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軍人さんとダンジョンの名前

…………………


 ──軍人さんとダンジョンの名前



 地下2階。


 地下2階も光源がところどころに設置されている。


 だが、まだ探索は十分ではないのかルートは記されていない。


「魔獣がいるな。冒険者が交戦中なのか金属音がする。叫ぶ声も聞こえる。魔獣は恐らくミノタウロスだ。どうする?」


「下手に手を出しても他の冒険者に迷惑なだけデス。ここは彼らに任せましょう。彼らとてダンジョンに挑むからにはミノタウロスと戦えるだけの力量はあるはずデスよ」


 俺の耳には冒険者たちの雄叫びとミノタウロスの叫び声、そして激しい金属音が聞こえていた。明らかに先に潜った冒険者たちがミノタウロスと交戦している。


 だが、確かにここでいらぬお節介を焼いても、迷惑なだけだろう。ダンジョンの廊下はそこまで広くなく、戦闘に投入できる人間は限られる。そんな状況で俺たちがしゃしゃりでるのは邪魔なだけだ。相手の冒険者の連携を崩すことにもつながりかねない。


「さて、この階層には名前を記したものはあるだろうか」


 俺たちはこのダンジョンの内部を探り始める。


 何か違和感を感じていたのだが、その意味がやや分かって来た。


 このダンジョンは作りが実に現代的なのだ。


 構造はバンカーに似ている。分厚いコンクリートの壁と軍艦の隔壁のような鋼鉄の扉。それらは明らかに現代的なバンカーの作りだ。


 そして、換気のために設置されている空調システムも現代的なつくりだ。天井にファンが設置され、そこから空気が換気され、新鮮な空気が送り込まれている。ビルの地下施設などにある空調システムと同じだ。


 そして、遺跡の中に散らばっているもの。


 それは機械類のように見えた。それも電子機器だ。


 この世界に来てから1年が経とうとしているが、この世界の住民が電子機器を使用しているような光景を見たことはない。


 このダンジョンを作った古代文明というのは、明らかに現在のこの世界の文明よりも進んでいたようだ。それがどういうことなのかは俺には分かりかねるが。


 何かしらの理由があって、前の文明が滅びた?


 地球でもよくあった与太話だが、こうして証拠が示されると考えざるを得ない。


「退却だ! 退却!」


 俺たちがダンジョンの部屋の中を探索していたときに外から声が響いてきた。


 冒険者たちの足音、そしてミノタウロスの足音がこちらに近づいてくる。


「どうやら先ほどの冒険者たちはミノタウロスを相手にしきれなかったらしい」


「じゃあ、俺たちがやるしかねーな」


 俺がナイフを抜いて構えるのに、ユーリ君が弓に矢を番える。


「あ、あんたら! ミノタウロスだ! 逃げた方がいいぞ!」


 案の定、ダンジョンの廊下をかけてきたのは負傷した冒険者たちだった。


 満身創痍という具合で、負傷者を抱えてこちらに走ってくる。


「ここは任せて、君たちは外に脱出して手当てを」


「すまない! 恩に着る!」


 俺たちはその冒険者パーティーと入れ替わるようにダンジョンの廊下に立つ。


「モオオォォッ!」


 やがて、大きな足音を響かせて牛頭の怪物が姿を見せた。数は3体。


「やるぞ、レーズィ君」


「はい! <<速度低下>>! <<速度上昇>>!」


 レーズィ君がすかさず青魔術で支援を実行する。


 敵の速度がガクリと低下し、こちらの速度が上昇する。


「ミーナ君、ユーリ君。牽制を」


「任せろ、ヒビキの兄ちゃん!」


 続けてミーナ君とユーリ君がミノタウロスを抑え込む。


「<<氷柱槍>>!」


「くたばれっ!」


 ミーナ君がこの閉所でも被害の少ない氷による赤魔術を放ち、ユーリ君が矢をミノタウロスの顔面めがけて叩き込む。


「モオオォォッ!」


 ミノタウロスが腹部を氷に貫かれ、ミノタウロスが顔面を射抜かれてもだえる。


「残りは片付ける」


 俺はコンバットナイフを構えて、ミノタウロスの群れに向けて飛び掛かる。


 腹を氷で貫かれたミノタウロスの首を引き裂き、顔面を射抜かれたミノタウロスに蹴りを叩き込む。ミノタウロスの1体は鮮血を噴き上げて倒れ、もう一方のミノタウロスは首の骨をへし折られて地面に崩れ落ちる。


「ラスト1体」


 最後の1体はダンジョンの廊下の奥にいた。


 このダンジョンではミノタウロスが横に2体広がるのが限度だ。それ以上の魔獣はとてもではないが展開できそうにない。


 だが、それはこちらとて同じこと。


 弓を振り回したりなどと適切な陣形の間隔を維持するのであれば、横に2名が限界である。それ以上は展開できない。俺としても俺の隣に1名いるだけで、行動の幅が狭まってしまうので、あまり望ましくはないところだ。


 無論、銃火器があればもっと陣形の間隔を詰められるだろう。だが、それが望めない以上は自分たちの力でどうにかするしかない。


「モオオオオォォォォッ!」


 最後の1体が突っ込んでくるのに、俺も突撃する。


「ふん」


 最後のミノタウロスの顎に俺が拳を叩き込む。ミノタウロスがよろめき、その隙を突いて俺はコンバットナイフの一撃をミノタウロスの喉に突き刺す。ミノタウロスの心臓や腎臓、肝臓などの致命傷となる部位は分厚い脂肪と筋肉に包まれていて、コンバットナイフで届かない恐れがある。よって、狙うならば傷が浅くても致命傷になる喉だ。


 そう俺は学習している。


 実際にミノタウロスの体を解剖してみたが、角度によってはコンバットナイフの刃が重要な器官に到達しないことが分かっている。己の肉体がそのまま盾になっているとは、驚くべきことだ。


 それでも喉を走る頸動脈だけは薄い筋肉に防護されただけだ。喉を狙えば確実に仕留めることができる。


「モオオォォ……」


 ミノタウロスは首元から鮮血を噴き上げると、地面に崩れ落ちていった。


「なんとか片付いたな」


「ええ。片付いたみたいですよう」


 この狭い廊下においてはよくやった方だ。俺は軍用義肢の優位があるものの、普通の冒険者がこれに遭遇したらそれなり以上に苦労するだろう。


「流石はヒビキさんデス! 私が見込んだだけはありました! 鉄壁の前衛! まさに私が欲しかったものデース!」


 ミーナ君も勝利を祝っている。


「けど、この死体どうするんだ?」


「適当な部屋に詰め込んで焼却デス。残しておくと病原菌の温床にもなりますし、魔獣を呼び寄せることにもなりかねません。さっきの何もなかった部屋に閉じ込めて、燃やしてしまいましょう。その前に換金できそうな部位ははぎ取ってっと」


 ミーナ君は手慣れた様子でミノタウロスを解体していく。白熱病治癒ポーションの材料になるミノタウロスの肝臓や角などをテキパキと剥ぎ取り、持ってきた鞄に詰め込んでいく。鮮度を保つための冷凍の魔術をかけることも忘れてはいない。


「しかし、それを地上に運ぶのは難しくないか」


「大丈夫デスよ。今は少しでもお金が欲しいので頑張るデス」


 角も冷凍した肝臓も鞄からはみ出しているが大丈夫なのだろうか。


「それよりも地下に進みましょう、もっと地下に! これは世紀の大発見の臭いがしますよ!」


「うむ。そうするとしよう」


 今回はダンジョンの名前を決めるためだけで、そこまで深くに潜るつもりはないのだが。まあ、3階層まで潜れば十分か。


「こちらに階段がある。探索の終わっていない部屋はないだろうか?」


「全て探索済みですよう。ミーナさんがマップを作っていますから一目でわかります」


 俺たちがダンジョンの中をうろうろとするのに、ミーナ君はしっかりとマップを作成していた。ダンジョン探索経験者なだけあって頼もしい限りだ。


「では、地下に潜ろう。次の階層辺りでこのダンジョンのかつての痕跡が見つからなければ、名前は適当に考えるしかないな」


「見つかるといいいですけど……」


 流石にさっきのようにミノタウロスが狭い廊下で出没するような状況で、この4名だけで奥まで探索するのは無謀だ。背後から攻撃を受けたら、レーズィ君たちが危険に晒される。やはりミーナ君が言うように4+4の8名編成のパーティーで挑むべきだろう。


 そして、俺たちは地下3階層に潜る。


 やはり空気がよどんでいない。きちんと換気されている。加えて、水が溜まっているということもないあたり排水も行われているようだ。


 このダンジョンを動かしている動力部はどこなのか。


 そして、何者がこの遺跡を残したのか。


 疑問は多いが、今の俺たちにはそれを解決する術を持たない。


 いずれ地下最下層まで探索すれば分かることなのかもしれないが。


「ここが地下3階だ。ここに名前の手がかりになるものがあればいいが」


「そうデスね。これ以上潜るのは危険デス」


 俺が告げるのにミーナ君が頷く。


「なあ、具体的には何を探せばいいんだ? さっきからいろいろと落ちてるけどさ」


「古代文字で書かれたものを見つけてくれればいいデス。古代文字は分かります?」


「わけわかんない字のことだろ。それぐらいは知ってる」


 とはいうものの、俺には古代文字が分からない。読めない文字が古代文字ということでいいのだろうか。謎だ。


「とりあえず纏まって探そう。地下2階にミノタウロスが残っていたということは、まだこの地下3階に到達した冒険者は少ないはずだ。どんな危険が待ち受けているか分からない。魔獣にしろ、他の何にしろ、脅威には纏まって当たろう」


「了解ですよう」


 この階層には光源もない。流石のダンジョンでも親切に灯りをともしておいてくれるようなことはしてくれなかったようだ。


 俺たちは俺が光源となる松明を持ち、その後ろからレーズィ君たちが続く。


 俺が一番明るい場所にいることに加えて、俺の視覚はナノマシンが補正をかけて、暗闇の中でも比較的明るく見えるようになっている。俺が用心して進まなければ、レーズィ君たちが俺のミスの巻き添えになる。


 慎重に、慎重に。


 崩落の可能性も考えて、俺はゆっくりと歩みを進める。


「ミーナ君。マップはできているか?」


「作ってますよ」


「上の階層と比べてこの階層は狭そうか?」


「いえ。同じくらいデスね」


 ふむ。地下に進むにつれて狭くなるのではないかと期待したのだが。


「あっ! ありましたよう! 古代文字の看板です!」


「ええっ!? さ、早速判読しますから、プリーズ!」


 レーズィ君が声を上げるのに、ミーナ君が食い付いた。


「どれどれ。何かの看板のようデスね。書いてある文章は“大図書館予備なんかと室”と。ここは図書館だったのでしょうか?」


「図書館って本が置いてある場所だろ? 今来たところに本なんか落ちてなかったぜ」


「そうデスね。もっと地下深くに潜るとまさか大量の古代の書物が……!?」


 ミーナ君たちはわいわいと看板を見て騒いでいる。


「つまりここの名称は大図書館でいいのだろうか?」


「そうですねえ! それでいいかと思いますよう!」


「いや。レーズィ君、君が決めることだぞ?」


 俺が告げるのにレーズィ君が元気よく頷く。


「では、この“大図書館”の攻略を目指して頑張っていきましょう! この“大図書館”の奥底に眠るのは一体何なのか。突き止めようではありませんか!」


「わー!」


 ミーナ君とレーズィ君が盛り上がり、わいわいと騒ぐ。


「では、本日の探索はここまでだな。クリスタに早速報告しに向かおう」


「そうしましょう」


 そんなことでこのダンジョンの名称は“大図書館”で決定した。


 “大図書館”に挑むためにヴァルトハウゼン村を訪れる冒険者は多く、テント村も規模が大きくなりつつある。テント村ではあんまりなので、宿を拡大しようという動きもあるそうだが……。


 しかし、“大図書館”の奥には一体何が存在するのだろうか。


 それが分かった時、重要な何かが……。


…………………

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