錬金術師さんと怪物の解体
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──錬金術師さんと怪物の解体
さて、道具と装備を整えなおしてボクたちはヒュドラの死体のある場所まで戻ってきた。幸いにしてヒュドラの死体を貪ろうというチャレンジャーな魔獣はおらず、ヒュドラの死体は食い荒らされてはいなかった。
実を言うとヒュドラの肉をあろうことか生食する地方もあるらしい。舌がピリピリするのがおいしいらしいけど、いつか絶対に死人が出るよ……。
「それではヒュドラの解体を始めましょう!」
「わー!」
ボクが告げるのにレーズィさんとミーナさんが歓声を上げる。このふたりはいつの間にか仲良しになったらしい。
「ヒュドラの体で素材になるのは肝臓、膵臓、脾臓などの内臓と結石です。これは比較的若いヒュドラだったようなので結石が取れるのは少量だと思いますけれど、内臓に関しては期待してよさそうですね」
ボクはそう説明すると鉈を持って、ヒュドラの腹部を慎重に切り裂く。ヒュドラの筋肉は固いので結構力がいる。むむむ……。
よし。無事に腹部が開けた。後は内臓を慎重に取り出していくだけだ。
腹部にはヒュドラの9つの首の牙に繋がる毒袋がある。毒々しい紫色をした臓器がそれだ。これを破ってしまうと他の臓器まで汚染されてしまうので、気を付けて解体する。
慎重に肝臓を取り出し、慎重に胃袋を取り出し、慎重に膵臓を取り出し……。
「ふい。これであらかた採取できましたね。凄い量になりましたけど……」
「またしばらくは内臓と生活だな」
エステル師匠が怒らなければいいけれど。
「この毒袋なんですけど、一応持ち帰ってエステル師匠に加工できるか聞いてみます。エステル師匠なら難なく加工できるかもしれませんけど、これは相当危ないものですからね。この毒袋が湖で破れてたりしたら、今頃は水源が全て汚染されていました」
「ふむ。頭部だけを狙ったのは正解だったか」
そうなのだ。ヒュドラの毒はコカトリスを上回る強力なもので、体の中に入ったら即座に死亡するし、皮膚に触れても骨まで達して死に至るのだ。とんでもない猛毒なので、その取扱いには重々気を付けなければならない。
「この毒袋だけはここで油漬けにしちゃいますね。危ないので」
「手伝おう」
ボクが両手いっぱいの毒袋をそろそろと抱えるのに、ヒビキさんが手を貸してくれた。そしてボクたちは毒袋を油で満たした樽の中にいれて蓋をする。
「よし、これで準備完了です。帰りましょう!」
「帰りましょうー!」
ボクたちは解体し終えたヒュドラの死体を一応森の中に引きずり込んでおくと、各種内臓の詰まった樽や瓶を納めた荷車を押して家へと向かった。
「では、また今度、ミーナさん、ユーリ君!」
「ああ。またな」
ボクたちは家の前でミーナさんとユーリ君に別れを告げた。
「さて、後はエステル師匠の機嫌ですが──」
ボクはそろそろと家の扉を開く。
「はあ? ヒュドラの素材?」
「そうなんですよ。アオノミズ草を採取しに行ったら遭遇して、ヒビキさんたちがやっつけちゃったので。ポーションにして換金出来たら、素材の買い取り代として皆さんに報酬をと思っているんですけど」
「あのな……。いきなりヒュドラの素材を持ち込まれても困るんだが。上級ポーションに加工するのはお前じゃなくてあたしだろうが」
「ま、まあ、そうですけどお金は儲けられますよ!」
エステル師匠、機嫌悪そうだなー……。大丈夫かなー……。
「まあ、いいよ。保存できるよう加工してそこら辺に置いておきな。加工のやり方は知ってるだろう?」
「ラジャ!」
よかった! エステル師匠はやる気だ!
「ちなみに毒袋は採取できたのかい?」
「ええ。でも、あれってここで加工できます?」
「毒抜きすればできるだろう。あれはかなり高いポーションになる。だが、お前はもう指一本触れるな。あれの危険さは分かっているだろう」
「分かってます!」
ヒュドラの毒の怖さは図鑑で散々見たから知ってるよ!
「じゃあ、ヒュドラの素材を加工するのもいいけれど、クリスタの痛め止めも忘れるなよー。あたしは手伝ってはやらんからなー」
「ええー……。エステル師匠、酷いー」
「勝手にヒュドラの素材を持ち込んだ奴がいうな」
「それはまあ」
まあ、いきなりヒュドラの素材なんて扱いにくいものを持ち込んだらそうなるよね。
「リーゼ君。手伝えることがあるなら手伝おう」
「ありがとうございます、ヒビキさん!」
ヒビキさんは頼りになるなー。
「あんまり馬鹿弟子を甘やかさないでくれよ、ヒビキ。素材の加工も修行のうちだ」
「そうなのか? では、どうしたらいいだろうか……」
エステル師匠ー! 余計なこと言わないでー!
「今は非常事態ですから! 明後日までにはクリスタさんの依頼の品を作って納品しなきゃいけないし、ヒュドラの臓器って山ほどありますからね!」
「う、うむ。そうだな。非常事態だな」
ふう。ヒビキさんが納得してくれてよかった。
「私もお手伝いしますよう。出来ることがあったら言ってください」
「じゃあ、まずは──」
ヒビキさんとレーズィさんという頼もしい助っ人を得たボクは臓器を適切に処理していく。胃袋はよく洗ってから乾燥させ、肝臓は油漬けにし、膵臓もよく洗ってから軒先に吊るして干しておく。
さて、これで概ね下ごしらえは完成だ。後はエステル師匠が上級ポーションに加工してくるのを待つのみである。
「リーゼ君。あの毒袋はどのようにして利用するのだ?」
「油に漬けてしばらく置いたら毒性が抜けてきますので、更に蒸留酒に漬けて完全に毒性を無害化したら、治癒用混合液に混ぜて上級体力回復ポーションができるんですよ。火傷や切り傷によく効いて、上級冒険者の人たちが重宝するんです」
「百足の油漬けのようなものか……」
百足の油漬けがどのようなものかは知らないけれど、毒を薬にするのも錬金術の優れたところなのだ。ボクたちは何だって薬に変えられる!
「さて、加工も終わったことだし、クリスタさんの痛み止めの丸薬を作りますか!」
ヒュドラの素材を加工してそれで終わりではないのだ。
ボクはクリスタさんのために頭痛止めの丸薬を作らなければならない。
「まずは第1種中和液に浸して、30分ほど待ったら混合液を煮込む、と」
頭痛止めの丸薬作りは簡単だ。
「これでアオノミズ草の薬効成分が引き出されたので、煮込んだものを取り出して乾燥させていく、と」
アオノミズ草をそのまま食べても頭痛止めにはならない。こうして錬金術によって加工することで初めて頭痛止めになるのである。
「乾燥させたものを煎じて、はちみつと混ぜて丸めてしまえばできあがり!」
乾燥させるのに1晩かかったけど、何とかクリスタさんが指定した納期に間に合いそうだ。よかったよかった。
「これでできあがりなのか?」
「ええ。簡単そうに見えますけど、素材の取り扱いや錬金釜の火加減の調整など、細かなところでテクニックが必要とされるんですよ!」
ヒビキさんが呆気ないと言うように見ているが、ボクだってかなりの練習を積んで初めて作れるようになったのだ。
「ふむ。錬金術というのは知れば知るほど興味深い……」
ヒビキさんがボクの方を見つめるのに、ボクは恥ずかしくなってしまった。
「馬鹿弟子ー。クリスタの依頼の品はできたかー?」
「できましたよ! 今から届けてきます!」
エステル師匠が尋ねてくるのに、ボクはそう返す。
「なら、錬金釜は暫くあたしが使うぞ。ヒュドラの素材を処理せんとな」
「頑張ってください!」
今回も上級ポーション作らせてもらえたりして?
「さあ、届けにいくならさっさと届けに行きな。あの鉄仮面が切れる前にな」
「ラジャ!」
というわけでボクは完成した頭痛止めの丸薬をクリスタさんに届けに行った。
クリスタさんはありがとうございますとだけいい、代金として900マルクを支払ってくれた。頭痛止めのポーションは比較的作るのが簡単だし、素材も簡単に手に入るので、値段は控えめなのである。
「これからも頼みますね、リーゼ」
「はい! お任せあれ!」
さてと、クリスタさんに頭痛止めも納めたし、ボクは家に帰ってエステル師匠が上級ポーションを作る様子をしっかりと見て学んで、いずれはボクも上級ポーションを作れるようにならないとね!
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