表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/103

錬金術師さんと湖の怪物

…………………


 ──錬金術師さんと湖の怪物



「あれー? アオノミズ草がないー?」


 ボクがエステル師匠に頼まれて二日酔いの朝に飲む頭痛止めの丸薬を作ろうとしていたときだ。その材料を探しに倉庫に入ったら、材料のひとつとなるアオノミズ草がすっかり空っぽになっていた。


 ……エステル師匠が毎回二日酔いで飲んでるからだな。


 しかし、困った。アオノミズ草がないと鎮痛剤は作れない。アオノミズ草は解熱剤にもなるから、結構需要が高いのに。困った、困った。


「リーゼ君、探し物か?」


「あっ。ヒビキさん。今日って何かクエスト受けてます?」


「いや。今日は何も。石切り場のクエストは今日はミルコ君たちの番だからな」


 おっと。これはちょうどいいぞ。


「じゃあ、じゃあ、今日は採取の護衛を頼めますか? アオノミズ草って薬草が足りなくて丸薬が作れないんですよ」


「それは構わないが、クリスタにまた何か言われないだろうか……」


「ま、まあ、クリスタさんには抑えてもらいましょう」


 同じ冒険者にばかり依頼してるとクリスタさんからまた怒られそうだが、やっぱり気心の知れた人に頼む方がやりやすいのだ。ヒビキさんって仕事も丁寧だし。


「それでは先に冒険者ギルドに行って待っている」


「はいっ! ボクも準備ができたら向かいますね!」


 採取用の籠やらなにやらを準備しなくちゃね。


「馬鹿弟子ー。まだ作ってないのかー」


「もう。エステル師匠が乱用するから材料がなくなってるんですよ。今からヒビキさんと一緒に採取してきますから待っていてください」


「あたしは構わないが。これはクリスタからの依頼だしな」


「え? クリスタさんも二日酔いに?」


「まさか。あいつはザルだ。いくら飲んでも酔いやしない。ただ、仕事上のストレスとやらで、睡眠時間がおかしくて、寝起きに頭痛がするんだとさ。もうちょっとアルバイトの奴を使ってやればいいだろうに」


 依頼主はクリスタさんだったのか。てっきりエステル師匠が自分で使う分を作らせようとしているんだとばかり思っていたよ。


「というわけだから、材料がないならなるべくさっさと行ってきな。クリスタは納期にはうるさいからね」


「ラジャ!」


 クリスタさんの依頼は納期もきっちりしているのだ。急がないと。


「じゃあ、行ってきまーす!」


「気を付けろよ。シュトレッケンバッハの山とラインハルトの山は未だに魔獣がうろついてるって話だ。魔狼やらゴブリンやらに食われんようにしろよ」


「ヒビキさんがいるから大丈夫ですよ!」


 そうそう、ヒビキさんがいれば大丈夫!


 レッドドラゴンでも何でもどんとこいだ!


…………………


…………………


 ボクは採取用の籠とスコップを背負って冒険者ギルドを訪れた。


 今日はやけに冒険者の人が少ないけど何があったのだろう?


「クリスタさん。冒険者の人たちは?」


「この間の開拓局からの依頼で稼げたので揃って休暇に行ったようです。こうも纏まっていなくなられるとこちらとしても困るのですが」


 クリスタさんに尋ねるのに、クリスタさんがそう返す。


「困りますね」


「困ります」


 冒険者の人たちは騎士や兵士じゃないから勝手に休暇が取れるんだよな。無理やりここにいてもらうわけにもいかないし、緊急のクエストがあったときなんかは困ったことになってしまうよ。


「それはそうと薬草採取の護衛のクエストを発注したいのですか?」


「それは私が頼んでいる薬についてでしょうか?」


「まあ、そんなところです」


「そうですか。では、手続きを始めましょう」


 それからクリスタさんに手続きを進めてもらって、クエスト依頼掲示板にペタリ。


「ヒビキさん。お願いします!」


「引き受けた」


 それをヒビキさんが剥がして、クリスタさんのところに持って行く。


「今日は護衛のクエストかー。もうちょっと難易度高いのに挑みたいな―」


「ユーリ君は冒険者階級上がったんですか?」


「まだD級。いろいろと引き受けたんだけど、なかなか上がらないの。ヒビキの兄ちゃんは2ヶ月でよくB級まで上がれたよな。本当にすげーぜ」


 ふむ。普通冒険者の人がE級からB級に上がるまでには3、4年かかるそうだ。ユリアさんのところは流石はエース冒険者なだけあって2年でB級まで全員が上り詰めたけど、ヒビキさんに至っては2ヶ月だもんね。ちょっとおかしいぐらいだ。


「なあなあ。何か危なそうなクエストってないか? それを達成出来たら、俺の冒険者階級も上がると思うんだけどさ」


「そうは言われても……。もうここら辺で危なそうな魔獣はミノタウロスくらいですからね。他にどうしようもない魔獣ってのはいないですよ」


「そっかー。残念」


 エルンストの山のお化け魔狼──ハティさんの件が片付いたので、もうこの山の周囲にとてつもない脅威というものは存在しない。あるのはちょっとした魔獣の被害と、野生動物による被害くらいだ。


 それも山に入らなければ遭遇することはほとんどない。魔獣と野生動物の拮抗が保たれているのか、魔獣が山から下りてくることはないのだ。だから、麓の住民も魔獣の脅威に晒されることはない。


 ここのところは平和だなー。


「リーゼ君。手続きが終わった。出発しようか」


「はいっ!」


 というわけで、ボクとヒビキさん、レーズィさん、ユーリ君、ミーナさんのメンバーは薬草採取に出発することになった。


 まあ、今回は上級魔獣除けポーションも使うし、そこまで危険なクエストにはならないだろう。無事にアオノミズ草を採取して、クリスタさんのための頭痛止めの丸薬を作れるはずだ。


 不安なことはなしっ! いざ、山へ!


…………………


…………………


 ボクたちはラインハルトの山の麓を進んでいく。


「リーゼ君。薬草の群生地には心当たりがあるのだろうか?」


「ありますよ! アオノミズ草も水辺に生えるんです。ここら辺だと湖が一番近いですね。湖の周りとちょいちょいと採取すれば、あっという間に片付いてしまいますよ!」


「そうか。ならば俺たちは湖まで護衛すればいいのだな」


「そういうことです」


 魔力混合液の材料にもなるシロノミズ草と同じように、アオノミズ草も水辺に生える。こればかりは水気のとても多い場所にしか生えないので、裏庭の畑で栽培するのは不可能に近い。これは採取に頼るしかないのだ。


 ちなみに植物学の分類上はシロノミズ草とアオノミズ草は全く別の品種らしい。どうしてこんな紛らわしい名前を付けたんだろうね?


「あっ。そろそろ湖ですよ。採取を始めますので、護衛の方をよろしくお願いします」


「任された」


 湖の水は今日も澄み切っており、とても綺麗──いや、待てよ。なんだか血の色がするぞ。赤色の血液が向こう側からふわりと澄み切った湖に広がり始めている。


「ヒ、ヒビキさん! 非常事態です! 湖の中に何かいます!」


「理解した。準備しよう」


 ボクの言葉にヒビキさんたちが一斉に戦闘態勢に突入する。


「湖の中にいらえると面倒だな。どうにかして湖から引き摺り出せないものだろうか」


「それでしたらお任せデス!」


 ヒビキさんが湖を睨むのに、ミーナさんが応じた。


「<<氷矢雨>>!」


 ミーナさんが詠唱すると、湖の全体に向けて氷の雨が降りそそいだ。


「ダメだ。まだ出てきていない」


「むむ。こうなったら必殺です。<<爆轟>>!」


 ミーナさんの魔術は水中で炸裂し、湖全体に激しい衝撃が走る。


 不運にも巻き添えになった魚が浮き上がるなか、あの血痕を残した魔獣も正体を現した。それは──。


「ヒュドラ!?」


 9本の首を持つ巨大なドラゴン。それはヒュドラだ!


 い、いつの間にここに住み着いたんだろう……。


「ふむ。面倒な。ヒュドラとはひとつふたつの首を潰しても倒れず、潰した頭も再生するという。図鑑の知識だが、この際はこれを信じるしかない」


「そうですよう! ヒュドラは自己再生するんです! あれを倒すには非常に困難なんですようっ!」


「だが、やらねばなるまい」


 ヒビキさんはナイフを握って構えると、ヒュドラと対峙した。


「ゴオオォォッ!」


「喋らない。まだ若い固体か。悪く思うな。弱肉強食だ」


 ヒビキさんがそう告げるのにヒュドラがヒビキさんめがけて突っ込んできた!


「レーズィ君。頼むぞ」


「了解ですよう! <<速度低下>>!」


 レーズィさんの詠唱にヒュドラの動きがぐんと鈍る。


 あれだけの高位魔獣ならレジストの性能も凄いと思うのだが、レーズィさんは難なく魔術を成功させてしまった。レーズィさんも大概規格外な魔術師だよね。


「私も行きますよ―! <<氷柱槍>>!」


 ミーナさんも氷の矢を放ってヒュドラを攻撃する。ヒュドラは怒りに雄たけびを上げて、その速度を可能な限り上げて、ヒビキさんとレーズィさんを目指して突撃を続ける。このままではヒビキさんたちが危ない!


「援護するぜ、ヒビキの兄ちゃん!」


 ここでユーリ君が参戦した。


「毒蜘蛛の毒と魔獣除けポーションを複合させた特製の毒薬だ。効くぞ」


 ユーリ君がにやりと笑うのに、ヒュドラの動きが痛みからかもだえはじめた。


「さあ、来い、怪物。今、仕留めてやろうじゃないか」


 ヒビキさんはそう告げて、ナイフを構えたまま近づいたヒュドラに向けて飛翔する。相変わらず凄い跳躍力だ。あっという間にヒュドラの頭にまで到達してしまった。


「キシャアアァァッ!」


 ヒュドラがそのヒビキさんぐらいの大人の人でも丸のみにできそうな口を大きく開き、牙を剥き出しにして襲い掛かるのに、ヒビキさんは空中で体を捻って、そのヒュドラの頭に回し蹴りを叩き込んだっ!


 ヒュドラの頭のひとつが戦闘不能になるのに、別のヒュドラの頭がヒビキさんに襲い掛かる。やはりその大きな口を開いて、牙をヒビキさんに突き立てようとその頭部を思いっきり伸ばしてくる。


「鈍い」


 ヒビキさんはそう断じると、襲い掛かってきたヒュドラの顎を掴み、そのままの勢いでヒュドラの喉にナイフを突き立てた、そしてもがくヒュドラにしがみ付き、抉るようにしてそのナイフを引き抜く。


 鮮血が噴き上げ、湖が真っ赤に染まる。


「まずふたつ撃破」


 ヒュドラはふたつの首が潰され、残り7つの頭となった。


「<<回復阻害>>!」


 ヒュドラたちの頭が復活する前にレーズィさんが回復阻害の魔術をかける。これで回復は遅くなったけれど、回復しなくなったわけじゃない。急がないと頭が復活して、またヒビキさんたちに襲い掛かってきてしまう!


「残り時間は10分ほどですよう! 急いでください!」


 レーズィさんがそう大声で告げる。


「私にお任せデース! <<氷柱雨>>!」


 そこですかさずミーナさんが参戦。


 ミーナさんの詠唱と共に氷の槍が空から降り注いだ! 氷の槍はヒュドラの全身を貫きながら、降り注ぎ、頭をひとつ、ふたつと潰す。


「キシャアアアァァァッ!」


 ヒュドラが空に向けて雄たけびを上げると生き残っている口から炎が吐き出されて、ミーナさんが降り注がせていた氷の槍が蒸発してなくなってしまった……。


「ええっ!? そんな馬鹿なっ!」


「魔術に頼りすぎだ。ここはこうやるんだよ!」


 うろたえるミーナさんをよそに矢を番えたユーリ君が狙いを定めて矢を放った。


 矢はヒュドラの目を確実に射抜き、ヒュドラは悲鳴を上げながらのたうつ。


「さっきのより強力な毒だ。全身をやるんは無理だろうが、頭のひとつを潰す分にはちょうどいいだろう。そのままくたばれ!」


 ユーリ君は第二射を浴びせようとするが、それはヒュドラが身を翻したことで回避されてしまった。


「助かった、ミーナ君、ユーリ君。残りは任せてくれ」


 残りって頭4つもあるよ!?


 ヒビキさんはそんなことはお構いなしに駆けだし、既に岸に上陸しているヒュドラめがけて突き進んだ。


 そして、跳躍。


 さっきのミーナさんとユーリ君の攻撃から遠距離からの攻撃に備えていたヒュドラは突然ヒビキさんが飛び掛かってきたことにやや動揺した素振りを見せたものの、すぐさま体勢を整えなおして、ヒビキさんを迎え撃ちにかかった。


 ヒュドラがその牙を剥き出しにして、ヒビキさんに襲い掛かる!


 ……結果から言うとヒビキさんの圧勝でした。


 ヒュドラはヒビキさんの腕に噛みついて毒液を流しこもうとしたけれど、それは牙が折れるだけに終わった。ヒビキさんはヒュドラの頭の上を飛び回り、残った4つの頭を次々に切り裂き、叩き折り、頭蓋骨を粉砕していく。


 ヒュドラが地面に倒れるまではあっという間のことであった。


「なかなかの強敵だったな」


「本当ですか……?」


 ボクにはどう見ても余裕だったようにしか見えなかったけど。


「やりましたねえ、ヒビキさん! ヒュドラ討伐なんて凄いことですよう!」


「やったな、ヒビキの兄ちゃん!」


「やったデスね! 援護した甲斐があったというものデス!」


 無事ヒュドラが討伐されたのにレーズィさんたちがやってきた。


「全員の連携が成し遂げたことだ。これでレーズィ君とユーリ君の冒険者階級も上がるのではないだろうか。流石にここまでの大物を仕留めればな」


「そうだよな! やっとC級冒険者になれるかもしれないぜ!」


 ユーリ君は嬉しそうだ。


「でも、ヒュドラの討伐依頼なんてでてないデスよね? ってことは報酬は……」


「でないですねえ……」


 ああ。そうだった。


 冒険者ギルドにはヒュドラの討伐依頼なんて出てないし、ヒビキさんたちはそのクエストを受注してもいない。なので、これだけの苦労をして倒したヒュドラだが、冒険者ギルドからは報酬は一切出ません……。


「はあああ……。骨折り損のくたびれ儲けデース……」


「まあ、いいではないか。ここに何も知らない村人が来ていたら襲われていた。襲われてから討伐依頼を出しても遅すぎる」


 ミーナさんががっくりと肩を落とすのに、ヒビキさんがそう告げる。


 ヒビキさんはここの出身じゃないのに村の人に本当に親切だね。


「あっ! ヒュドラの素材って上手く加工すれば上級ポーションの材料になりますから、それで儲けたお金の一部をお支払いしますよ! 素材買い取り費用と言うことで!」


「本当デスかー!? リーゼさん、あなたは救いの女神デース!」


 そこまで言わなくても。


「ミーナさんはお金に困ってるんですか?」


「ううっ。遺跡探索は実を言うとよっぽどのことがない限り儲からないのデス。ちゃんと準備を整えて挑むとなるとどうしても出費がかさんで。でも、今回の遺跡は10階層以上と聞いています。きっと得るものがあるはずデスッ!」


 ダンジョンってもっと儲かるものだから冒険者の人たちがやって来るのかと思ったけど違うのかな?


「ダンジョンって儲からないんですか? うちのダンジョンを村の目玉にしようってみんなは考えているみたいなんですけど」


「ただ潜って珍しい物品を漁ってくるだけなら儲かるデス。けど、私はこう見えても考古学者! 単に遺跡から珍しいものを持ってくるだけでは満足できません。そこにあるものの意味を理解してこそ遺跡発掘の意味はあるのデース!」


「そ、そうなんですか」


 まあ、完全に儲からないというわけでもないから冒険者の人も来てくれるかな。


「それはそうと、このヒュドラの死体ってどうやって持って帰りますう?」


「まあ、解体して順次ってところでしょう。レッドドラゴンを討伐したときと同じです。必要な部位だけを抜き取って運びましょう。でも、十二分に注意しないとヒュドラは皮膚にくっついただけで死に至る毒を体内に貯蔵してますからね」


 それも錬金術の材料になるのだけれど、かなり危険な作業になると聞いている。


「後で家から作業服と手袋を持ってくるので、今は一旦帰りましょう。アオノミズ草を採取してからですけど」


「そうだな。そうしよう」


 というわけで、ボクたちは一旦家に帰ることに。


 ヒビキさんたちは冒険者ギルドに立ち寄り、ヒュドラ討伐の件をクリスタさんに伝えたそうだ。クリスタさんは報酬は何ひとつとして渡してくれなかったけれど、その代わりユーリ君がC級冒険者に昇格した!


 ユーリ君はこれから頑張ってお姉さんのユリアさんに追いつくと意気込んでいる。


 さて、ボクの方もエステル師匠に追いつけるように頑張らなきゃね!


…………………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ