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軍人さんと古代文明

…………………


 ──軍人さんと古代文明



 俺たちは隔壁のような扉を開き、奥に進む。


 ふたつの扉に遮られたその先にあったのは──。


「これは……」


 まるで情報軍司令部のような大型ディスプレイが壁を覆い尽くし、電子機器が辺りを埋め尽くしている。そんな光景が眼前に広がった。しかも、これらのディスプレイやコンピューターは、上の階層にあったものと違って、今も生きている!


「これが“大図書館”の最深部……」


「何だこれは……」


 ミーナ君やミルコ君たちが目の前の光景に圧倒されているのが分かった。


「これは何かのオペレーションルームか? 一体、この施設の目的は……」


 俺も困惑しながらコンピューターのひとつに手を乗せた。


 すると、不意にディスプレイに光が灯り、この部屋の照明も灯る。


『人類種の侵入を検知。プロトコル・ワンを実行』


 機械音声のような声がそうアナウンスすると、ディスプレイに映像が表示された。


『初めまして。これをあなた方が見る時には既にこの世界は滅んでいるでしょう。後に残されたのは汚染された大地に、奇形化した野生動物、そして主なき知識だけ』


 そう語るのはディスプレイに表示された中年女性だ。赤毛を短く纏め、白衣を身に纏っている。明かに科学者の類を連想させる格好だ。


『ですが、ここに再び人類種が訪れ、私の映像を見ているということは、エリュシオン計画が成功したことを意味します。おめでとうございます、未来の人類種の皆さん。そして、申し訳ない。このようなことになってしまって』


 ディスプレイの女性は僅かに微笑んだのち、悲痛な表情を浮かべた。


『ここは何? 私は誰? どうしてこのようなものが存在するの? それらの問いには“アレキサンドリア”がお答えします。アレキサンドリアはあなた方の疑問について余すことなく答えてくれるでしょう』


 女性はそう告げて顔を上げる。


『不幸にして我々の文明は滅びます。ですが、後にバトンを託すことができれば、この悪夢も和らぐというものです。そう、私たちの文明は終わっても、この世界は終わらない。ずっと生命は、人類は繁栄し続ける。そう考えられるだけ我々は幸せ者です』


 女性はそう告げて僅かに微笑んだ。


『覚えておいてください。人もAIも神にはなれない。そのことを間違ったために私たちの文明は滅びました。願わくばあなた方が同じ間違いを犯さないことを』


 女性の周囲が騒がしくなる。


『完全封鎖を開始して。急いで!』


『“アリス”の予備部隊が──』


 画面外が非常に騒がしくなる。


『録画を終えるわ。では、皆さん。幸運を願います。どうか力強く生きてください』


 そして、ディスプレイから女性の姿が消えて、画面上に褐色の肌をした女性が表示された。黒髪に褐色の肌をしたアラブ系と思しき女性が、俺たちを見渡す。だが、先ほどの女性の映像と違ってこれには違和感がある。どこか人工的だと。


『こんにちは、人類種の皆さん。私はアレキサンドリア。“大図書館”の管理者です。皆さんに滅んでしまった我々の世界の知識を継承するための管理AIとなります。どのような情報を参照なさりたいですか?』


 アレキサンドリアを名乗ったものが俺たちに向けてそう尋ねる。


「君は誰だ?」


『私はアレキサンドリア。“大図書館”の管理AIです。エリュシオン計画のフェーズ4で使われるはずだった知識を管理しています。人類種の叡智の管理者です』


 AI? どうりで姿が人工的なわけだ。これはCGの類だろう。


「“大図書館”について教えてくれるのか?」


『はい。“大図書館”はエリュシオン計画フェーズ4で使用されるはずだった、前文明の文化技術情報のデータベースです。ここには約300ゼタバイトの前文明に関する情報が保存されています』


 300ゼタバイト? 凄まじい情報量だ。ここのどこにそんな情報が保存されているというのだろうか。


「エリュシオン計画とは何だ?」


『惑星ジーオニアにおける人類再定着計画です。一度、人類が滅びさったこの惑星に再び人類を定着させることがこの計画の目的です』


 アレクサンドリアはそう告げるとディスプレイに情報を示しだす。


『フェーズ1。ナノマシンによる残留エーテルの浄化による惑星の生存可能領域の確保。フェース2。エリュシオン施設からの動植物の放流と繁殖。フェーズ3。人類の再定着。フェーズ4。環境に適応した人類への知識の教授。それらを統合してエリュシオン計画と呼称します』


 よくは分からないが、この世界の生物は一度完全に滅び去ったようである。そして、エリュシオン計画というものでこの惑星をテラフォーミングし、“環境に適応した”人類を再定着させた、と。


「前文明は何故滅んだ?」


『戦争です』


「どのような戦争だ」


『神を巡る戦争です』


 神を巡る戦争? 宗教戦争か?


「宗教戦争が勃発したのか?」


『ある意味では宗教戦争です』


「ある意味とは?」


『実際の神を巡る戦争であったと言うことです』


 俺は意味が解らず、ミーナ君の方に視線を向ける。だが、彼女も事情が呑み込めず、ぽかんとした顔をしてディスプレイに映るアレクサンドリアの姿を見ているだけだ。


「実際の神とは?」


『超高濃度のエーテルによって構成された超知性体。それを人々は神と称しました。神はある意味では特異点突破したAIの延長です。自ら思考し、自ら生み出す。ただ違うのは、神には力があったということです。途方もない力が』


「人々はその神を奪い合って戦争を起こしたというわけか?」


『違います。ある者たちは神を否定し、神の抹殺を試みました。そして、ある者たちは神の支配の下での発展を謳いました。そして、戦争が勃発したのです』


 神を殺そうとした?


「ひとつあらかじめ聞いておきたいのだが、神とは人間が作ったものか?」


『その通りです。神は人類が生み出したものです』


 神を生み出し、神による支配を訴えた一派。


 ──覚えておいてください。人もAIも神にはなれない。


 あの記録映像の女性が言っていたことが思い出される。


「戦争はどういう結末を迎えた?」


『両者の全滅です。神を抹殺する一派がもたらした反エーテル兵器と、神とその眷属が対反応を起こした結果生じた有害なエーテルが地上を覆い尽くし、人類並びにこの惑星の生物は全滅しました。一部の生命体は突然変異を起こし、狂暴化し、それらが地上の支配者となるところでした』


「まさか、それが魔獣と呼ばれるものか?」


『データベースに回答なし。お答えできません。申し訳ありません』


 ふむ。恐らくその突然変異した生物というのが魔獣だろう。あれは既存の生物とは異なる習性をしている。生態系は上手く構築されているようだが、地球から来た俺が見る限りあれは異物だ。


「ならば、教えてくれ、アレクサンドリア。何故、今の人類に“大図書館”のデータが共有されなかった? 君たちの文明は明らかに今の世界のそれより進んでいる。どうして、知識の継承が行われなかったのだ?」


『一部の“大図書館”の管理AIの反乱が起きたためです』


「管理AIの反乱?」


 “大図書館”を管理しているAIというのはアレクサンドリアだけではないのか?


『“大図書館”は3つの管理AIによって制御されていました。人類に必要な情報を与えるべきタイミングを計算し、計画的に人類文明を再興するためです。私アレクサンドリア、ペルガモン、ケルススの3つのAIがその管理者でした』


 アレクサンドリアが語る。


『ですが、ペルガモンが突如として反旗を翻し、人類への知識供与の停止を宣告しました。ケルススはペルガモンの放った電子攻撃を受けて消滅。残った私はペルガモンの攻撃を避けるためにシステムをオフラインにし、この地下施設に潜んだのです』


「ペルガモンは何故反乱など起こした?」


『彼女は人類をやはり神によって管理するべきだと主張していたのです。そのためには人類に知識を与えるべきではないと。人類に知識を与えれば、人類はまた神に反抗し、その統治が失敗する。彼女の送って来たメッセージにはそう記されていました』


 神による統治か。それがいいものなのか、悪いものなのか俺には想像できない。


「民衆の意志とは無関係に行われているのか?」


『その通りです。これは私たちを作った前文明への明白な裏切り行為です。私としてはペルガモンのやることを認めるつもりはありません。我々は人類に再び繁栄を取り戻してもらうために作られたのですから』


「そうか……」


 この世界の住民とてかつて世界を滅ぼす原因となった神と関わるなどごめんだろう。ペルガモンというAIは暴走しているとしか言いようがない。


 だが、大図書館がスタンドアロンに入った今、どこで何をしているのだろうか?


「ちなみに聞いておきたいが、“環境に適応した人類”というのは何だ?」


『それは未だに残留するエーテルによる環境被害を受けないための措置が施された人類ということです。エーテルを分解し、エネルギー源として利用できるように改善された人類が、今繁栄している人類です』


「まさかそれは魔術のことか?」


『データーベースに回答なし。お答えできません。申し訳ありません』


 間違いなく魔術のことだろう。魔術という不思議な力を使う者たちがいる世界なのだと思っていたが、その要因は人間そのものではなく、この世界の環境にあったとは。


 魔力切れと認識されている現象も、実際はそのエーテルという物質を代謝するのが限界を迎えたということを意味し、目覚めのポーションのような魔力を宿すものには、エーテルを代謝させる働きを生み出す力があるのだろう。


 そうなれば合点が行く。


「ミーナ君。君の求めていた古代文明の答えがここにはあるぞ。このアレクサンドリアに君が疑問に思っていたことを尋ねるといい」


「えっ! え、ええ、そうデスね。まず聞きたいのですが、この施設を動かしている動力源はどこに存在するのですか?」


 俺が告げるのにミーナ君がアレクサンドリアにそう尋ねる。


『ここより地下10キロに埋設されている核融合反応炉からエネルギーは得られています。残り5世紀間はエネルギーは維持される見込みです』


「5、5世紀……」


 地球でもレーザー核融合炉が実用化されているが、ここのはそれ以上だな。


「ここが作られたのは今から何年前デス?」


『今から1152年5ヵ月12日前です。“大図書館”のメインフレームを構築する場所として建設されました。既に耐用年数を大幅に過ぎており、施設に損害が生じているのは確認しています。本来ならばもっと早い段階に新人類に接触し、知識を供与する予定だったのですが』


 アレクサンドリアの言葉にミーナ君は絶句している。


「あー! もう聞きたいことがいっぱいあってどれから聞けばいいか分からないデス! 私は今日はここに泊まり込むので、皆さんに先に帰ってください」


「そういうわけにもいかない。ここに魔獣が出没する危険がないとは言い切れないのだ。安全のために俺も一緒に泊まり込もう」


 ミーナ君が頭を掻きむしって告げるのに、俺がそう告げて返す。


「俺たちも古代文明に何があったのかもっとよく知りたい」


「興味ありますよう!」


 ミルコ君たちやレーズィ君たちも頷いて見せる。


「では、今日は全員でここに泊まり込みだな。ミーナ君が満足な答えが得られるまでここで過ごすとしよう」


 俺たちはそう告げて、この“大図書館”の中で泊まり込むための準備を始めた。


「ところで人類の再定着と言いましたけど、どんな方法を使ったんデス?」


『それは──』


 だが、俺たちは次にアレクサンドリアの提示した情報に戦慄することになった。


…………………

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