知ってどうする? 自分がフラスコの中の小人だと知って、何の意味がある? 余計な重荷は背負わせたくはない。あいつは戦災孤児だった。それでいいじゃないか」
ヒビキさんが告げるのに、エステル師匠は煙管を吹かせる。
「確かに受け止められるかは彼女次第だ。だが、いつまで事実を隠しきれる? あの“大図書館”の最深部までの道のりは開かれた。これから大勢が中に入っていって、アレクサンドリア──“大図書館”の管理AIに質問するだろう。その過程で俺たちと同じように事実を知ることになるぞ」
「そうさねえ……。隠しきるのも限界ってことか」
エステル師匠はそう告げて立ち上がる。
「ヒビキ。あんたも一緒に来てくれるかい? あたしひとりじゃどうにも不安でね」
「ああ。いいだろう」
エステル師匠がそう告げると、ヒビキさんも立ち上がる。
そして、ボクが隠れている方に向けて進んできた!
ボクは大慌てで食卓に戻るとそこで食器洗いをしている振りをした。
「馬鹿弟子。話がある。座りな」
「は、はい!」
そして、エステル師匠がダイニングルームに入ってくるのに、ボクは席に座る。
「その反応。さてはもう聞いてたな、こいつ」
「な、何のことでしょう?」
エステル師匠が苦々しい表情をするのに、ボクは明後日の方向を向いた。
「まあ、いい。馬鹿弟子。お前は実は戦災孤児じゃない。あたしがダンジョンに潜ったときに見つけたフラスコの中の小人だ。その意味が分かるか?」
「ボクには本当のお父さん、お母さんはいないってことですよね……」
「そうだ。お前は真っ当な生まれ方をしていない。あたしがフラスコの中から取り上げたものだ。お前はホムンクルスだ」
エステル師匠に改めて正面からそう告げられるとショックが大きい。
ボクはホムンクルスなのか。ボクのお父さんお母さんは存在しないのか。
どうにも寂しいな……。
「エステル。フラスコの中の小人は誤解を招く表現だ。リーゼ君、君の両親は存在する。君は無から生み出された存在じゃない。前文明の人々が残した遺伝子データ──そして精子と卵子がその両親だ。君の両親は1000年前に死んでしまったが、君は全くの無から生まれた存在ではないのだ」
「ボクの両親は1000年前に……」
物語が壮大すぎて訳が分かんないや。
「そして、君は今いる人類全ての親でもある。君たちのような存在が滅んでしまった地球に放たれて、そして交わることで繁栄していったのだ。君はこの世界で繁栄している人類と全く違いのない存在なのだ」
「つまりボクも人間なんですね?」
「ああ。生まれた経緯は異なれど、その通りだ」
ボクも人間なのか。両親は1000年前に死んでしまっているけれど人間なんだ。
「なら、構いません! ボクはこれまで通り、生活していきます!」
両親は1000年とかいう大昔に死んでしまったかもしれないけれどボクはボクだ。これから何かが変わることはない。ボクはボクとして生きていく!
どうせ、最初から本当のお父さんお母さんはいないって分かってたしね。
「リーゼ君、強く生きろ。君は前文明から現文明への贈り物だ。君とその同胞たちが現在の世界の礎を作った。君は祝福をもたらしたものだ」
「えへへ。そう言われると照れちゃいますね」
ボクのことが褒められているわけじゃないけれど、嬉しくなるよ!
「それからリーゼ君とエステルに伝えておかなければならないことがある」
ヒビキさんがそう告げて真剣な表情を浮かべる。
「伝えなければいけないことって何だい?」
「俺は自分の世界に帰還する方法を見つけた。多少の準備は必要になるが、元の世界に帰る算段は立った。アレクサンドリアが教えてくれた方法だ。俺はそれを使って元の世界に帰還するつもりでいる」
え……。
「そ、そんな! ヒビキさんが帰っちゃうなんて! ここにいてくださいよ!」
「そういうわけにはいかないんだ、リーゼ君。俺は宣誓した軍人として祖国への忠誠と軍人の義務を有している。生きている以上はその忠誠と義務に尽くさなければならない。だから、俺は自分の世界に帰還する」
ヒビキさん……。
もう村にもすっかりなじんだし、このままここにいてくれるものだとばかり思っていた。それなのにヒビキさんが元の世界に帰っちゃうなんて。あまりにショックすぎて言葉がでないよ……。
「どうしても帰らなくちゃいけないんですか……?」
「ああ。俺は忠誠と義務を果たすつもりだ」
ヒビキさんは真っすぐボクを見てそう告げる。
「ヒビキ。本当に帰るのかい?」
「そのつもりだ。もちろんすぐではない。準備が必要になる。アレクサンドリアの提示した情報に基づく材料を集めなければならない」
「そうかい。好きにしなよ」
エステル師匠が尋ねてもヒビキさんは全く意見を翻そうとはしない。
「ヒビキさん。行かないでくださいよ……。もうすっかり村の仲間じゃないですか。なら、こっちの世界にいてくれてもいいじゃないですか。ヒビキさんの世界に戻っても誰も出迎えてはくれないんでしょう?」
「それはそうだが……。軍人にとって忠誠と義務は重いものなんだ」
ボクが告げるのに、ヒビキさんが渋い表情でそう返した。
「準備には何日ぐらいかかるんだい?」
「まだ検討もつかない。アレクサンドリアの情報によれば必要な機材はほぼあの“大図書館”の中にあるそうだが、一部のものは外で取集しなければならない。それらの材料集めにどれほどの時間がかかるのか」
まだまだ時間はあるってことか。
よし! 何としてもヒビキさんを引き留めるぞ!
「ヒビキさん! 今日はご馳走にしますからね! 楽しみにしててくださいね!」
「あ、ああ」
ヒビキさんがこの村に残りたくなるようにしなければ!
頑張るぞー!
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