軍人さんと“大図書館”
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──軍人さんと“大図書館”
“大図書館”に挑むこと14日目。
現在、地下9階層に到達した。
地下に下りるまではなかなか苦労させられた。
魔獣こそそこまで出没しないのだが、階段が崩落していたりして行く手が遮られ、俺たちは登山家のようにロープで道を作って移動しなければならなかった。
「ふう。やっと9階層デスね」
「ああ。見るべきものは特になさそうだな」
地下5階層から9階層にかけては特にこれと言ったものは存在しなかった。
生きている電子機器もないし、書き残された書物もない。ただただ経年劣化と鍾乳石の浸食で破壊された電子機器が転がっているだけだ。
ミーナ君は全ての階層の地図を作り、それからそこにあった物品を記録している。壊れた電子機器もきちんと模写して記録している。彼女のダンジョンにかける情熱には驚かされてばかりだ。
「一応全室を見回っていくデスよ。準備はいいデスか?」
「準備万端だぜ、ミーナの姉ちゃん」
ミーナ君が尋ねるのにユーリ君たちが頷く。
「こちらもいつでもいける」
「さっさと行こうぜ」
俺たちは“チーム・アルファ”に加えて、“黒狼の遠吠え”と共に行動している。ダンジョンの中では何が起きるか分からず、警戒する人員がそれぐらい必要になるのだ。背後からミノタウロスに襲われたことなど1度や2度ではない。
「用心して行こう。何が起きるか分からない。各自、足元には用心してくれ」
ミノタウロスもミルコ君たちと一緒ならば敵ではない。
一番の脅威はダンジョンが足元から崩壊することだろう。ここはバンカーのように強靭な鉄筋コンクリートで構築された場所のようだが、時間というものに完全に勝利できているとは言い難い。
いくつかの廊下は崩壊していたし、階段も崩れていた。今もどこかが崩壊しているかもしれない。何せ俺たちは少なくとも300年以上ぶりにこのダンジョンに入った人間であることに加えて、冒険者たちが押し寄せるように殺到しているのだから。
「こっちも準備できましたよう!」
この深いダンジョンに潜る際に役に立つのが、レーズィ君のゴーレムだ。
レーズィ君のゴーレムは荷物運びを行っている。この地下9階層に潜るまでに消費する食料やポーションの類、そして装備の一部を輸送してくれるのがレーズィ君のゴーレムの役目である。
加えてレーズィ君のゴーレムは危険そうな部位を先行して歩かせることによって、安全性を確かめる炭鉱のカナリアの役割も果たしている。
「では、出発しようか。この階層を抜けたらいよいよ地下10階だ」
そして、俺たちは出発する。
「しかし、お宝とかないダンジョンだな。もっと何かあればいいのに」
「ほとんどの遺跡はこういうものデスよ。お宝の眠っているダンジョンの方が少ないデス。その代わりここには学術的価値があるデス!」
「学術的価値って何?」
「この遺跡そのものの構造。各階層に残された謎の機械。そして、いかにして古代文明がこの地に遺跡を築いたかを知る手がかりになるデス。何の目的があって、というのも最深部まで行けば明かされることでしょう」
「ふーん」
ミーナ君は熱く語るがユーリ君が興味を示して見せた様子はない。
まあ、確かにここまで潜ってきてお宝と呼べるものには遭遇していない。ひたすらに経年劣化した機械類が転がっていただけだ。お宝──金塊や宝石などが眠っているような様子はまるで窺えない。
それもそうだろう。ここはどう見てもバンカーだ。この頑丈すぎる鉄筋コンクリート構造と隔壁のような扉は、ここが爆撃されても生き残れるように努力したバンカーであることを窺わせている。
軍事目的か。あるいは別の目的か。
なんにせよここが銀行のバンカーだったという話が湧いて出るならともかく、このような無機質なバンカーにお宝など期待できまい。
「では、進もう」
俺たちは俺を先頭に、ミルコ君を最後尾にしてこのダンジョン“大図書館”を進む。
低い層に行くにつれて魔獣の数は少なくなっている。とは言っても皆無になったわけではない。時折、魔獣が襲撃をかけてくる。
ここまで地下深い場所で魔獣がどのようにその生態系を維持しているかは分からないが、魔獣には要警戒だ。ここまで来て被害を出したくはない。
そして、魔獣を確実に駆逐していくことも俺たちの仕事だ。
開拓局と冒険者ギルドが掲げている目標は“大図書館”を無力化することにあり、そのことによって崩れたシュトレッケンバッハの山の安定を取り戻そうというものだ。
ゲームと違って魔獣はダンジョンから勝手にあふれるわけではない。住み着いている魔獣を一匹残らず駆逐すれば、もうここは安全な過去の遺跡だ。
なので、獲物を狩りだすということも行わなければならない。もっとも俺たちだけで広大な“大図書館”内部の魔獣を全て狩りだすというのは不可能だ。
これは複数のパーティーが並行して行っている。俺たち以外にもこの“大図書館”では多くの冒険者が探索に臨んでおり、そういう冒険者たちが見かけた魔獣を駆除する。これより上の層でも冒険者たちが、“大図書館”から目ぼしい品を集めながら、残っている魔獣の駆除に励んでいる。
「おっと。早速歓迎委員会だ。レーズィ君、頼むぞ」
「お任せあれ!」
レーズィ君がいつものように青魔術で支援を行い、俺たちは戦闘に備える。
来た──。
前方からミノタウロスが4体。後方からもミノタウロスが2体。
この層にしては大歓迎だ。
「ミーナ君。頼む。ミルコ君、後ろの敵は任せた」
「任せるデース!」
俺たちは一気に戦闘に突入する。
ミーナ君が赤魔術で氷の槍を敵に叩き込み、串刺しになったミノタウロスが呻きながら突進してくる。
「やるぜっ!」
そこにユーリ君が弓矢を放って、ミノタウロスのうち1体を仕留めた。
「はああっ!」
そして、俺が前に出る。
コンバットナイフを手にし、ミノタウロスの頸動脈を狙って的確に一撃を叩き込む。ミノタウロスが鮮血を噴き上げながら地面に崩れ落ちるのに、俺は次の目標に向かう。
「<<活力低下>>!」
「<<氷柱槍>>!」
その隙にレーズィ君とミーナ君が更に魔術を放つ。
ミノタウロスの動きが鈍くなり、そこに氷の槍が突き刺さる。見た目ほどのダメージが与えられていないのは、氷の槍が傷口を完全にふさいでしまっているためだろう。これが貫いていくならば、もっと出血によるダメージが与えられるのだが。
とは言えど、相手は手負い。一気に仕留める。手負いの獣は何をするか分からない。
「ユーリ君! 一気に畳むぞ!」
「了解だ、ヒビキの兄ちゃん!」
俺はユーリ君の射線の邪魔にならないように動き、生き残っているミノタウロスの1体に回し蹴りを叩き込む。ゴキリと首の骨が折れ、更に頭蓋骨が砕ける音が鳴り響き、ミノタウロスは痙攣しながら地面に崩れ落ちていく。
「ていっ!」
ユーリ君も放った矢をミノタウロスの眼球に突き立て、ミノタウロスがもがき苦しみながら地面に倒れる。俺は念のためにそいつの頭に蹴りを入れて、首の骨を折っておいた。これで確実だ。
「ミルコ君! そっちはどうだ!」
「片付きました!」
俺たちが前方のミノタウロスを排除していたとき、ミルコ君の側からそう返事が返ってきた。向こうのミノタウロスも全滅したようだ。
さて、先に進もう。
俺たちは再び“大図書館”の内部を慎重に進む。
「あー……。これは……」
「階段が崩落してるデスね……」
階段が上層部の構造の崩壊を受けて塞がれていた。
「レーズィ君。この“大図書館”は地下10階層以上のダンジョンなのだろう? ここから下に行く手段はあるのか?」
「ええっと。そこの階段は前から潰れてたと思いますので、他に方法はあると思いますよう。あの時はどうやったんだっけな……」
レーズィ君が思い出すまでの間、俺たちは周囲を探索する。
やはり壊れた機械類が散らばっている以外に目ぼしいものはない。機械類は鍾乳石に侵食されて、歴史の一部とかしている。俺たちが住んでいた地球も突然人類がいなくなれば、同じような光景となるのだろう。
そうか。ここはまるで人類絶滅後の世界のように見えるのか。
「ヒビキさん? 面白いものでもありました?」
「いや。ここを作った文明について考えていただけだ」
不気味なほど静かで、不気味なほど死に絶えている。
人類滅亡後の世界。それがこの遺跡にありありと刻まれている。
「あっ! 思い出しましたよう!」
そこでレーズィ君が声を上げた。
「レーズィ君、下に下りる方法とは?」
「こっちですよう、こっち」
レーズィ君は既に魔獣が全滅したと判断されたこの階層を先頭を進んで、ある扉の前に立った。
「ここから下に下りられるんですよう!」
「ここは……」
鍾乳石の浸食が激しくよく見えない状態になっているが、ここにあるふたつのボタンと上部にある電光掲示板はこれがエレベーターである可能性を示唆していた。
俺は試しにボタンを押してみるが、何も起きない。それもそうか。
「ヒビキさん! 迂闊にボタンを押したらダメデスよ! 何が起きるか分からないんデスからねっ!」
「すまない。だが、この構造物についてはちょっとした知識があってな」
俺はそう告げるとコンバットナイフを扉の間に挟み入れ、ある程度開くと、そこに指を捻じ込んで一気に扉を開いた。
扉の先はがらんどうの空洞が広がっている。
エレベーターらしきものはここから3階層ほど下の部分で止まっており、パラパラと崩れ落ちた鍾乳石の欠片がエレベーターの天井に降りかかった。
「これを下りるには準備が必要そうだ。ユーリ君、ロープを頼む」
「あいよ、ヒビキの兄ちゃん」
俺はロープを今の階層にしっかりと固定すると、そのロープを伝って地下に下りていった。途中の階層の状況も気になるが、今は一気に最下層まで到達するチャンスだ。一気にエレベーターの天井まで下りる。
そして、エレベーターのメンテナンスハッチを開くと、そこからエレベーターの中に潜り込んだ。
「何かいるな……」
エレベーターの中に入った俺は何か奇妙な生き物の鳴き声を感じ取った。
「レーズィ君! そこから俺に青魔術はかけられるだろうか!?」
「かけられますよう!」
「ならば、頼む! 先行して脅威を排除する!」
謎の生き物はエレベーターの傍にいる。パーティーメンバー全員が狭いエレベーターの中から外に出ていくのは命取りだ。纏めて屠られる可能性がある。
ここは俺が先行し、脅威を排除したらレーズィ君たちを呼ぶべきだ。
「開けゴマ」
俺はそう告げて、エレベーターの扉を掴んで、大きく広げると、一気にエレベーターの外に飛び出した。
「オオオオォォォォ……!」
そこにいたのは3つ首の犬の頭を持った魔獣だった。
この手のことには疎い俺でも知っている。ケルベロスという奴だ。
「ここから先は冥界なのか、番犬君」
「オオオォォォッ!」
さて、答えてくれるはずもない。
実力で排除するのみだ。
だが、俺がケルベロスに向けて突撃しようとした時、突如としてケルベロスの前面に魔法陣が浮かび上がった。そして、そこから大量の炎の渦が吐き出される。
俺は両手で身を庇い、瞬時に飛びのく。
ケルベロスは魔術を使うのか。冒険者ギルドの図鑑には載っていなかったから知らなかった。これからは用心して事に当たらなければならないな。
「とは言えど──」
俺はケルベロスの魔術を回避すると、遮蔽物からケルベロスの様子を窺う。
ケルベロスは6つの瞳で周囲を油断なく探っている。位置的に見て、あそこは他から回り込める場所にない。壁を破って突入しようにもバンカーのように分厚いこの“大図書館”の壁が簡単に破れるとは思えなかった。
ならば、正面から相手するしかない。
ナノマシンが全身をホットにし、俺は身をかがめてコンバットナイフを握り締める。
3、2、1。
「はあ──っ!」
俺は物陰から飛び出し、ケルベロスの前面に出る。
「オオォォッ!」
ケルベロスは再び雄叫びを上げて魔術攻撃をこちらに叩き込もうとする。
だが、そうはいかない。
魔術攻撃は魔法陣が浮かんでから放たれるまでにラグがある。俺は魔法陣を突破し、そのままの勢いでケルベロスに襲い掛かる。ケルベロスの真ん中の頭に踵を叩きつけて、その頭蓋骨を砕き切り、その衝撃に揺さぶられたケルベロスの別の首の喉にナイフを突き立てる。
「オオオオォォォォ……ッ!」
ケルベロスの残った最後の頭は唸り声を発すると、再び魔術攻撃を放とうとする。
だが、それよりも俺の方が遥かに速い。
俺は残ったひとつの頭に下から膝を叩き込んで頭蓋骨を砕くと、上から拳を叩き下ろして頭蓋骨を完全に粉砕した。
ケルベロスの唸り声も、魔法陣も消えてなくなり、この最下層と思しき場所は静かになった。もはや、物音ひとつしない。
「レーズィ君。安全を確保した。下りてきてくれ」
「了解ですよう!」
そして、レーズィ君たちがひとりひとり、この最下層に降り立ってくる。
「って、ケルベロス!? ヒビキの兄ちゃん、ケルベロスをひとりで倒したのか!?」
「レーズィ君の青魔術による支援は受けていた。ひとりではない」
「でも、戦ったのはヒビキの兄ちゃんひとりだけだろ。すげー……」
ユーリ君は倒されたケルベロスの死体を眺めて感嘆の声を漏らす。
「ケルベロスがいるダンジョンということは期待できそうデスね。ついでにケルベロスの素材を剥いでおくデス。ケルベロスの内臓は上級ポーションの材料になるそうですから。確か体力回復や疾病治療のポーションに」
そう告げてミーナ君は手慣れた様子でケルベロスのナイフでさばくと、レーズィ君のゴーレムにポンポンと冷凍した内臓を手渡していく。かさばる荷物もレーズィ君のゴーレムがあれば問題なく運べるのは嬉しいところだ。
「では、恐らくここが最下層だ。この先に何があるか。見定めるとしよう」
俺たちはそう告げて分厚い隔壁のような扉の前に立った。
“大図書館”の正体が暴かれようとしている。
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