軍人さんとミノタウロス
…………………
──軍人さんとミノタウロス
俺たちはミノタウロスの素材を求めて、シュトレッケンバッハの山にやってきた。
冬の時期のためか魔獣の数は驚くほど少ない。
ゴブリンも、魔狼もその姿を見せていない。コカトリスも、グリフォンなどもその姿を欠片も窺わせない。ただただ森は静かだ。冬の寒さを前にして山は静まり返っている。これまでのシュトレッケンバッハの山と同じだとは思えないほどに。
だが、ここはシュトレッケンバッハの山だ。ミノタウロスはここに出没する。
一面の雪。これが方向感覚を狂わせることは言うまでもない。俺たちはこの罠に注意しながら、雪原を進む。俺が先頭に立って雪山で的確にランドナヴィゲーションを行い、ユーリ君が最後尾でそれを確認する。
全ては俺たちにかかっているかと思うと、責任を感じる。“認識”するのではなく、“感じる”だ。ナノマシンはこの感情をフィルタリングしなかった。生存する上で必要だと判断されたのだろう。
確かに責任感は大事な感情だ。任務においても、俺たちはその行為がどんな卑劣なものであるとしても、責任を持って行ってきた。
今もそうだ。
俺は生き残るという任務のために責任感を感じている。
フィーネ嬢を助けて現地の有力者と友好的な関係を築くこと。そして、この任務において自分のパーティー──チーム・アルファから死者を出さないこと。それらの責任を俺が感じるのは当然のことだ。
「止まれ」
俺はある程度進むとレーズィ君たちを制止した。
「魔狼の足跡だ。それも複数。20体から30体ほど。ゴブリンの足跡も混じっている。越冬し損ねた奴がうろついているようだ。用心してくれ」
越冬し損ねた魔獣が狂暴になるのは、日本においても越冬し損ねたヒグマが危険な存在になるのと同じことだろう。冬の厳しい季節が魔獣を狂暴化させるのだ。少ない食料を巡って争うようにして。
そういう魔獣に遭遇しないのが一番いいのだが、相手も飢えた魔獣だ。食料──俺たちを簡単に見過ごしてくれるとは思えない。
俺たちはこの静かな雪山で耳を澄ませ、魔獣の動きに警戒しながらシュトレッケンバッハの山のダンジョンを目指す。ミノタウロスがいるとすれば、あの付近に違いない。
俺たちは雪に足を取られないように、敵の動きを聞き逃さないように、慎重にシュトレッケンバッハの山を進んでいく。
「ヒビキ!」
ここで上空から声がした。竜の羽音と共に。
「ヒビキ、ここで何をしている? 今、山は危険。飢えた魔獣とか出るし、人間はここで山から下りれなくなる。知らないのか?」
「知っている、ブラウ。だが、どうしてもやらなければならないことがあるんだ」
現れたのはブラウだった。ブラウが上空から舞い降り、俺たちの前に立つ。日ごろから人間と喋るようになったためか、もうかなり流暢に喋るようになったな。
「やらなければならないこと? 自分、手伝えることあるならば手伝う。言ってくれ」
「実はミノタウロスを探している。奴の角と肝臓が必要なんだ。俺の友人が病に倒れていて、その病を治すためのポーションを作るために」
ブラウが空から偵察してくれるなら非常に助かる。
「ミノタウロスだな。分かった。任せてくれ。今から自分、探してくる。見つけたら教える。ここにいてくれ」
「頼む、ブラウ」
ブラウはそう告げると空に舞い上がり、シュトレッケンバッハの山を旋回し始める。
「これでやみくもに探さずともよさそうだな」
「竜が味方とは心強いデース」
俺が安堵の息を吐くのに、ミーナ君も頷いた。
「しかし、ブラウは冬ごもりとかしないのか?」
「そうですねえ。山にいる魔獣と言えば、越冬しそこなったのが少数いるぐらいでしょうけど、ブラウさんは平気なんでしょうか?」
確かにそれは謎だ。多くの生き物が眠りにつく今、ブラウだけが自由に飛び回れるというのは疑問である。後で聞いておくとしよう。
だが、その前にどうやら対処しなければならない事態が近づいて来ている。
「全員、警戒してくれ。大型魔獣の足音がする。ミノタウロスより小さいが、それなり以上に大きな魔獣だ。3時の方向から接近中。いつも通りに対処しよう」
「了解だ、ヒビキの兄ちゃん」
俺の指示にユーリ君はミーナ君とレーズィ君を援護できる位置に立ち、俺は3人の前でコンバットナイフを構える。
「オオオォォォッ!」
森の中から飛び出してきたのはオークだ。それが20体程度。
「オークかよ……! ヒビキの兄ちゃん、やるのか!?」
「逃がしてはもらえないだろう」
敵は既にこちらを捕捉している。今になって背中を向ければ、余計な損害を負いかねない。ここは正面から戦った方がいいはずだ。
「レーズィ君。頼むぞ」
「はいっ! <<速度上昇>>! <<速度低下>>!」
レーズィ君が詠唱し、オークたちの動きが鈍る。
「いくデース! <<氷柱雨>>!」
続いてミーナ君が赤魔術を叩き込む。氷の槍が空から降り注ぎ、オークたちを滅多刺しにする。オークたちは呻き声を発して倒れ、生き残った数名がその血の臭いに興奮した様子で、俺たちに向けて突進してくる。
「悪いがここは通さん」
俺はオークたちの前に立ち塞がり、オークに向けてコンバットナイフを振るう。
オークの急所は人間と同じだが、オークの場合は分厚い脂肪と筋肉に守られている。そう簡単にはコンバットナイフは急所を貫けない。力任せにコンバットナイフを突き立ててもいいのだが、それでは次の攻撃の際に隙が生じる。
よってここは確実にコンバットナイフの一撃で屠れる喉の頸動脈を狙う。
俺は拳の中に握り締めたコンバットナイフをオークの喉に突き立て、横薙ぎに切り裂く。真っ赤な血飛沫が噴き上がり、オークの体がぐらりと揺らぐ。
動脈はオークの巨大な体の全身に血液を巡らせるだけあって、血圧が高い。一度引き裂いてしまえば、大量の血液がその圧力によって噴き上げる。そうなれば失血性ショックでオークは数秒で倒れることになる。
「ふん」
だが、コンバットナイフによる攻撃は精度が必要とされる。コンバットナイフならば確かに一瞬で死に至る致命傷を与えられるが、次の攻撃に繋げるのが難しくなる。よって、推奨される攻撃は軍用義肢による打撃だ。
俺は足を振り上げ、オークの頭を蹴り飛ばす。オークの頭は激しく揺さぶられ、俺は首の骨が折れる確かな感触を感じると、次のオークに向けて拳を突き出す。拳はオークの顎を砕くと同時に脳みそをシェイクし、脳震盪を引き起こさせる。
ふらつくオークの腕を掴み俺は別のオークにそれを投げつける。オークの体重と軍用義肢の高出力の打撃で、オークは2体とも体に致命傷を負い、口から気泡の混じった血を流し、悶えながら死んでいく。
「<<氷柱槍>>!」
「援護するぞ、ヒビキの兄ちゃん!」
俺がオークを相手しているのにミーナ君とユーリ君が支援してくれる。
ミーナ君の放った氷の槍はオーク2体を同時に貫き、ユーリ君の放った矢は炸裂して、オークの顔面を吹き飛ばす。どちらも致命傷となり、オークは地面に痙攣しながら倒れていく。
「いきますよう! <<活力上昇>>!」
俺の中で闘志がみなぎる。
俺はひたすらにオークにコンバットナイフを突き立て、蹴りを叩き込み、拳でその頭部を抉る。ただただひたすらにオークを殺し続けた。
「これで終わりか」
戦闘開始から15分。オークの群れは壊滅した。
周囲にはオークの死体が転がり、雪は真っ赤に染まっている。
「ヒビキ。オークの群れを倒したのか?」
「ブラウ。帰ってきたか」
暫くしてブラウが上空から舞い降りてきた。
「ミノタウロスがいたぞ。ここからちょっとの場所だ。数は2体。越冬し損ねた奴だ。冒険者の武器で武装してる。気を付けろ」
「ありがとう、ブラウ。できればそこまで案内してもらえるか?」
「もちろんだ。ところで、ヒビキたちはこのオークの死体はいらないか?」
「ん。特に今は必要ないが……」
「それなら、自分が食ってもいいか? 冬場は獲物が少なくて困る」
ブラウはどうやって冬を越すのだろうかと思っていたが、普通に食事をしながら過ごすのか。ドラゴンというのは爬虫類のようだから、冬眠するものなのではないかと思っていたが、そうではないらしい。
「ブラウ。君は冬をどうやって過ごしている?」
「ほとんど寝てる。腹が減ったら起きてきて、獲物を探す。なるべく体を動かさないようにしている。ドラゴンは寒いのは平気だが、獲物がいないから飢え死にする可能性がある。いざという場合に備えて、食料は蓄えてあるけれど」
「ふむ。クマのような冬眠方法だな」
クマも冬場は冬眠するが、あれは飢えに耐えながらの過酷なものだと聞いている。ブラウも空腹に耐えながら暖かな春が来るまで可能な限り体を動かさないようにして過ごしているのか。
「それでは申し訳ないことをしたな。ミノタウロスを探して欲しいなどと頼んで」
「構わない。ヒビキ、オークの肉をくれた。これでしばらくはお腹いっぱい。ちょうど腹減っていたところだったから助かる。自分、ヒビキを助けて、ヒビキは自分を助ける。これが助け合い。仲間であることの証」
ブラウはそう告げて笑うように喉を引くつかせる。
「そうだな。助け合いは仲間であることの証だ」
俺もリーゼ君たちを助け、リーゼ君たちは俺を助けてくれる。俺たちはある意味では既に仲間なのだ。
「では、ミノタウロスのところまで案内する。支援は必要か? とはいっても、自分はミノタウロスを倒すのは難しいけれど」
「いや。場所に案内してもらうだけでいい。残りは俺たちがやろう」
既にブラウには無理をしてもらった。これ以上、頼るというのは間違っている。
「分かった。こっちだ」
ブラウは地面をのそのそと進み、俺たちを先導する。
山はまた静かになった。魔獣の鳴き声も足音もしない。
「この先だ。気を付けろ。連中殺気立ってる」
「ありがとう、ブラウ。ここからは俺たちの仕事だ」
ブラウが忠告するのに俺が頷く。
「確かにミノタウロスが2体いるな。かなり苛立った様子だ」
ミノタウロスは木の傍に立っていた。暖かな季節ならば、木からもたらされる山の恵みを得ようと小動物がやってくるのだろうが、今生憎のところ冬だ。小動物たちも暖かな季節の間に食料を蓄え、冬ごもりに入っている。
ミノタウロスはそれが理解できないのか、木の傍をうろうろとしている。
「レーズィ君。やるぞ」
「お任せを。<<速度低下>>! <<速度上昇>>!」
レーズィ君が青魔術を放つのに、ミノタウロスがこちらに感づいた。
「ミーナ君! 角と肝臓を傷つけないように攻撃を!」
「了解デス! <<氷柱槍>>!」
ミーナ君が氷の槍を放ち、それはミノタウロスの胸部を貫いた。
「残りは俺が仕留める」
俺は茂みから飛び出すと、ミノタウロスに向けて突進する。
必要なのは角と肝臓。ならば──。
「はあっ」
俺は大きく足を振り上げて回し蹴りをミノタウロスの頭部に叩き込む。
「モオ──」
ミノタウロスの骨がグキリと音を立ててへし折れ、痙攣しなら地面に倒れる。
「完璧だな。残りは角と肝臓をリーゼ君たちに届けるだけだ」
「うーん。俺ってミノタウロスの肝臓がどこにあるか知らないけど、レーズィの姉ちゃんは分かるか?」
俺もミノタウロスの肝臓がどこにあるのかは分からない。
「わ、私も分かりませんよう。ミーナさんはどうですか?」
「ふふっ。任せるデース。迷宮の魔獣については知識があります!」
ミーナ君はそう告げると、腰からナイフを抜いた。
「まずは腹部を開いて──」
ミーナ君はテキパキとミノタウロスを解体していき、目的の肝臓を見つけると、冷凍の魔法をかけて外に取りだした。
「はい、これがミノタウロスの肝臓デース。重いですよ」
「俺が持とう」
「はいはい。では、次はミノタウロスの角をと」
ミーナ君はのこぎりを取り出し、ミノタウロスのねじ曲がった角をガリガリとのこぎりで切り取り、それを両手に抱えた。
「肝臓ふたつ。角4本。これだけあれば十分だろう。急いで戻るとしよう」
「そうですねえ。フィーネさんが心配ですからねえ」
フィーネ嬢は今も病床にある。治療できるポーションを作るのにも時間がかかるだろうし、ここは急いでリーゼ君とエステルに素材を渡さなければ。
俺たちはそれぞれが素材を抱えて、雪に覆われた山道を下りていった。空ではブラウが俺たちを見送るように旋回している。
ブラウにも助けられた。彼が無事に冬を越せるのを祈るばかりだ。
…………………




