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錬金術師さんと観光客さん

…………………


 ──錬金術師さんと観光客さん



 すっかりぽかぽかの春になった頃。


 飛行船が村の離発着場に着陸し、人々を下ろしていく。


 これは半分はトールベルク付近に用事のあった村の人で、残り半分はこのヴァルトハウゼン村に観光にやってきた観光客の皆さんだ!


 そう、エルンストの山を観光地として整備したので、開拓局は観光客の呼び込みを始めた。自然豊かな開拓村で見晴らしのいい展望台から大自然の光景を眺めましょうという宣言広告と共に。


 その宣伝が効果があったのか、ヴァルトハウゼン村にはちらほらと観光に訪れる人が現れてきた。一見すると何もないこの開拓村ですが、エルンストの山からの景色は絶景で、麓の食堂の料理も山の幸を使った絶品なのである。


「魔獣除けポーションいかがですかー。疲労回復ポーションもお勧めでーす」


 ボクの方はと言えば、麓の物産館の前でポーションの売り子をしていた。


 山に入るなら虫よけポーションや魔獣除けポーションが入用になるだろうし、山を登ってくたびれたら疲労回復ポーションも必要になるはずだ。ボクはこのヴァルトハウゼン村の山々の素材で作られたポーションを物産館に置かせてもらって、そこで商売をしていた。今のところ売れ行きはそこそこだ。


「やあ、お嬢さん。魔獣除けポーションと虫よけポーション、それから疲労回復ポーションをふたつお願いできるかな」


「はい! 毎度ありがとうございます!」


 老夫婦らしき人たちがポーションを買っていった。老人にはエルンストの山を登るのはつらいかもしれないけれど、エルンストの山の頂上に飛行船の発着場を作るわけにはいかないからなー。


「それにしてもここは空気が美味しいね。君はここの生まれかい?」


「いいえ。戦災孤児だったんで生まれた場所は分からないんです。帝都の外れからお師匠様と一緒にこの村に越してきて」


「ああ。それは悪いことを聞いてしまったね」


 ボク自身はあまり気にしてないんだけど、戦災孤児だと告げると、ほとんどの人は同情の視線でボクの方を見てくる。これはあまり嬉しくない反応だ。


「もう! 私は山に登るなんて嫌ですわ!」


 ボクが老夫婦の接客をしていたとき、外から女の子の声が響いてきた。


「なんでしょう?」


「何か揉めているようだね」


 ボクが物産館から顔を出して覗き込むとそこではボクと同い年くらいの少女が、親御さんと思われる人に対して何やら叫んでいた。


「山になんて登らなくても飛行船があれば景色は十分に楽しめますわ! なんで魔獣がいたり、虫がいたりするようなこんなド田舎の山に登らなければいけないんですの! ここに来るぐらいなら帝都にいた方がいいですわ!」


 叫んでいるのは高級そうなドレスを纏った女の子。ゴールドブロンドの髪を縦ロールにして纏め、親御さんと思しき困った表情をしている人に大声で叫んでいる。


「おやめなさい、クリスティーネ。そのような大声をだして笑われてしまうよ」


「笑われても結構ですわ! むしろこんなところに来ていることの方が笑われてしまうことではないですかっ!」


 ……なんだかこの村が馬鹿にされている気がする。


「これもお前の病気の治療のためだ。お医者様に言われただろう。空気のいいところで療養しなさいと。そして、適度に運動しなさいと」


「それはそうですが、ここの空気がいいとは思えません! こんな田舎、空気が悪いに決まっています! 家畜のフンや魔獣の臭いで!」


 酷い言われようだ。ちょっと腹が立ってきたよ。


「失礼」


 女の子がキャンキャン吠えていたところにやってきたのはヒビキさんだ。


「なにやら揉めていると聞きましたが、問題でも?」


 ああ。ヒビキさん、今日は自警団の当番日か。


 でも、それは自警団で扱う案件じゃないと思うよ?


「な、なんですか、この田舎者! 我が家も問題にしゃしゃりでないでください!」


「そうはおっしゃられても、ここで騒がれると他のお客様のご迷惑にもなりますので」


 女の子がヒビキさんを睨むのに、ヒビキさんがそう返す。


「……ヒビキさん、どうかされましたか……?」


 ヒビキさんと女の子がそんなやり取りを交わしていたときに姿を見せたのはフィーネさんだ。今日は観光気分なのか動きやすい服装をしている。この間はドレスでシュトレッケンバッハの山に登ったからね。ちゃんと動きやすい服装で来たんだね。


「いえ。こちらのお客様がどうやら不満を抱いていらっしゃるようなので」


「……そうなのですか……? ……何が不満なのでしょうか……?」


 ヒビキさんが告げるのにフィーネさんが首を傾げる。


「まさかそちらの方はファルケンハウゼン子爵閣下の?」


「……はい……。……フィーネ・フォン・ファルケンハウゼンです……」


 男の人の方が尋ねるのに、フィーネさんがそう告げた。


「これはお会いできて光栄です、フィーネ嬢。私はクラウス・クレヴィング、こちらは娘のクリスティーネです。北部で貿易商をやっております。どうぞお見知りおきを」


「……こちらこそ……」


 男の人は貿易商の人だったのか。お金持ちみたいだね。


「すると、そちらの方はひょっとしてヒビキという冒険者の方ですか?」


「……響輝です。どうぞよろしく」


 おや。北部の人でもヒビキさんのことを知っているのか。ヒビキさんってば有名人!


「これはこれは! かの伝説的なドラゴンスレイヤーにお会いできるとは光栄です! 北部でもあなたのことは有名になっていますよ! 恐れるものなきドラゴンスレイヤーと。演劇なども作られているのですが、ご存知で?」


「え、演劇が? 自分はそのような件は把握しておりませんが……」


 演劇!? いつのまにそんなことに!?


「あ、あなたがヒビキ様ですの? 確かに異国風の顔立ち……。確かに演劇に出て来たヒビキ様と同じですわ!」


 突如としてさっきまで不機嫌そうだった女の子──クリスティーネさんがぱあっと顔を明るくする。


「私、あなたのファンですの! 演劇は何度も見ましたわ! 今日はレッドドラゴンを倒された大剣は持っておられないんですの?」


「ありがとう。ですが、俺は剣では戦いませんよ」


「ええっ!? となると、レッドドラゴンはどうやって?」


「このナイフと自分の体でです」


 ヒビキさんは大剣でレッドドラゴンを倒したことになっているのか。これは誰かが設定を捏造したな。そして、この情報漏洩の原因は冒険者ギルドの誰かに違いない。


「実際のレッドドラゴンとの戦いについてお聞かせ願えませんか!? どのようにしてレッドドラゴンをたったのひとりで倒されたのですか!? それもそこにいらっしゃるフィーネ嬢を守りながら!」


 え? なんでフィーネさんが守られたことになってるの? 守ってもらったのはボクだよ! ひょっとしてボクは演劇に登場してないの!?


「その、フィーネ嬢は関係ないのですが……」


「ええっ!? で、でも、演劇では森に両親と共に狩りに来たフィーネ嬢がうっかり迷子になってしまい、そこに冒険者であるヒビキ様が駆けつけたと……」


「些か演劇と事実は異なるようですね」


 些かどころか全然違うよ! ボクはどこに行ったのさ、ボクは!


「ヒビキさんは冒険者なのですよね? ならば、我々に雇われて一緒に山に登ってはくださいませんか? この子に山に登って欲しいのですが、どうしても言うことを聞いてくれなくて困っているのですよ」


「それでしたら冒険者ギルドを通さなくても構いませんよ。自警団の仕事には登山客の安全を確保するというものもありますので。山に登られるならば警護しましょう」


「おお。助かります」


 へー。自警団って登山客の人の安全を確保する仕事もしてたのか。知らなかった。


 けど、エルンストの山もハティさんがいるから魔獣は少ないけど皆無じゃないし、エルンストの山を観光地にするなら確かに自警団の警護が必要かな。


 ちなみに自警団は完全なボランティアで一部の冒険者の人や村の人が行っている。ボランティアと言っても開発局からいくらか謝礼はでるんだけどね。


「ほら、お前の好きなヒビキさんが一緒に山に登ってくれるそうだぞ。よかったな」


「お、お父様がそこまで言われるなら登りますわ。し、仕方ないですわね」


 クリスティーネさんはそういいながらも照れ照れしている。


「ヒビキさん、ヒビキさん。これからエルンストの山に登るんです?」


「ああ。リーゼ君。そのつもりだが、何か問題があるだろうか?」


 問題はないと言えばないけれど、あると言えばあるんだよな。


 だって、クリスティーネさんは見るからに照れ照れしてるし、フィーネさんもさりげなく付いて行く気満々だし。どっちも手を出したら犯罪だよ、ヒビキさん?


「なら、ボクも一緒に付いて行きますね。山頂の人にポーションの出張販売を」


「理解した。君のことも警護しよう、リーゼ君」


 というわけでボクたちは揃ってエルンストの山に登ることに。


 なんだか最近ヒビキさんを狙っている女の子──それもちっさい子ばっかり──が増えてボクは危機感を覚えるよ。エステル師匠も魅力的な女性だと思うけど、年齢的にはもう行き遅れ──げふんげふん。


 これ以上ライバルが増えないといいんだけど。


…………………

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