錬金術師さんと自称ダンジョン探索のエキスパート
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──錬金術師さんと自称ダンジョン探索のエキスパート
今日は飛行船でお客がきたらしい。
まだ観光地は整備中でただの田舎村なのに、わざわざ誰が来たんだろう?
「ヒビキさんはこれから冒険者ギルドですか?」
「ああ。夏祭りのための食肉を確保する仕事だ。グリフォンの肉やイノシシの肉、シカの肉などが求められているらしい。そこまで難易度の高いクエストではないが、ユーリ君の冒険者階級を上げるにはちょうどいいと思ってな」
そうだ! 夏祭りだ!
そろそろ暑さが絶頂期を迎える中、夏祭りの時期が訪れた。
今年の夏まつりも盛り上がるといいなー。この間の花火は噂になったらしいから、村の外からもお客さんが来たりして!
「それじゃあ、ボクも香草の採取に向かわないといけないですね。この間、採取した香草は聖ペトロ祭で全部使い切っちゃいましたから」
「それならばついでにリーゼ君のクエストも受けようか? もちろん危険はあるが、君を守ると約束しよう」
「お願いします!」
というわけで、ボクたちは冒険者ギルドに向かう。
「はあっ!? 間違いなくここにはダンジョンがあるはずなんデス!」
と、ボクたちが冒険者ギルドの扉を開いた途端、興奮した女性の声が。
「残念ですが当ギルドでは今の状況、ダンジョンの存在を確認していません」
「そ、そんなー……」
クリスタさんと話しているのはボクより頭ひとつ大きな女性だった。冒険者らしくポーチが大量についたジャケットを纏い、魔術師であることを示すローブに身を包んでいる。赤毛を一本結びにして、背中に流しており、飾り気のない人だ。
「この村にダンジョンがあるって噂を聞いてきたのに……。空振りだなんて……」
女性はしょぼーんと肩を落とすと、ふらふらと冒険者ギルドから出ていきそうになる。だが、ヒビキさんとすれ違う瞬間、その女の人はヒビキさんの方向をクルリと向いた。
「その黒髪に大柄な肉体。さてはあなたはヒビキという冒険者ではありませんか?」
「その通りだが、何か用事だろうか?」
「私をあなたのパーティーに入れてください!」
唐突にその女性はヒビキさんに頭を下げた。
「いや、どういうわけだろうか? 俺たちは確かにパーティーメンバーを募集しているが、随分と急な話のように思える」
「いえいえ。その実力は帝都の一部にまで響いているのデス。ひとりでレッドドラゴンを討伐したとか、新生竜7体を軽く捻ったとか。そのような伝説的な人と組めれば、私の生存率がぐーんと上がること間違いなしなのデス!」
ヒビキさんの話は帝都にまで響いているのか。流石はヒビキさん。
「それにこの村ってやっぱりダンジョンありますよね?」
「それについては何も言えない。言える立場にない」
「ということはあるんデスね!」
ヒビキさんが否定しないから、女の人はダンジョンがあるって察しを付けちゃった。
「私、ソロで冒険者をやっているのですが、ソロだとやはりつらいことがありますし、そちらのパーティーに加えていただけたらなと思うのデス。どうでしょうか?」
「その前に先に名前と役割を教えてもらえるだろうか?」
「ああ! 失礼しました、私はヴィルヘルミーナ・フォン・ヴュルテンベルク。ミーナと呼んでください。役割は赤魔術師です! それから超古代文明を調査する考古学者でもあります! どうぞお見知りおきをっ!」
ミーナさんが勢いよく自己紹介した。
貴族の娘さんなのかな? それなのに冒険者をやるって変なの。
「ミーナ君か。こちらも赤魔術師をパーティーに加えたかったところだ。冒険者ギルドの階級はどれほどだろうか?」
「B級になりたてデス! 一通りの魔術は使えますよ!」
ミーナさんテンション高い。
「ならば、他のパーティーメンバーの意見も聞いてみよう。俺ひとりで決めるわけにはいかないからな。レーズィ君、ユーリ君。君たちはどう思う?」
そこでヒビキさんがレーズィさんとユーリ君に問いかけた。
「私は新人さんは歓迎ですよう! このパーティーはちょっとばかり火力不足気味でしたからねえ」
「俺も文句はない。赤魔術師は便利だからな」
レーズィさんも、ユーリ君もミーナさんを入れることに不満はなさそうだ。
「では、歓迎しよう。ようこそ“チーム・アルファ”へ」
「“チーム・アルファ”? 変わったパーティー名デスね」
ボクも変わっていると思うよ。もう慣れたけど。
「……ところで、ヒビキさんたちはこの村にあるというダンジョンの存在を場所をご存知ではないですか?」
「いや。知らないな」
ヒビキさんは首を横に振る。
「それってレーズィの姉ちゃんが暮らしてたってダンジョンか?」
うわーっ! ユーリ君喋っちゃダメ!
「やはりご存知でしたか! どうか教えてください!」
「このことを内密にできるか?」
「もちろんデス。誰にも喋りません」
ヒビキさんが真剣な顔をして尋ねるのに、ミーナさんがコクコクと頷く。
「では、案内しよう。クエストのついでだ」
「よろしくお願いします!」
こうしてヒビキさんのパーティーにとても賑やかな人が加わったのだった。
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「ここが件のダンジョンだ」
「ほうほう。なるほど」
ダンジョンそのものはレーズィさんが認識阻害の魔術で隠していたので、レーズィさんが認識障害の魔術を解くと、ダンジョンの入り口が姿を現した。
「これは超古代文明の遺産で間違いないデスね。ちなみに階層は?」
「10階層以上だと聞いている」
「10階層以上!」
ヒビキさんの言葉にミーナさんが目を丸くする。
「ち、ちなみにもう誰か挑みましたか?」
「1階層をレーズィ君が研究室として使っていた以外は手付かずだそうだ」
「手つかずの10階層のダンジョン……!」
ミーナさんは本当に興奮しているようだ。
「ああ。早く探索したい。けど、今はダメなんデスよね……」
「そうだ。開拓局から適切な日時に発表される」
「適切な日時デスかー」
開拓局はまだダンジョンの存在を伏せている。不必要にダンジョンがあると明かすと大混乱が起きるからだ。冒険者が押し寄せ、それを支えるためのものは高騰し、開拓村はダンジョンのせいで滅んでしまう。
「このことは内密に頼むよ、ミーナ君」
「はあい。はあ、探索したい。謎を解き明かしたい」
ミーナさんは未練たらたらにダンジョンを後にした。
「では、クエストに入ろう。肉集めと香草集めだ。肉はグリフォン、イノシシ、シカなどから選択される。グリフォン肉には特別報酬が出る。気合を入れていこう」
「了解ですよう!」
ボクも香草を集めるぞー!
というわけで、ボクたちは獲物と香草を求めてシュトレッケンバッハの山をうろうろする。ボクは香草が群生している場所を知ってるけど、ヒビキさんたちは獲物がどこにいるのかは分からないのだ。なので、うろうろする。
「いた。シカだ。2体いる」
そこでユーリ君が弓矢を構えた。
森の中を2体のシカが歩いていた。ボクたちに気付いた様子はない。というのも、レーズィさんが消音の青魔術をかけているのだ。ボクたちは物音ひとつ立てずに、この森の中を進んでいた。それにシカとボクたちの間には距離が100メートルはある。
「やれるか、ユーリ君?」
「これぐらい余裕だよ、ヒビキの兄ちゃん。だけど、1体しかとれないだろうな」
ユーリ君は100メートルの距離でも矢を当てられるらしい。凄い。
けど、1体が矢で射られたら、別の1体は逃げちゃうだろう。せっかくなら2体仕留めたいところだけど。そうすればノルマ達成は速いし。
「ここは私にお任せデス!」
ここで名乗りを上げたのがミーナさんである。
「同時にしかけましょう、ユーリさん。3、2、1デスよ」
「分かった。3、2、1だな」
ミーナさんが告げるのに、ユーリ君が頷く。
「3」
シカは逃げる様子はない。
「2」
ヒビキさんはナイフを構えている。
「1!」
ここでユーリ君とミーナさんが動いた。
「やあっ!」
「<<氷柱槍>>!」
ユーリ君の弓からは矢が放たれ、ミーナさんの手からは氷の槍が飛び出す!
「!?」
そこでシカは初めてボクたちに気付いたけど時すでに遅し。
ユーリ君の放った矢はシカの眼球に突き刺さってそのままシカを屠った。ミーナさんの氷の槍もシカの首を貫き、シカは暫くもがくと地面に崩れ落ちた。
「やりました! これで2体ゲットデース!」
ミーナさんがうきうきした様子でそう宣言する。
「ふむ。ミーナ君の赤魔術は氷なのか」
「炎も使えますけど、ここで丸焦げにしたら困るでしょう?」
「それもそうだ。獲物を運ぼう」
ヒビキさんが納得した様子なのに、ミーナさんが胸を張る。
「……どうやらお客が来たようだ」
「お客?」
不意にヒビキさんが立ち止まってナイフを構えるのに、レーズィさんが首を傾げる。
「グリフォンだ。数は2体。降下してきている。戦闘に備えてくれ」
「マジだ。グリフォンの羽音がする……!」
ええ!? ボクには何も聞こえないよ!?
「来るぞ」
ヒビキさんがそう告げるのに上空からグリフォン2体が急降下してきた。
幸いにしてその狙いはボクたちではなく、地面に倒れているシカの方だった。人の狩った獲物をグリフォンたちは満足そうについばみ始める。なんて奴らだ!
「グリフォン肉にはボーナスが出る。仕留めてしまおう。レーズィ君、頼んだ」
「お任せあれ! <<速度低下>>!」
レーズィさんがすかさず青魔術を行使して、グリフォンたちの動きが鈍る。
「続けて<<速度上昇>>!」
「その調子だ。一気に片を付ける」
ヒビキさんが駆けだし、グリフォンに迫る。
「キイイィィッ!」
グリフォンは雄叫びを上げて、ヒビキさんに向けてその鋭い爪の並ぶ腕を振り上げた。ヒビキさんはそれに構わず一気に1体目のグリフォンに向けて飛び込んだ。
ヒビキさんはグリフォンの腕を片手で払うと、もう一方の腕でグリフォンの喉にナイフを突き立て、抉るようにして引き抜いた。グリフォンから大量の血液が撒き散らされ、ヒビキさんの頬を濡らす。
「まずは1体」
ヒビキさんは素早い。1体目のグリフォンが既に致命傷を負ったと判断するとそれが倒れ込んでくる前に飛び出し、2体目のグリフォンに近接する。
グリフォンは甲高い雄叫びを上げながらヒビキの突撃を阻止しようと、横薙ぎにその腕を振るって攻撃を繰り出してくる。
「ふん」
ヒビキさんは横から飛んできたグリフォンの腕を足で叩き返すと、そのままの勢いで回し蹴りをグリフォンの頭部に叩き込んだ。グリフォンの頭蓋骨が砕ける音と首の骨がへし折れる音が鳴り響き、グリフォンは痙攣しながら地面に倒れた。
「終わりだ」
あっという間。ほんの30秒程度でヒビキさんは2体のグリフォンをやっつけちゃった。
「おおっ! 噂は本当だったのデスね! これがヒビキさんのお力!」
初めてヒビキさんの戦闘を見たミーナさんは興奮した様子でそう告げる。
「流石はレッドドラゴンや新生竜7体を討伐されただけの人デス! これならばどんな遺跡だろうと攻略できますよ! 流石デース!」
「いや。俺は生憎、遺跡の攻略などこれまでしたことはない。室内戦の心得は多少なりとあるが、それだけだ」
「今の戦いぶりならば大丈夫デース! 遺跡を徘徊するミノタウロスやケルベロスといった魔獣もヒビキさんならいちころデース!」
「そうだろうか」
テンション高いな、ミーナさん。
「それはそうと肉を運ぼう。これだけあればノルマは達成だ。シカ肉はグリフォンについばまれてダメになってしまったが、グリフォンが2体もあれば文句は言われまい」
「そうですねえ。グリフォン肉、美味しいから楽しみですよう!」
みんなでグリフォン肉食べたのはいい思い出だ。
肉団子にしてもいいし、普通に焼いてもいい。グリフォンは本当に美味しいから、ボクも楽しみだよっ!
「じゃあ、肉が傷まないように冷凍しておくデス」
ミーナさんはそう告げると魔術を行使し、グリフォン肉をキンキンに冷凍した。
「凄いな。一瞬で冷凍するとは」
「その代わり射程はほぼゼロデス。それに生きている相手にはこの低位魔術はレジストされて、効果が及ばないことが多いデス。こういう時にしか役に立たない魔術デスよ」
ヒビキさんが感心した様子で見つめるのに、ミーナさんが肩を竦めた。
「レジスト? 対抗魔術というものか?」
「対抗魔術は高位の青魔術デス。相手の魔術を理論上は全て掻き消すことができます。それとは別に生きている生物は、生まれ持っての魔術への抵抗力を有しているのデス。低位魔術などはその抵抗力──レジストで効果を及ぼさない場合があるのデス」
「ふむ。となると、レーズィ君の行使する青魔術はレジストの影響を受けないよりレベルの高い魔術ということだろうか?」
「そうデスね。見たところかなり高位の魔術師さんのようデスが、どのような事情でこのパーティーに?」
「偶然知り合ってな」
流石に黒魔術師が出る噂を聞いて、ダンジョンに押し入ったとは言えない。
「ふむふむ。そこの少女も凄い弓使いですし、レベルの高いパーティーデスね!」
「だ、誰が少女だっ! 俺は男だ!」
「え? そうだったのデスか?」
ユーリ君は確かに女の子にしか見えないけれど、れっきとした男の子だよ……。
「全く! 失礼な魔術師だ!」
ユーリ君、怒っちゃった。
「グリフォンの肉は俺が運ぶ。また解け始めたら冷凍の魔術をかけてくれ。こうも暑いとすぐに溶け始めてしまうだろう」
「了解デス。任せておいて欲しいデス」
ヒビキさんはちょっとした馬サイズはあるグリフォンの前足を掴んで持ち上げると、特に重さを感じることもなく、山を下り始めた。本当にヒビキさんってば規格外なスペックをしてるよね。あんなに重いものをよく運べるよ。
そんなこんなで無事にグリフォン肉を冒険者ギルドに納め、グリフォン肉は氷室に運ばれていった。夏祭りの日にはご馳走が期待できるぞ。今からワクワクしてくる。
「しかし、ダンジョンか……。ミーナ君は探索するつもりのようだが、実際のところどれほど危険なのだろうか?」
うちの店舗兼家に帰ってきてから、ヒビキさんがそんな言葉を漏らす。
「ダンジョンは罠がいっぱいあって、その上高位魔獣もうろうろしてて、とっても危険らしいですよ。ミーナさんはこれまでダンジョンに潜った経験があるみたいですから、ミーナさんと相談しながら決めたらどうですか?」
「そうしよう。無駄なリスクは負いたくない。ダンジョンの存在が公表されれば、他の地方からも冒険者たちが集まってくるようだし、無理に俺たちが探索をする必要もない。だが、ミーナ君がどうしても探索したいというならば考えなければならないな」
ミーナさんはダンジョン攻略する気満々だもんね。ダンジョンが危険な場所であるということはミーナさんも認識してるだろうけど、それ以上に知識欲が前面に出ちゃってる感じ。ミーナさんはどうやってもダンジョンを攻略したがるだろう。
「まあ、街道もまだ途中までしか完成していませんし、ダンジョンの公開はまだ先の話になると思いますよ。ダンジョンの存在が公表されないと、ボクたちもダンジョンの攻略に挑むことはできませんし」
「その通りだな。これからミーナ君にダンジョン攻略のノウハウを聞いておこう。それが生き延びるための材料になるだろう」
まだ冒険者たちの食料を補うための街道は未完成。レーズィさんが言うには、ゴーレムが作業に慣れてきたので残り150日程度で完成するとのことだった。何年もの間待ち続けてきた街道がようやく完成するとなると、喜びでいっぱいだ。
観光地の開発といい、この村は確実に発展していっているな!
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