錬金術師さんと竜の薬草採取
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──錬金術師さんと竜の薬草採取
「リーゼ君、お客が来ているぞ」
「はい?」
ブラウ君を村に迎えた次の日のことだ。
ブラウ君はまだ正式にはこのヴァルトハウゼン村の一員ではないけれど、もう既に村の人たちは冒険者ギルドの人たちから話を聞いてるので周知の事実だ。今度の集会の時にオスヴァルトさんが改めて知らせるけれど、そこまで混乱は起きないだろう。
そんな日にヒビキさんがボクにお客が来たと告げる。
「どなたです?」
「見れば分かる」
んん? 誰だ?
「ちっこい人間。迎え、来た」
「ブラウ君!?」
我が家の前にブラウ君が!?
「馬鹿弟子、何を騒いで……」
エステル師匠がボクの後ろからやって来てぎょっとする。
「あんたが話にあった新生竜かい?」
「そうだ。ちっこい人間、薬草の場所、教える。約束した」
「へー。あんた、本当に喋れるんだね」
エステル師匠が物珍しそうにブラウ君を眺める。
「しかし、よく馬鹿弟子と話せたね。こいつ、びびりだろう?」
「人間、みんな、驚く。自分、もう驚かない」
エステル師匠がケラケラと笑いながら告げるのに、ブラウ君も笑ったように喉を鳴らす。なんだい、ふたりして!
「まあ、薬草の場所を教えてもらえるならいってきな。ただし、間違って食われんようにしなよ。あんたは丸のみにできそうだから、うっかり食われるかもしれないよ」
「自分、人間、襲わない。本当」
「冗談だよ、冗談。信用してるから任せたよ」
ブラウ君は首を振るのにエステル師匠がそう告げる。
「ヒビキ。よければ付いて行ってくれないかい? 流石にな?」
「分かっている。任せてくれ」
エステル師匠はボクとブラウ君とふたりっきりなのは心配なのか、ヒビキさんにそんなことを頼んでいる。ボクとしてもまずはそうして欲しい。
「では、出発しましょう!」
「ちっこい人間、背中、乗れ。連れていく」
「え? 背中に?」
ブラウ君がボクに背中を向けてくるのにボクはびっくり。
「そう。人間、もう仲間。背中、乗せてやる。すると、すぐ着く」
「う、うーん。大丈夫なのかなー……」
ドラゴンの背中に乗るというのはなかなか浪漫があるけど、安定させるための鞍もないし、振り落とされないようにするための手綱もないし。これってちょっと間違ったら、ボク空から急降下ってことにならない?
「申し出は嬉しいけれど今回は遠慮させてもらうよ。ちょっと危なそうだからね」
「そうか。なら、仕方ない」
ボクがそう告げるのに、ブラウ君が見るからにしょんぼりする。背中に誰か乗せたかったんだね。申し訳ない。
「ボクたちは歩きで進むけど、ブラウ君はどうする?」
「自分も、歩き。空飛ぶ、そっち、見失う」
「それもそうだね」
ブラウ君的には飛んでいくのが速くていいんだろうけど、そうなると地上を進むボクたちがブラウ君を見失うことになる。それでは案内してもらうことにならない。
というわけでブラウ君とは歩きでボクたちと一緒に薬草のある場所へ。
でも、今日はいきなりのことだったから、冒険者ギルドのクエストにすることはできなかったけれど、その点はいいのかな?
「ヒビキさん。今日は依頼じゃなかったけどいいんですか?」
「うむ。レーズィ君は忙しい様子だったし、ミーナ君はダンジョンの探索道具を調達にトールベルクに行っている。ユーリ君が暇をしていたが、彼にも休暇は必要だろう。それにブラウがいてくれれば、リーゼ君の安全は確保できそうだからな」
ふむ。レーズィさんとミーナさんは忙しいのか。レーズィさんはゴーレムのコアを頑丈なものにするって張り切ってたし、ミーナさんはもう少しで街道が完成するということもあって、ダンジョン探索の準備をしなきゃと言っていた。
ユーリ君は予定なさそうだったけれど、ユーリ君もこの間激戦を繰り広げたばかりだから、ちょっとは休まなきゃね。
はっ! 休むと言えばヒビキさんは休んでいるのだろうか?
「ヒビキさんはちゃんと休んでます?」
「問題なく休んでいる。最近はよく眠れているしな」
本当かなー? ヒビキさんって疲れてても黙ってそうな人だから心配だよ。
「それにある程度の疲労はナノマシンが緩和してくれる。今は必要ないが、必要があればそういう非常手段を取ることもできる」
「ナノマシンってそんなこともできるんですか!」
「人間に元々備わっている機能を強制的に引き出すことと、低調に機能しているものを活性化させることで疲労回復は行われる。昔のようにメタンフェタミンの類を使わなくても、眠気を取り去ることが可能だ」
ナノマシンって本当に便利なんだな……。
「まあ、錬金術でも疲労回復ポーションはありますし。必要だったら言ってくださいね。ナノマシンもいいですけど、ポーションの方もよく効きますよ!」
「うむ。それでひとつ聞きておきたいのだが、その疲労回復ポーションに依存性はないのだろうか?」
「いぞんせい?」
「一度使うと止められなくなることだ」
ふむ。ヒビキさんが奇妙なことを聞いてくる。
「ないですよ。そんなポーションがあったら大儲けしてますよ」
「それはよかった。人体への影響は考えられているのだな」
「それについては先人たちの蓄積がありますので! 錬金術で生み出される薬の効能を記した書物が山のようにうちにもありますから! ヒビキさんも興味があるなら、エステル師匠に借りてみるといいですよ!」
先人たちはいろいろと試行錯誤を繰り返してポーションを作っているのだ。最初期のポーションは毒性があったり、効果が極めて薄かったりしたけれど、コツコツ改良されていき、今の安全で効果的なポーションがあるわけである。
偉大なる先輩錬金術師たちに敬礼!
「錬金術というのはやはり化学の基礎なのだな」
ヒビキさんもボクの説明に納得した模様。
「錬金術、便利?」
「便利だよ、ブラウ君。君も悪いところがあったら治してあげるからね!」
「それ、助かる。自分、傷、多い。治るの、助かる」
「あっ。でも、人間のポーションは新生竜の君に効果があるかな……」
先人たちも新生竜のためのポーションなんてのは考えていなかっただろうしな……。
「錬金術、効果ない?」
「今は分からないかな。今度、試してみようか?」
「そうする。楽しみだ」
新生竜のブラウ君にも効果のあるポーションがあるといいけどね。
「それにしても今日は魔獣除けポーションを使わなくていいのかな?」
「うーん。ブラウ君がいやがるんじゃないかと思って。それに多少の魔獣ならば、新生竜の姿を見ただけで逃げていくはずですし」
一応中級魔獣除けポーションを持ってきているけれど、これって基本的に魔獣の嫌な臭いを発するものだから、ブラウ君がいるのに使うのもどうかと思うのだが。
「自分、気にしない。使え。まだこの山、自分、怖がらないの、いる」
「そっかー。なら、使っておこうかな」
ブラウ君が告げるのに、ボクは中級魔獣除けポーションを体に振りかける。ヒビキさんにも渡し、ヒビキさんもポーションを振りかける。
これで準備万端!
「ではでは、薬草のある場所までレッツゴー!」
「こっちだ」
ボクが景気良く告げるのに、ブラウ君がぴょんとジャンプしてシュトレッケンバッハの山に入っていく。
「そういえば、ブラウ君はダンジョンのことは知ってる?」
「知ってる。自分、あれ、引き寄せられてきた。あれ、自分、呼んでいる、気がした。だから、エルンストの山から、シュトレッケンバッハの山、移った」
「呼んでいる?」
ちょっと意味が分からない。
「ダンジョン、魔獣、引き寄せる。理由、分からない。ただ、あの付近、強く、引き寄せられる。特に意味、ないのに。どうしてか、分からない。ハティも、知らなかった。だから、自分、知らない」
「へー。そんなことが……」
ダンジョンって魔獣を引き寄せるものなんだろうか?
ダンジョンの中に魔獣が住み着くのはよくあることだけれど、その理由は分からない。いつの間にか魔獣は住み着き、ダンジョン最奥までを制圧するまでは魔獣が湧き続けると言われているのだけれど。
「ふむ。ダンジョン探索は急いだ方がよさそうだな。この間のヒュドラもダンジョンに引き寄せられてやってきたのかもしれないのだろう?」
「ヒュドラ、来た。あいつも、ダンジョン、呼んだ。ダンジョン、魔獣、呼ぶ」
「ならば、急がなければな」
ダンジョンを村の目玉にする前に村がダンジョンに引き寄せられた魔獣で壊滅してしまっては意味がない! 早く街道が完成して、ダンジョンの存在を公開できる時がくるのを祈るばかりである。冒険者の人たちにダンジョンを制圧してもらわなくちゃ。
「薬草、こっち。自分、種類、知らない。けど、食べる、安らぐ。ハティ、人間も同じ、言っていた。だから、多分、薬草」
「なんだろう。疲労回復ポーションの材料かな?」
ブラウ君がのそのそとシュトレッケンバッハの山を進むのに、ボクが首を傾げる。安らぐということは疲労回復ポーションに使うような材料だろうか?
「ここ。この薬草。これ、何だ?」
「あーっ! これはー!」
ブラウ君が茂みをかき分けて見せたものは、ウズラの卵のような白い花弁が垂れ下がった薬草だった。これはアカタマゴ草だっ!
「これはどういう薬効があるのだろうか、リーゼ君?」
「これはですね、良質の睡眠薬が作れる素材ですよ。普通にお茶にするとリラックス効果があるんですけど、第2種中和液に浸して薬効を引き出すと、睡眠薬ができるんですよ。この村でもハンスさん辺りは不眠症を患っているみたいですし、これはトールベルクのような都市部でも売れますし、あればあるだけいいものですよ!」
そうなのだ。アカタマゴ草は睡眠薬の材料になるのだ。
この村ではハンスさんとカルラさんがちょっと不眠気味で、たまにうちまで睡眠薬を買いに来る。あまり村では需要がないものかもしれない。
だけれど、村からトールベルクに出荷すれば話は変わる。トールベルクのような都市部では睡眠薬の需要が高く、それでいてアカタマゴ草の価格は高く、あまり流通していない。それがこれだけあるということは一儲けのチャンスである!
「全部、取るの、ダメ。必要な分、取る」
「分かってるよ、ブラウ君。それも錬金術師の教えだからね」
森の薬草を全て採取し尽くしてしまってはいけない。そうすると山は実りを宿さなくなり、長期的には損をすることになる。次の世代のことも考えて、山の恵みは程よく残しておかなければならないのだ。
「じゃあ、適当に軽く採取してと。ついでに苗を持ち帰って裏庭の畑で栽培できないかためしてみよう」
ボクは持って来たスコップで地面を掘り、アカタマゴ草を採取する。
「ところで、どうしてアカタマゴ草というんだ?」
「お茶にすると真っ赤な色をするからですよ。一見すると辛そうなお茶に見えますけれど、実際は優しい味がするんです。今度、ヒビキさんにも淹れてあげますよ。これだけあればお茶にしてもエステル師匠も文句は言わないでしょうし」
アカタマゴ草の由来は、アカタマゴ草を煎じてお茶にすると真っ赤な色のお茶になるからである。昔の人はよくそんな怪し気な色をしたお茶を飲もうと思ったなと思うものであるが、これが美味しいので納得の一品なのだ。
「ふいっ! これぐらいかな。後は残しておこう」
「採取、終わりか?」
「うん。お終い」
半分ほど取ったところでボクは手を止めた。既に背中の籠は薬草で満ちかけている。
「では、次、行こう。まだまだ、知ってる、場所、ある」
「え? まだあるの?」
そんなこんなでブラウ君に付いて行くと、あるある。薬草がたくさん。
ブラウ君はボクが知らなかった採取ポイントも知っていて、珍しい薬草もたくさん手に入った。山を下りるときのボクの背中の籠は薬草がこんもりと盛られている。
「今日はありがとう、ブラウ君! じゃあ、またね!」
「また、ちっこい人間。薬草、見つけたら、教える」
「ボクはちっこい人間じゃなくて、リーゼだよ」
「リーゼ。ちっこい人間、リーゼ。覚えた。リーゼ、また今度」
ボクの言葉にブラウ君は笑うように喉を鳴らすと、シュトレッケンバッハの山の方に向けて飛び去っていった。
「さて、ヒビキさん。早速、アカタマゴ草のお茶を準備しますよ! ちょっと乾燥させたり、煎じたりと時間はかかりますけれど」
「楽しみにしていよう」
お茶の準備ができたのは次の日の夕方で、ボクたちは優雅にアカタマゴ草のお茶を楽しんで、リラックスした気分で過ごしたのだった。
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