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軍人さんと帰還の噂

本日7回目の更新です。

…………………


 ──軍人さんと帰還の噂



 俺はリーゼ君から頼まれた依頼を達成したということで、リーゼ君からクエスト達成証明書を貰い、冒険者ギルドのカウンターを訪れた。


「クエスト達成だ。報酬は貰えるのだろうか?」


「はい。1500マルクとなります。お渡ししますね」


 1500マルクというものの価値が分からない。リーゼ君に聞いておこう。


「おい。新入り。お前がラインハルトの山のレッドドラゴンを討伐したんだって?」


「……ああ。そうだが」


 俺がクリスタに頼んで報酬を受け取ったのに、中年の冒険者が話しかけてきた。


 冒険者という奴は身なりで分かる。俺と同じようにポーチが大量についたジャケットなりベルトを巻いているのだ。そして、そのポケットにはポーションという薬品が詰まっている。いざという場合はあのポーションを使うのだろう。


 俺のタクティカルベストのポーチも弾薬が不要になった今空いているので、ポーションを詰めておくのもありかもしれない。


「ほう。確かに鍛えられた体つきをしてるな。だが、ひとりでやったっての噂は本当なのか? 仲間はいなかったのか?」


「強いてあげるならリーゼ君だ。彼女があの爬虫類の口に薬品を投げ入れ、それで爬虫類の動きが鈍った。その隙に俺は行動させてもらった。それだけだ」


 あの彼女が稼いでくれた貴重な時間のおかげで、レッドドラゴンと呼ばれる爬虫類に近接することができた。もし、彼女の助力がなかったならば、もっと長期戦になっていただろう。そうなると疲弊した体では勝てただろうか?


「そうか。リーゼのポーションって言ったら爆裂ポーションじゃないだろうし、魔獣除けポーションか? あれはクソ苦いことで有名ではあるがな」


「魔獣除けポーションでレッドドラゴンがやられるなんてな!」


 俺の言葉に冒険者ギルドにいた人間が笑い出す。どこか面白かったのだろうか?


「兄ちゃん。あんたは大層な人間だ。最初にいきなりレッドドラゴンをぶっ殺したんだからこれからもバリバリ活躍していくだろう。というわけで、当ギルド恒例の新入り歓迎会に参加してもらうぜ!」


「いや。それは困る。リーゼ君にレッドドラゴンの素材の加工を手伝うと約束していたんだ。急いで帰らなければならない」


「そういうな。俺の酒が飲めないって言うのか!」


 参った。ここに来て酔っ払いに絡まれるとは。


 だが、これからもこの冒険者ギルドで円滑な人間関係を築き、祖国日本に帰るための情報収集をするには付き合った方がいい。この手のイベントは得てして余所者が迎え入れられる貴重なイベントであるのだから。


「ならば、2、3杯、付き合うことにしよう」


「よし! 俺の奢りだ! 好きな酒を頼め!」


 酒か。日本情報軍特殊作戦部隊のオペレーターたちは酒もタバコもたしなまない。肉体を国家によって育て上げられた特殊作戦部隊のオペレーターたちは、その国家が血税で育てた体を腐食させることは許されないのだ。それは俺たちを育てている血税を納めている国民への背信であるとして。


 だが、幸いにして付き合い程度の酒は飲める。体内のナノマシンがアルコールを無害化し、俺はちょっとぐらい飲んでもまるで酔わないのだ。脳や身体への負担もない。だから、エステルとの酒盛りにも応じた。


「安い酒でいい。できれば、度数が低いものを」


「そんなこというな、兄ちゃん! せっかくの奢りなんだから、ウィスキーでも何でも好きなものを頼んでいいんだぞ!」


「では、ウィスキーを貰おう」


 ふうむ。冒険者というのは荒れくれ者たちだと思っていたが、なかなか親しみやすい人たちのようだ。信頼関係を築くことは、そこまで難しいことではないのかもしれない。まあ、キルギスの民兵たちより友好的だろう。


「兄ちゃん。あんた、どこの出身だ?」


「日本だ。聞いたことは?」


「にほん? すまんが、聞いたことないな……」


 さりげなく情報収集を行うが、別段収穫はなさそうだ。


「開拓局の若造が話してたんだが、あんた迷い人なんだって?」


「そうらしい。どうにかして帰る手段がないが探っているところだ」


 ここにいる酔っ払いが帰還の術を知っているとは思えないが。


「迷い人の帰還か。噂によれば腕のいい錬金術師ならばできるそうだぞ」


「それは本当か?」


「分からん。俺も風の噂に聞いただけだからな」


 腕のいい錬金術師。エステルならばできるかもしれない。


「情報に感謝する。俺は用事ができたので抜けていいか?」


「ダメに決まってるだろ。主役が抜けてどうする。ほら、飲め飲め」


 全く、この手の酔っ払いは困る。


 俺はナノマシンの解毒できる限度まで飲むと、トイレに行くと言ってそのまま冒険者ギルドを抜けた出した。一応自分の勘定である500マルクは置いてきている。


 俺は急ぎ早に人工筋肉を脈打たせ、リーゼ君とエステルの店舗の扉を開く。


「おお。やっと帰ってきたか。その様子だと新入りの歓迎を受けたな?」


「ああ。新入りだということで随分と飲まされた。だが、酔ってはいない」


 店先ではエステルが煙管を吹かせていた。本来ならば受動喫煙も心肺能力を低下させるとして日本情報軍としては禁止されているのだが、この場合は例外的な非常時だし、やはりナノマシンが解毒するので問題はない。


「腕のいい錬金術師なら迷い人を元の世界に戻せると聞いた。確かか?」


 俺がそう尋ねるのに、エステルがぼんやりと煙管を吹かす。


「確かにそういう噂はあるぞ。噂によって錬金術師だったし、白魔術師だったりところころと変わる信憑性のない噂だがね」


「そうか……」


 やはり、噂は噂だったか。当てにはならないということだ。


「だが、仮に腕のいい錬金術師があんたを元の世界に戻してくれると言ったら、あんたは元の世界に戻るのかい?」


「そうするのが義務だろう」


 兵士として生きていて、帰還できる見込みがあるならば帰還するべきだ。俺は祖国に忠誠を誓い、軍人の義務を宣誓した立場だ。それが僅かな可能性であったとしても、それに賭けるのが義務というものだろう。


「あんた、元の世界に家族はいるのか? 恋人は?」


「……どちらもいない。家族は事故で俺が高校の頃に他界した。恋人については、そんな時間は欠片も存在しないほどに忙しかった」


 俺の元の世界で、俺の帰りを待っているのは日本情報軍だけだ。


 家族はおらず、恋人もおらず、あの世界に何の繋がりもない俺を出迎えてくれるのは日本情報軍だけである。彼らは喜ぶだろう。金のかかる特殊作戦部隊のオペレーターを失わずに済んだことに。


「これは提案なんだがね。この世界に定住してみたらどうだい? あんたは体で稼げるし、見たところ頭も悪くない。十分に食っていけると思うし、この世界にはその日本情報軍って奴より深いつながりの奴がいるじゃないか?」


 エステルがそう告げるのに俺は考え込んだ。


 深いつながり。リーゼ君とエステルのことだろう。身元も証明できない俺を泊めてくれたどころか、この世界で生活していく術すらも授けてくれた。何とお礼を言っていいのか分からないし、どうお礼をしていいのか分からない。


 そうだな。俺はまだ借りを返していない。


「そうだな。帰還のことを考えるのはまだ早い。借りを返してからだ」


「借り? あんたには借りなんてないよ。あれはレッドドラゴンから馬鹿弟子を救ってくれた礼だ。命の恩人には礼をするものだろう」


「そうもいかない」


 リーゼ君とエステルから受けた借りは大きい。爬虫類1匹を潰したくらいでチャラになるとは思えない。これからはリーゼ君たちのためにも働こう。


「その馬鹿弟子だが裏庭でお前さんと待ってるぞ。レッドドラゴンの素材の加工、手伝うんだったんだろ?」


「そうだった。待たせてしまったな」


 エステルにそう指摘されて、俺は裏庭に向かう。


「遅いよ、ヒビキさん!」


「すまない。冒険者ギルドで時間を食った」


「ああ。新入りの歓迎会か。酔ってる?」


「酔ってない。幸いなことにな」


 リーゼ君も冒険者ギルドの新入りの歓迎会のことはしっていたようだ。


「じゃあ、今から始めますか! とりあえずは錬金術用の鱗を洗って、内臓を洗って、とにかく取ってきた素材を全部洗おう」


「理解した」


 それから俺たちは鱗や内臓を洗い、干すものは干して、保管するものは瓶に入れて油漬けにした。リーゼ君曰く、この量ならば10年間はレッドドラゴン絡みの素材は必要ないそうだ。大量だったのだろう。


「これも全部ヒビキさんのおかげだね! ありがとう、ヒビキさん!」


「大したことはしていない。これからも用事があったら言ってくれ。手伝わせてもらう。それから、これを」


「うん? 100マルク?」


「冒険者登録の時に借りていた金だ。返させてもらいたい」


 後で貨幣価値についてリーゼ君に聞いておかなければ。


「100マルクぐらいどうでもいいのにー。でも、気持ちは嬉しいよ、ヒビキさん。これからもよろしくお願いしますね」


「ああ。こちらこそ」


 帰還の術が見つかれば、俺は迷うことなく元の世界に戻る。そこには無機質で、冷酷な日本情報軍という組織しか待っていなかったとしてもだ。


 やはり、俺は義務と忠誠を簡単には捨てられない。


 俺はそれを言い訳に殺し続けたスマートな殺し屋なのだから。


…………………

本日1時頃に次話を投稿予定です。

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