軍人さんとダンジョン
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──軍人さんとダンジョン
ついに開拓局からダンジョンの存在が発表された。
反応は大きい。
冒険者たちは大慌てでダンジョン探索の準備に走り、冒険者ギルドの掲示板にも無制限クエストとしてシュトレッケンバッハの山のダンジョン制圧が貼りだされた。
この情報はすぐさま他の街や村にいる冒険者たちにも響いたらしく、冒険者たちが飛行船や馬車で次々とヴァルトハウゼン村を訪れる。
オスヴァルト氏が危惧していたように、この急激な人口増加に対処するには街道が不可欠だっただろうし、また自警団の増強も必要だっただろう。今はどちらも揃っているのでヴァルトハウゼン村は安心して冒険者たちを受け入れられる。
さて、そんな状況で頭を悩ませているのがレーズィ君だ。
「ダンジョンの名前、ですかー……」
「ええ。ダンジョンの最初の発見者であるあなたがダンジョンの名前を決めてください、レーズィさん」
レーズィ君はダンジョンの最初の発見者だ。これまでシュトレッケンバッハの山にダンジョンがあるなど誰も知らなかった。レーズィ君が初めてあそこにダンジョンがあるのを──300年前に──発見し、そして俺たちがダンジョンを認識するに至る。
「ダンジョンの名前……。ダンジョンの名前……。例えばどのような名前がこれまでのダンジョンには付けらているんです?」
「“未知なる奈落”や“暗闇のゆりかご”、“過去の爪痕”などです」
「う、うーん。そんな大げさな名前は付けたくないんですが……」
レーズィ君はクリスタの前に悩みに悩んでいる。
「これは一種の命名権だろう。レーズィ君の利益になるような名前にしてはどうだ?」
「し、しかし、これは過去の遺産ですからねえ。私が作ったわけではありませんし……。一度ダンジョンを探索してみて、それから決めるのはダメですか? どこかにあのダンジョンの本当の名前が残されているかもしれませんから」
俺が提案するも、レーズィ君は首を横に振り、クリスタにそう尋ねる。
「構いません。冒険者ギルドとしても正確な名前が把握できている方が望ましいですから。一度、ダンジョンにいかれて、それから命名されるというケースでも結構です。命名は急がなければならないものではありません」
「よかったですよう。それじゃあ、ダンジョンを探索してきますねえ」
クリスタが告げるのにレーズィ君が安堵の息を漏らす。
「では、ヒビキさん。ちょっとダンジョンを探索してきましょう!」
「ああ。ユーリ君とミーナ君にも声をかけてくる」
レーズィ君が意気揚々と告げるのに俺がそう返して、冒険者ギルドに併設された酒場を覗き込む。そこではユーリ君とミーナ君が朝食をとっていた。丸々した目玉焼きとベーコンをパンの上に乗せた簡単な食事だ。
「ユーリ君、ミーナ君。レーズィ君がダンジョンに名前を付けるために一度ダンジョンを探索したいと言っている。構わないだろうか?」
「ついに遺跡に潜るんデスね! 待ってました!」
俺が告げるのにミーナ君が興奮気味に立ち上がった。
「俺はいいけど、ダンジョンの探索って8名でやるんじゃなかったっけ?」
「軽く探索するだけですから。どこかにダンジョンの名前を記したものがあれば、それを見つけることになります。潜っても3階層ぐらいまでで」
「ふうん。俺もダンジョンに興味あるし、行くなら行こうぜ」
ユーリ君もパンを食べ終えて牛乳を飲み干すと立ち上がる。
「では、行くとしようか。もう既に冒険者たちは潜り始めている。内部が荒らされていないといいが」
「そうデスね。急がないと根こそぎ持って行かれてしまうデスよ」
こうして俺たちはレーズィ君がダンジョンに名前を付けるためにダンジョンに潜ることになった。潜ると言っても本格的な探索ではなく、3階層程度までの軽い探索だが。
しかし、あれだけ高度な換気、排水システムを備えた遺跡とは。この世界の過去の文明とは一体どのようなものだったのだろうか。
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シュトレッケンバッハの山のダンジョン。
ダンジョンの入り口付近にはテントがいくつも並んでいる。まるで難民キャンプのようで異様な光景だ。
このテントの主はダンジョン探索に訪れた冒険者たちだ。
ヴァルトハウゼン村には宿屋が少なく、押し寄せてきた全ての冒険者を収容できないためにテント暮らしを強いられるものたちが出てきているとは聞いていた。だが、いくらなんでもこんな山の中にテントを張って生活しなくてもいいと思うのだが。
「ふむふむ。本格的な遺跡探索者たちがやってきているようデスね。テントを遺跡の前に張ってまで探索に開け暮れるとはなかなかの強者たち。これは私たちも油断してられないデスよ! 急いで本格的な遺跡探索の準備をしなければ!」
テントの並ぶ光景を見て、ミーナ君がそのように意気込む。
「ダンジョン探索に必要なものとはどのようなものなんだ?」
「頑丈なロープ、ピッケル、防毒マスク、爆裂ポーションその他もろもろデス。遺跡の中はどのような環境になっているか分からないデスから、どんな状況にも対応できるように準備しておかなくてはならないデスよ」
「ふむ。洞窟探索に似ているな」
軍の仕事で一度洞窟内部のゲリラを掃討する任務を行ったことがあるが、そのときもミーナ君が告げたような道具を準備させられた。もっとも、ほとんどの装備は使われることはなく、俺たちは銃火器と爆薬だけで仕事を済ませたのだが。
「既に多くの冒険者たちがダンジョンに潜っているようだ。俺たちもいくとしよう」
「おー!」
今日のミーナ君はとてもテンションが高い。
「さて、目当てのものはこのダンジョンの名前が書かれたものなのだが……。古代の文字というものは読めるのか、ミーナ君?」
「ふふん。お任せください。こう見えても既に10以上の遺跡を探索した経験があり、論文も15本書いている私デス。古代文字の解読くらいはお手のものデスよ」
「それは心強い」
味方に経験者がいるというのは本当に頼れる話だ。
「ささ、入り口で喋っていても仕方ないデス。入り口付近は概ね自然環境の影響で劣化して、原型をとどめていないですから。探すなら内部デス」
「行こうぜ、ヒビキの兄ちゃん!」
ミーナ君がそう告げるのに、ユーリ君がダンジョンに踏み出す。
「ここは俺が戦闘に立とう。ミーナ君は俺の後ろでアドバイスを頼む。レーズィ君はユーリ君と一緒に後方から支援してくれ」
「分かりましたよう!」
戦闘陣形を決定したらいよいよダンジョンの探索だ。
ダンジョンは既に当初の薄気味悪い雰囲気はなくなり、冒険者たちが設置しただろうランプなどの光源で照らし出されていた。1階にあったレーズィ君の研究室も漁られたようで、人の足跡がいくつも刻み込まれている。
「1階はレーズィ君が見て回ったんだったな。何かその時見かけなかったか?」
「うーん。そういうものはなかったですねえ。ただのダンジョンでした」
「そうか」
普通、建物に名前を記すならば1階などの最初に入る場所に記すと思うのだが、そうでないとするとどこに名前が記されているのだろうか。
「1階はもう冒険者たちが探し回ったみたいデスね。2階層に行ってみましょう」
「階段はこっちと記されているな」
ダンジョンの廊下には後から来る冒険者のためか、ダンジョンの見取り図が記されていた。階段へのルートも、出口へのルートも記されている。
俺たちはそのルートに従って地下に下りる。
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