錬金術師さんと竜の素材
本日6回目の更新です。
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──錬金術師さんと竜の素材
レッドドラゴンにはポーションの材料になるものがいろいろとある。
鱗は煎じて治癒用混合液に混ぜれば、極上の疲労回復ポーションになる。それから内臓の中でも胆嚢は乾燥させてからモモモドキの葉と一緒に治療用混合液に浸せば、胃痛などによく効くポーションが出来上がる。
レッドドラゴンに捨てる場所なし。肝臓から脳みそ、腸に至るまで錬金術の素材になるのだ。エステル師匠も思わぬ収穫に満面の笑み──はないか、だってエステル師匠だもんね。いつもように仏頂面だと思う。
さて、あれからレッドドラゴンの死体はどうなっているかなー?
「キイイィィ!」
うげっ! あれだけ魔獣除けポーションをばら撒いたのに、コカトリスが死肉を漁ろうとしている! まだ鱗に阻まれて内臓などは持って行かれてないけど、コカトリスがいるってだけで面倒くさい! あれって隙あらば毒をまき散らすし!
「始末してこよう」
「あ、危ないですよ。ここに一応毒消しのポーションはありますけど……」
「問題ない。すぐに終わらせてくる」
ヒビキさんが駆けだした。人の話を聞いてくれないな、本当に!
「キイイィィ!?」
「お前は喋らないんだな。安心した」
ヒビキさんが雄たけびを上げるコカトリスにそう告げるとナイフを手に、コカトリスに突っ込んだ。そしてコカトリスの首にあのレッドドラゴンすらノックアウトした打撃を叩き込んで首をへし折ると、ナイフで首をさばいてトドメを刺した。
全てが一瞬のことでボクも“黒狼の遠吠え”のパーティーもぽかんとしていた。
「済んだぞ。仕事を始めよう」
「う、うん。仕事にかかろうか」
なんというかヒビキさんは規格外だ。ボクたちの神経で考えちゃダメな人だ。
「あっ。ヒビキさん。コカトリスの体液にはなるべく触れないようにしてくださいね。それは処理してないと人間にとって毒になりますから」
「理解した」
まあ、ヒビキさんはコカトリスの体液を欠片も浴びていない。首を裂いたときも血が逸れるように首を裂いていた。それが事前に毒のある生物だと聞いた上での行動なのかは、まだ疑問だけれども。狙ってできる技なのかな?
「まずは腐らないうちに内臓からいただきましょう!」
ドラゴンの肉や内臓は腐りにくい。寄生虫などはいないためらしい。そのため地方によっては生食にしたりするらしいけれど、ボクは生のドラゴンを食べたいとは思わないかなー……。そもそも新生竜ぐらいじゃないとこんなに簡単には倒せないはずだし。
「凄いな。頭蓋骨に一撃か」
「お前はやれるか、リオ」
「無理だろう。レッドドラゴンの頭蓋骨をまるで飴細工みたいに砕いている。人間がやれるような所業じゃないぜ。魔術じゃないのか?」
手伝って欲しいんだけど、“黒狼の遠吠え”のパーティーメンバーの方々はどうにもレッドドラゴンの死因の方に興味があるらしい。先ほどからヒビキさんが蹴り飛ばしたレッドドラゴンの頭蓋骨に興味津々だ。
「レベッカ。レッドドラゴンにこれだけの傷を負わせられる赤魔術はあるか?」
「私の知る限りA級冒険者でもここまでのもの無理じゃないかしら。まるで巨大な戦槌で叩きのめしたような傷跡。赤魔術の中でも爆裂の魔術を使えば火傷の痕跡が残るはずだし、爆裂の魔術でもここまでの傷は刻めないわ」
そりゃそうですよ。だって、ヒビキさん蹴っただけだもの。
「リーゼ君。何か手伝えることはあるだろうか」
暫くして、周囲を見張っていたヒビキさんがボクにそう告げてきた。
「今からドラゴンの臓物を引き摺りだすんで、それを手伝ってもらえますか?」
「理解した。手伝おう」
内臓を引き摺りだすのは結構な重労働なのだ。何せ、このレッドドラゴンと来たら育ちに育ち切った代物だし、その分内臓も重たい! これが新生竜だったり、そこら辺の小型の魔物だったらボクだってひとりでできたんだけれど。
「じゃあ、決して腸の皮を破らないように慎重かつ大胆にいきますよ」
「任せてくれ」
ボクがレッドドラゴンの内臓を掴むのに、ヒビキさんはボクの手を掴んだ。
「1、2、3!」
一気に内臓を引き摺りだす。
思いのほか簡単に内臓は引き抜けた。というか、ヒビキさんの力が強すぎて、ボクの力は欠片も加わってなかった気がする。
それでいて内臓は無傷だ! 汚染されてない! ばっちりだ!
「リーゼ君。先ほど冒険者たちの会話を聞いたのだが、赤魔術とは何だろうか?」
「赤魔術ですか? えっと、攻撃に特化した魔術です」
「魔術というのは、その……どのようなものだ?」
えっ? ヒビキさん、魔術の存在も知らないの?
世が世なら異端審問ものの発言だが、ヒビキさんは異世界の人だしな。
「魔術っていうのはこの世界の神様──ジーオ様から授けられた力ですよ。えっと、確か相手や物質に呪文をかけるものを青魔術、相手に攻撃をぶつけるものを赤魔術、そして用心しないといけないのは他者を癒す白魔術です!」
「白魔術をどうして警戒するんだ?」
「商売敵だからですよ!」
そうなのだ。青魔術師や赤魔術師は錬金術で応用が利きにくいとしても、白魔術師の他者を癒す力はボクたち錬金術師が作るポーションとは丸被りなのだっ!
せっかく新しく訪れた冒険者にポーションを売ろうとしても、白魔術師がいるからちょっとでいいと言われたことが何度あろうか! 白魔術師は錬金術師の天敵だ! 白魔術師がいなければこの世はもっとポーションで溢れていたというのに!
「白魔術師……。奴らは忌々しい存在なのです……」
「そ、そうなのか」
ボクが恨みを込めながら語るのに、ヒビキさんは頷いてくれた。よし、ヒビキさんは白魔術師より錬金術師派だ。これはいいことだ。
「ボクたちのポーションの方がオールマイティで白魔術なんかよりも優れてるはずなんです。なのに、忌々しい白魔術師なんかに仕事を取られてはたまったものじゃありません。白魔術師の連中はきっと治癒費用とか称して人々に法外な値段を吹っかけてるに違いないですからね!」
「そうかもしれないな」
うんうん。エステル師匠も白魔術師には用心しろと言っていたから間違いない。
「赤魔術師の攻撃でないとすると、どうやってこれを?」
「それは前衛蝕であるあなたたちの考えることじゃないの? このレッドドラゴンは純粋に物理攻撃で叩きのめされているわ。レオ、あなたならできるんじゃない?」
で、“黒狼の遠吠え”のパーティーはまだレッドドラゴンの死体を検分している。全く、これじゃ何のためについてきてもらったのか分からないよ。
「冗談言うなよ。相手はレッドドラゴンだぞ。これだけの打撃を打ち込む前に火炎放射で消し炭にされる。それにどんな武器を使ったって、これだけの傷をレッドドラゴンに負わせるのは不可能だ。神話の神々でもない限り」
「となると、理解不能なレッドドラゴンの死体がひとつ、と」
ボクたちの依頼を受けてくれた“黒狼の遠吠え”のパーティーメンバーは4名。
ひとりはリーダーで剣士のミルコ・メルボルトさん。先ほどから死体を検分しているのはこの人だ。よほどレッドドラゴンの死因に疑問を持っているのか、死体をスケッチなどして丁寧に調べている。その情熱を引き受けたクエストに向けて欲しい。
そして、剣士のリオ・ロイスさんと赤魔術師のレベッカ・ロイスさん。ふたりは兄妹だそうだが、双子のようにそっくりだ。ちなみに、レベッカさんは胸のふくらみが控えめでボクとしては好感が持てる人である。
最後はこれまで一言も発していない弓兵のユリア・ヤンセンさん。小柄ながら切れ長の目で油断なく周囲を索敵している様は気迫が感じられる。ボクが魔獣だったら、その姿を見ただけで逃げ出してしまいそうだ。
さて、そんな4人はレッドドラゴンの解体を手伝ってくれないので、ボクとヒビキさんで作業を進めていく。
鱗の中でも無傷のものは鎧の材料に売れるらしいので、慎重にはぎ取っていく。とは言っても、実質体を動かしているのがボクとヒビキさんだけでは採取できるかずにも限りがあるというものだ。本当にちゃんと手伝ってくれないかな?
「鱗を全て剥がすのは難しそうだな」
「コカトリスも突いてましたし、本当に無傷な場所だけにしましょう」
このレッドドラゴン。これまで何度も討伐依頼が出ていただけあって、鱗などはボロボロになっているところも多い。矢が刺さったままのところもある。なので、売り物にできそうな完全に無傷の鱗だけ剥がしておく。
後は錬金術の材料としての鱗だ。これはどうせ煎じてしまうので、形が揃っていなかろうが問題はない。適当にバリバリと剥がす。
「ふう。こんなものかな?」
ボクとヒビキさんでできる限りのことをしたが、レッドドラゴンは鱗が剥げて半裸になっており、肉質感あるお肉が丸出しになっている。焼いたら美味しそうだが、血抜きとかまるでしておらずに1日経過していたので血生臭くて食べれないだろう。
本当なら獲れ立てのドラゴンはみんなで血抜きして、その筋肉質で噛み応えがありながらも脂の乗ったお肉を満喫するのだが。残念。
さて、では次はレッドドラゴンの角と牙だ。
角は鱗と同じように煎じてから、スギノハ草の汁に付けて、上澄みを治療用混合液に混ぜれば、頭痛がぴたりと止まるすっごい痛み止めができるのだ。ちなみに、このポーションは原材料が原材料なだけあって、あまり流通しておらず高価だ。このヴァルトハウゼン村で買う人といったら万年頭痛に悩まされているオスヴァルトさんやクリスタさんだろう。ストレスが多い仕事の人は頭痛も酷いってね。
というわけでドラゴンの角を採取したいんだけれど……。
「この傷は説明がつかない。魔術攻撃でもなければ、物理攻撃などでもないと言う。では、一体何がドラゴンを殺した?」
「分からないな……」
“黒狼の遠吠え”のパーティーメンバーの人たちが頭蓋骨を神妙に眺めているので作業がしにくい。手伝ってくれないどころか、邪魔になってるって非常に困るんだけどな。
「あのー……。そろそろレッドドラゴンの角を採取したいんですけどー……」
「あ。ああ。悪かった。手伝うよ」
ほっ。ようやくクエストの内容を思い出してくれたようだ。このまま何もしなかったら報酬を支払わないところだったよ、全く!
「しかし、お嬢さんはこのレッドドラゴンが倒される場面を見ていたのだろう? どうやって倒したのか教えてくれないか?」
「それはー……」
あまり目立ちたがらないヒビキさんのことを明かすと、問題になってしまいそうだ。ヒビキさんってば未だに自分がレッドドラゴンを倒したってこと他の冒険者に語ってないし。でも、開拓局の人たちは知ってるから時間の問題かな?
ボクはそう考えてヒビキさんに視線を向ける。
ヒビキさんは肩を竦めて、頷いてくれた。
「これはここにいるヒビキさんが倒したんです。その、特殊な技で!」
「ヒビキ? どのパーティーのメンバー……いや、レッドドラゴンを討伐したのは冒険者ギルドのメンバーではなかったんだな」
ボクが告げるのにミルコさんがうめき声をあげる。
「ヒビキさん。できればどうやってレッドドラゴンを倒したのか教えてもらえませんか。今後の参考にしたいんです」
「まず敵の視覚を奪い、それから打撃を与えた。それだけだ」
ヒビキさん。それじゃあ、さっぱり伝わらないと思うよ……。
「視覚を潰した? この右目はあなたが?」
「ああ。コンバットナイフで潰した」
「おお……」
ヒビキさんがコンバットナイフを示すのに“黒狼の遠吠え”のパーティーメンバーたちが感嘆の声を上げる。
普通はこんなナイフでレッドドラゴンに挑むなんて自殺と同義だ。けど、ヒビキさんはその常識離れした身体能力でやり抜いちゃったんだよね。
「それで打撃というは?」
「打撃だ」
「もっと具体的にお願いします」
「……蹴りによる打撃だ」
質問攻めにあっているヒビキさんは見るからに話したがらない態度だ。あまり話したくないことを喋ってもらってもあれなので、ボクが話題を切り替えよう。
「それでレッドドラゴンの角を採取したいんですけど!」
「あ、ああ。分かっている。しかし、蹴りによる打撃? それであんな傷が?」
ミルコさんたちはようやくお仕事に復帰。
それからはレッドドラゴンの角を切り取って、牙を抜いて、分厚い頭蓋骨を切り開いて脳みそまでいただいた。脳みそは乾燥させて使うと、熱病に効く薬ができる。
「では、後はこれを我が店舗まで運びましょう!」
ずっしりと重たい荷物を荷車に載せて、ボクとヒビキさん、“黒狼の遠吠え”のパーティーメンバーたちはその荷物を山の麓にあるボクとエステル師匠の店舗まで運んだ。
「で、こんなに素材を持ってきたわけかい」
「レッドドラゴンの素材ですよ! きっと役に立ちますって!」
「これだけの量を加工する根気はあるのかい?」
「……それはまあ追々……」
流石にラインハルトの山のレッドドラゴンでは素材の量が多すぎた。エルテル師匠はこの考えなしという蔑んだ目でボクの方を見つめてくる。うう、肩身が狭い。
「よければ手伝おうか? 専門的な作業はできないが、洗ったりすることぐらいはできると思うのだが、どうだろうか?」
「いいんですか! 助かります!」
救世主登場! その名はヒビキさん!
ヒビキさんってば本当に頼りになるなー。“黒狼の遠吠え”の人たちは山から素材を下ろすと解散しちゃったし。まあ、依頼には素材の回収としか書いてなかったから、彼らを非難することはできないけどさ!
「でも、ヒビキさん。素材の買い取り費用はどうしましょう? これだといくらぐらいになるか……」
「何、身元引受人になってもらっただけで十分すぎる。あれがなければ俺はこの世界で完全ににっちもさっちもいかなくなっていたんだからな。身元の証明できない人間はどんな世界でも暮らしていけないものだ」
「いいんですか?」
「いいんだ」
ヒビキさんってば本当に控えめ。
「では、素材の下ごしらえを!」
「その前に冒険者ギルドで依頼達成の手続きをしてきていいか?」
「もちろんです。待ってますよ!」
ヒビキさんはクエスト報酬を受け取りに冒険者ギルドに向かった。
「ヒビキさんってばすっごく紳士ですよね、エステル師匠!」
「惚れたか?」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
エステル師匠ってばすぐボクをからかうんだから!
「まあ、あまり荒事を生業とする人間と深くは付き合わない方がいいぞ」
「そうですか?」
「そうだ。それから白魔術師とも付き合うな」
「それは当然です」
商売敵である白魔術師と誰が仲良くなんてするもんか!
ああ。それにしても早くヒビキさん戻ってきてくれないかなー。
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本日0時頃に次話を投稿予定です。