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錬金術師さんと付近の村の噂

…………………


 ──錬金術師さんと付近の村の噂



 アカタマゴ草の採取ができて、ボクは早速睡眠薬の作成に取り掛かった。


 アカタマゴ草を使った睡眠薬は中級ポーションに該当し、ボクでも作ることができる。このアカタマゴ草にもう数素材加えて作ると上級ポーションになるので、エステル師匠を頼らなければいけないけれど。


「馬鹿弟子。睡眠薬作りは順調かい?」


「はい、エステル師匠! もう少しで完成ですよ!」


 睡眠薬作りは乾燥させたアカタマゴ草を煎じて第2種中和液に浸し、そこで十二分に薬効が引き出せたら、錬金釜で煮込んで更に薬効を上げるのだ。これでリラックスするだけのお茶の葉が、ぐっすり眠れる睡眠薬になるのである。


「ふうん。ところで、ヒュドラの素材がいくつか残っているんだが、上級ポーションを作ってみる気はあるかい? 今度はちゃんとインゴが買い取ってくれるか試してみようとは思わないか? まあ、お前にやる気があればだけれど」


「やります、やります! 任せてください!」


 やった! 上級ポーション作りのチャンス!


「じゃあ、ヒュドラの胃袋を使ったポーションを作ってもらおうかね」


「熱病治癒ポーションですね」


「そうだ。レシピは覚えているだろうね?」


「もちろんです!」


 油漬けにしたヒュドラの胃袋、ナナフシモドキ草、ミドリユカ苔。これら3つの素材を合わせることで、ヒュドラの胃袋から熱病に効くポーションができるのだ。


 まずはヒュドラの油漬けにした胃袋を細かく刻んで錬金釜でドロドロになるまで煮込み続ける。ヒュドラの胃袋は熱でよく溶けるので、この時点でほぼ液体になる。


 そうしてドロドロにした胃袋を治癒用混合液に浸し、煎じたナナフシモドキ草とミドリユカ苔を加える。ミドリユカ苔はダンジョンや洞窟などの湿った環境で採取でき、この前にレーズィさんと出会ったときに採取しておいた。


 これらを加えた治癒用混合液を薬効がにじみ出るまで3時間ほど待ち、色がうっすらと黄色になってきたら、再び錬金釜で煮込む。


 煎じた薬草などの不純物などをザルでこして取り除いていき、コトコト弱火で煮込むこと1時間30分で熱病治癒ポーションのできあがり!


 うん! 綺麗な黄色をしていて、不純物も混じってない! 完璧だ!


「どうです、エステル師匠!」


「悪くはないね。だが、薬屋の目にどう映るかは分からないよ。来週、ちょっとした仕入れを兼ねてトールベルクの街に行くから、そのとき買い取ってもらえるか試してみようじゃないか。買い取ってもらえたら、今度から上級ポーションをちょっとは任せてやる」


「やった!」


 インゴさんは買い取ってくれるかな?


 来週が楽しみ、楽しみ!


…………………


…………………


 トールベルクの街にやってきた!


 相変わらず熱気のある街だ。ガルゼッリ・ファミリーが壊滅したおかげか、前にも増して活気にあふれているように思えるよ!


 さて、ボクとエステル師匠、そしてヒビキさんはインゴさんのお店へ。


 レーズィさんは相変わらず、ゴーレムのコアを守るための緩衝材の開発で忙しいみたいだし、今回はヒビキさんだけが付いて来てくれた。ヒビキさんは重たい荷物も軽々と運んでくれるので、とても助かります。


「インゴ。ポーションを持ってきたよ」


「エステルか。また何かでかい魔獣でもでたのか?」


「違うさ。この馬鹿弟子がちょっとしたポーションを作ってみたから、そっちで買い取れるか試しにきただけだ。さあ、茶と茶菓子を出しな」


「はいはい」


 ボクたちはインゴさんが店の奥の扉を開くのに入っていく。


「で、何を作ったんだい、リーゼちゃん?」


「ええっと。睡眠薬と熱病治癒ポーションです」


「熱病治癒ポーション。上級ポーションだな」


 インゴさんがボクの言葉に渋い表情を浮かべる。


「エステル。素材は確かなのか?」


「間違いないよ。ヒュドラの胃袋が余ってたんでね」


 インゴさんが確認するのに、エステル師匠が茶菓子のクッキーをかじりながら返す。


「ならば、見てみよう」


 インゴさんがボクの作ったポーションが収められたバッグを開いて、中のポーションを確認する。まずは睡眠薬から光にかざして確認し、匂いを軽く嗅いで確認していく。それから問題の熱病治癒ポーションに……!


「ふむ。色合いも不純物も問題なし。匂いも悪くはない。これはちゃんとした熱病治癒ポーションだね、リーゼちゃん。君も上級ポーションを作れるようになったわけだ」


「やった!」


 インゴさんが微笑んで告げるのに、ボクはガッツポーズを。


「睡眠薬も質がよさそうだ。いくらで買い取ればいい?」


「そうだね。それは馬鹿弟子に決めてもらおうか」


 え? ボクが値段決めるの? エステル師匠じゃなくて?


「値段交渉までやれて一人前の錬金術師だよ。さあ、自分の品に値段を付けな」


 う、うーん。エステル師匠はそういうけれど、ボクがポーションの値段を付けるのか。ボクはエステル師匠みたいに自信ないから、そんなに高い値段は付けにくい。でも、市場の相場価格ぐらいはつけておきたい。


「このレベルの睡眠薬が1本2000マルク程度で、熱病治癒ポーションが……」


 ね、熱病治癒ポーションの相場ってどれくらいなんだろう。あんまり市場で眺めたことがないから分からないよ。上級ポーションだし、1本1万マルクとか? でも、そんな値段付けていいのかな……。


「リーゼちゃん。熱病治癒ポーションの相場価格は1万5000マルクだよ」


「ええっと。じゃあ、熱病治癒ポーションが5本と睡眠薬が15本で10万5000マルクでお願いします!」


「はい、毎度どうも」


 あれ? 値引き交渉とかはなしなの?


「この馬鹿弟子。相手の言い値で売ってどうする。相場価格だって本当かどうか分からないんだぞ。こういう時は最初にもっと吹っかけるんだよ」


「で、でも、ボクのポーションですし……」


「安く売るってことはそれだけポーションに自信がないことの表れだぞ。いいポーションだと思うならばそれなりの値段を付けろ。そうじゃないと低品質のポーションと思われて、薬屋も信用しなくなるぞ」


「ええー……」


 そういうものなのかな?


「いや、リーゼちゃん。適正価格で売ることも重要だよ。エステルみたいに馬鹿高い値段を吹っかけているとそれこそ信頼を失うからね」


「余計なことを言うな、インゴ。馬鹿弟子が真に受けるだろうが」


 インゴさんはそう告げるけどエステル師匠は不満げ。


 もうちょっと高くした方がよかったのかなー?


「まあ、最初はこんなもんだろう。それなりによくやったな、馬鹿弟子」


「えへへ」


 褒められちゃった。嬉しい。


「それはそうと、エステル。そっちの村の方は異常はないか?」


「異常? どういうことだい?」


「いや、奇妙な噂を耳にしてな」


 インゴさんがそう告げてエステル師匠を見る。


「ガルゼッリ・ファミリーっていただろう? 今はすっかり潰れちまったけど。そいつらの残党がここら付近の村に隠れて、悪事を働いているらしいんだよ。また違法ポーションを売りさばいたり、強盗をしたりとな」


「そりゃまた面倒な。だけど、うちの方にはそういう奴らは来てないよ」


 ガルゼッリ・ファミリーはヒビキさんが叩き潰したのに、まだ残党がいるのか。それもまだ悪いことしてるなんて全然反省してないな。


「用心しろよ。そっちもそろそろ街道ができるんだろう。街道ができれば人の往来も増える。そうなれば犯罪者だって混ざり込んでくる可能性が上がる」


「それもそうさね。街道ができたからっていいことばかりじゃない。街道には野盗が出没するだろうし、野盗だって街道を利用する。今までは辺鄙な場所にあって交通の便も悪い田舎村だったからその手の治安に関する問題には悩まされなかったけれどこれからどうなることやらな」


 ええー……。街道ができると治安が悪化しちゃうの? そんなー。


「まあ、うちは開拓村だから冒険者も多いし、多少の賊がでたところで対処できるだろう。だが、村までの街道にその手の連中が出没すると、こっちじゃ対応しきれんな。ファルケンハウゼン子爵にどうにかしてもらわんといかん」


「まあ、重々気を付けてくれよ。街道ができても、使う時は冒険者を雇うなりなんなりしてな。それかいつも通り飛行船を使ってくれ。あれは安全だ」


「飛行船は荷物があると高くつくんだよ。とはいっても、馬車で地上をのろのろ進むよかいいがね。ここからうちの村までは3、4日かかるだろう」


 そうなのだ。ここからヴァルトハウゼン村までは飛行船なら数時間だけど、馬車だと数日かかるのだ。途中で村に立ち寄って夜を越しながら進まないといけない。


 なので、これからもボクたちがトールベルクの街に来る分には飛行船を使うだろう。街道は行商人の人とかが使って、よその地方から珍しい商品を持ってきてくれたり、うちの村の農作物やポーションを買い取ってもらうのに使われるだろう。


「まあ、治安に気を付けて過ごしてくれ。この街の周囲の村じゃ少なくない被害が出てるって話だ。灰狼騎士団が対応に当たっているそうだが、どこまで効果があることやら」


「ふむ。また異なる形の戦いになりそうだな。だが、ガルゼッリ・ファミリーは確かにほぼ壊滅したのだが……」


 インゴさんの言葉にヒビキさんが顎を押さえる。


「この手の犯罪組織ってのは根深いものだろう。流石に下っ端の下っ端のチンピラまでひとり残らず一掃するのは難しいはずだ。それに、ヘニングは逃げたままなんだろう?」


「確かにヘニング・ハイゼンベルクという幹部は取り逃した。だが、あれは技術畑の人間だったはずだ。あの男に組織を拡充するような能力があったのだろうか。どうにも腑に落ちない部分があるな」


 エステル師匠の言葉にヒビキさんはそう返す。


「一度ゾーニャ君と話してきていいだろうか? 俺が潰しそこなったせいで周辺に被害が拡大しているとすれば責任の一端は俺にもある。確認しておきたい」


「好きにするといいさ。あたしたちも騎士殿には世話になったから挨拶ぐらいはしておかないとね」


 ヒビキさんはこのことがどうにも気になるみたい。ヒビキさんってば心配になるぐらい責任感が強いからなあ。


「じゃあな、インゴ。また上級ポーションが手に入ったら来るよ」


「はいよ」


 エステル師匠が手を振るのに、インゴさんが頷いて返した。


「そういえば、ヨハン君はどうしたんです?」


「ヨハンは学校だよ。俺が教えてもいいんだが、近ごろ評判のいい学校がトールベルクにできてね。算術やら読み書きやらを教えているんだ。確か、元聖職者の教師らしいが、あまり宗教には熱心じゃないんで助かっている。商売人が宗教に染まっちゃな」


 ヨハン君は学校かー。ボクは学校とかいったことないや。どんな場所なんだろう?


 ボクは見たことのない学校に夢をはせながら、エステル師匠とヒビキさんと一緒にインゴさんの店を出た。


「さて、これから騎士殿に会いに行くかい?」


「できればそうしたい」


「なら、そうしよう」


 そして、ボクたちはヒビキさんの要望でゾーニャさんたちのところに。


「失礼。ゾーニャ君はいるだろうか?」


「ザルツァ卿ですね。暫くお待ちください」


 ヒビキさんが兵舎の前で灰狼騎士団の人に尋ねるのに、その人がゾーニャさんを呼びに行った。


「ヒビキ! 来てくれましたか!」


 ゾーニャさんはすぐにやってきた。なんだか待ってたみたい。


「状況が変わったという噂を聞いたのだが」


「その通りです。ガルゼッリ・ファミリーはトールベルクの街からは完全に一掃できたのだが、残党と思しきものたちが活動を始めました。とはいえ、確実に残党と呼べるのかは微妙なのですが」


「というとどういう?」


「うむ。構成員の性質が変わったという点です。前まではただの街のチンピラや傭兵崩れがメインだったのだが、今は素性の分からないものたちが組織を運用しているようなのです。我々も何名が捕えたのですが、前歴もないし、荒事を商売にしていた人間でもないし困惑しています」


 ゾーニャさんはヒビキさんにそう説明する。


 前のガルゼッリ・ファミリーは明らかに乱暴なことをする人の集まりだったけれど、今のガルゼッリ・ファミリーの残党らしきものはそうじゃないらしい。素性がまるで分からない人ってなんだか不気味だな……。


「それに奴らはガルゼッリ・ファミリーを名乗っていないのです。名無しの組織なのです。やっていることはガルゼッリ・ファミリーと変わりないのですが、別の組織が残党を吸収したように思われます。今のところは確かな証拠がないので何とも言えないですが……」


「ふむ。別組織か。心当たりは全くないのか?」


「あると言えばあります。ここ最近、トールベルクの街にも波及してきた異端の宗教です。“エデンの民”を名乗るものたちで、強引な勧誘や正体がよく分からないことで問題になっていました。帝都の方にも影響を及ぼしているそうですが、ここ最近こちらにもやってきたようですね」


「新興宗教か?」


「そうです。異端だ。ジーオ様の力と権威を否定しているとし、楽園やら理想郷やらを崇めているらしいのです。既に教会からも排除の要請が出ているところですよ」


 新興宗教! それもジーオ様を否定するなんて!


 ジーオ様は使徒様たちに魔術を授けてくださったいい神様なんだよ。錬金術の神様でもあるし、それを否定するだなんて。


「だが、異端とはいえど犯罪組織をどうこうできるとは思えないのだ」


「いや。宗教は力になる。宗教は時にガルゼッリ・ファミリーのような犯罪組織以上の連帯感をもたらす。ある種のカリスマ的イデオロギーとなり、大量虐殺や自爆攻撃すら行わせるものだ。敵が新興宗教ならば警戒した方がいい」


「そうなのですか。我々はあまりそういうイメージはないのですが……」


「いや、確かだ。俺の経験から言わせてもらえば、十二分にありえる」


 宗教ってそこまで危険なものになるのかな?


 ジーオ様を祭るお祭りは楽しいけど危険じゃないし、ジーオ様に仕える聖職者の人たちもいい人たちなんだけどなあ。


「対宗教戦となると損耗しそうだな。増援などは来ているのか?」


「いえ。現状、ガルゼッリ・ファミリーの掃討時のままです。確かに規模を拡大しなければ、トールベルクの街という拠点を捨て、周囲に散らばった新しい犯罪組織に対応はできないのですが、いかんせん予算の都合というものが……」


「ふむ。事態の深刻さを理解してもらえるようなことがあればいいのだがな」


 どこもここもお金か。世知辛いね。


「俺は今のところ戦場に立つのは難しいが、アドバイス程度ならばできる。何かあれば相談に乗る。もちろん、そちらの機密事項に触れない範囲で」


「助かります、ヒビキ。実戦経験が豊富なあなたの助言は役に立ちます」


 ヒビキさんのアドバイスと手助けのおかげで灰狼騎士団はガルゼッリ・ファミリーをトールベルクの街から一掃できたんだもんね。それは頼りにするよ。


「では、近いうちにまた」


「ああ。幸運を祈る」


 こうしてヒビキさんとゾーニャさんは別れた。


 何やらトールベルクの街を中心に剣呑な事態が進行中のようだけれど、ボクたちのヴァルトハウゼン村では何事もなく過ごせるといいなー。うちの村はのどかなことだけが取り柄だからね。


 そんなこんなでゾーニャさんとの会話は終わり、ボクたちはエステル師匠が市場でいくつか錬金術の素材を仕入れてから家に帰ることになった。


 飛行船から見下ろすトールベルク周辺の様子は静かだったけれど、ここで問題が起きているんだろうな……。


…………………

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