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錬金術師さんと山登り

…………………


 ──錬金術師さんと山登り



 ボクたちはエルンストの山の登山道にやってきた。


 エルンストの山には職人さんたちが精を出して、立派な登山道ができている。


 ハティさんに配慮して環境への影響は最小限に収めたそうだけど、手すりもついているし、階段もできてるし。いつもの山登りよりも登りやすくて、すいすい登れるよ。


「つ、疲れましたわ……」


「…………」


 なのだが、クリスティーネさんは早々に音を上げている。フィーネさんの方も心なしか疲労の色が窺える。ふたりとも普段から運動してないな?


「クリスティーネ君はどうして山登りに?」


「お父様が言い出したんですの」


 ヒビキさんが尋ねるのに、クリスティーネさんがクラウスさんに視線を向ける。


「クリスティーネは慢性の肺病なんだ。ポーションでもよくならなくてね。医者にも何度も見てもらったのだが、治療方法は今のところないと言われてね。その医者たちが言うには、ある程度の運動をして、空気のいい場所で過ごせば多少は改善すると。なので、ここが観光地として宣伝されるようになったので連れてきたのだ」


「なるほど。慢性の肺病ですか……」


 慢性の肺病は大変だよ。ポーションもちっとも効果がないの。普通の肺病と違って他の人に感染することはないんだけど、酷い時は咳が止まらなくなるし、肺から血が出ることもあるって。そういうのを止めるポーションはあるんだけど、慢性の肺病そのものを治癒するポーションはないのだ。


「喘息のようなものだろうか」


 ぜんそくってなに?


「ですが、それならばちょうどよかったですね。ここは空気が非常に綺麗ですよ。空気を汚染するようなものがないからですね」


「ええ。私たちも北部の街や帝都と違ってとても空気が澄んでいるのに驚いています。帝都などは空気が汚くて、健康なものでも息が詰まりますからな」


 分かる。分かるよ。帝都の空気は汚いのだ。鍛冶場から出る煙や下水の臭いが酷くて、とてもではないけれど肺にいいとは思えない。


「しかし、お医者様は適度な運動と言われたのですよ、お父様。これは重労働ですわ」


「これぐらいは大丈夫だろう」


 そうだよ。ボクたちなんていつも獣道を歩いているのに。


「それより、ヒビキ様。レッドドラゴンのお話や他の冒険のお話をお聞かせください。ヒビキ様は異国の地からひとりでやってこられたさすらいの冒険者なのでしょう?」


「いや。自分は確かに異国の人間なのですが、冒険者ではなく軍人だったのです」


「軍におられたのですか? では、騎士であられたと?」


「士官ではありましたが、騎士ではないですね」


 クリスティーネさんがヒビキさんを質問攻めにしている。


「では、どうしてこの村に?」


「俺は迷い人というもので、別の世界から来たようなのです。この世界の本来の住民ではないのですよ。たまたま流れ着いたのがこの村で、随分とお世話になったので、恩返しをと思ってこの村に暮らしているところです」


「迷い人! ヒビキ様の世界はどのような世界でしたの? 何か、この世界とは異なるものはありますの?」


「いろいろと違うことはありますね」


 クリスティーネさんはよく喋るなー。喋っている間はとても元気そうだ。


「馬車ではなく車で移動したり、飛行船ではなく飛行機で移動したり、手紙ではなく電子メールでやり取りをしたり。この世界とは全く異なっていますよ」


「ちなみに、ヒビキ様の世界では慢性の肺病はどのようにして治療を? いえ、ヒビキさんの世界では慢性の肺病は治療できるのですか?」


「ナノマシンを体内に流し込んで治療しますね。自分も体内にナノマシンを入れていて、戦闘の際にはそのようなものの補助を受けています。視力を強化したり、聴覚を強化したり、戦闘において適切なコンディションを保ったりなど」


「なのましん……。夢のようなものですわね……」


 ヒビキさんの世界はボクたちと異なるというより、ボクたちより遥かに進んでるみたいなんだよな。ヒビキさんの話にはとても現実とは思えないような道具が出てくるし、ヒビキさん自身も本来の手足より遥かに強靭な義肢を持ってるし。


「レッドドラゴンもそのナノマシンの力で?」


「ええ。補助は受けていましたよ」


「ナノマシンとはレッドドラゴンすら殺せるのですね……」


 クリスティーネさんがヒビキさんの話に納得する。


「ヒビキさん、ヒビキさん。レッドドラゴンを倒したのはナノマシンじゃなくて、義肢じゃなかったですか?」


「確かにナノマシンはあくまで補助。レッドドラゴンを屠ったのはこの義肢です」


 ボクが横から告げるのに、ヒビキさんが頷く。


「義肢ですか? これが? 本物の手に見えますけれど……」


「叩いてみれば分かりますよ」


「では、失礼して」


 ヒビキさんが腕を差し出すのに、クリスティーネさんが腕を叩く。


 そして、コンコンと金属の音が響いた。


「まあ! 本当に義肢なのですね……。こんな精巧な義肢は初めて見ましたわ」


 そう告げてクリスティーネさんはぺたぺたとヒビキさんの腕を触る。


「……あまりそういうことをしては失礼だと思います……」


 ここでフィーネさんがクリスティーネさんを睨むようにして見つめ、ヒビキさんの腕を横から引っ張った。


「これは私としたことが失礼しましたわ。それでレッドドラゴンの討伐の話ですが、フィーネ嬢は関わっておられないのですね?」


「……関わってます……」


 あーっ! フィーネさんがさりげなく嘘ついてるー!


「違いますよ! ラインハルトの山のレッドドラゴンを討伐したときにヒビキさんに守ってもらったのはボクですよ! フィーネさんはそのときはまだヒビキさんのことを全く知らなかったはずです!」


「あなたは? さりげなくついて来ましたけれど、何者ですの?」


「ボクはアンネリーゼ。ヒビキさんと一緒に暮らしている錬金術師です」


 クリスティーネさんが尋ねるのにボクが胸を張って応える。


「錬金術師? 錬金術師がどうしてレッドドラゴンに襲われるんですの?」


「錬金術の素材を集めていたら襲われたんですよ。ねえ、ヒビキさん?」


 クリスティーネさんが疑いの目でボクを見てくる。


「そうです。リーゼ君が襲われていたのが薬草採取の最中だったそうです。そこをたまたま俺が通りかかったので、レッドドラゴンを倒すことになったのですよ」


「ふうむ。演劇とは内容が違いますわね……」


 クリスティーネさんはあまり納得してなさそうに頬を抑えた。


「ところで、そのレッドドラゴンは実際にはどのようにして倒されましたの? 演劇では大剣を振るってレッドドラゴンの首を切り落としていましたけれど!」


「そのような派手なことはしていませんよ。このコンバットナイフでレッドドラゴンの目を潰し、それから蹴りを叩き込んでやっただけです」


「蹴りで!? ま、まるで神話の神々のような話ですわ……」


 驚くよね。現実に目の前で見たボクが一番驚いたもん。


「それで、それで、他にはどのような冒険を?」


「……ヒビキさん……。……私とお喋りしてください……」


 ぐいぐいと身を乗り出すクリスティーネさんにフィーネさんが横から乱入。


「な、なんですの。私が今ヒビキ様と話しているのですけれど!」


「……ヒビキさんは私の騎士候補です……。……その証拠にヒビキさんは私が渡したミスリルのナイフを持っています……」


 フィーネさんの乱入に文句をいうクリスティーネさんに対して、フィーネさんはそう告げてヒビキさんの腰に下げているミスリルのナイフを指さした。


「ミ、ミスリルのナイフくらいでしたら私だってプレゼントできますわ! それにヒビキさんは騎士ではなく、他国の軍人だそうではないですか!」


「……いずれは私の騎士になるのです……」


 うーっとクリスティーネさんとフィーネさんが睨み合っている……。


「ま、まあ、おふたりともそこら辺で。これからはおふたりと話しますので」


 ヒビキさんは苦労してるよ。


「でしたら、レッドドラゴン討伐後の話を!」


「……私は冬場にミノタウロスを討伐したときの話が聞きたいです……。……病にかかった私のために危険な冬の山に入ってミノタウロスの角と肝臓を取ってきてくださったんですから……」


 クリスティーネさんもフィーネさんもぐいぐいいくな。ヒビキさんってば人気者。


「では、まずはクリスティーネさんの話を──」


 それからヒビキさんとクリスティーネさんたちはのんびりと話をしながらエルンストの山を登った。


 クリスティーネさんは新生竜7体討伐の話で大興奮。どこまでも詳細を聞きたがった。


 フィーネさんは冬に行われた白熱病治癒ポーション作りのためのミノタウロス討伐の話を聞いて、何度もヒビキさんにお礼を言っていた。あの時はボクも助けてもらったからヒビキさんには感謝しかない。


「これぐらいですがどうでしょうか」


「もっと話を聞かせてください! 他にも冒険なさっているのでしょう?」


「ええ。していますが、そこまで目立った活躍は……」


「そんなことは──」


 ヒビキさんが話を終わらせようとしたとき、クリスティーネさんが突然せき込み始めた! とても激しい咳だ!


「大丈夫か、クリスティーネ!?」


「だ、大丈夫──ケホッ、ケホッ!」


「待っていなさい! 今咳止めのポーションを出すからな!」


 せき込むクリスティーネさんにクラウスさんがポーションを取り出す。


「さあ、気を付けて飲むんだ。ゆっくりとな」


「う、うっく……」


 クリスティーネさんは咳止めのポーションを飲み込もうとするが、せき込んでいるせいで吐いてしまいそうだ。どうにも上手く飲み込めていない。


「はあ……。御見苦しいところお見せして申し訳ありません。たまにこういう発作がおきるものでして……」


 そして、30分後にクリスティーネさんはようやく落ち着いた様子でそう告げた。


「ふむ。液状のポーションを飲み込むのは大変でしょう。他に方法はないのですか?」


「お医者様からはこれ以外に方法はないと……」


 ボクは慢性の肺病についての知識はあんまりないけど、知っている限りでは頑張って液状のポーションを飲み込むしかなかったと思うよ。


「ヒビキ様の世界には何かいいものはありませんか?」


「俺の世界ではスプレーにして喉に浴びせかけるものや、固形物にして舐めながら咳を止めるというものがありましたね。この世界にスプレーはないのですか?」


「スプレー? それはありますけれど、それで喉を?」


「ええ。本当に効果があるかは分かりかねますが、飲みやすくはなるでしょう」


 スプレーかー。ボクも温室の薬草に水やりするときに使うけれど、それでポーションを飲ませるというのは考えたことがなかったな。


「今度試してみますわ。ヒビキ様のアイディアは画期的なものになるかもしれませんよ! 商品になりましたら我が商会で扱わせていただきます! 私と同じ悩みを抱えている人の助けになればなによりですもの」


「ええ。病の問題がひとつでも解決するなら望ましいですね」


 ヒビキさんもボクの方に先に教えてくれてたら、ボクたちが商品にしたのにー。


 けど、ボクたちじゃスプレーの作成に手間取るから難しいかな。この手の作業は街の職人さんの手が必要になるから。このヴァルトハウゼン村じゃ、持ち運べるようなスプレーを作るだけでも苦労するよ。


「さて、そろそろ山頂だ。ここからの景色は素晴らしいものだそうだ」


 クラウスさんがそう告げて、山頂の展望台に踏み出す。


「わあ……。綺麗ですわ……」


 エルンストの山の展望台からの景色は絶景だ。


 シュトレッケンバッハの山とラインハルトの山の両方が聳えるのが見え、その間にはキラキラと輝く湖がある。別の方を見渡せば鬱蒼と茂る森林が見渡せるし、村の方向を見れば麓に広がるヴァルトハウゼン村の様子が見渡せる。


 まさに絶景!


「なあ、来てよかっただろう?」


「そうですわね。このような景色は飛行船からは楽しめませんわ!」


 クリスティーネさんもすっかりエルンストの山が気に入ってくれたみたい。


「おや。あそこを飛んでいるのは……」


「新生竜!?」


 クラウスさんとクリスティーネさんがシュトレッケンバッハの山の周囲を飛んでいる新生竜を見て目を丸くした。


 でも、大丈夫。


「あれはブラウと言って、ヴァルトハウゼン村の一員ですから安心してください。こちらに危害を加えてくるようなことはありません」


「そ、そうなのですか? 新生竜と共存している村とは……」


 ヒビキさんが説明するのにクリスティーネさんが躊躇ったように返す。


「クリスティーネさん、クラウスさん、フィーネさん。お疲れでしょう? 疲労回復ポーションはいかがですか?」


「うむ。いただくとしよう」


 ボクもポーションの出張販売についてきたのでしっかりとポーションを売る。


 クリスティーネさん以外にも山登りで疲れていそうな人たちにポーションを売っていく。麓でもなかなかよく売れるけれど、山頂でもよく売れるものだ。これが更に冷えたポーションだったらもっと売れたかもしれないな。


 また山頂にはお弁当を売っている人もいて、ボクたちもお弁当を買って、山の展望台からのんびり景色を眺めながら、ゆっくりとお弁当を味わった。


「それではヒビキ様、麓までご一緒願えますか?」


「ええ。ご一緒しましょう」


 それからクリスティーネさんたちは下山し、ヒビキさんは麓までクリスティーネさんたちを送っていった。魔獣は魔獣除けポーションのせいか、はたまたハティさんが狩り尽くしたのか一度も遭遇することはなかった。


「また余暇があればお邪魔させていただきますわ。それではごきげんよう」


 クリスティーネさんたちはそう告げて帰っていった。


「あれ? フィーネさんは帰らなくてもいいんですか?」


「……もうちょっとヒビキさんと一緒に……」


 あーっ! フィーネさんってばクリスティーネさんが帰ってから、ヒビキさんの腕を握っているー! な、なんて卑しい人なんだ……!


「フィーネ嬢。俺は自警団の仕事がありますのでそろそろ……」


「……はい……」


 だけど、あっさりヒビキさんに断られてしょんぼりしているフィーネさんであった。


 さてと! ボクは引き続き麓の物産館でポーションを売るとしよう!


…………………

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[一言] フィーネ嬢が可愛すぎる笑笑 卑しい女ばい…
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