錬金術師さんと夏祭りの準備
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──錬金術師さんと夏祭りの準備
夏祭り開催まで残り2日となった。
氷室ではすっかりお肉の形になったグリフォンやシカ肉、イノシシ肉が保存されて美味しく食されるのを待っている。グリフォン肉のことを思うと、ついつい涎が出て来てしまうのである。グリフォン肉は美味しいからな―。
さて、それはそうと今年の夏祭りでも出店をやることになった。
何を出そうか?
「炭酸ポーションでいいんじゃないかい。どうせ、錬金術屋の出店にはそこまで興味はないだろうし」
「エステル師匠、酷いです」
けど、エステル師匠の言うことにも一理あるのだ。他の農家さんは美味しい家庭料理などを振る舞うのだけれど、ボクたちは錬金術師だ。炭酸ポーションは以前の祭りでも人気だったし、錬金術師らしい出し物なのでいけると思う。
「じゃあ、炭酸ポーションでいきますね。効果は何にしましょうか?」
「飲みやすい疲労回復ポーションがいいだろうね。低級の捨て値で売ってるような奴をお祭りのムードで高く売りさばく。よかないかい?」
「エステル師匠ー……」
お祭りの日はお金儲けなんかは横において楽しむものなんだよ。
「とりあえず、低級疲労回復ポーション作っておけ。あたしが炭酸にしておいてやるから。さあ、働いた、働いた」
「ラジャ」
低級疲労回復ポーションを作るのは簡単だ。ホホノナガレ草を煎じて、治癒用混合液に混ぜて30分ほど放置し、そのままザルでこしたものを錬金釜に入れるだけ。
それでいて、疲労はかなり取れる。そりゃあ、中級疲労回復ポーションや上級疲労回復ポーションには及ばないけれど、それなりの効果があるってもんだ。
ボクは拡張した裏庭の畑に向かうと、ホホノナガレ草の葉をちょいちょい採取し、家の中に持ち帰る。
素材はよく水洗いして、綺麗になったら煎じる。
ゴリゴリとすり鉢で煎じ、それを治癒用混合液に注ぐ。
後は30分待つ。
そして、薬効の染み出たものをザルで煎じたホホノナガレ草をこして、薬効が染み出た治癒用混合液を錬金釜に注ぐ。それから錬金釜で沸騰しないほどの温度でコトコトと煮込んでいく。ここで熱をかけすぎて薬効が飛ばないように注意!
「できあがり!」
見事に低級疲労回復ポーションが完成した。
「エステル師匠ー。できましたー」
「そこに置いてな。あたしが炭酸にしておいてやるから」
炭酸にするには何か複雑な工程が必要らしいけど、ボクにはまだ分からない。いずれ、エステル師匠に教わってマスターしたいところである。
「さて、そろそろ会議の時間か」
「会議?」
「夏祭りの実行委員会の会議さ」
エステル師匠、今年は実行委員なんだ。そういうのは面倒くさいから嫌だっていつも言ってるのに。珍しいこともあるものだ。
「何もあたしが自主的にやりますって言い出したわけじゃないよ。こういうのは全員でやるべきだってことで回ってきただけだ。全く、面倒な」
エステル師匠が不機嫌そうだ。これは余計なことは言わない方がいいな。
「あんたは夏祭りの準備をしてる連中にポーションの配達に行く予定だろう? 準備はできてるんだろうね?」
「ばっちりです! 疲労回復ポーションをたっぷり準備しましたよ!」
ボクはボクで夏祭りの準備をしている人のためにポーションを依頼されていて、そのポーションを作っておいたのだ。低級、中級の疲労回復ポーションを箱いっぱいに。これを荷車で配達するのである。
「じゃあ、あたしは出かけるからちゃんと戸締りはしておくんだよ」
「ラジャ!」
エステル師匠はそう告げると出かけていった。
さて、ボクもポーションを配達しなくちゃ。
夏祭りの準備をしているのは広場と集会場周辺。
そこに3箱分の疲労回復ポーションを運ぶ。うんしょ、うんしょっと。
「ポーションの配達に来ましたー」
「おう。リーゼちゃん。そこに置いておいてくれ」
夏祭りの準備を行っている広場では櫓が組まれ、出店の準備も進んでいる。まさに夏祭り前夜だ。これからお祭りになるかと思うと胸が躍るよ!
「リーゼ君?」
「ヒビキさん? ヒビキさんも夏祭りの準備ですか?」
「ああ。地域貢献も大事だと思ってな」
ヒビキさんってば真面目。
「実際のところ、まだ完全には村に馴染めた気がしないんだ。レーズィ君やユーリ君は早くも馴染んだが、俺は異邦人ということもあってか少し距離を置かれている気がしてな。少しでも村に馴染めるようにこういう行事には積極的に参加することにした」
「そうですか? みんなヒビキさんに感謝してると思いますよ?」
「そうだろうか」
「そうですよ。ラインハルトの山のレッドドラゴンを討伐したのもヒビキさんですし、エルンストの山のハティさんを従えたのもヒビキさんですし、ここら辺の山々がそこまで危険じゃなくなったのはヒビキさんのおかげですよ!」
ヒビキさんはこれまで村にとって脅威だったラインハルトの山のレッドドラゴンや、その子供である新生竜、そして未知の存在だったエルンストの山のお化け魔狼の問題を解決してくれた。それをありがたいと思わない人はこの村にはいないよ!
「だが、やや距離を置かれている気がする」
「ふうむ。ヒビキさんが凄いエース冒険者だから、みんな遠慮してるだけじゃないですかね? 距離を置かれているというよりも畏敬の念を持たれている的な?」
「そうだろうか。なんにせよ、住民とは親しくしておきたい。いつ世話になるかもわからないからな。このような小さなコミュニティーで孤立することは些か致命的だ」
ヒビキさんってなんだかまだ落ち着いてないよね。
……まだ元の世界に帰るつもりなのかな?
正直、帰って欲しくはないな。身勝手かもしれないけど、ヒビキさんが来てから開拓村はずっと賑やかになった気がする。それにもう我が家の一員だし、ヒビキさんがいなくなっちゃうなんて寂しくて耐えられそうにないよ。
「ヒビキさんは元の世界に帰る手段があったらどうします?」
「それは……帰るだろう、元の世界に。俺は軍人だ。祖国への忠誠と軍人としての義務を果たすためには帰還するしかない」
「でも、元の世界には家族も恋人もいないんですよね?」
「ああ。いない。待っているのは軍の関係者だけだ。頼りになる戦友たちがいるし、面倒な上官がいる。たとえ日本情報軍という組織しか俺の帰還を待っていなくとも、俺は帰還するべきなのだ。それが忠誠と義務というものなのだから」
「そうですか……」
ヒビキさんは軍人さんだから仕えている国に未だに忠誠を尽くしている。この世界の騎士の人が異世界に行っても、やっぱり主君に対する忠誠は揺るがないだろう。
でも、ヒビキさんには本当にここにいてもらいたい。もうヒビキさんがいない生活なんて考えられないよ。ヒビキさんは優しくて、紳士だし、それにとっても強いし。これからもずっとこの村にいて欲しいよ。
「ところでリーゼ君。この夏祭りは何を祝うお祭りなんだ?」
「夏祭りは別名聖ブリギッド祭りとも言われていて、神様が初めて人間に赤魔術を授けられたときのことを祝って、開催されるんです。赤魔術師のお祭りですから、何もかもダイナミックに行うのが特色ですね」
「今度は赤魔術師のお祭りか。青魔術師や黒魔術師のお祭りもあるのだろうか?」
「青魔術師はお祭りが冬にありますけど、黒魔術師のお祭りなんてないですよ! 黒魔術は禁じられた魔術なんですから!」
「そうだったな」
黒魔術師のお祭りなんて何をするのか分かったものじゃないよ!
黒魔術師がみんなレーズィさんみたいに親しい人ならいいけど、大抵は人間を実験材料にしたり、生贄を捧げたりするような物騒な人たちなんだから!
「では、赤魔術師のお祭りということはエステルの主役だな」
「今年の夏祭りはエステル師匠も実行員会に加わっているんですよ! きっと派手な出し物とか予定しているかもしれませんね!」
前みたいに花火を打ち上げたり、赤魔術を使った出し物をしたりとか!
「楽しそうだな」
「楽しいですよ! 期待して待ってましょう!」
ヒビキさんが微笑むのに、ボクも満面の笑みだ。
「それじゃあ、夏祭りの準備頑張ってくださいね! って、レーズィさんとユーリ君はどこですか?」
「彼らも設営を手伝っている。ほら、あそこだ」
ボクが告げるのに、ヒビキさんが広場の隅を指さす。
「姉ちゃんのゴーレムは本当に便利だな」
「重たい荷物があったらいつでも言ってください! このレーズィ式魔道ゴーレム2号がお助けしますよう! どんなに重たい荷物でも軽々です!」
レーズィさんというよりゴーレムが働いている。
レーズィさんのゴーレムは遂次開拓局が買い取ることになっているので、今働いているゴーレムはレーズィさんが試験用に残したものだろう。ゴーレムの動きは人間のように滑らかなもので、重たそうな丸太などを軽々と持ち上げる。
「次はこっちを頼む、ちびっこ!」
「ちびっこじゃねーよ! 俺は大人だ!」
ユーリ君の方は普通に設営を手伝っている。見た目は女の子のようだけど筋力はパワフルらしい。設営をしている人の指示に応じて重そうな木材などを運んでいる。
「では、リーゼ君の疲労回復ポーションも届いたことだし、もうひと頑張りするとするか。後2日以内には会場を完成させておかなければならない。だが、この調子ならばちゃんと納期に間に合うことができるだろう」
「そうですね! ボクも応援するので頑張ってください!」
そう告げてボクはヒビキさんと別れた。
夏の暑さが厳しくなっていくなか、楽しみと言えば氷菓子か夏祭りぐらいのものである。その夏祭りでは氷菓子も出店に並ぶので、とても美味しい。
湖で水浴びを楽しむってこともあるけど、今のシュトレッケンバッハの山の様子を見るにとてもではないが湖では遊んでいられない。
今年の夏祭りは全力で楽しむぞっ! おーっ!
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