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錬金術師さんと水源の汚染

…………………


 ──錬金術師さんと水源の汚染



「水が汚れてる?」


 たっぷりのパンとサラダ、そしてミルクだけの簡単な朝食の席でエステル師匠が告げる言葉をボクは繰り返していた。


「そう。水源がどうにも汚染されてるらしくてね。うちにどうにかできないかと注文が来ている。うちは別に何でも屋ってわけじゃないのに迷惑な話だよ」


 ふうむ。水源というとシュトレッケンバッハの山とラインハルトの山の間にある湖だろう。あそこから地下水がしみだして、それを汲み上げることによってボクたちは、このヴァルトハウゼン村の水源を確保しているのだ。


「どうにかできる問題なんですか?」


「できないことはないよ。あんたも知っての通り、浄化のポーションを使えばいいだけだ。あたしたちは能無しの白魔術師たちと違ってオールマイティだからね。ただ、ちょっとばかり面倒くさいだけだ」


「ふむふむ。浄化のポーションがありましたね」


 水源が汚染されて困るのはボクたちも同じだ。ボクたちも井戸水を使っているのだから、その井戸水が汚染されたら非常に困る。生活はもとより、ポーション作りにも影響が生じてきてしまう。なんとしても解決しなければ。


「ああ。その水源というのはこの間のシュトレッケンバッハの山とラインハルトの山の間にあった湖のことだろうか?」


「はい。そこです。そこの地下水を汲み上げてるんです」


 どうしてヒビキさんがこのことを知ってるんだろう?


「実は冒険者ギルドで依頼があって、それがその湖付近の魔獣討伐だったのだ」


「魔獣討伐かー。魔獣が水質を汚染することは少なくないですからねー」


 しかし、こうもいいタイミングでボクたちへ水源の浄化と冒険者ギルドへの魔獣討伐の依頼が重なるものだろうか?


「何見てるんだい。あたしは別に水源付近の魔獣討伐は依頼してないよ」


「そ、そうですよね」


 いざとなれば水質浄化ポーションも作れるエステル師匠が、わざわざ冒険者ギルドに依頼を出すはずもないか。エステル師匠ってばいわゆる守銭奴だし、レッドドラゴンの件はどうにもならなかったとしても、ボクのお小遣いはちっちも増えない!


「だが、ちょうどいだろう。ヒビキが魔獣を討伐して、お前が水源を浄化してくれば一石二鳥だ。もちろん、ヒビキにその依頼を受けるつもりがあるならば、の話だがね」


「そういうことならば引き受けてこよう。いつまでもここで養ってもらっているわけにもいかないからな」


 エステル師匠の言うことはもっともだけど、ヒビキさんはもっとゆっくりここにいてくれていいのになあ。女ふたりだけの生活となると、治安が気になるし、力仕事をしてくれる男の人がいてくれるととっても助かるんだけど。


「ヒビキ。別にあたしはあんたに出ていけと言ったつもりはないよ。好きなだけここにいてもらって構わない。あんたには前にも言ったように、そこの馬鹿弟子を救ってもらった恩があるんだからね」


「そういうわけにもいくまい。せめて、自分の食い扶持は自分で稼ぐくらいのことはしなければ。何から何まで世話になるわけにもいかない」


 ヒビキさんってば本当に義理堅いよね。それはいいことだとは思うけれど、ちょっとぐらいはボクたちの厚意に甘えてくれもいいのにさ。


「なら、好きにしな。ヒビキが稼げばその日の晩飯のおかずが1品ぐらいは増えるかもしれないよ」


「わあい!」


 我が家の貧相な食生活が改善されるぞ!


「なら、行きましょう、ヒビキさん! 水源の浄化と魔獣退治に!」


「だが、水源の浄化というのはどうやるんだ?」


「それはですね。トキノカネ草とミドリムシの種を第3種中和液に浸してできた上澄みを錬金釜で煮込んでできる浄化のポーションを使うんです。これは外用としては毒消しにも使える便利な代物なんです! ストックがあると思うので持ってきますね!」


「浄化液が毒消しにも使えるもなのか……」


 これぐらいは駆け出し錬金術師でも知ってる基礎的な知識だけれど、ヒビキさんは錬金術師がいなくて“ナノマシン”が何でもやってくれる世界の人なんだよね。けど、知っておくと便利だと思うよ! コカトリスの毒を浴びたときとかもこれをかければたちまち治るからね!


「あーっ! 浄化のポーションないー! それに第3種中和液も空になってるー!」


 ボクが倉庫を漁ると、そこにはレッドドラゴンの内臓が鎮座するのみで、肝心の浄化のポーションもなければ、その材料になる第3種中和液もなかった! なんてこったい!


「リーゼ君。何か足りないものがあるのか?」


「……必要なものがほとんどたりません……」


 ヒビキさんが心配そうに声をかけてくるのに、ボクがどんよりとそう返した。


「ならば、揃えに行こう。まずは何が必要なんだ?」


「ええっと。トキノカネ草とミドリムシの種はあるみたいなので、第3種中和液さえあればどうにかなります。というわけで、第3種中和液の材料になるヴァイキング草とアメノシズクの実、それから金色水晶の欠片があればいいです。それから蒸留酒も」


 治癒用混合液や各種中和液を作るのは一苦労だ。いろいろと材料が必要だし、錬金釜も適切な温度を保たなければならなし、材料の量を間違うと失敗するし。


 これまではエステル師匠の使っていたものを拝借してたんだけど、エステル師匠の顔にはこれはお前の仕事って書いてあるから自分で作るしかない!


「では、素材集めだな?」


「はい。付き合ってもらえますか?」


「もちろんだ」


 うう、ヒビキさんが頼もしすぎる。


「その材料は大体どの辺にあるんだ?」


「ヴァイキング草はうちの菜園で栽培してますからそれを使うとして、アメノシズクの実はラインハルトの山、金色水晶はエルンストの山の洞窟で採取できます。蒸留酒は冒険者ギルドの酒場で買えばいいですね」


「よし。ならば、出発しよう」


「はい! 準備してきますね!」


 ボクはお気に入りのバックと籠を準備するとヒビキさんと一緒にまずはラインハルトの山に向かっていった。


…………………


…………………


 ラインハルトの山。


 予想はしていたけれど、これまでレッドドラゴンに押さえつけられていた魔獣たちがうろうろしている。魔狼やゴブリン、それにコボルトなんかもこの森に溢れているのが窺える痕跡があちこちにあった。


 まあ、魔獣も馬鹿ではないので、人里に下りれば殺されるというのを学習している。このラインハルトの山は自然の恵みが豊かで、魔獣たちは増えすぎない限り、人里まで下りてくることはない。


 それでも山で山菜取りをする人たちにとっては脅威だ。そういう人たちは冒険者ギルドに魔獣を狩るように依頼するか──1件辺り3000マルクが妥当な料金──ボクたち錬金術師から魔獣除けポーションを購入する。


 今は魔獣除けポーションと低級の体力回復ポーションが飛びように売れている。魔獣様様というのも間違っているかと思うけれど、儲かっていることは確かなので喜ばしい報告としておこう。


 エステル師匠とは話し合ったけど、例のレッドドラゴンの素材から作ったポーションなんかは高く売れるので、お金のない村人たちに無理やり買ってもらうより、街に行った方がいいという話をしている。


 ボクの錬金術師としての腕前も上がってきたし、街の村の特産品を並べる店舗を作ってもらって、そこにヴァルトハウゼン村名物の上質なポーションとして、ボクの作ったポーションをい並べるのもありかもしれないな!


 夢が広がるー。広がっていくよー。


「リーゼ君。目的の素材は見つかっただろうか?」


「ええっと。まだもうちょっと奥に行った場所にあります。もうちょっと付き合ってください。すみません」


「謝ることはない。いくらでも付き合おう」


 ヒビキさんってば本当に紳士なんだから!


 けど、ヒビキさんも冒険者ギルドで稼いで行けるようになったらうちの家出ていっちゃうのかなー。それは悲しいなー……。


「そろそろ何ですけど……」


「リーゼ君。足音だ。大型の犬だと思われる。注意してくれ」


 ボクが頭上ばかりを見上げてアメノシズクの実を探していた時にヒビキさんが素早くそう告げてナイフを抜いた。


 不味い。ここら辺をテリトリーに定めた魔狼に捕まったか? テリトリー内だと魔獣除けポーションもそこまで威力を発揮しないのだ。まして使っているのは低級の魔獣除けポーションだし。


 ここはケチらずこの間手に入れた材料で作った上級魔獣除けポーションを持ってくるべきだっただろうか。それなら何とかなったかも。いや、魔狼たちはテリトリーに入った時点でボクたちを敵と認定しているはずだ。もはや魔獣除けポーションは意味をなさない。


「ちなみにどれくらいの数がいます?」


「3方向から迫っている。一方向当たり4、5頭。群れで狩りをするようだな」


 ってことは計12、15頭!? 殺されちゃうよ!


 い、いや、それでもヒビキさんなら、ヒビキさんなら何とかしてくれる!


「リーゼ君、手を貸す。木の上に隠れていたまえ」


「でもそれじゃヒビキさんが!」


「確かに犬は人間より狩りに優れた生き物だ。銃火器のない状態で相手にするのか些か辛い戦いになるだろう。それでもこのまま囲まれているわけにはいかない。迅速に始末して、例の中和液を作ろう」


 ヒビキさんはボクを軽々と持ち上げて、木の上に登らせるとナイフを構えた。


「オオオォォォッ!」


 そしてやってきた! 魔狼だ!


 魔狼は普通の犬より2周りは大きい。獰猛そうな顔をしており、爪も牙もどちらも鋭く研ぎ澄まされている。あれが集団で襲い掛かってきたら、流石のヒビキさんでもたまったものじゃないよ! ヒビキさんは鎧も盾も装備してないんだし!


「犬というのは厄介な生き物だ。俺の戦友も警備の犬に食い殺されたことがある。だが、勝てない相手ではない」


 ヒビキさんは驚くほど冷静に魔狼と向かい合う。


 魔狼はヒビキさんのその態度にためらいを覚えたのか、周辺を警戒している。


「さて、俺が殺せるかな?」


 ヒビキさんは余裕の表情で魔狼たちを眺める。


 すると左右から1匹、前方から1匹の魔狼が飛び出した!


 3方向からの攻撃! ヒビキさんは!


「甘い」


 ヒビキさんは左手の裏拳で飛び掛かってきた魔狼の首をへし折り、足で魔狼を上げ、最後に生き延びていた魔狼の首にナイフを突き立てて、屠り切った。


 ……全てが一瞬過ぎて、何が起きたのか分からなくなりそうなぐらいだった。


「全力でかかってこい。仲間の仇を取りたいだろう?」


 ヒビキさんが徴発するのに魔狼たちが一斉に動いた。


 総計10匹の魔狼の攻撃! ヒビキさんは果たして勝てるのか!?


 魔狼の雄叫びが響き、骨の折れる鈍い音が響き、魔狼の断末魔の悲鳴が聞こえる。


 全滅した。


 総計13匹の魔狼がヒビキさんひとりで全員倒れた。


 なんてこったい! ヒビキさんが常識外なのは分かってたけど、ここまでとは!


「す、凄いですね、ヒビキさん……」


「所詮は犬だ。犬の戦術の幅は大きくない。それがたとえ大きかろうとも。異世界の犬は変わった行動をとるかもしれないと恐れていたが、そんなことはなかったな」


 所詮は犬って……。魔狼13匹だよ?


 僕なんてこれよりずっと小型の犬にすら勝てる自信ないのにさ!


「ヒビキさんは本当に常識外なんですね……」


「君たちの常識がどのようなものを指すのかは疑問だが、俺の故郷とは違うようだな」


 ヒビキさんの故郷では魔狼の群れをひとりで退治するのが普通なの!?


「間違いがあるといけないから言っておくか、俺の世界でもこれだけの犬を相手にできるのは訓練された軍人だけだ。それから軍用義肢で強化され、サイバネティクス施術を受けたものたちだけだな。そこらへんになればほぼ俺と同じことができる」


「そうですよね! みんながヒビキさんみたいだったら大変ですよね!」


 国民みんながヒビキさんみたいな常識破りだったら、まともな治世は行えないよ!


「けど、ヒビキさん、噛まれてるじゃないですか! 治療しないと!」


「ああ。これは問題ない。あいつらの牙では軍用義肢の装甲は貫けていないから」


 ヒビキさんの傷跡を見たら傷などなかった。ただ皮膚が破れ、その下にある金属の色がにじみ出しているだけだ。


「……ヒビキさんって不死身ですか?」


「死ぬときは死ぬ。ここに来る際にも死にかけていたのだから」


 そういえばヒビキさんがこっちの世界に来た時の話をボクはまだ聞いてない。


「ヒビキさんって、この世界に来る前には何してんたんですか?」


「……人殺しだ。とにかく人を殺すことが俺の仕事だった。ここに来る際にも特殊な輸送機で人を殺しに向かっていた。それが撃墜されてここにいる。俺の手は真っ赤に染まっている。精神科医はナノマシンが仕事をしてくれているから大丈夫だというが、俺には本当に大丈夫なのかを疑問に感じているところだ」


 ヒビキさんの表情が暗くなる。あまりヒビキさんの過去について詮索するのは止めた方がいいのかもしれない。


「じゃあ、アメノシズクの実も採取できたことですし、次はエルンストの山の洞窟に向かいましょう! きっとそう時間がかからずに終わるはずですよ」


「ああ。向かうとしよう」


…………………

本日21時頃に次話を投稿予定です。

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